グランドライン航海中小話 「物凄く赤旗がいぢめられている話が読みたい」 夜の読書は眼に悪いから止めろと散々言っても聞かぬ生き物にこれ以上どうこう言うのは徒労。であるから、せめて暗がり、ろうそく一本では止めてくれとドレークがランプやらを二つ三つ持ち寄って、昼間のように明るくした船内、室内、ベッドの上に腰掛けて、壁に背を当てて先日立ち寄った港で買い求めた本を読むが顔を上げて、そんな、妙なことをのたまった。 べぎっ、と、ドレークの手の羽ペンが折れる。カリカリと本日の日誌を書いていた手。まだ一日は終わっていないからと堅苦しい格好のままの、X・ドレークの背、カタカタと揺れた。そんなことはお構いなしに、、襟足の長い髪を鬱陶しげに払って、その真っ青な眼を細める。 「赤旗、」 「聞こえない。俺は何も聞こえんぞ」 幼稚な仕草と思われようが構わない、ドレークは両手で耳を押さえて「あー、あー」との声をさえぎる。しかし、そんな程度でこの女の悪意から逃れられるのなら、X・ドレーク船長、もうとっくの昔にグランドラインを二、三周は軽く出来ただろう。 ふふん、と、の笑い声。機嫌よさそうな音、ではあるが、しかし、額には青筋がぴきっと浮かんでいる。 「このおれのささやかで可愛らしいお願いを無碍にするとは、つれない男だな。非道だな」 この極悪非道の海賊が、と、罵られるが、事実ドレークは海賊である。それは罵倒になるのかと疑問ではあるが、極悪非道、とに罵られると物凄く、理不尽な感じはした。 というか、世のどんな犯罪者、悪人もこの女の悪意には勝てまいと、いや、真面目な話でもそうなのだが、最近心底そう思う。そんな様子が顔に出ていたのだろう、ばふっと、赤旗の顔にが枕を投げつけてきた。咄嗟にドレークがインク瓶をさっと手に持たねば、落下した白い枕が机にあたって真っ黒く染まっただろう。そういう二次災害を解っていては平気でやる。ドレークがちゃんとインク瓶を取るとわかっていてやるのだ。取らなければ取らないで、床にインクをぶちまけて雑巾で磨くのも面白い、とそういう女である。 「ふ、ふふふ、今とっても無礼なことを考えているだろう。鳴かされたいのか」 「心の底から頼む。もう少し、小指の爪の先ほどでも構わんから、つつしみと羞恥心を持ってくれ」 言うだけ無駄である。 は「おれはいつだって完璧だ」と、何の答えにもなっていない言葉を堂々と吐き、言った端からひょいっと、上着、その下のシャツを脱いだ。 「っ、!」 「今更恥らうな。おれとお前の仲だろう」 大体下にちゃんと下着を着ている、とふんぞり返るのは、どう考えても子女の類ではないだろう。ドレークはもう、いろんなことを諦めたくなった。 それに、なぜ自分があせらなければならないのか。深く深いため息を吐くと、がふわりとあくびをして、先ほどまで読んでいた本をまた膝の上で開いた。すぐに眠るというわけでもないのならなぜ脱いだのか。そんなものは決まっている。自分への嫌がらせだ。いや、そうなると露出癖のある変態に聞こえるが、一応彼女にそういう気はない。名誉のために言っておくが、おそらく次の夏島の海域に入って少し湿度に変化があったから、という可能性も、ありえなくもない、たぶん、おそらく。 「お前には羞恥心がないのか」 「おれを誰だと思っているんだ」 「傲慢で尊大で空気を読まないドSだ」 「よし、そんなに鳴かされたいのなら今ここで明るい下でやってやる」 「待て待て待て!!事実だろう!」 きっぱり言えば、ゆっくりと立ち上がってこちらに近づいてくる。ぴきっと額に青筋は浮かべているがその態度はどこまでも楽しそうでノリノリである。 しかし羞恥心、うんぬんかんぬんのこと、確かにになくて当たり前と思わなくもない。まず、彼女はとんでもない年齢であり、言い換えれば完全に春を過ぎた老婆といって過言ではない。今更恥じらいなど、して、逆に不気味という意見もある。そして何よりも、もともとのの生まれにも大きく影響するのだろう。ドレークが一度だけ開いて脳に刻み込んだ「リリスの日記」(ドレークはこれをひそかにドSのドSによるためのドSな日記と呼んでいるが)によれば、全く持って信じられないことに、、正確にはパンドラ・という生き物は正真正銘「やんごとない」身の上の方であるのだ。肌をさらすことに羞恥心など持たなくて道理、とそういうことも、あるにはある。 「今、お前物凄く無礼なことを考えただろう」 「頼むから人の心を読むのは止めてくれ」 「ふん、お前が解り安すぎる。それで、赤旗、お前が世に散々いびられてどつきまわされるヘタレな話が読みたい」 魔女が悪魔のようなことを堂々と言っている。 「・・・・い、一応聞くが・・・なんだ、その、バカな発言は」 「バカとは何だ。バカとは」 バカでないのなら、阿呆である。しかしそれを口に出せば今度こそ本気で押し倒される。ドレークは辛抱強くいろんな感情を飲み込んで、言葉を選んだ。 「そんな(俺としては)面白みのない話より、世の名作を読め」 「読み飽きた」 とてつもない長生き。出版されている本、名作の類はここ数年で読みつくしたと、それは本当だろう。 「・・・最近の作品はどうだ。俺は読んではいないが、シェイク・S・ピアの新作は中々評判が良いそうだ」 「おれがラブロマンスの類を真剣に読むと思うのか」 確かに物凄く似合わないな。うなづいて妙に説得力のある言葉、いや、だが暇ならそんな選り好みをしている場合でもないだろうに。何度目かわからぬため息。するとが「だからな」と切り出してきた。 「おれとしては、赤旗がどこぞのご令嬢に蹴り飛ばされたり、無体にそのへん連れまわされたり、朝から抱きつかれておっはー、ドッキリ?的な話が読みたいんだ」 「・・・普段からお前が俺にしていることじゃないのか」 「書籍に残されていたらおれはお前の死後も面白おかしく思い出に耽れるだろう?」 しおらしく言って微笑むが、どう考えても演技である。しかし、いやはや、全く、惚れた弱み。ここがドレークのヘタレのゆえん。嘘とわかっていても一瞬はぐらっと、絆されそうになってしまう。 「ざ、戯言ばかり言うんじゃない」 「お前に対して虚言は吐かない。心の底からの本心だ。愛しているぞ、赤旗」 全く持ってこのタイミング、この状況下で言われても信憑性は欠片もない。だからこそ言うこの女の外道さは十分わかっている。ドレークはもう、フルフルと肩を震わせて、なんだか泣きたくなった。なんでこんな女に惚れてしまったのか。ここで自分があっさり負ければ、この女の将来、老後(かどうかは別として)の一時の暇つぶしのために、自分の妙な人生が後世に残される。 さすがに、それは止めて欲しい。 だがどうすればいいのかさっぱりわからない。 哀愁漂い、それでもを船から追い出せない(それどころか部屋からも追い出せない)赤旗X・ドレーク船長。今日もつくづく、ヘタレである。 Fin いや、やっぱり赤旗さんはこうでなきゃネ☆ NEO HIMEISM |
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