「辻斬り、ですか」

言葉の凶暴さをちっとも感じさせぬのほほんとした声音で久坂玄水ことは玄関口に立った山崎に向かって頷いてみせた。

「まぁ、物騒ですね」
「被害者は刀を持った浪人が殆どですが、それ以外に共通点がないんです。ですからさんも外出時には気をつけてください」

夜半、というには少々早い、しかし日の暮れた時刻。昨今どうもどうやら江戸にて勃発する事件に巻き込まれぬようにと態々忠告しに来てくれた山崎は珍しく真選組の隊服そのままであったから終業と同時に急いで来てくれたのだろう。

パトカーで乗り付けては久坂薬局にまたいらぬ噂が立つと気遣って走ってきたらしい。少し乱れた呼吸がには嬉しくて知らずにこにこと顔が緩んだ。

「はい、大丈夫です。わたし、滅多に外出はしませんから」
「凄い説得力なんですけど、さんはそう言って突然フラフラと出歩くこともあるじゃないですか。この前だって変質者が出るから危ないですよって忠告したその日の夜中にめんつゆが切れたからってコンビニに行ったじゃないですか」
「わたしの主食はそうめんなのですよ。めんつゆがなかったら食べられないじゃないですか」

山崎さんわたしに絶食しろと仰るの?酷い、と袖で顔を覆って見せれば山崎が慌てて「ち、違いますよぉ!俺は、その、そ、その、さんを心配して、」などと後半やや口ごもりながら言う。その様を見てまたはにこにこと笑った。

この界隈に露出狂の変態が出るので暫く暗くなってからの外出は控えて欲しいと、そう山崎が告げてくれたのはつい先日のことだ。その忠告をあっさり無視して夜中にコンビニに走った(実際は歩いてだが)が案の定帰り際に路地から現れたトレンチコートのオッサンにバッと変態行為をかまされ「まぁ」と驚いて「あの、風邪を召されますよ」ととんちんかんなことを言い変質者が戸惑っているうちに見回りの真選組が発見、お縄に着いたという珍事がある。

に被害はなかったとはいえ山崎は彼女が発見者であると知ってかなり気をもんだらしくそのあと一週間毎日のように時間を作っては久坂薬局に顔を出し、上司土方に「サボってんじゃねぇッ」と怒鳴られ連れ戻されていた。

それでやっとここ数日落ち着いてきたところに辻斬り事件というものが世を騒がせることとなって、山崎としては気が気ではないのだろう。

できることなら以前のように久坂薬局に張り込んで周囲の警戒に当たりたいというほどで、しかし久坂監視の任も終了した現在で山崎ができることといえばこうして忠告することと、公務時間以外に顔を出すことくらいである。辻斬り、と物騒な単語を使ってもにそれほど危機感を与えることはできなかったようだと山崎は早々に悟り顔を顰める。

「本当に、本当にお願いですから、さん。危ないんです。買出しなら俺が付き合いますから出歩くときは注意してくださいよ」

いつものように困った笑顔、ではなくて本当に「やめてください」と困った様子。は山崎がおろおろと慌てたり自分の言動でうろたえる姿が好きだが、このように眉をハの字に下げて泣きそうな顔をされるのは本意ではない。

一寸考えてから、にこり、と頷いた。

「はい、わかりました。わたしだって痴漢の危なさと人斬りの危なさの違いくらいわかります」
「本当ですか?」
「本当です。夜中に突然ラーメンが食べたくなっても我慢します。だって少し辛抱したら、山崎さんがきっと捕まえてくださるんでしょう?」

だから少しくらい不便でも大丈夫です、といえば山崎が赤面した。直接の言葉ではなく遠まわしに「頼りにしています」と告げられたことに気付いたようで、その初々しい反応にはまたにこにこと微笑む。

