だからなんでこうなんだ!!








まぶたをゆっくりと持ち上げていれば眠気はなんとか収まるものだと、退屈な授業を受けて居眠りをした自分に、教えてくれた兄弟子。その顔、心底眠そうでやけに実感がこもっているなぁと感心したのは、もう、ずっと前のことだ。

(懐かしい、な)

ぼんやり思い出しながらはまぶたをこすった。何度もあくびをかみ殺し、ゆらゆら揺れる船のうえ、浮かぶ満月の美しさも星の多さも、どうということもない。

「眠らないのか」

ふわりとまた大口を開けて、大きく伸びをしていたの背に、男の声がかかる。反射的に振り返り、は苦笑した。月も傾き朝までは時間があるが、それでも夜半というに事足りる時刻。この船も見張り番以外はひっそりと全てが眠りに入っている。
現れた男の格好。常の物と変わらぬ、つまり、帽子に黒づくめに、くろいブーツ、手袋。

「おれは寝室以外でお前が楽な格好をしているのを見たことがないよ」
「性分だ」

ころころとおかしそうに笑うに、ドレークはそっけなく答えた。だろう、な、とはも思う。昔からの習慣、厚着、ではなく、服装を整えておくことを当然とする、いや、した、生活。将校クラスの人間は、だいたいがどこかしらの支部の司令官や副官になり、どんな時でも外に出るときはあの、うっとうしい、暑苦しいとが常々おもう「正義」の白いコートを着ていた。それが誇り、なのではない、それは、責任なのだと以前この男に聞いたことがある。(ではその責任を、彼はもう捨て去ったのだろうか)それでは、その時になんだか気持ちの悪い思いをしたのだ。では、では、毎度毎度、酷い暴力をふるった後に、なぜサカズキはにコートを被せて去るのか。その、疑問、の、答えなど知らぬようにしなければ、吐く。

「…………っ、ん?なんだ」

思考にふけっていたの腕を、ドレークが掴んだ。ぐいっと、この男にしてはいささか乱暴な仕草には目を丸くして、ゆっくりと顔を上げる。

「赤旗?」
「……」
「どうかしたのか?」

見つめる彼は、いつものように目元をマスクで覆っているが、それでも判る、何か、いらだっているような、そんな気配。は目を細めてドレークの顔に手を伸ばした。この男が不機嫌になる理由がわからないが、それでも、先程までは普通だったのに、変化したということは己が原因ということだろう。

「おれが、」
「………なぜ、海軍へ帰らない」

なにかしたか、と問おうとしたの言葉を遮って、ドレークが問うた。突き放すような音、ドレークにそういう態度を取られるのは、よく分からないが、は嫌だった。悪魔の実。能力者は悪魔の身、その、悪魔に否定されることが恐ろしい、などという幼い感情などとうにない。ではこの切ない慕情はどこから来るのかと、は一度も真剣に考えようとしたことがない。

「ふ、ふふ、なんだ、帰って欲しいのか。おれがここにいたら、迷惑か?」

ずきり、と一瞬痛んだ心臓を隠すように笑って、ちゃかすように言えばドレークは目を細める。しかしそれ以上は言わない。沈黙が一瞬でも来るのが、たまらなく、は続けた。べらべらと、そういえば赤旗相手におのれはよく口が回る。

「なに、問題などなにもないさ。おれがいることによって海軍と遭遇する確率に変化などないし、ここにいることはセンゴクに言ってある。といって、どうこうするような男じゃあないしな。当然ここにいたからとてお前たちの戦闘に加わることもしない、海軍が来たらおれは逃げる。それにサカズキにだって、」
「なぜここにいる」

強く、突き放された。触れようと延ばしていた手を払われ、当たり前のように近かった距離が、離れた。ぎこり、と、波の音。は不思議そうにドレークを見る。暫く見つめ合って、ふいっとドレークが視線をそらし踵を返そうとするので、はいささか強引に、その腕を掴んだ。

「どうしてそんな顔をする?おれが何かしたか。気に入らないこと、嫌なことがあっても、お前はいつも何も言わない。ただ黙って、行ってしまう」

太い男のたくましい腕は、払われればすぐに離れてしまう。はぐっと指先に力を込め、己の本気を伝える為に周囲の温度を下げた。

ドレークは、何を聞きたいのだろう。この船にいる目的は、はっきりしていて、それは彼も承知している。ただの暇つぶしという表向き、裏は、しかしやはり長い時間をつぶす為の戯れ、そこに僅かに元少将をあんじる思いがあるような、ないような、そんなあやふやさ。その、あやふやさを、明確にしたいのか。いや、そうではない。彼は、ドレークはその答えを知りたいなどと思ってはいないのだと、には判っている。がなぜこの船にいるのか。ドレークがいるからか、ドレークを、おもっているからか、など、そんなこと、ドレークは知りたくない。知って、しまうわけにはいかないと、そういう風に思っているのだ。だからはあえてふたをして、けらけら笑いながら彼の寝台に忍び込む。そういう関係で、当然であった。
ではここでこの男が問う「なぜ」とは、何か。は考えた。しかし、思い当たらない。だが、何もないわけではないのだろう。それを、暴いて良いものかどうか。

