満天の星空、今日は満月もきれいですね。みなさんこんばんは、です。
「え、えっと…あの、イヴさん…白ヒゲさん…これは、あの、えー…えっと?」
食器洗いも無事終了。さて楽しかったがそろそろ帰るとするか、とそういう流れだったはずなのに、今だに白ひげ本線の甲板。と、そういう状況。
目の前でマルコさんが吊るされてます。
夢の海へ!
「だから親父、そりゃ濡れ衣だって言ってんだろよい。俺が何したってだよい。ただ消毒しただけじゃねぇか」
「言い分はわかるがな。お前、ちょっと考えてから行動しろ」
相変わらず死んだ魚のような眼の一番隊長どの。ちょっとピキッと青筋立ててる白ヒゲさんに弁解というか、事実報告をしているのだが、仁義を通すよ☆が信条のエドワードさん、騎士道精神も持ち合わせているのかどうか、先ほど「キッチンで叫ぶ、顔が真っ赤=あれ、隊長なんかした!!?」を船員が目撃し、なんだか軽い騒ぎになってこの始末。
ちなみにはとっくに泣きやんで、イヴの隣で困惑している。
「あの、ですから、白ヒゲさん、いや、あの、私もあんまりにびっくりしたので大声だしたけど…普通に考えればまぁ、当然?なのかもしれない流れだったというか……あの、なんでマル子さん吊るしてるんですか」
発音がおかしいだろうよぃ、と、ぼそりとマルコが突っ込んだのはどうでもいいとして、、ただオロオロとパン子とエドワードを眺める。
自分が叫んだのがまずかったのはよくわかる。いや、でも本当びっくりしたんです。まさかあそこで普通になめられるとは。いや、まぁ、医療行為の一環?と言えることにはいえる。それにマルコさんにそういうつもりもなかったのだろう。それはわかる。
ただ、とりあえずただの居候の自分がちょっとばかし叫んだくらいでこれは、大袈裟ではないのか。
「あぁ、吊るしたのはわたしの趣味だよ。なんだか最近そういうの見ていなくてね」
海賊も縛り首でなく処刑が多くなってしまったから、と堂々と物騒で外道なことを言うイヴ・イヴェン。眠いのかふわりとあくびをして、を見下ろす。
「子女が簡単に涙を見せるものではないよ。ここぞという時に男を籠絡するのにこそ使うべきだ」
「っていうか泣いてはいませんが」
「そこ!イヴェン!何を物騒なことをこんなガキに教えてやがる……!」
白ひげさんの鋭い突っ込み。さすがはみんなに「親父」と呼ばれるだけのことはある。教育熱心。うんうんとは感心して(なんか違うだろ)エドワードを見上げた。
「あの、白ひげさん。本当の、本当に大丈夫です。私は全然平気ですから、っていうか全般的に悪かったのは私かと…!!だから、マル子さんをおろしてあげてください!」
お願いします、と頭を下げると、ざしゅっと縄の切れる音。どさりとみっともなく落ちる一番隊隊長ではない。すとんときれいに着地して腕を振れば縄もほどける。
はマルコに駆け寄って、すぐに謝った。
「ごめんなさい…あの、本当に…迷惑をかけてしまって」
「気にするんじゃねぇよい。親父の意見にも一理はある。なんだか知らねぇが、悪かったな」
なんでかわからないのに男が謝るんじゃない!と内心突っ込みはいれたかったが、しかしマルコは本当にそう思っているよう。心底真剣に言うその様子に、後ろでイヴが「な?男前だろ」という顔をしていた。それは正直どうでもいい。
は困ってしまって、眉を寄せる。
「お皿洗い、終わらなかったんですが」
「あとは新入りどもにやらせる。指、切っただろ」
「かすり傷ですよ」
でも水にさらすのはよくないとマルコは続けた。粗野で、きっと体じゅうにたくさん傷を持っているだろう海賊にそういう気づかいをされたのが少しこそばゆい。はもう一度頭を下げた。
「本当に、ごめんなさい」
「別にかまわねぇよい。また来んだろ?」
ぽりぽりと頭さえかいて気安く、マルコは問う。
また、来る、来れるのだろうか。はちらり、とイヴを見た。カルミナ・ミラーナ号は彼女の意思で動く。船員はおらず、風を必要とせずに進む船。望めばどこにだって行けるのだと聞いた。
しかし、また白ヒゲのところへくることがあるのだろうか。
「は、はは、は、だから、エースが戻るまで預かってもらえばいいんだ。めくるめく三角関係なんて子女の夢ではないのかね?」
「三角関係って何ですか……。あいにく私にそういう予定はありませんよ……」
何やら勘違いしたイヴさん。にやにやと笑いながらとマルコを眺める。イヤ!?フラグなんて立ってないからね!とは胸中で叫んで、ぐっと拳を握った。
