低い声と共にジャキッ、とはイワンに銃口をつきつけた。
海の上、イワンの能力によって他のメンバーは強制的に意識を奪われ漂うだけ。ふよふよと浮かぶ超能力者をきつく睨みつけるははっきりとした殺意を001に向けていた。
『―――何のつもりだい?000。002は009を助けに行ったんだよ?』
自分の所為じゃない。と白々と言う赤ん坊の姿をした、しかしはっきりとした「男」のすっとぼけた言葉にはぎりぃと歯を食い縛った。
「ざけてんじゃねェぞ、クソ餓鬼め。てめェが009を生贄に選んだ理由を…おれが気付かねェと?」
安全装置の外れる音がし、イワンは目を細めてその人工物のみで出来た女、サイボーグというには御粗末な劣化品であるを見つめる。
『―――それで?僕のしたことを003に言うの?そんなことしたら、いくら僕でも君の精神を破壊するくらいはしちゃうけど?』
ぞっとするくらい低い声が脳に直接響いた。どれほどの武力戦力があろうとけして逃れられぬ脳への直接攻撃。脅しをかけるというには聊か強烈な痛みには肩眉を上げのみの反応しか返さぬ。絶えられている、というわけではないが、この化け物、身勝手な赤ん坊相手にあからさまに痛みを表すなど矜持が許さぬゆえのこと。
「テメェのくだらねェ独占欲なんざ興味ねェよ。ただ、それにジェットを巻き込むんじゃねェ」
一発の銃声、はイワンの向かって引き金を引き、そして当然、イワンのバリアーによって銃弾は弾かれる。真正面にうち、弾かれればそのままに襲い掛かる。予測済みのことであるのではそれを避け、能力を使ったため一瞬の隙のできたイワンの胸倉を掴んだ。
「ジョーはテメェの大好きなフランソワーズのお気に入りだ。それが気に入らなくてアイツを殺そうとしてるなんてこたァおれにはどうでもいい」
『―――君に、何がわかるっていうんだい?僕はどんなに望んでももう成長しないんだ!あぁそうさ!僕は003が好きだよ!?悪いかい!?彼女を抱き締めたくても僕にはその長い腕がない!彼女が僕にたいして向ける感情は『母性愛』意外ありえない!!この苦しみが君になんかにわかるかい!!!?』
「んなこたぁどうでもいいっつってんだろ!?」
が怒鳴る。イワンがぴくっと怒鳴りやんだ。
「どうでもいいんだよ!ただ、アイツを返せ!!アイツになんかあってみろ…おれはてめぇを破壊する!!」
Unforgivable sinner
鉄の臭いやらなにやらが充満している。一室。ピピピと規則正しくなる機械音に、床をびっしりと這うコードの海。一つ一つが気安く扱っていいものではなく、その一つ一つに重要な意味がある。そのコードの繋がれた先。生命維持装置やらなんやらの山、そのガラスケースの中にて静かにおいてある”残骸”を目の当たりにするたび、の心に遣り切れない思いが込み上げて来る。
「なぁ、おい。聞こえちゃいねぇんだろうがなァ」
もう何日も眠ることなく着替えもせず、白衣を着た姿のまま、その機械に話し掛けた。冷たい、ガラクタのようにボロボロになったその機械の残骸は、つい先日までは自分に笑いかけてくれていたというのに。
「なぁ、おい、なぁ、なんで、あんな勝手なことをした」
ゆっくりと、一言一言を確かめるようにその言葉を吐く。もちろん問いかけてもそれが答えられるわけがない。呼吸器官などとうにない。言葉を発するための部位も既に焼失してしまっている。人工皮膚は焼け落ちて冷たい機械がドロドロと不恰好に溶け出し露出している。
これを「かつて生きていた」と思い込むのは難しい。せいぜい「動いていた」とかろうじて認識できる程度。だが、しかし、かつて間違いなく、この残骸は「ジェット・リンク」という名前の生き物で、大空を自由に飛び、こうして項垂れる博士に向かって太陽のような笑顔を振りまいていたのだ。
(まだ死んじゃいねぇんだ。こんな有様で、だが、それでもまだ、ジェットは生きている)
いや、生きている、というような状況ではない。人であれば死んでいる。だが彼はサイボーグ。とうに人間ではないから、こうしてがあらん限りの知識と手段を駆使して、その「機械としての生命反応が消える」のを拒み続け、かろうじて「電子信号が継続している」というだけであった。
「……ちくしょう」
魔人像との決戦。生き延びたサイボーグ達。だけれど全てを終わらせるには009の犠牲がどうしても必要だった。宇宙に行って、009は殉死する。それは仕様のないことだった。
(だってのに、イワンの言葉も聞かず、オマエは飛び出していった。泣くフランソワーズに、慰めの言葉をかけて、お前は飛び出していっちまったんだ)
当然、ではあった。それは、そうだ。002にとって003は姉のようで、妹のようで、そして恋する少女であったのだ。訓練訓練の殺伐としたジェット・リンクの日々に、現れた愛らしいフランス娘。そうだよな、オマエはフランソワーズを想っていたっけ。泣く彼女を慰めるため、青年は命を賭けて死ににいった彼女のヒーローを助けに行った。つまりはそういうことで、それは、当然であったのだ。