辻斬り、の事件はも耳に挟んでいる。江戸で殺傷事件が起きるのは毎日のことであるけれど、今回の辻斬りは一寸毛色の違うもの。被害者は皆死んでいるので直接の目撃者はおらず、ただ遠目で見たものが「斬ったやつの刀がまるで生き物のように動いていた」とそんな証言をしている。(当然そんなバカな話をお上にゃ言えるわけがないと山崎ら真選組の方にその話は上がっていないのだろう)厄介ごとであるのは間違いなく、は身の程を弁えているので山崎の忠告がなくともこの辻斬り騒動が解決、あるいは落ち着くまでは外出を控えるつもりであった。

しかしこうして山崎がいつも自分の身を気にかけてくれていることがには嬉しく、ついからかってしまう。

は赤面しながらもごもごと「も、もちろん、その、さんは、俺が、ま、守ります」と誓う山崎を見上げ己の心が幸福感でいっぱいになるのを感じた。





業火よ





「麺つゆ10リットル買い溜めってお前どんだけ引き篭もる気?」
「あって邪魔になるものではありませんし消耗品なのですから買い溜めしたっていいじゃないですか。あ、銀兄さん、お釣りで苺牛乳買っていいですよ」
「え?マジか。釣りでってことは釣りで買える限り買っていいってことか?」

なら兄さんできる限り安い店でめんつゆ買ってお釣り増やすわ、となんともまぁ頼もしいことを言ってくる銀時には買い物メモとお金の入った財布を渡しながら小首を傾げる。

「それにしてもやっぱり便利ですね、原チャリ。お米とかお味噌もまとめ買いできますし、わたしも免許が取れればいいんですけど」
「お前の場合10メートル進む前に絶対事故るから止めとけ」

原付バイクの免許は筆記と試験と簡単な講習だけであるからが受かるのも難しくないだろうけれど、始終のほほーんとしている彼女が機械の塊で市中を移動するなど危険きわまりない。銀時は兄としてまた江戸の平和を願う者として(大げさな!)真剣にストップをかけるとがころころと笑った。

山崎の忠告に従い暫く外出を控えることにした。薬局はどうせいつもやっているのかやっていないのか微妙なほどの閑古鳥。となれば必要なのは生活必需品の買出し等で、それなら何でも屋にお願いしようと、そう銀時に電話をかけた。

銀時も最近の辻斬り騒ぎは存じているようで、危なっかしいが大人しくしているつもり、ということに安堵してこんな軽口を叩いてくる。

「そうですね、何かあれば兄さんにお願いすればいいし…万屋さんって本当に便利ですね」
「瓦の新調から浮気調査まで幅広くやってるから、うち」
「前者はいずれお世話になるかもしれませんが、後者の予定はありませんよ」
「いや、わかんねぇぞ、ジミーだって男なんだからこうふらっと」
「兄さん?」

ピッ、と料金表を差し出してくる銀時をやんわりと笑顔で断って黙らせると、は「あぁ」と思い出したように手を叩いた。

「メモに入れるのを忘れてしまいましたが、それと追加でミルクをお願いします」
「牛乳なんて飲むの?お前」
「いえ、わたしじゃなくて軒下の猫たちが」

最近久坂薬局に住み着いた野良の母子たちを思い出しはお使いリストを追加する。もちろん人間用の牛乳をそのまま猫たちに与えるつもりはなく「猫用の」と注げる意味で話せば銀時もお使いルートにペットショップの心当たりを確認してくれた。

「ひと月ほど前にどこぞからお腹の大きい母猫が流れてきまして、軒下から出てこないなぁと思っていたらひょこひょこと子猫が生まれたんですよ」
「じゃあ次の依頼は子猫の里親探しってとこか」
「野良でもここに住み着いてくださってもわたしは構わないんですけどね」