「と、とにかくお世話になりました!!白ヒゲさん、マルコさん!!それと素敵タイツのお姉さま達……!!本当ッ、みなさんスタイルよくてうらやましくって…!!!」
「なんかナースの方に惜しみを感じてねぇか…?」
ぼそりと呟く野郎の声はスルーである。
「いや、本当に素敵でした、白ヒゲ海賊だんの豹タイツ!!白ヒゲさんナイス!ロマンをわかっていらっしゃいますよね!!!本当、夢をありがとうございましたッ!!!」
がばっと、思いっきり感謝の籠った礼。
えっと、と、看護長らしいナースのおねーさんが頬に手を当てて前に進み出てきた。
「そんなに気に入ったのなら、記念に一足持っていく?タイツ」
「え、いいんですか!!!」
「え、えぇ……予備もあるし…」
目くばせをすれば、ナースの一人がパタパタとどこかけかけていき、小さな紙袋を持って帰ってきた。それを受け取って、看護長さんはほほ笑む。
「イヴ・イヴェン船長の船に乗るのは大変だと思うけれど、がんばってね」
「おねーさん!!!」
はい、と手渡された紙袋。しっかり確認させていただきました!!!入ってます!確かに入ってますよ豹タイツ!!のばらは感動で涙さえ流してしっかりと袋を抱きしめた。
「ありがとうございます!!家宝にします!!穴があいたら繕います!!!」
「い、いえ…そこまでしなくても……多分どこででも売ってるし…」
ややひきつって一歩後ろに下がる看護長。それを眺めていたイヴが「はーい」と手を上げた。
「わたしも欲しい」
「パン子さんはダメですよ!!似合いすぎて、ナースじゃなくてなんかいかがわしい感じになります!!」
すかさずは突っ込んで却下する。えーとイヴは不満そうに言ったが、別段本気で言ったわけでもないらしい。すぐに気を取り直して、ひょいっと、を抱き上げる。荷物のように抱えられては非難の声を上げるが、それを気にする人でもない。
かつん、と手すりに足をかけて、イヴは白ヒゲを振り返る。
「さて、それではそろそろ御暇しよう。食事、馳走になった。チェスも楽しかった」
「いくのか」
ゆっくりと、白ヒゲが立ちあがった。いろんな管をつけた老人。深い目を、いっそう深くしてとイヴを見下ろす。
「ゆくよ。楽しかったよ。さようなら、エドワード・ニューゲート」
「あぁ、俺も楽しかったよ。さようならだ、イヴ・イヴァン」
さようなら、と、互いに全く似合わぬ言葉を吐いて、イヴ、ひょいっと甲板から飛び降りた。その下にはイヴの船カルミナ・ミラーナ号がある。
とんとミラーナ号の甲板に降り立って、イヴはを下した。
「も、もっとこう……運び方はないんですか…」
「一番手っ取り早い」
けろりと答えて、イブ、白ヒゲ海賊団本船を見上げた。
「エースのこと、言っておきたかったんだがね」
聞くような男ではないのだよと呟く声は小さい。は眉を寄せた。
パン子さんは、知っているのだろうか。
は、知っている。ワンピースを読んでいたは知っている。(どっちかというとJUMP派)エースはインペルダウンに連れていかれて、ジンベエも一緒で、クロコダイルがいて、ルフィがハンコックと潜入して。
世界が、世が、揺れていく。
そういう流れになること、パン子さんは知っているのだろうか。
「……私にわかることなどないよ。ただ、わかるものだ。シャンクスもそろそろ気づいてくるだろう。黒髭ティーチ。あの男はよくはない」
「……今、絶対私の心を読んだでしょう」
「読んではない」
嘘だと思った。だが、言わなかった。はパン子さんを見つめる。イヴ・イヴェンという名前でこの世界にいる、たった一人の船員もいない海賊船の船長をしているという人。
くるり、と身をひるがえして、の横を通り過ぎた。
「さぁ、行くぞ。次は、そうだな。シャンクスのところに行こう。ベンに会いに行こう」
「……フラグ立てていいですか」
なんでもない顔をして、何でもない声をだす、その背にはついて行った。自分でもかなり真剣な声、ひそめて言えば、イヴさんの手がぽん、とその頭に乗せられた。
その手は軽かった。
■
「は、はは、なんだかこのしばらくは随分と騒がしく響くね」
ぽんぽん寝台の心地を確かめてから横になったイヴは、隣のベッドのにそう話しかけてきた。マルコから聞いた話がの頭をかすめる。
「パン子さんは、」
「うん?」
「ずっと、ずっと一人で海を生きてきたんですか?」
千年、とマルコはそう言った。だが、本当に、千年なのだろうかと疑問がわく。たった、千年だけなのかと、そういう、そちらの疑問だ。
「……さかしいね」
「だから、人の心を読まないでください」
「読んではいないさ。―――正確には、もう少し長い」
