注意:俺シャダイ。いろいろ捏造。特に神捏造っぷりがハンパない。
名前変換小説ですが夢主は誰とも恋愛しません。夢主→イーノック要素はきっとある。
神←ルシっぽいですが、ルシ→イーノを目指しています。
さてこれでこのシーンは何度目になるのか。エゼキエルの階層、彼女の「愛する」自然の営みが彼女の自己解釈と自己本位の末に振る舞われる大雨の下で気に入りのビニール傘を差しながらルシフェルは口元にやや皮肉めいた笑みを浮かべた。
現在彼の足元には砕けた純白の装備を赤い鮮血と雨水、それに泥で汚しぴくりとも動かぬ彼の比保護者が倒れていた。豊かに煌めいていたはずの金髪はすっかり色艶を失くしている。簡単な話だ。イーノックは今回も失敗した。300年以上かけてやっとこの背徳の塔を見つけたのだけれど、やはりそこから一度も「失敗せずに」というのは土台無理な話らしい。そうルシフェルはひとりごちて指を鳴らそうと片手を上げ、そして何もせずに降ろした。
この十分前に必ずイーノックは「危機」に陥る。装備が完璧な状態であろうと3種の神器のうち彼が最も得意とするアーチを手にしていても、必ずこの場面でイーノックは急死するのだ。それはなぜか。もちろんルシフェルがどうこうできる問題ではない。ヒトの時間を支配することのできる能力を神から与えられた大天使はヒトの時間をいじくりまわすことはできても関与することは絶対に出来ない。だから「なぜイーノックはこの場面を越えられないのか」それはルシフェルの興味のあるところではなかった。
自分はなにも出来ない。助言はアークエンジェルの仕事だ。己の仕事はイーノックが失敗した時にその一歩前まで時間を戻し、そう、何度も何度も何度も何度も戻し続けて、その「決定的な死」がやっと枝分かれするそれを待つだけだった。
「お前達を救ってくれるやつは死んでしまったよ」
ふと、イーノックのその動かぬ、まぁ、死体というものの周りにノクトたちが集まっていることに気付いた。当然ルシフェルの姿を見ることはできないし声をかけたところで聴こえるわけもないのだが、わらわらと群がるそれが不憫に思えて(同情というよりは嘲笑に近い感情ではあるが)ついそう声をかける。
ノクトというのは堕天使たちが実験的に作り上げた不安定な存在だ。清らかな力、清らかな魂を持つものが浄化してやっと消滅できる。ノクトたちはそれを「天に還れる」と思い込んでいるフシがあり、ヒトでありながらどこまでも清らかな魂を持つ、聖人に相応しいイーノックに惹かれてやってくる。
血と泥で汚れた死体であってもまだイーノックの清らかさは失われていないのか、ノクトたちはわらわらとその傍に集まり、祈るような仕草をする。眺めていたルシフェルは次第に興味を失い空を見上げた。
「それにしても酷い雨だな。エゼキエルのやつ、自分で洪水でも起こす気か?」
この塔内で洪水計画が実行されるならイーノックの仕事も半分で済むだろう。そんなことを思い、ビニール越しに見上げた人工物の空に赤い目を細める。
ルシフェルが以前こうしてビニール越しに見上げた空は、あれは2011年の東京、新宿という街の空だったか。ルシフェルは時間旅行をこの旅の間は神より禁じられている。ので、尚更最後に見たあの空が思い出された。
それにしても傘というのは本当に便利だ。もちろんアストラル体であるルシフェルは傘など差さずとも雨に濡れることはない。しかし今現在こうして傘をさしている、その持つ傘の表面は激しい雨に打たれている。ルシフェルはあえて傘と体を、雨が打てるようにコントロールしていた。そういうヒト臭い振る舞いを好む。理由を考えて、ルシフェルは舌打ちしたくなった。
そろそろ時間を戻さなければ携帯が鳴るだろう。この状況をやはり見ているに違いない神は自分よりずっと長い時間を生きてきて、これからも久遠の時を行くだろうに時折ヒトの子のように気が短くなる。
指を鳴らそうと思うが、しかしルシフェルはしゃがみ込んで自分が指していた傘をイーノックの死体に向ける。散々雨に打たれた体に今更なことだ。だが無体なほどに降り注いでいた雨が半身だけやっと除かれて、じっとずっとそうして眺め続けていると(ヒトの時間にすれば何時間も何十時間も)次第にその濡れずに済んでいる部分だけ乾いてきた。
こうして眺め続けていればこの体が腐るところまで自分は見つめるづけることができるんだろう。それにはもちろん携帯の電源を落とす必要があるが。まぁそれはさておき、ルシフェルは見下ろしたイーノックの体、ぐちゃぐちゃに潰された顔の醜さを眺め続けた。
「そういえばお前は傘が好きじゃないと、珍しくはっきり言ったな。私は便利だと思うんだが、まぁ、お前は元農夫だから雨を煩わしい、なんて思ったこともないんだろう」
