(私の魚は白黒の氷の中を泳ぐ)
私立氷帝学園は幼稚舎から大学部までを含む巨大な学びの場である。
面接、試験、審査を受けて「適任」と判断された子息令嬢だけが入学することを許され、生徒たちは十九年間をかけ上流階級の教育を受ける。そして社会に花開き一人前の紳士淑女として生きていくのだ。
男女共学ではあるが校舎は完全に隔離され、男子学部・女子学部と別個の教育をされている。唯一体育祭や学園祭などは合同に行われるが、それは「正しい交友」を行うためであり、純粋培養液で育てられている箱入り娘たちは必ず二人以上で行動するので声をかけることもできない。男子生徒と女子生徒が口を聞いて良いのは男子校舎と女子校舎の中心部である大広場でのみ。
氷帝学園の女子の制服はイギリスの伝統衣装をモデルにしているといわれるチェックのスカートに、上品なクリーム色のブレザー。ネクタイは赤。スカートのプリーツは乱さないように、白いシャツはきちんと中に仕舞い込み、皺を寄せないように、ゆっくりと優雅に歩くことが淑女のたちなみ。もちろんスカートは膝下、靴下も指定の白いソックス、指定の茶色い革靴、髪も染めたりなどはもってのほか、肩まである場合は目立たない色のゴムでしっかりと結わくこと。いかなる事情があろうとも走ったり、大声を立てるなどもってのほか。移動中に男子生徒と偶然通り過ぎても騒がずに「ごきげんよう」と微笑んで挨拶をする。彼女たちは清楚でまるで白い花のように穢れなく、可憐な生き物なのである。
日本の現在の価値観ではおおよそ、冗談のような話だが、そんな世界はあまり一般的ではないだけであって実在する。そして氷帝学園で生きている生徒たちはそれが「常識」だ。
氷帝学園中等部の日吉若は所属するテニス部の朝練習のためにまだ六時という早い時間から学校内に入っていた。彼は学園内の寮で生活しているので練習のある一時間半後まで随分とゆっくりしていても遅刻の心配はないのだけれど、正レギュラーになった日吉は誰よりも先にコートに入って特訓をしたかった。
管理棟に行き、職員室で部室の鍵を貰って、日吉はそのまま丘の上にある正レギュラー専用のテニスコートに向かう。階段を上がっていく途中で、上から誰かが降りてきた。自分より先に誰かもう来ていたのか、と焦って顔を上げる。
「あれ、きみ」
こつこつ、と革靴の音を鳴らしながらステップよく降りてくる人物は日吉と目が合うと少しだけ驚いたように目を開いた。
「お前は……」
日吉の方も立ち止まって、相手を見上げて睨む。あきらかに染めているのだろう、頭のてっぺんから綺麗に白と黒に分かれている髪はくせっ毛で、どこまでも人を小ばかにしたような挑戦的な笑みを浮かべる口元。
忘れもしない、関東大会で氷帝学園の天才ボレイヤー芥川慈郎が惨敗した青春学園の一年生レギュラー双翼の片割れ、である。
「青学の貴様が、なんでここにいる」
日吉がまだ勝てなかった氷帝の正レギュラーを完全に翻弄して、遊ぶように試合を行ったその小柄な少年を日吉は憎むように睨み付けたまま吐き捨てる。
青学が氷帝に勝ったことで、氷帝学園は全国への道を絶たれた。いや、日吉の中では、自分が一年生の越前リョーマに敗れたから、氷帝学園は敗者になったのだと思っていた。自分の所為で、跡部部長は責任を果たして手塚に勝ったのに。自分は負けた。結果はもう変わらない。だから日吉は強くなって、練習を続けて、強くなることで贖罪をしようと毎朝誰よりも早くコートに来ていた。
