愛も変わらず、相も変わらず、その、飄々とした姿をなんとも恥じ入る様子も、自分テロリスト・指名手配中、だなんてことも気にする様子もなく、高杉晋助がの営む薬局の庭に立っていた。毎度、毎度のことではある。が、正直玄関に立つ、のではなくてまるで、幽霊か何かのように、気付けばぼうっと、庭の梅の木の辺りに立たれているのは、心臓に悪い。
だから、よしてくれと言えば、高杉「お前がそんなやわな女か」とへらり、笑われるだけで取り合いもしない。は始終、眉を顰めて高杉の相手をするのが常だ。「いやなのか」と言われて「そうじゃありません」と即座に否定できるくらいの、何かは確かに、あるのだけれど。

「それでも、なんでしょうねぇ。微妙な、感じがしませんか」
「何がだ」

取り合わない、高杉はの袖をぐいぐい引っ張って、軒先にる自分、の目線に合わせられるように、下りて来いと示す。は溜息一つの後に、従って、そのまま、ぐいっと、自分に押し付けるようにして、よこされた、ビニール袋を受け取った。

「なんですか、」
「鯖」

言葉の通り、透明なビニール袋の中には、脂でもほどほどに乗っていそうな、魚が一匹、血混じりに微量の水と一緒に入っている。それは、いい。

「で、これ、どうしろと?」
「土産だ、肴にする」
「貰ったのはわたしなのに、お酒と一緒に口にするのは高杉さんなんですか」
「文句あんのか」

いえ、とはすぐに首を振って、高杉が部屋に上がる後を付いて行き、庭が見渡せる一間に高杉の座布団を敷いた。どかり、と座り込むかと思いきや、高杉は再びの手から、その、透明なビニール袋を奪い取って、「台所はどこだ」と聞いてくる。

「捌くんですか」
「悪ィか」
「いえ、わたしがやりますよ」
「良い鯖なんだよ、てめぇにやらせるにゃ、惜しい」

なら、最初から捌いて持ってきてくれればいろいろ楽なのに、とぼんやり思いながら、はトテトテ、前を歩いていってしまう高杉の後を追う。台所の居場所を聞いてきたくせに、この男は、見知っているかのように、真っ直ぐにその足を動かしていた。


 

 




 

 

(このひとは、わたしのことを愛しているのだろうか)

ぼんやり、その、後姿を眺めながらはじぃっと、考えてみた。高杉晋助、は、が松陽のところに来た頃からの、知り合いである。けれど、知り合いが全員友人にはならないように、高杉も、の友人、ではない、と思う。同じような理由で、友人にはならなかったのは銀時だが、その、正確な理由は高杉と銀時では、まったく違う、ように、思う。

「上手いモンだろうが」

得意そうに、まな板の上で綺麗に魚をさばいていく、隻眼の男。ニヤニヤと笑う、その、口元には調理中だからか、いつもの煙管は加えられていない。その、煙管は現在、が座っている椅子の、向かいの、テーブルの上に無造作に置かれている。
なんの変哲もない、ただの煙管だが、は、自分の手にとってしまえばそれは、きっと何か別のものになってしまうのではないかと、そんな、よくわからない妄想に囚われた。たとえば、自分が触れた途端、煙管は手足を生やして「やぁボクミッ○ー」なんて奇妙な裏声で言いながら全力疾走でどこかに消えてしまう、とか。(バカな)


「おい、
「はい」
「俺の目の前で余所見たァ、良い度胸だなァ、おい」

不機嫌そうに言われて、は一瞬ぱちり、と目を閉じて、それで、高杉が自分の言葉を待つために、肩に包丁をトントン、背負いながら(刃は逆さで)シンクに寄りかかっているのを、眺め、口を開く。

「考えていたんです」
「何を」
「わたしは高杉さんを愛しているんでしょうか」

見る見る、高杉の顔が愉快そうに、歪んだ。

「バカかァ」

楽しそうな、声である。そして、いつの間にか、食器棚からの気に入りの、四角い、黒い、皿を一枚出していて、その上に、綺麗に捌かれた鯖の刺身が載せられていて、その皿が、の前に出されていた。

「お上手ですね」
「当然だろ」

ふん、と高杉が鼻を鳴らして笑う。それで、と向かい合わせの椅子に座り、その前に置いてあった煙管を手に取って、慣れた仕草で火をつける。(高杉が触っても煙管は歩き出しも踊りだしもしなくて、は、その煙管が無事に高杉にとってあるのが当たり前のもののまま、そこにちゃんと、存在できていたことに、安堵した)フゥ、フゥ、と、煙を吐いて、高杉が椅子に寄りかかり、ぶらぶらと、足を浮かせながら、天井を見上げる。

「別に、どっちでもいいんだよ。お前が俺を愛してようが憎んでようが、俺がお前を愛していようが嫌っていようが、どうでもいい。結局、お前はここにいて、俺はお前に会いに来る。それで十分だろうがァ」

皿に盛り付けられた鯖の頭が活き良く一度、ぴくりと頭だか、口だかを動かして、パクリパクリと、酸素でも食おうとしたようだった。けれど。その、酸素を食った先に、しまいこむものがもう自分にはないと気付いたのか、鯖。一度大きく、ぱくり、と口を動かしてから、それからもう、動かなくなった。


 

Fin

 


高杉さんは料理がうまいといい。が全然出来ないから、できればいい。引越しのために部屋の片付けをしないといけません、今。でも、こういうの書いてるあたり、あれ、みたいな。(平成19年7月1日 日曜日 午前2時0分)