「千二百年くらい?」
「いや、三千年ほど」
は目を見開いた。ふぅっと、ろうそくの明かりが消えて暗くなる。真っ暗な中で、もぞもぞとイヴが寝返りを打ったのがわかった。
しかしまだ眠るようではない。は続けて問うた。
「どうしてそんなに長い時間を海で過ごしたんですか」
それだけ長い人生なら、もっと他に、やることもあっただろう。陸にあがって国に関わったり、海だけ、ではなかったはずだ。
もうこの際、イヴがかなり長い時間を生きているということは今更突っ込まない。なんだか当然のような気もする。むしろ、あの船、本当はノアの方舟なんじゃないかとか、そういうことの方が納得できる。
「海は変わらないからな」
ぽつり、と、イヴはつぶやいた。小さな音。
「え?」
反射的に聞き返せば、イヴは笑った。
「随分と長い時間を生きるとな、いろんな感覚がマヒしてくる。昔はきちんと笑っていたのに、昔はきちんと泣いていたのに、そういうのがなくなった。そうして、ある日、全てがどうでもよくなって、ただ、わたしは死ねなかったのだ。そういう生き物ではなかった。だから、海に構えた。たゆたうだけで、何もせず、ただ、船を進めた」
いつの間にか海賊船、だなんて呼ばれたのは五百年前からであるとイヴは言う。それで、その船が千年前にも確認されたという事実でもって、イヴは今、千年を生きるとそう言われるようになったそうだ。
「……だが、それももう終わる」
「……パン子さん?」
「、私はもうじきに終わるのだよ」
呟かれた言葉。深い深い、溜息があった。何度も何度も夢に見ていたと疲れて微笑む音が聞こえる。は体を起こした。
「パン子さん、死んでしまうんですか」
「終わるのだ。きれいさっぱりに、幕を閉じてしまえる。その時が来たのだよ」
「どうして?」
それだけ長い時間を生きたのに、なぜ突然、死ぬというのだろう。は信じなかった。そんなことがあるはずがない。この世界からパン子さんが消えるなどいうことは、ありえないと思った。
「そういう風にできてる。すべての物語には終わりのページがある。それが、この私にも来るということだよ」
の動揺に気づいているだろうに、知らぬそぶりでうとうとと言葉を重ねる。眠りのふちに近いという、気配に、しかし、はベッドを下りて、イヴの体を揺すった。
「私はまだ、聞きたいことがたくさんあります」
「大丈夫だ。なんとかなるだろう」
「元の世界にだって、帰りたいんです」
「それは無理だ。諦めろ」
「だいたいエースで強制フラグですか。パン子さんが死ぬっていうなら、私がサカズキさんもらってしまいますよ」
と、さすがにこれは利いたらしい。ぱちり、と一度はっきり目を開いてイヴはを見上げる。
「…それは止めておけ。本当、心の底から止めておけ」
だからあなた方の関係って何なんですか。
ものすごく気になった。だが、やっぱりなんか、聞くのはためらわれた。ふぅっと、溜息を吐いたのは双方同時。はもぞもぞとパン子さんの布団に入り込んだ。
「狭いぞ」
「死ぬとか、そう言うの言わないでください」
「終わるのだ。そういうふうになっている」
しようのないことなのだよ、と諭す優しい、青い目が見えた。ぎゅっと唇を噛んで、は目を伏せる。
「私の知っているパン子さんはあきらめたりしません」
もうこの世界がどうなのか、本当にさっぱりわからないのだが、しかし、こうしてパン子さんが消えていくのが、嫌だった。
自分がこの世界に来た意味が何かあるというのなら、自分の出現で、パン子さんが消えるのがためらわればいいと、そう思った。
「話してくれ」
「はい?」
「卿の知る、わたしのことだ。わたしと同じで、しかしそうではない、そういう生き物の話を卿は承知しているのだろう。寝物語に聞かせてくれ」
ふわり、ふわりと、花のにおいがしたような気がした。そういえば、このパン子さんには薔薇がない。なのに花のにおい。女性の、ということだろうか。はすぅっと息を吸って、吐いた。
「いいですよ、話してあげます。トカゲさんていう、パン子さんがどれだけノリノリで赤旗さんをいびり倒すか、可愛い幼女のリノハさんがどれだけサカズキさんに溺愛されてるか、話して聞かせますから、羨んでください」
それで、それに負けない思い出を作ろうと思いなおしてもう少し生きてください。
そう言って、はイヴの青い目を見つめた。
面白そうに、楽しそうに、イヴは笑う。そっとの頭を撫でて、そして「そうだね」と言ってくれた。
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