それで自分の中のわだかまりと罪悪感を消化させようとしていたのに、まだ消し去らぬうちに、青学の選手と、自分のテリトリーで再会した彼は、憎しみをにぶつける。
「まぁそれはいろいろあるんだけど。キミこそ正レギュラーじゃないのに上のコートで打ってたら跡部くんに怒られるよ」
「俺は正レギュラーだ」
関東大会では敗北したが日吉はレギュラー落ちをしていない。嫌味か、と殺気を込めて答えると、は「え」と間の抜けた声を上げて「でも、いたっけ…?」と自分の記憶を辿るよう顔を顰めた。
「いい度胸だ……」
一年に負けた選手など覚える価値もないと云いたいらしい。日吉はこめかみを引きつらせて、に掴みかかった。怪我をさせるつもりではなくて、ただ少しだけ脅してやろうとの行動だったのだが、は伸ばされた手をぱしん、と払いのけた。
「なっ…」
日吉が驚く。今の動きは、古武術にのっとった正式な方法だ。ただのケンカっぱやい一撃などではない。そしての今の対処法も、反射的なものではなくて、要領を得ている。軽く交わされたことに日吉の中で何かのスイッチが入った。
縮着法を使いの間近に迫り、相手が気づかぬままに腕を背中にひねり上げた。
「え……っ…!!!!?」
は何が起きたのか理解できず、痛みを感じて始めて日吉の行動に気付き、声を上げる。勝った、と日吉がひとまず安心した瞬間、彼は気付いた。
ここは階段の途中ではなかったか。
「っ!!!」
「あっ…!!」
二人同時に声を上げて、バランスを失った体は見事に階段から転がり落ちた。世界がぐるんぐるんと回ることを確認している余裕はもちろんない。軽く二十段くらいは転がり落ちて、コンクリートの上に叩きつけられる。
「う……っ……おい、大丈夫か?」
一応日吉は自分の方が体格は上だし、受身も取れるので途中の体を抱え込んだのだが、日吉に抱かれた小さな少年は返事をしなかった。最後の衝撃はなかったにしても、どこか打ったのかもしれないし、ショックで気を失ったのかもしれない。頭だけは日吉が両腕で守ったので打ったということはないだろう。
(俺の所為になるのか)
ここで部外者を怪我させた、などとバレて退学処分、いや、退部でもさせられてはたまらない、と退学よりも退部に重点を置いた思考をしながら日吉はひょいっ、との体を担ぎ上げた。
男相手なので俗に言うお姫様だっこなどというクソ寒いことはせず、荷物を担ぐように。
小柄とはいえ、あまりにその体が軽いことに少し驚く。大きさはきっと向日先輩と同じくらいだろうは、中身がないんじゃないかと言うくらいに軽すぎた。けれど骨と皮だけではなくて、ちゃんと肉の柔らかい感触がする。同じ男、しかもテニスをしている人間とは思えない。 しかも氷帝学園の宿敵青春学園の選手である。こんなに子供のような顔をしていて、芥川のラケットがはじけ飛ぶほどのショットを打つのだ。
頭を振って雑念を払い、日吉はまだ誰も来ていない部室を開けて、窓際のソファにをどさりと下した。まだ部員が来るまで一時間二十分はある。それまでにが目を覚ましてさっさと追い出してしまえばいい。関東大会の準決勝が残っている青学のこいつだって、他校で問題を起こした、など知られたくはないだろうから、お互い先ほどのことは口にしないと約束させればいい。日吉より、のほうが困るはずだ。
「おい、」