江戸は野良猫が多い。特にここからそう離れておらぬ歌舞伎町は群を抜いて野良猫の数が多く、一寸根性のある猫なら下手に飼い猫になるよりもずっと良い生活ができるだろう。

「銀兄さんにお願いするかどうかは母猫と相談して決めます。六匹も生まれたから、今母猫は子育てで大変なんです」

それぞれもう名前もついているんです、と言えば銀時が「って飼う気満々じゃねぇか」と突っ込みを入れてきた。子猫たちの名前はそれぞれ千両、大樹、大吉、八満、吉祥、長寿とありがたいものにあやかってつけた。猫の特徴とともに銀時に説明してみせると銀時は「大層な名前付けてんなァ」と笑ってぽん、とこちらの頭を撫でてくる。

「まぁその猫話はあとで聞いてやるから、とにかく買出しな、了解。ちょっくら行ってくっから戸締りだけして大人しく待ってろよ」
「まぁ!わたしを子ども扱いしないでください。留守番くらいできます」

というかわたしは普段一人暮らしです、きちんと自活できている立派な大人です、と胸を張って言うと、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜ頭を撫でてきた。

「もう兄さん、」

再度の子ども扱いの仕草に文句を言おうと顔を上げ、、きょとん、と瞬きをする。

「なんです?」

見上げた先、兄の顔。相変わらずぼんやりとしたような顔、ではあるのにその目、その死んだ魚によく似た目の奥、どこかほっとしたような色が浮かんでいる。

問うても兄は言葉で答えず、ただ一度目を伏せてもう一度クシャリと髪をやってからそのままくるりと踵を返す。

はその背を見送りながら乱された髪を直し、ゆっくりと息を吐く。

(心配性ですね、銀兄さん)

少し前に起きた、と真選組、というよりもと松平片栗虎との確執、過去の清算うんぬんで銀時は随分と傷ついた。当事者になれず「また俺はを守れなかった」という事実を着き付けられ打ちのめされた。そうして、不安だったのだろう。またいつ、銀時の知らぬところでが窮地に陥るか。その時傍にいられないことの可能性の方が高いことを銀時は解っている。だからが「猫を飼おうとしている」という事実に安堵したのだ。命を預かる、責任を持とうとしているということは、がその場所に落ち着く意思があること、また庇護する対象を得ることで自分の命をぞんざいに扱わぬようになると、そういう安堵があったのだろう。

玄関の戸締りをしては廊下を歩き、そのまま中庭へと出た。

銀時が帰ってくるまで暫くの時間、薬の補充やらなにやらすべきことはあるのだけれど、どうもその気になれず縁側に腰掛ける。

(思えば、今はこんなにも、わたしは満たされている)

日の暮れた江戸は街の明かりでぼんやりとした夜空。このあたりは住宅街であるから万屋のあるかぶき町のように星の光が殆ど見えない、というほどではないけれど、それでもの記憶に今も焼きつく、かつて銀時たちと育った地で見た夜空、ほしぼしの輝きには程遠い。

この場所に居を構えて三年。まだ三年しか経っていないとみるか、もう三年、と見るべきか。考えては、この三年、よりもこの数ヶ月を思う。

(銀兄さんと再会して、山崎さんが来て、江戸城へ行って、)

思い出し、一度目を伏せる。

時とすれば「たった」数ヶ月。だというのにその僅かな日々は己を大きく変えた。

(変化のない、ただあの人を待つだけのわたしの日々に色がついた)

パタパタと駆けて来る足音を薬局で待つ。昼時、夕方のちょっとした時間に、山崎さんがやってくる。にへら、とした、困ったような笑顔で「こんにちは、さん」と挨拶をしてくれるようになった。

ぎゅっと、は胸の前で手を握り、眉を寄せる。

「わたしはもう、」

何かを決心したようには呟きかけ、しかしその言葉がはっきりと告げられる前に、にゃぁ、と。その思考を遮る音がした。

「しろさん?」

はたりとが目を開けば、ぼんやりと暗い中庭に真っ白い猫がうろうろとしている。縁の下に住み着いた猫、母猫の「おしろ」である。

「どうかしたのですか」

は猫相手にもきちんと話かける。普段大人しい気性のおしろが今は妙に落ち着かぬ様子であちこち歩き回っている。何か心配事でもあるのだろうかとは見当付けておしろに近づいた。

