海の魔女編ずびーっと、泣きやんだを眺めてパン子さんは「ひどい顔だな」と笑った。それはやさしい言葉だった。服はまだ乾いていないとのことで、パン子さんの服を貸してくれた。

「……あのー、パン子さん。ひとつ確認していいでしょうか」
「何度も言わせるのではないよ。私はイヴ・イヴェンであってパン子ではない」

いや、もう視覚的に修正は聞きそうにないのでそれで通させてほしい。はぶつぶつ呟いて、結局質問できなかった。「これを着ておけ」と渡された服を眺める。

どう見ても、少女ヒロインさんの来ていた真っ白なワンピースですよね。これ。



夢の世界へ!



「ここまで服の似合わん人間というのも珍しいものだね」

ふむ、と感心したように言われてはやるせなくなった。えー、ハイハイ、自分でもよくわかっております。わかっていますとも。

「私は生粋の日本人ですから!!」
「衣服に国境は関係ない。自身の着こなし具合を振り返れ」
「…ハイ、スイマセンデシタ」

ぴしゃりと言われて一瞬へこむが、しかし、だがしかし、どう考えても、ごくごく普通の高校生にあの「ベビードールですか?」と言わんばかりの格好はしんどいと思う。というか、この格好で自宅付近を歩いたら間違いなく「どうしたの!!!?」とご近所の奥様方に言われる。

、これまで服といえばセーラー服かジャージか、ユニ○ロのお手軽しか着なかった。面倒だったからというのもあるが、ひとえに、可愛い格好は可愛い子がしていればいいんじゃね?というところからである。

「そう悲観するな。卿は十分に愛らしいぞ?愛らしさでいえばわたしよりも上だ。誇れ、胸を張ればいい」
「胸ないんで張れません。それとですね…当たり前のようにさっきから人の心を読まないでください。って、この突っ込みを自分がするとは思ってもいませんでしたが…」

スーパーモデルなみの体系のパン子さんにほめられても全く説得力がない。
ふぅっとため息を吐くと、パン子さんが眉をはね上げた。

「心など読めるわけがなかろう?ついでにわたしは、」
「空気も読めないんですよね。ハイハイわかってますよ」

そういうやりとりは画面越しで何度も読んだ。たいてい被害者はどこぞの元少将とか現役中将だったが、まさか自分がなるとは思わなかった。再度溜息を吐いて、とりあえず制服が乾くまではこの格好でいようとあきらめていると、パン子さんが「おい」と声をかけてきた。

「なんですか?」
「卿の世界にわたしがいるのか」

いません。そんな人いたら歩くわいせつ物で捕まります。と、そういうことはこの場合はいいとして、一瞬言葉に詰まった。

「えっと、いるのかと言われればいないんですが」
「なんだ」
「えっとですね、まずこの世界に、ワンピースありますよね?」
「ロジャーが隠したあれか。あぁ、あるが、それがなんだ?」

どう話すべきなのか。は一度考えて、口を開く。

「海賊王が処刑されてどれくらいたちますか?」
「そろそろ20年だな」
「パン子さんは海賊団の船長さんなんですよね?」
「あぁ」

なるほどなるほど、と頷いて、ではと答えることも決まってくる。

「えっと、ですね。私のもといた世界には、海賊王の処刑から20年後、大海賊時代の中を描いた漫画があります。―――漫画は、わかりますか?」
「あぁ。わかる。こちらにもあるからな。」

まじっすか。

そんなの見たことがなかった。いや、描かれていないだけで世界が存在するのなら、いろんな事実もあるのだろう。今度その漫画をじっくり読ませていただこうと思いつつ、は続ける。

「海賊王が処刑されて、ワンピースを目指して海賊団が頑張っている。ひょっとして、海軍本部には大将が三人に、政府には七武海、新世界には四皇が世界の均衡ですか?」
「そうだ。なるほど、その漫画がこの世界の元、というわけか。で、その読み手である卿はわたしを知っていたと」
「いえ、私の知る限り、その漫画にあなたはいません」