「沈黙は美徳だけどねぇ、おれはお前の声がすきだ。何かしゃべれよ、赤旗」
「……戯れ言ばかりだな、お前は」

侮蔑をはらんだ声で、目で言われは咄嗟にドレークを殴り飛ばしていた。なぜカッとしたのかわからない。じん、と熱を持った左手が痺れるまでは自分の行動に気づかなかった。

「…………ふ、ふふ…」

だが驚いたのは一瞬で、次にはは笑っていた。加減なく、かなりの本気で殴られたドレークは口から血を流し、それをぬぐってを見下ろす。やはり、何も言わない。は杖を使って素早くドレークを床に押しつけた。上に覆い被さり、見下ろす。どさり、と倒れる音もしなかった。

「ふ、ふふ、久々に不愉快だ。このおれが、こんな気持ちになるなんて、すごいぞ?」
「………」
「いっそここで犯してやろうか。その綺麗な顔、綺麗な声の乱れるさま、お前を慕う船員たちに見せつけてやれば、お前、おれを殺すか」

心底苛立ったのはどれくらい前だろうか。こうして、思えば人を手で殴ったのは、五百年前が最後か。は笑いながら、泣きたくなった。しかし自分の顔が作るのはどこまでも傲慢そうな笑みで、漏れる声は全て嘲笑だけだ。目頭が熱くなる。喉が震える。けれど、それ以上はない。それが、全てのように思えた。

「もう一度聞く、なにが、不愉快なんだ?赤旗」
「貴様の一切だ」

切り裂いてやりたくなった。けれど、は瞬時に指が描こうとした術式を、指を床にたたきつけることで防いだ。ぼきり、と、己の人差し指が折れる音が夜に響く。ドレークの目に、僅かな驚きが浮かんだ。その意味を双方が理解できるほど浸食するまえに、はドレークの上から退いた。そしてそのまま自分も床に倒れ込む。仰いだ空の黒さ。星の輝きに今のところ価値はない。

「あー、もう、くそ。いいか、よく聞けよ。おれは、お前に嘘なんて言ったことないぞ。多少の言動、誤解されてもOKとか思って確信犯的なところも、まぁ、確かにあるけど。でも、嘘を言ったことはない」

全く、面倒くさいったらありゃしない。なぜ、こんなに必死になっているだんろうかと、は自分で自分が信じられない。面倒ごとは、他人のものは愉快で好きだったが、自分が軸になるのは願い下げ。だからどんなに悪魔の実で苦しもうがなんだろうが、分をわきまえたり、面倒が無い者とだけ付き合ってきた。ドフラミンゴなんて話が早くて助かるし、ルッチはあれはもう、従順で自分に逆らおうなんて気の一切起きないからとても気に入っている。(そう思っているのが自分だけだとしても、だ)冷静に考えればドレークなんて生真面目で融通の利かなさが人の形をして歩いているような生き物じゃあないか。なのに、なんでこんなに。

ぐるぐると悩んで吐き気さえしてきた。ドレークはドレークで、なんだってコイツはこうなんだと頭を抱えたくなる始終。

しかし、そんな二人よりも、この状況にいろいろ文句を言いたいものが、いる。

(だから、なんでこの二人はこうなんだ!!!何だってんだこの状況!?普通わかるだろぉおおぉおぉ!!!!)

今夜の見張り、と遙か上にいて、必死に気配とかそういうのを押し殺している船員一人。だから、ドレーク船長嫉妬してるだけなんですってば!と、そういうことをに突っ込んでやりたくてしようがない。まったく、船長も船長。普段男前でとっても頼れる船長、しかし、どういうわけか、とても無口なところもある。口下手、というか、それ、照れなんですか、矜持なんですか。自分といる時にが誰か他の男のことでも考えているのが気に入らない。全く、二人ともすれ違ってばかりである。なまじ鈍感。言葉に出さないドレークと。以心伝心できてるほどラブってないんだからちったぁ喋れよお前達!と、まぁ、それはそれ、満点の星空の下、しまいに痺れを切らしたが「寒いわコンチックショー!」とキレだしてドレークのマントを強奪する寸前まで待ったほうが良さそうだ。(止めに入る口実に)





Fin