「やめて、ください」
真っ白い、青白くさえある手首から大きな輸血パックへと繋がる管がさわりと揺れた。高杉は保健室の窓の下、保険医の使う机の上にどかりと座り込み、未だに体さえ起こせないというのに目の意識だけはしっかり戻り、縋るように己を見ている、同級生を眺めた。
「また倒れたらしいじゃねぇか」
揶揄るように言って高杉が目を細めれば、はぎゅっと、高杉を睨みつける。それで「わたしが少ないと自分で思っているのですから、それでいいんです」なんて可愛げのないことを言うものだから、「なんだお前、前は三日に一回倒れてたのか」なんて、揚げ足取りのようなことを言ってしまった。は「まさか」とも言わなかったし、「そうですよ」なんて肯定もしなかったけれど、どちらか、はその、青ざめた顔で十分にわかった。
「ゆっくり寝てりゃいいだろ」
十分、ゆっくり寝ている、とは忌々しそうに呟く。が、今も高杉の手が窓にかけられるたびに開けやしないかと期待しているのがよくわかった。この女は、言葉の無表情さを補うように、顔が素直すぎると思う。
「煩くねぇか」
ちらりと、高杉は背後に視線をやって問いかけた。窓の外では野球部が何か、やっている。
「聞いていたいんです」
珍しく高杉が何か思い当たったのか、小さな音を出して眉を顰めた。今、は、正規の野球部が部活、ではなかった。確か監督のあのヤクザのようなオッサンを含めレギュラーだとか呼ばれる奴らは全員、謎の食中毒にかかって入院してしまい、その、“謎”
「……煩ぇ」
いっそ突然グラウンドに乗り込んで奴ら皆殺しにしてやろうかと、携帯電話でどこぞに連絡とって、いろいろやろうかと、考える高杉に、容赦なくの声。今も死人のようにぐったりと、起き上がる気力もないくせに、額に軽い、汗さえかいているのに、窓の外へ焦がれたように視線を送る。
「本当は、見ていたいんです。でも、見れなくなってしまった。ならせめて、声だけでも聞いていたいんです」
なんて、ついに、正直に告白さえしてくる。高杉はなんだか、たまらなくなってギリギリと奥歯を噛みながら、最近、真夜中によく歯軋りをして起きることを思い出した。六月の歯科検診の折にやけにやる気のない女の歯科医が「あー、あれですね。青少年の多感な時期にはストレスで歯軋りしちゃうヤツがいるんですよ。そういう時はマウスピース作るんですけど、キミのようなおっかない人の口の型取りとかしたくないんで、ストレスの原因を解明してください」とか、言われた。
そのストレスの原因ははたして、目の前にいる女のか細い呼吸の音なのか、それとも今頃グラウンドで何か意味のわからない特訓方法をしているであろう男の、やる気のない目なのか。
(この女を遠い遠いあの空の向こうの色の濃いもっと酷い場所に上るにはどれだけ肺に息を吸い込めばいいのだろうかと考えて、どうしてそんな方法を思い浮かぶのか自分に問いかけてしまった、そしたらズキズキ最近よく痛む左目の奥から「答えはもう出ているんだろう」なんてゲラゲラ笑う、いやに卑屈な男の声が聞こえた、ような気がした)
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