これは、言うべきなのだろうかとは迷った。自分でも、わからないのだ。トリップ世界のドリー夢は好きだからよく読んできたけれど、その世界に、個人的な趣味のマイナーサイトの夢キャラがいるなんて、それはいったいどんな状況なのだろうか。

「だが卿はわたしを知っていた。……わたしは、あぁ、なるほど」
「え、何かわかったんですか?」

どういうべきか悩むに、パン子さんは目を細めてさくさくと頷いてしまった。あっけに取られるにパン子さんは平然と続ける。

「平行世界か。ひとつの空間に大量の卵が存在していても、その中身が鶏になる雛であっても、同じものではない。同じだが違う。この世界は、オリジナルの世界とは少し違う。わたしの存在は、卿の世界で「イレギュラーな読み物」の中でのみ登場を限定されている。そうだろう?」

は素直に驚いて、頷いた。さすがはパン子さんである。非常識の塊。

「今卿がとても失礼なことを考えたことは不問にしよう。は、はは、は、なるほど、愉快なものだ。久々に愉快だな」

そう言って喉の奥でくつくつとパン子さんは笑った。そして気を取り直すように顔をあげて、軽く指を振る。

「で、あれば。は、はは、そうだな。卿はこの世界の、主人公になるだけの器のある人物たちをみな承知なのだろう?」
「え、えぇ、まぁ」
「あいにくとわたしの付き合いはそれほど広くはないのだけれどね、お会いしたいという方がいるのであれば、なんだ、会いに行くのも楽しいじゃあないかね?」

まじっすか。

この提案には、素直に喜んだ。自分が死んだとかうんぬん、さっきからちっとトリップ要素がなかったが、そうだ、せっかくこちらの世界に来たのだから、是非ともやりたいこともある。

「フラグを……!!ルッチさんとぜひともフラグを立てさせてください!!!」
「あの子はやめておけ」
「え、やっぱりパン子さんのだからですか!?」
「こちらでそういう設定はないよ。どちらかといえば、五度ほど、殺されかけた。ふ、ふふふ、あのおっかない子は止めておけ。良い男なら他にも多くいる。たとえばほら、エドワードのところのマルコなんてどうだ?」
「えー、バナナに興味ないですよ」

マルコファンがいたらぶっさされそうなことを平然と言う。
コロコロとパン子さんが笑った。

「あれは男気もあって有望株だぞ?」
「私まだ17歳なので、できれば将来的に期待の持てそうな年齢の近い人でお願いします」

ふむ、とパン子さんが真剣に考えるように顎に手をやった。それで、棚をひっくり返して、中から手配書やら写真をあれこれと出してくる。

「よし、これだけあれば好みのタイプも見つかるだろう」

そう言って嬉々と、テーブルの上に手配書等を広げた。つられてもそれを覗き込む。なんだかわくわくしてきたのだが…なんか、合コンセッティングするいとこのねーちゃんみたいじゃないか?このノリ。

「これはどうだ?赤髪のところの新入り、ロックスター」
「似た顔の魚人に覚えがあるのでちょっと遠慮したいです。あ、むしろシャンクスのところの副船長とお近づきになりたい!!」
「ベン・ベックマンか…ついさきほど、若い方がいいとか申していなかったか」
「おじさまも好きなんです」

真顔できっぱり言えばパン子さんがちょっと引いた。

「そ、そうか…。あぁ、それなら七武海の鷹の目はどうだ?渋さで云えば中々よいところがあるだろう」
「いや……あの方はなんか加齢臭がしそうで…」
「三枚に下ろされるぞ。あ、壮年で将来有望な男がいる」
「え、誰ですか?」
「赤旗だ」

あの方壮年だったんですか、という突っ込みをしたかったが、それとりパン子さんが赤旗さんを合コン相手(違う)に薦めてきたのが驚きである。目を見開いて、は恐る恐る問う。

「え、えっと、あの、パン子さん。赤旗さんは恋人…とかそういう設定ないですか?」
「ないな。それはあり得ない。なんだ、卿の知る私はそうなのか?」

恋人…という対等な関係ではちょっとなかったような気もするが、確か大人ヒロイン、パン子さんの相手キャラは赤旗(ヘタレ)ドレークさんだった。

やはりこの世界はいろいろと違うのだろう。

「ちなみに……パン子さんにそういうお相手は?」
「そういうものはいない。持たぬようにしている。まぁ時々、ドフラミンゴとは付き合うがな」
「え、あのハデ鳥と!!!?」

