でこぼこ
目を伏せて、じっとただ心臓の音を聞く。自分の生を確認するように、祈りのように。は冷たいコンクリートの上でゆっくりと呼吸を繰り返していた。
「生きていますか」
頭上から声がかかる。閉じていた目蓋を少しだけ持ち上げて、コンクリートと、質のいい革靴を確認する。ゆっくりと首を動かして視線を上げれば、チェックのズボンに包まれたすらりと長い足と、白いYシャツ。それ以上は首が痛くなるので見ようとはしなかった。は再び目を伏せる。
「死んじゃいないよ」
「そうですね」
訪問者の気配が隣に腰掛けた。はぼんやりと目を開く。今度は低い位置に顔が見えた。給水塔を背に、片足を立てて座っているのは一応己の先輩という立場にあたる人物だ。ゆっくりと体を起こして寝返りをうつ。仰向けになって、日陰とはいえ太陽の眩しさに目を細めた。
「暑いですね」
涼しげな容貌の二年生は静かに言葉を紡ぐ。ふわりと生暖かい風がの長い髪を揺らす。
「ねぇ、キミ…授業は?」
「サボりました」
「頭、悪くなるよ。宍戸くんみたいに」
「これでも毎回学年三位内には必ず入っているのでご心配無用です」
は黙った。厭味な男だ、と思いながら頭の上に腕を組んで枕にする。
「ボク、寝てるんだ。邪魔しないでね」
「わかりました」
グラウンドから同級生達の声が聞こえる。授業ではサッカーをやっているらしい。サボって正解だったと、は頷く。風の匂いに、日吉の匂いが混じっていた。そう言えば、こうして日吉と過ごすようになってからもう半年が経つのかと思い当たる。
「ねぇ、ヒヨ子」
「なんですか、さん」
体を起こして、日吉に向かい合う。背の高い、細い青年。薄い体の下にはやっぱり心臓もついているのだ。
は手を伸ばして日吉の肩を掴んだ。身を乗り出して、そのまま馬乗りになるように体を引き寄せる。日吉が少し緊張したのが解った。
「…………」
反応に困っているその姿を無視して、は日吉の左胸に耳を当てた。目を閉じてその音を聞く。
「……寝る」
「はい?」
「このまま、寝るから」
触れた体は熱かった。ドクドクと早い鼓動は聞いていて可笑しくもあり、安心しもした。は目を伏せたまま日吉のシャツを握る。
「子供みたいですね」
緊張したのをごまかすかのように日吉が呟く。所在なさげだった両手はいつのまにか背中に回されている。は笑った。
「ボクは子供だよ。半年前まではランドセル背負った小学生だったんだ」
「似合いませんよ」
間髪入れずに突っ込まれては黙る。怒ったんですか?と問いかけられて仕方なく口を開いた。
「別に。キミだって、ランドセル似合わないじゃんさ」
「俺は氷帝の初等部だったので指定の鞄がありました。もちろん制服も」
さらりと流す日吉に、が目を開いた。
「子供のときの写真、見たいなぁ」
「お断りします」
「見せてよ」
ねぇ、と小首を傾げて日吉を見つめる。動きが一瞬止まった。
「……実家にあるので、すぐには無理です」
「じゃあ、今週末学校外で待ち合わせしようよ。写真持ってきてね」
週末は朝から練習があった気がするのだが、どうせこの人のことだから夜中に呼び出しなのだろう。日吉は頷いた。
「……」
「さん?」
「このまま寝てしまおうかと」
「わかりました」
先ほどと同じ会話をもう一度して、日吉は自分も目を伏せた。
〈了〉
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