「何かありましたか、お腹がすいた、というわけではないですね。あら?」

と、がおしろに説明を求めていると縁の下からわらわらと子猫たちが出てくる。母猫の妙な様子が気がかりであったのか、微笑ましい、と目で追っては首を傾げる。

「千両、千両がいませんね?」

子猫の数が足りない。が「千両」と名付けた黒猫がおらぬのだ。ひいふうみ、と数え、念のために縁の下の子猫たちの寝所も覗いて見たが取り残されている、というわけでもないらしい。はおしろをひょいっと抱き上げて真っ直ぐその金色の目を覗き込んだ。

「しろさん、もしや千両がいなくなってしまったのですか」

おしろは人の言葉がわかるのかにゃぁと小さく鳴く。その心配げな母猫の声にはぐっと胸を打たれ、そっとおしろを地面に降ろすと、母猫を求めてうろうろとしている子猫たちの頭を順に撫でてやった。

「大丈夫ですよ、千両はわたしが必ず見つけます。まだ小さいのですからそれほど遠くへいけるとも思いません」

安心なさいと子猫にいい聞かせ、そして母猫には「わたしが探してきますから、あなたは子供たちをお願いしますね」と頼む。

白猫は不安げに一度を見上げ、しかし子猫たちを振り返り、承知したのか小さく鳴いて、子供たちを縁の下の寝所に連れて行く。そうして暗がりから見える金の目を受けは力強く頷くと、そのままパタパタと玄関へ向かった。

(まだ日暮れからそう時間も経っていないし、この辺りは人通りもある。少しくらいなら大丈夫でしょう)

この時間は丁度仕事を終えて帰宅する者が多い。は1時間前に山崎に「出歩きません」と約束した手前聊か罪悪感を覚えなくもないのだけれど、哀れなおしろを思うといてもたってもいられない。銀時が戻ってきたときのため玄関の前に「子猫を探してきます。すぐに戻ります」と張り紙をしておいた。

そうして外に出て、提燈片手にまずは屋敷の周辺を探す。

「千両、千両、どこの溝にはまっているのです。あぁ、そこの大工さん、小さな黒猫を見ませんでしたか?」

若い女性が女物の明かりを手に腰をかがめてなんぞを探す様子は人目につくのか、どうしたどうした、と世話好きの江戸っ子たちが声をかけてくる。はそのつどにっこりと微笑んで相手の顔が赤らむのを待ってから子猫を見かけなかったと問うのだが、皆「暗い中に黒猫はなぁ」と答えは頼りないものばかり。

「そうですか」
「手伝おうか?何、べっぴんさんが困ってるんだ、力になるよ」

ふぅ、と気落ちするを気遣う者もいるが、は「いいえ、大丈夫です。早く帰らないとご内儀さんがご心配なさいますよ」と返す。このあたりはまだ大丈夫だと思うが辻斬りが徘徊している中だれぞを巻き込むことはできない。

そうしてがさらに3,4人に声をかけ、それでもまったく手がかりがないと、そんな時間を過ごしていると、一瞬耳を「にゃあ」とか細い声がうった。

「千両?」

聞き覚えのある声、それにちりぃんと小さな澄んだ鈴の音。が子猫たちのために誂えた銀の鈴の音に違いない。

「千両、どこです。どこに、」

一瞬聞こえた音を頼りには奥へ奥へと進んでいく。いつのまにか住宅地から外れてしまったけれど、もう少し先なら大丈夫という心、さらには千両の声がしたという気持ちから警戒心が薄れる。