それは意外すぎる展開である。

「え…付き合うって…ピンヒールで蹴り飛ばしたり、寄るな触るな近づくな、の暴言を吐いて遊ぶってことですか…?」
「……卿の世界の私はいったいどんな外道なのだね?」

ノリノリでドSな女王サマです。
は乾いた笑いを浮かべて、ごまかすように写真を眺めた。

「えっと、あ、じゃあハデ鳥…じゃなかった、ドフラミンゴは除外として。あ、この人格好いいですね!!」

話をごまかすために適当に写真をあさっていたが、そのうちに一枚やけに古い写真を見つけて手に取ってみる。ワンピで見た覚えはないが、中々顔の良い海兵である。

「あー…それはだめだ」
「え?」
「その男は止めておけ」

ひょいっと、パン子さんはの手から写真を一枚奪い、すたすたと戸棚の中に置いてあった本の中に挟み込む。おや、と、は首をひねった。ひょっとして、今の。

「赤犬さん?」

の知る限りではまだ顔は明らかになっていないが、世界は違えどパン子さんが不審な行動をとる人物にほかに思い当たるものがない。ぼそりと呟くと、パン子さんが苦笑いを浮かべた。

「知っているのか」
「えぇ、まぁ」
「卿の知る私は、あの男とどういった関係だった」

さすがに答えように困った。大人ヒロイン、ノリノリドSなパン子さんの世界においては、サカズキさんとの関係は…どうだったのかよくわからない。少女ヒロインの世界であれば「もうお前ら結婚しちまえよ」と画面の前でなんと突っ込んだかわからぬ万年すれ違いバカップルだった。

こうして少し、困ったように問うパン子さんは、サカズキが好きなのではないだろうか。そんなことをふと思った。であれば、あまり迂闊なことは答えない方がいい。

「普通に主従関係でしたよ」
「…は?」

とりあえずは当たり障りなく、と答えると、パン子さんが妙に間の抜けた声を上げた。そしてキョトン、とこちらを見てくる。その顔が少し幼くて、は笑ってしまった。

「この私が、あの男と主従関係…?……どちらがどちらだ」
「え、え?えっと、普通に赤犬さんが主でしたよ。ドSな御亭主で……」
「なんだそのバカな話は!!ふ……ふふふ、その世界の私は何を寝ぼけている…?よりにもよって赤犬の下につくなど……恥を知ればいい」

ぶつぶつと、パン子さんは手に持っていた本をぱらぱらとめくり始めた。なにやら「地平線を越えて相手を呪う方法はないか…」といっているのが、本当にやりそうで怖い。は慌てて止めた。

「ちょ!!待ってくださいって!!!あれですよ!?でも、その世界ではパン子さんは赤旗さんが好きなんですから!!もうこちらのパン子さんとは完全に別物じゃないですか!」
「当然だッ、この私が……あの男の下になるなど、ありえない!!」

えーっと、このパン子さんと赤犬さんの関係はなんなんでしょうか。ものすごく気になるが、しかし、なんだか踏み込んではいけないことってあるよね☆と本能がそれ以上突っ込むのを拒絶した。

「ところでパン子さん…私のフラグ相手、」
「あぁ、そうだったな。忘れていた」
「忘れないでください。とっても重要なんです」

気を取り直して再度手配書を眺める。うーん、まだルフィの手配書はないようだ、としばらくしてわかった。アーロンの手配書は出ていたから、また悪さをしだした時期=そろそろバラティエ?とう辺りだろうか。

しかし…折角トリップしたのにこのまま誰にも会わないとかそういう展開になるのはもったいない。

「あぁ、こやつなどはどうだ?、将来有望、若く、実力もあり礼儀作法も整っている良い青年がいる」
「え、誰?」

ぴらり、とパン子さんが取り出した手配書を見て、げ、と、は顔を引きつらせた。





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