ユーリさんと養い子の話
「あ、ねぇほら、ユーリ、ユーリ、始まりますよ。銃で武装した程度のか弱い一般人を容赦なく追い掛け回して火炙り氷攻め、雷、突進などあらゆる攻撃を加えて戦意喪失するまでをお茶の間に放送するヒーローTVが今日も絶好調ですよ」
きゃっきゃと嬉しそうな声が聞こえたので顔を上げれば、おそらく現在シュテルンビルトシティの多くの市民と同じように興味津々とテレビモニターに齧りついているがソファの上で明らかに善良な一般市民らしからぬ言葉を口にする。
ユーリ・ペトロフはいつものように彼の被保護者である夏目の終業時刻に職場へ迎えに行き、いつものように自分の司法省執務室で残業を行っていた。を先に家に帰すという選択肢がないわけではないが、家には母がいる。ユーリの実母オリガとの関係は実子とのそれよりはるかによかったが、それでもいつ発作を起こして家中の割れ物を投げつけるかわからない。
は生まれてか8年もの間、実父に監禁され虐待を受けていた。その後司法省の決定によりユーリは彼女の保護観察人に任命されており望む望まざるに関わらずを守る義務があった。(もちろん足の不自由な母も家に一人でいるわけではない。介護師はユーリが帰宅するまでいてもらう契約になっている)
「シュテルンビルトは犯罪の多い都市だ。市民の不安を払拭させるためにこうしたパフォーマンスは必要なのだろう」
ちらりとの方へ顔を向ければ自然モニターが視界に入る。シュテルンビルト一の視聴率を誇るヒーローTV、各スポンサー企業のロゴの入ったスーツを纏うNEXTたちが犯罪者を捕らえ街の平和を守っている様子を放送するというもの。人命救助や事故現場の早期解決などもあるが一番多く人気があるのは生中継で逃走中の犯人を捕らえる、あるいはリアルタイムで発生手いる犯罪事件をヒーローの介入によって解決、というものだろうか。
火災現場や、災害現場での救命活動は、リアルタイムで死体や残酷な映像が流れるそれもあり、「敵」というものが存在しない。市民が求めているのは救助活動、ではなく「悪い犯人」を「正義の味方が追い詰めて捕まえる」というエンターテイメントだ。
「実際のところ彼らヒーローに逮捕権があるわけではない。彼らはあくまで捕獲するのみでしかない。ヒーローは公務員ではなく、一般企業の一社員で、ヒーローTVは行政とは関係のない企画、娯楽の一つであるともいえる」
「そんなの知ってますよ」
「で、あるから、銃で武装した程度のか弱い一般人を容赦なく追い掛け回して火炙り氷攻め、雷、突進などあらゆる攻撃を加えて戦意喪失するまでをお茶の間に放送するヒーローTVが今日も絶好調であっても、それは法の範囲内で行われているもので何の問題もない」
膨大な情報を記憶する相手にヒーローTVの本質や世論を説くことは釈迦に説法というくらいに無駄なものだが、それでも時折こういう無駄なやりとりをは求めた。自分の見たものをそのまま自動的に脳内に記録し圧縮・有事には解凍し脳内にて閲覧できるようにする、それが夏目のNEXTとしての能力で、その能力が彼女をシュテルンビルトきっての天才学者・医者にした。
そういう環境化に生きるは妙な子供になり、周囲が望んだ「無邪気な子供」という一面をすっかりそげ落とされた。しかし時折このように、こうしたようにはあどけない顔をして、子供が無邪気に無視の羽を?ぐような、そんな問いかけをユーリにする。それであるからユーリは彼女の皮肉めいた物言いに付き合い、皮肉で返す。がころころと喉を震わせて笑った。笑うと、彼女は猫のようである。
満足げに赤い目を細めてソファにごろりと横になったは相変わらず犯人追跡を映し出すモニターに視線を投げる。一度「子供らしい残酷さ」を披露した後は静かになるのが彼女の常であるからユーリは執務に戻ろうとペンを立てる。耳ではヒーローTVの実況が聞こえるが相変わらずヒーローを持ち上げ盛り立てようとする内容で、聞いていて意味のあるものは欠片もない。
今回の犯人は放火魔のようで、予告状を出し犯行に及ぶ、という愉快犯であった。司法局も警察と連携し犯人を追っており、今回潜伏先が判明しヒーローたちが追い立てている、という現状。
犯人の放火による死傷者は幸いなことに出ていないが徐々に犯行がエスカレートしている。ここで取り逃がせば次は被害者が出るかもしれない。
「わぁ!」
あれこれと犯人についての情報を頭の中で思い出していたユーリは突如上がったの歓声に顔を上げる。何が彼女を興奮させているのか一瞬送れて理解するが、反射神経だけはしようがない。