軽く体を揺さぶって目を覚まさせようとするが、は起きない。失神したのなら無理に起こすよりも自然回復を待ったほうがいいことはわかっていたし、それにまだそれほど急ぐこともないと日吉は自分の着替えを終わらせ、そしてあとはを放って練習を始めてしまおうかと考えた。
「……血?」
と、日吉は自分の掌に血が付着していることに気付く。もちろん日吉は怪我などしていない。慌てての体を調べて、背中のシャツから血が滲んでいるのを発見する。擦って切ったわけではないだろうし、階段から下まで何か刺さるものはなかったはずだが。
とにかく手当てをしようとのシャツをまくりあげたが、上半身が包帯でぐるぐる巻きにされていた。ということは、これはもともと怪我をしていて治療をされた後。階段で転がっているうちに傷が破れたのだろう。
まぁ自分の責任ではないのなら、気が楽だ。一度包帯を巻きなおさなければならない、と考えて棚から救急箱を取って新しい包帯とガーゼなどを用意し、の包帯を解いていく。
その作業の都合上、どうしてもの上半身を日吉の肩に凭れ書かせ、背中の傷をうかがうという点も含めて日吉はと向かい合わなければならない。
一体なにをすればこんなに大げさに包帯を巻くほどの怪我をするのだろうかと疑問に感じながら包帯を解いていく。の白い背中が完全に露わになって、傷が見えた。
思ったよりも小さい傷だ。猫か何かに引っかかれた程度の。血は出ているし、切れているようだが包帯など巻かなくてもガーゼにテープで事足りる。
なんだ、と興ざめしながら(べつに縫合したような凄惨な傷を求めたわけではないが)用意したガーゼで消毒、ガーゼを被せて剥がれないようにテープで固定をする。別に包帯は巻かなくていいか、と判断。の体をソファの背もたれに倒して、日吉は硬直した。
「は……?」
人間本当に驚いたときというのは叫ぶこともできないらしい。いや、この驚きは叫ぶ類のものではなかったのか、日吉は目を大きく見開いて、の胸部を見詰めたまま固まっていた。
氷帝の帝王跡部景吾のような、どこの貴族ですかあんた、というほどの富豪ではないが、日吉若も氷帝学園で幼稚舎から育ってきた生粋の「お坊ちゃま」である。今まで女性の太ももを見るだけでも赤面、破廉恥な、と思うほどの純情少年な彼はエロ本やAVなど見たことがない。
だから、女性特有のふっくらとした胸など実際に目にしたことはなかった。
だが今、日吉若(誕生日前なので十三歳)の眼前にある、大きいとはいわないが明らかに男のものとは違う膨らみ、その中心にある桃色の突起は、自分と同類のものではないことくらいはわかる。
五秒ほど停止して、我に返った日吉は慌てて脱がせたシャツをの肩にかけ、無理やり前を合わせた。が、袖を通していないのでボタンをかけられるはずもない。ただ、赤面して俯き前を押さえている日吉は完全に頭が混乱していた。
心臓はこのまま飛び出すんじゃないかと、と思うくらいに跳ね上がっている。ドクドクと流れる自分の血液の音が耳に響いてきそうだ。
これは、一体なんなんだ?いや、胸だ。そうじゃない!なんで、男のにそんなもんがついてやがる!?包帯を巻いていた理由は解かった。サラシだ、とそんなことが解かってもこの状況が変るわけではない。
青学の連中はこのことを知っていたのか?でもこいつは試合に出ていた、女だとバレたら出場停止になるかもしれないことを、あの手塚がやるか?そんなばかな。
(それに、それには跡部さんと親しかった。家同士の付き合いがあるのだと誰かから聞いたことがある)
(なにがなんだかわからない。俺は何から考えればいい!?)