「まぁ、あなた、そんなところに登ってしまって!」

暫く進むと橋に出た。小さな川をまたぐ橋である。久坂薬局のある住宅地とかぶき町を結ぶ小橋、そのたもとに植えられた杉の木の上で黒い子猫が震えていた。

「猫は自分で登った木から降りられなくなる、なんて話は聞いたことがありますが、まさかこの目で見る事になるなんて」

驚きながらもは慌てて杉の木に駆け寄ると、震えている子猫に声をかける。

「千両、大丈夫ですよ。わたしが来たからもうすぐに降ろしてあげますからね」

元気付けるべく言えば子猫がまた小さく鳴いた。しかし、はさてどうしようかと聊か困惑する。手をうんと伸ばしても当然届かない。できれば千両に飛び降りてきてもらってそれを受け止める、というのが一番確実で簡単なのだが、子猫相手にその作戦を伝えられるかどうかといえば、さすがのもそれは期待していない。

「おしろさんがいれば登って銜えてくださるんですけど……わたしが登るのは、どうでしょう?」

木登りなどしたことがないし、松の木や桜の木なら幹や枝が出ていて登りやすいのだろうけれど生憎と杉の木だ。
もともと住宅地の子供たちが登って遊んで怪我などせぬように、と登りにくい木を植えているのだろう。は枝も幹も届く範囲にない木にはたしてどう登ればいいのか見当もつかなかった。

しかしその間も千両が鳴く。こちらを見て必死に声を上げる様子が哀れで仕方なく、は困ってしまった。

周囲を見渡してもひとはいない。竹箒など長物があればいいのだが、めぼしいものもない。一度薬局に戻って何か道具を、とも思うのだけれど、その間に千両が飛び降りてしまったらと考えこの場から動けずにいる。

「千両、千両、あの、飛び降りれたりしませんよね?」

一応無理だろうと思いつつ子猫に尋ねてみれば、やはり言葉の通じぬ物同士の言葉に子猫はニャァと鳴いて返すのみである。

どうしよう、とは困惑し、そうしてもう一度周囲を見渡して「まぁ」と声を上げた。

「おいおい、ねーちゃん、こんな時間に一人で出歩くなんて危ねぇじゃねぇか」
「最近人斬りが出るって話、聞いてねぇのか?」

いつのまにかの傍に2人の、見るからに品卑しいげな男が近づいてきていた。双方にやにやと好色な目でを上から下まで舐めるように眺め「こりゃあ上玉だ」と互いを小突く。

酒でも入っているのかややアルコール臭い息がの鼻にまで届き、はぱん、と手を叩いた。

「丁度よいところに来てくださいました!」
「…あ?」
「あのう、勝手なお願いとは重々承知しておりますが、どうぞあの子を助けてくださいませんか」
「……は?」
「登って降りられなくなってしまったようなのです。殿方ならこのくらいの木であってもきっとするすると軽業師のように登ってしまえるのでしょうけれど…わたしは木登りをしたこがないので」

困っているんです、と胸の前で手を組んで見上げると、一瞬あっけに取られ目を丸くしていた男2人は揃って腕を組んで悩み始めた。

「いや、なんだこの反応?普通こう、悲鳴を上げるとかあるだろう」
「女にいたずらしたことは何度もあるけどよ、声をかけて歓迎されたのは初めてだ」
「?あの?わたし、何かしまして?」
「何かっつーか、いや、まぁこれから俺らがナニすんだけどよ」

襲っていいの?これ襲っていいのか?とならずもの2人、こそこそと小声で相談しあう。それをきょとん、と眺める、もちろん彼女とてそこまで天然入っているわけではなくきちんと自分の今の状況は理解している。どうもどうやらよくない男たちに声をかけられ、そのまま暗がりに引きずられて操を奪われかねん状況、と、きちんとわかっていてこの態度。それもそのはず、からしてみれば「でもこの辺りに他に人はいませんし、とりあえずお願いするだけしてみようかと」と自分の身<子猫であるというだけのことだ。

もちろん2人が困惑せずとっとと目的を果たそうとしたのなら無力な女の身、どうすることもできないのだけれど、幸いこの2人は根っからの悪党であるのかないのかそれは知らないが、イレギュラーな事態でも悪を貫けるほど、ではないらしい。