中継画面には青のスーツに身を包んだヒーローが一人、放火魔の乗る自動車に向かって自動車を投げつけていた。
「君のお気に入りのヒーローか」
がっしゃんと派手な音がして投げつけられた車が高速道路のレールにぶつかる。犯人は器用にも飛んでくる車を絶妙なハンドルさばきで回避した。しかし諦めるヒーローではなく手当たり次第に車を投げつけていく。放火魔が高速道路を使用すると知り乗り捨てられた車であるが持ち主は今頃この中継を見て蒼白になっていることだろう。
モニターに移る青いスーツのヒーローの名はワイルドタイガー。
デビュー十年目を迎えたベテランヒーロー。NEXT能力は発動から5分間全ての身体能力が100倍になるハンドレットパワー。
別名『正義の壊し屋』と、全く持ってヒーローらしからぬ二つ名を頂く彼はのお気に入りのヒーローだった。
「また賠償金が増える」
「ちょっとユーリ!まだ判決は出てませんよ!」
「犯人確保の役に立たなかった事実からして請求元はワイルドタイガーの所属するトップマッグになるだろう」
「ユーリが言うととてもリアル!というか既に確定?!止めてください、この前も虎鉄さんは路面バスの賠償判決が出てしまったんですよ!?」
「自業自得だ。同情の余地はない」
ユーリはヒーロー管理官兼裁判官であるのでヒーローの賠償金問題の判決を下すことが多々あった。「市民を守るためだったら街だって壊していい!」などと全く持って理由にならない理由で日々破壊活動を行うワイルドタイガーとは法廷でよく顔を合わせている。
今回の事件でも多額の賠償金が彼の所属会社に下れることになると容易に想像できユーリは正論を吐くが、恋は盲目とはよく言ったもので普段公平公正、というより何にも味方する気がなく冷静に物事を判断するもワイルドタイガーのこととなると感情的になった。
「何言ってるんです、ワイルドタイガーは市民の憧れ皆のヒーロー。犯人逮捕は二の次、お茶の間にあの人の姿が映ることで何万人の市民の心が救われているか!ワイルドなワイルドタイガーさんの活躍を見るためなら街の1つや2つや3つ4つ、壊滅したっていいじゃない」
「いいわけないだろう」
一応は頭の良さに比例しない幼さから「危険思想に染まらぬように」とユーリに保護されているが、すっかりワイルドタイガーの妙な思想(?)に染まっていやしないか。
ユーリが「ワイルドタイガーのファンなど百人もいない」と冷静に突っ込むと数を武器にしているはずの「記録者」の夏目は堂々と「正確な数値はリサーチされてないからいいんです」とのたまった。
「って、ねぇ、ちょっと、ユーリ!これ録画していますよね?え、していない?!あぁもう使えない!」
理不尽な罵倒に「毎日放送される娯楽番組を一々録画しているわけないだろう」と至極全うな反論をしたかったがには無駄である。ユーリは人の執務室のモニターで勝手に録画機能をスタートさせるを呆れた顔で眺める。
「どうせ君の能力で記録済みだろう。一々録画しなくともいいじゃないか」
「脳内で再生されるものとも画像で視認できるものは全然違うんです。あとで拡大してパネルに印刷するんですから。今日のワイルドタイガーさんのご活躍は一冊のアルバムにまとめるんですから」
「既に君の私室の壁一面はワイルドタイガーのポスターでいっぱいだと思ったが」
「え?まだユーリの部屋が残ってるじゃない」
言い切るにユーリはほんの少し頭痛がしてきた。この子女が好きなアイドルやらなにやらにハマる様子に似ているが、の場合余計な知識と技術があるだけ厄介だ。今日はもう仕事を切り上げて自宅に帰ろうかとも思うが、家に帰ってもユーリに安らぎなどない。を引き取るまでは仕事をしている時間が自分にとって唯一の安らぎだったが、この5年間そんなものは消え去った。
母のこともあり自分は生涯独身を貫こうと思っていたユーリ・ペトロフ。未婚、しかも子供なんぞ作る行為自体したことないのに(笑うところ)どうして自分は『娘に煩わされる父』の心境をこうも味わうことになっているのか。
あれこれユーリが自問自答しているその横で、シュテルンビルトきっての才女は「あ!もう、邪魔ですよあのKOH!どうしてタイガーさんの邪魔するんです!」と、明らかに言いがかりだろう文句を画面の向こうの誰もが認める正義のヒーロースカイハイにぶつけていた。
Fin
(2011/10/03 12:45)
・書き始めたのは長編より前なんですが、ユーリさんと夢主の立ち位置の紹介的な意味で書いてました。
・時間系列はタイバニ第1話のちょっと前くらい。
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