最もな疑問を最後に考え、日吉はとりあえずこの、俯いた体制から逃れなければならないと悟った。今に目を覚まされればとんでもないことになりそうだ。もし、が女であれば襲っていると思われても仕方ない状態だし、男だったとしても年下の少年相手に悪戯をしています、という状況に取られる。とりあえずは包帯を巻きなおして、何も気付かなかったふりをしてシャツを着せ、さっさとコートに戻ってしまえばいい。よし、それで行こう。
方向性が決まってぐっ、と拳に力を入れる、と。
「……うん…?」
「!!」
長いまつげがゆっくりと上がって、が目を開いた。
そして寝ぼけたままの目で日吉を見詰め「あ」と間抜けな声を上げる。日吉がぎくり、と身を震わせたのに気付かないのか、はそのまま続けた。
「そうそう、思い出したよ、きみ、越前と試合してたひとだね」
あー、そうだった、とは一人満足そうに頷いて、それから「退いてくれる?」と日吉に言う。自分の置かれた状況については理解していたらしい。けれど慌てた様子もない。
「あ…あぁ…」
呆気にとられて日吉は頷き、退く。の体を見ないように後ろを向いて、沈黙した。はソファに落ちていた包帯を手に取り、「あー」とよく判らない音を立ててから、シュルリとシャツの袖に腕を通した。ボタンを全て閉め終わってから、日吉に声をかける。
「もう振り向いていいよ。いろいろお互いはなすことありそうだし、向き合って会話が必要だと思うんだけど、どうかな」
「……あんまり、驚かれないんですね」
振り返らないまま日吉は呟く。いつのまにか口調が敬語になってしまったがしかたがない。氷帝の教育の成果か、女性には敬意を、親しくない女子には敬語を使うというものが出てしまった。
日吉の変化には面白そうに「はは」と笑ってから、ソファを離れ、日吉の前に回りこむ。視線を合わせまいと顔を逸らした日吉の顔を覗き込み、「あのね」と口元が笑ったまま言う。
「まず一つ目の提案。今のは見なかったことにしてくれない?」
「できればそうしたいんですが、真相は知りたいです。どっちなんですか、貴方は」
「あ、やっぱりそうくるかぁ」
あはは、とは笑う。他人事のような笑い方だ。完全に動揺しているのはこちらだけで、それがなんだか腹立たしくて、日吉は言い返す。
「貴方が女なら、青学は女子の力を借りていたということになりますね。日本テニス連盟にそのことを知らせれば、どうなるか」
さすがにその話題には反応するかと思えば、は「は」と笑いのような息を吐いた。
「心配無用。ボクは男の子だから、あ、保険証見る?」
はポケットから定期入れを取り出して、挟んであったカードを日吉に渡した。
「……どういうことだ?」
独り言のように日吉は呟く。
「ろいろ事情があってね。体と心は女なんだけど。でも法律上はちゃんと男の子」
思考回路がついていかない日吉に、は「次の提案ね」と笑う。
「テニスしようよ、折角コートあるんだし」
日吉の思い描く女子というのは、ゆっくりと優雅に歩き、けして大口を開けて笑うことなく、慎ましい清楚な、おしとやかな女性だ。もちろんそうでない人種が日本には存在することも理解している。テレビはあまり見ないが、駅や町で見かける派手な格好の女性を知っている。だが、氷帝学園という世界で育ってきた日吉若(誕生日前なので十三歳)は、氷帝学園にいる女子は、全てが淑女になるべく育てられた清楚な女性だと信じてきた。
その理想が、彼の常識が、音を立てて崩れていくような気がした。
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跡部景吾は上機嫌だった。ここ数日、関東大会で敗れてからというもの(誰にも悟らせ歯しないが)気落ちしていた彼だったが、今日という日は別だ。実家からリムジンを使って登校している跡部は樺地を散歩後ろに従えながら校門を潜り、待ち合わせ場所である丘の下の噴水前に向かった。
今日はが氷帝学園に転入してくる初日だ。いや、編入手続き事態は以前に完了していたのだが、不機嫌で荒れたが暴れたり、跡部を投げつけたりとで鎮静剤や薬物を使用してやっと昨日専属医から「午前中だけなら」との許可を貰ったのである。
もちろん氷帝に編入することを本心から望んだわけではないだから、素直に登校してくるとは思わないし、一緒に学校に行こうとしても無理やりでは車を奪われて逃走されるのがオチだとわかっている跡部は「強制じゃねぇが、久しぶりにテニスでもしようぜ」と正レギュラーの朝練習に誘ったのだ。