「ご立派だよ、テメェのしたことはよォ…。」
白衣の裾を握り締め、は目を伏せる。002のおかげで009は帰ってきた。もちろん無事に、とはいえない。大気圏を通過したためあちこちが酷い有様だ。だがしかし、今も地下で行われている手術を終えて暫らくすればジョーは再び動けるようになる。早ければ、明日にでも意識を取りもどすだろうとは見積もっている。ジョーに関しては、何も心配はいらない。
「お前のおかげだ…テメェが皆を救った」
こつん、とはガラスケースを叩く。002が海を飛び出し空に上がった、そのおかげで009、ジョーは救われ、そうしてフランソワーズの心も救われた。
だがしかし、だが、だけれどは、ちっとも喜べない。
「テメェは死ぬ」
目の前にいる機械――ジェット=リンクは世界一の生命学者であるギルモアや生科学者コズミ、そして医療学者のでも手に負えないほどの重傷を負った。
「ジョーが死ぬ代わりに、テメェが死ぬのか?この大馬鹿野郎が。サイボーグなら…部品をかえりャ元通り…ってワケじゃねェんだよ」
新型のサイボーグであるジョーが身体の80%を無くしてしまっても、新しい部品が使える彼の体だったら。助ける事ができた。だが旧式であるジェットの手術には旧式の部品が必要だった。だがその部品も今は存在していない。設計図も、BGの消滅とともに紛失してしまった。
この生命維持装置とて、いつまでもこの状況を保てるわけではない。
古いタイプの彼に新しい部品を入れれば拒絶反応があり、人格崩壊、記憶がなくなるといった症状が高い確率で発生する。ようするに、同じ形のサイボーグを作る、というだけになるのだ。ジェットがジェットではない、別のサイボーグに「作り変えられる」ということ。
「それじゃ…テメェを助けたことには…ならねェんだ…。」
それでは、意味が無い。辛いことも、苦しい事も、悲しい事も、全て乗り越えてやっと笑えるようになった彼じゃなければ、助けた、ということにはならない。
そして「作り変える」ということは、つまりの手で彼を消滅させる、ということになるのだ。
「てめぇは……やっと仲間が大切だって思えるようになったんじゃねェのか」
まるで弟のようにジョーの身を案じ、世話を焼き。フランソワーズを護り。アルベルトを慕い。家族をつくり。彼は本当に子供のように笑う事が多くなったのだ。ブラックゴーストから出て暫く、彼はそれでもまだ壁をつくりがちであった。それが、それがやっと、00メンバーを仲間であると、家族であると芯から思えたのか、笑ってくれていたのに。
ごつんっ、とはガラスケースを叩く。
「…………もう…、あの頃みてェに、1日が終わるのを待つ必要はねェんだろ!?」
繰り返される実験。モノとしか扱われない日々。戦闘訓練。拒否反応を抑えるために与えられる薬。
身体中を走る激痛。死にたくて、死にたくて眠るその瞬間を待ち焦がれていたあの頃はもうないのに。
「…やっと、てめェは楽になれるんだ!死ぬんじゃねェ!生きて、楽になれよ!!」
は自分の無力を嘆く。こんなに早く全てが終わってしまったもいいのだろうか?は最高の知識を持っているからこそ、突きつけられた現実を理解してしまっている。どうあがいても、もうジェットは助からない。このまま静かにまま死んでいくだけだ。
ジェットが望んだ事はかなえられた。ジョーが生きる事、フランソワーズが笑うこと。だけど、彼は自分が無事に帰って来る事を望んではいなかったのだろうか。
はその場に崩れるように座り込む。
「……ジョーが生きて帰って来たって…フランソワーズが元気になったからって……ここにテメェがいなきゃ…意味がねェんだよ!!」
どうして彼でなければならなかったのだろう。彼が死ななければいけないハズがない。死ぬのは009だった。002さえ死ななければ。自分はそれで全く構わなかった。イワンだって、そうだろう。はイワンが009を切り捨てようとした、そのこと自体はどうだっていい。イワンのあの腹黒さは日々から理解していた。ジョーを排除し彼女の愛情を独り占めしたところで彼のあの黒い欲が満たされるわけがないとせせら笑いさえした。だがそこに、その企みにジェットが巻き込まれた、それがにはどうしたって許せない。
目の前にある機械は、あとどのくらい活動していられるのだろうか。自分のこの指で、小さなボタンを一つ押してしまうだけで彼は死ぬ。
ここにあるのはただのガラクタで、ただの機械の塊だけど。
もう彼は助からないと自分は知っているけれど。
それでもまだジェットはここにいる。
諦められない、どうしても。
は両手で顔を覆い、低くうめいた。
「ちくしょう……ッ」
Fin
2006/12/06
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