え、どうしようこの状況、と2人が苦しんでいると丁度よいタイミングで千両が鳴いた。もしこれが人の言葉なら突っ込みの意味もあったのかもしれないが生憎猫の言葉は人の耳には「にゃぁ」としか聞こえない。

「あの、すいません。助けていただけないでしょうか?」

は猫の声でいったん我に返った2人にもう一度頼み込む。薄明かりでぼんやりと照らされた白い顔、困ったようにハの字に落ちている細い眉、じっとこちらを見上げる瞳に「頼るのはあなたがただけなのです」と訴えられ、男2人は小さく呻き、そのまま互いになんの言葉もかけず背の高い男が木に手をつき、もう一人が無言でその背によじ乗って木の上の子猫に腕を伸ばした。にゃぁ、と千両は聊か興奮して抵抗したが、しかしそれでもあっという間に捕獲され、見事救出されたのである。

「千両!あぁ、よかった。怪我もありませんね。お二人とも、ありがとうございました」

ぽいっとぞんざいに子猫を投げられ受け取り、は丁寧に頭を下げ2人の男に礼を告げる。男2人はなんともいえぬ顔で互いを見合わせ、額を押さえた。

「いや、なんでこんなことしちまってるんだか」
「襲う女に礼を言われるなんて、なんなんだこれ」
「?あのう、どうかしました?わたしはとても助かりました。本当にありがとうございます」

にっこりと微笑み、はもう一度頭を下げ、そうして「あぁ、そうだ」と今更気付いたように頷く。

「助けていただいたお礼を何かさせてください」

ここでこの2人が根っからの悪党であれば、まぁ、助けた礼としていろいろさせるなど要求してくる可能性もある。だが根っからの悪党ではないのか、あるいは狙った女、つまりはがあまりにも無邪気に無警戒にしているものだから、さすがのならず者2人もどうしたものかと遠慮したのか、の申し出に口を開く様子はない。

明らかに困惑している2人には不思議そうに首をかしげ、そして腕の子猫をしっかりと胸に抱き羽織を合わせる。

「わたしはこの先の「久坂薬局」というところに住んでいます。明日、明るいうちに尋ねてきていただければ何かお礼をさせていただきますので、どうぞ遠慮なく」

そうしてもう一度ぺこり、と頭を下げ、はそのままいそいそと来た道を戻る。取り残された2人はぽかん、と風変わりな「被害者になりそこねた娘」を見送り、そうして暫くして気を取り直したのか次のターゲットを探すべくまたあちこちを歩き回るのである。

「すぐに見つかってよかった。千両、もう、心配をかけて。おしろさんも他のご兄弟もとても心配していたのですよ」

そういう2人の胸中なんぞ知らず、ならずもの達をあとにして、とてとてと夜道を歩く、胸に抱いた子猫の額をこつんとやって家路へと急ぐ。それほど時間は経っていないからまだ銀時は戻ってきていないだろう。留守にしたことを知られずにすむならそれに越したことはない。走れば熱を出す自分の病弱さはもちろん自覚しているのでできる限りの早足を心がけ、慣れた道を2,3度曲がる。

そうして暫く歩けば馴染んだ久坂薬局の正面と、母屋への玄関が見えてきた。は無事に何の危険もなく夜歩きが終了しほっと息をつく。鍵を開け、玄関に張った紙を手に取り四つ折に畳んで靴箱の上に置くと、そのまま中庭に出ておしろを呼んだ。

「おしろさん、おしろさん、千両を見つけましたよ」
「そりゃァ豪勢なこった。埋蔵金でも探し当てたか?」

、と続く言葉と笑い声。
赴いた中庭の、縁側に腰掛けた隻眼の男と目が合った。




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(2012/2/13 20:41)

約4年ぶりにスタートした銀魂。
出そうで出ず、やっぱり出た高杉さん。