家庭の事情で幼馴染である海堂薫との関係を絶たれた今、に残っているのはテニスへの執着心のみである。そのことを利用した。忍足やジローはのことをよく知っているし、も暴れないだろうと判断したこともある。それに、死んだような状態のに再び笑顔を取り戻させるには部活という居場所を作ってやることだと跡部は考えていたのだ。
「しかし…のやつ、遅ぇな…」
ちらり、と時計を見て跡部は呟く。七時に待ち合わせをしているのに、の姿はない。こちらに向かったという情報は得ているから、来ていないはずはないのだが。
「まさか…迷子になってんじゃねぇだろうな…おい、樺地。を探して……」
跡部はの極度の方向音痴を思い出して不安になった。そして後輩に捜索命令を出そうとして、押し黙る。
「……ん?」
「……?」
樺地が不審がっているのが気配でわかったが、そんなことは気にせずに、跡部は耳を済ませる。
「……?」
跡部の耳に、丘の上のコートからの声が聞こえた。走り出し、階段を駆け上がる。
百段以上ある階段を駆け上がって、少し切れた息に構うことなく、跡部はテニスコートに駆け寄って、金網の前で立ち尽くした。
関東大会一回戦の日、かねてからの実父との約束では試合が終わると同時に青春学園を辞めた。それから今日までの一ヶ月はにとっても、跡部にとっても悪夢のような日々だった。叫ぶ声、呻く声、世界を呪って、何もかもを諦めたは何度も自殺を図り、止めに入った跡部を何度も昏倒させた。それでも他の医者や看護婦の場合は半殺しにしてしまうという理由から、そしてそんな状態のを他人に任せられないと感じた跡部がの父親に交渉して一切を引き受けた。
理由など簡単だ。跡部景吾はを愛していた。心から、彼女の明るい声で笑う姿を再び見たいと思い、そのために己のできることをなんでもする覚悟があった。が、しかし、ここで跡部自身誤解することのないことではあるが、彼の「を愛している」という心は男女のそれではない。
男として女であるを守りたい、などということではなく、幼い頃自分が世界の王様ではなくただの人間であると突きつけられ「裸の王様だったんだ」と泣き家を飛び出した景吾に「ぼくはきみは王さまだと思う」と言ってくれたからだ。己は彼女に救われて、支えられて今がある。それであるから彼女が絶望に伏している時は今度は己が彼女を助けようと、そういう誓いゆえのことであった。
けれどそのは今、コートの中で笑っている。
「!!」
叫んで、跡部はコートに入った。
「あ。跡部くんっ!」
昔のように、一ヶ月前のようには笑って跡部を呼ぶ。跡部の心が、弾んだ。光を受けてきらきらと輝く髪に負けない笑顔。やはりを元に戻すには、テニスしかなかったのだ。自分の判断は間違っていなかった。テニスをしている相手が自分ではないことに多少、思うことはあったが、けれど、が笑っている。
の相手は日吉のようだった。どういう経緯で二人が打ち合いをしているのかわからないが、日吉のことだ。試合のときにジローを倒したと戦ってみたいとか、そういう理由から挑んできたのだろう。
跡部の登場に日吉がボールを止め、「おはようございます、跡部さん」と丁寧に挨拶をしてきた。跡部は適当に挨拶を返して、ぱたぱたと自分に駆け寄ってきたを迎える。
楽しそうに、嬉しそうに、は笑っている。
「てめぇ、俺さまを待たせて一人だけテニスたぁ…いい度胸じゃねーか、アーン?」
だから跡部は軽口を叩いて、の頭をこつん、と叩いた。痛いよぉ、と笑いながら苦情めいたことを言う。
「あは、ごめんね!でもね、確信したんだ。あの人、ほら、きのこみたいな頭の」
「日吉か」
「そうそう、ヒヨシくん。もう感激?嬉しくってさ」
「っは。一目ぼれとか寒いこと言うなよ」
苛々は吐く。まさかに限ってそんなことは万に一つもないとわかっているからの言葉。どうせ変ったフォームで打てるのが面白いのだろう。のほうも、あはは、と笑った。
「彼ならボクを壊してくれるって確信したんだ」
相変わらず明るい声で言うから、跡部は反応が遅れた。言葉の意味に気付いて、ぎょっとの顔を覗き込む。
その目はこの一ヶ月跡部が見てきた、仄暗い炎を閉じ込めた氷の欠片そのままだった。
Fin
8/8/06 6:34 AM
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