自分が傘を自慢した時に一応イーノックは褒めはしたし、「貴方の言うヒトの未来というのはこんなものも作り出せるのか」と感心したようではあったが、しかし「なら貸してやろうか」というルシフェルの申し出は丁寧に断ってきた。
イーノックは雨が好きだと言う。無論今回の洪水計画の芯は天から大雨を降らせ続けることになるのでそれを好んでいるわけではないのだが、雨を素直に「恵みの雨」と捕える男だ。
「実体のない私には理解できないがな。雨が体を打つ感覚が心地よいとか、神を感じられる瞬間だとか、そういうのはやはりお前がヒトだからだと思うよ」
独り言をつぶやいて、ルシフェルはしゃがんだまま肩をすくめて見せた。もちろんイーノックが答えるわけもない。
まぁ、普段から無口なやつだが。
ルシフェルは尻のポケットに入れたままの携帯がいい加減鳴り出すと覚悟をしつつ、すくっと立ち上がった。再びイーノックの死体が雨に打たれ始める。これはエゼキエルの作り出したまやかしの雨だが、それでもイーノックは「恵みの雨に感謝を」と打たれるだろうか。
そういえば、イーノックが無口になったのはいつからか、ふとそんなことを考える。書記官を拝命した頃から確かに多弁な方ではなかったが、思念を読めばありとあらゆる疑問や好奇心をイーノックが持っていることが分かった。だが300年の旅を終えてから、いや、正確にはいつからだ?いつからイーノックは思念ですら何を考えているのか読めなく、無口になったのだろうか。
「指、鳴らさないのですか」
考え始めたルシフェルにコツコツ、と地面を歩く小さな足音と、こちらに話しかけるのも嫌だがしかしいい加減声をかけねば気が済まぬと、不承不承とはっきりわかる声がかかった。
振り返りルシフェルはわざとらしく不思議そうに首を傾げた。
「やぁ、。君も来ていたのか」
大雨の中でルシフェルと同じようにビニール傘を指し近づいてきたのはこの時代にはない服を着こなした少女だ。スカイブルーのスカーフの眩しい、セーラー服という制服姿。いや、少女と言えばこの塔に住みつく小娘くらいのヒトの子を指す。こちらはそれより幾年か重ねられた、娘というのが的確だろう。歳の頃なら16,7程度に見える娘、はルシフェルが傘を軽く持ち上げて気さくに話しかけた様子を「嫌味臭い」と受け取りあからさまに顔を顰めた。全く、イーノックと向かい合っている時は慈母のような顔を見せる癖にこちらはまるで悪魔か何かを相手にしているような顔しかしない。可愛げのない娘だとつくづく思い、ルシフェルは先ほどの問いに答える。
「もちろん時間を戻すよ。私の仕事だし、君のしていることも無駄になってしまうだろう?」
言えばますますの眉間に皺が寄った。ルシフェルと同じくらいに黒い髪に白い肌、その瞳の色は青だがイーノックのものよりも青味が強い。憎々しげに睨みつけてくるの手には白い剣が握られていて、その両刃には雨でも洗い落としきれぬほどべっどりと粘着質な血がこびり付いていた。それを見てルシフェルはうすら笑いを浮かべる。
「あぁ、君は私も一緒に殺したいんだろうな。死ぬはずのないネフィリムを殺せるような君だから、頑張れば私も殺せるかもしれないぞ」
「いいから、さっさとイーノックを戻しなさい。そしてまた、彼を苦しめればいいじゃない」
この娘には愛嬌というものがないのか?彼女の母親は愛嬌と程よい毒舌に満ちたヒトだったらしいので残念でならない。そういう饒舌なタイプなら傍観者として退屈な時間を過ごす羽目になる自分のいい暇潰しになっただろうに。
「やれやれ、イーノックはヒトのために戦っているんだ。苦しんでいたって、自分で選択していることなんだし、君がどうこう言えることじゃないと思うんだがね」
「黙りなさい」
ぴしゃり、と言い放ってにべもない。残念ながら彼女は「話し相手」にはなれないと見切りをつけることにしてルシフェルは溜息を吐いた。もちろん本気で呆れるわけでもない。ヒト相手にこの己が!
冷めきった赤い目でルシフェルがを見下ろすと、も霜の降り切った青の目でにらみ返してくる。そうして数分経つと、ルシフェルの携帯が神からの着信を告げた。
「やぁ、君か。あぁ、もちろん。はは、いじめてなんかいないさ。君の大切な友人にそんなことはしない。あぁ、わかってる。神は絶対だからね」
区切りよく言って、さてこの状況もいい加減終わりにしよう、とルシフェルは着信を切りパチン、と指を鳴らした。
「さぁ、今度は上手くいくといいな」
軽い音をあたりに響かせ、目まぐるしく周囲の時間が「戻って」いく。その中で立ち止まるルシフェルは同じように時間に飲み込まれることのないを眺め、彼女にとっては嫌がらせ以外の何物でもないセリフを吐いた。
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