「腹が減った」
「……それと、俺の寝室に深夜尋ねることと、どう関係があるんだ」

気配を感じさせることなくこうして上にまたがれる辺りこの女の底知れぬ実力を垣間見るような気もするが、その本気、こういうふざけたことにしか使われないのなら、なんら脅威でもなんでもないようにも思える。ドレーク、眠い頭をなんとか起こしながら、溜息を吐く。
普通こう、心底惚れた女性が夜半に己の寝室を訪ねてきてくれるなど、冥利に尽きること、ではないのか。それが何故、が相手だと身の危険を男の自分が感じねばならないのだろう。

「料理長を起こせっていうのか?暴君だな、それはあのかわいい手の男で十分だ。ふふふ、決まっているだろう。何か作れ、赤旗」

自分で作るという選択肢は何故ないんだろうか。この生き物、伊達に長生きをしておらず、料理や家事、その他もろもろの教養の一切を身に付けている。聞いた話では百五十年ほど前はどこかの貴族の邸でメイドをしたこともあるらしい。

「ありえないな。なんでおれがおれのメシを作らなきゃならないんだ」
「頼むから人の心を読むのは止めてくれ」
「読めるわけないだろ、お前が分かりやすいんだ」

たとえそうだとしても、なら人の心を読むくらいはできそうである。ふん、と鼻を鳴らした胸の上の生き物に、いろいろと疲れてきた。そういえば眠る前にもこの生き物に散々つき合わされたのだ。いくら屈強な男といえど、のノリに始終付き合っていてはいくら体力があっても足りやしない。

「とにかく何か作れ。お前、かわいい恋人が腹を空かして哀れだとは思わないのか?」
「都合の良いときだけそういうことを言うな」
「嬉しいだろう?」

目を細めて笑う、なんでこんな女に惚れてしまったのだろうか。運の付き、いや、悪魔の実を食べたのがそもそもの間違いだったのかと、今更どうしようもないことを悔やんでどうするのか。ドレーク、目覚めて短時間、何度目かになるかわからぬ溜息を吐き、身を起こした。

「わかったから。とりあえず退け」
「ふふふ、別のヤル気を起こさせてやっても良かったんだがな」
「本気で頼む、退いてくれ」

薄気味悪く、ある意味妖艶に笑いつぅっとドレークの脇腹を指でなで上げたに今度こそ本気で身の危険を感じたのだった。


















ディナーは海賊船で





















冷静に考えればこの生き物、四百年前に死んだ娘の体なのだから本来食事など必要ないはずなのだ。まだ己が海軍にいた頃、赤犬の部下であった中佐時代に何度かハンガーストライキなんですか、拒食症なんですか、と言った状態のを見ている。ドレークの船に乗っている間はあれこれいろいろ美味そうに食べているが、彼女のこと、なんとなくだの気分だのそういった理由で食べたり、食べなかったりするのだろう。

(だとしたら、深夜急に叩き起されて不得手な料理を作らされているこの状況は、嫌がらせか?)

思い当たって、なんだか色々溜息が出てくる。彼女の気まぐれ、なんで付き合わなければならないのか。

「なんだ、苦手だなんだといってた割りには手際、いいじゃないか」
「……」

これでも元海兵である。新人時代は雑用から始まった。当然先輩海兵たちの食事を当番したことだって、あるのだ。

「だが味は保証せんぞ。俺は切ったり洗い物ばかりだったんだ」

料理の味付けうんぬんをするのは、やはりいずれは海軍の料理人になりたいと志す雑用係だ。ふぅん、とは興味があるのかないのかハッキリしない様子で相槌を打ちながらドレークが切っていたチーズを一切れつまんだ。

「……行儀が悪いぞ」
「不思議だよなぁ、こうしてつまみ食いしたのってなんでこう美味いんだろ」

ドレークの小言など綺麗にスルー。うんうん頷いて、どっかりと椅子に腰掛ける。

「ふふふ、いい眺めだなぁ、赤旗。これで早朝じゃないのが悔やまれる」
「お前の戯言に付き合う気はないが、なぜ朝なんだ?」
「目覚めに妻の朝食を作る音、なんてロマンじゃないか」
「全くわからん。俺は男だ。お前の妻になった覚えはない。これっぽっちもない」
「っち、相変わらずお堅い男だな。お前だって自分の妻が朝食作ってる姿はそそると思うだろ?エプロン出したら付けるか?」
「常々思うんだが、お前の貴方の中はどうなってるんだ……?」

しかも、なぜ自分が着る、ということになるのだろうか。一瞬ドレークの脳裏にエプロンを付けたの姿が浮かんだが、心底似合わなかったので即座に消去する。

「さてな、千年龍モドキにでも食わせてみるか」

ぎこり、ぎこりと椅子を軋ませてはのんびりと言う。魔女の声。どこまでもからかうような、その声。
千年竜という生き物がいることは、ドレークも知っている。しかし、モドキ、のつくものは生憎知らなかった。知らぬことは知りたいと思う、そういう当然の欲求はドレークにもあり、問おうと口を開きかければ、先にが答えた。

「モドキはな、まぁ、千年龍じゃないんだ。なろうとして人の記憶を喰うんだよ。おれの記憶を奪い尽くせば孵化も容易いだろうと何度か狙われたが、あれ、美味いんだぞ?」

もう、本当にお前人の心読めるだろうと、そういう突っ込みをしたくなったが、きっとまた流される。溜息一つでやり過ごし、ドレークは他のことを突っ込んでみた。

「……食ったのか?」

千年竜、モドキ。どういう姿なのか知らないが、そこそこの大きさはあるのだろう。しかし、を狙うとは命知らずな。もう胃袋に収まってとっくの昔に消化されたのだろうが、ドレーク、同情せずにはいられない。自分だって、と戦えケンカを売れ、などと言われたら、できる限り逃げるだろう。臆病物というなかれ、と真っ向から勝負したら、いろんな意味で身が危ない。

「ははは、昔のことだ。まぁ、竜は生命力が強く魔力も豊富だからな、いろいろ弱ってる時には丁度いい、」

言いかけたの言葉が途切れた。なんだかとってもいやな予感がして、ドレークは恐る恐る振り返る。

「……どうした?」
「ふふ、ふふふ、そうか。そうだよなぁ、竜は結構美味いんだった。なぁ、赤旗」

くいくいっと、ドレークの服の裾を引っ張って、上目遣い。可愛らしいと一瞬でも思えば次の瞬間どうなるか。

「断る」
「ふふふ、いいじゃないか、ちょっと齧るくらい」
「抉る気だろう」
「舐めてやるから」
「譲歩してるつもりなのか!?」

どう転んでも自分が散々な目にあうだろう末路、にやにやと心底楽しそうなに振り回されたら朝になる。ドレークは鍋の中で程よく煮込まれた料理を皿にさっさと移しかえ、とん、と、の座る椅子の前、テーブルの上に置いた。

「とにかく、まだ夜明けまで時間もある。これを食べてさっさと寝てくれ」

湯気の立つ料理。腹が膨れて暖かくなればも眠るだろう。全く、自分は鍛えているから多少睡眠時間が少なくとも構わない。しかし、曲がりにもか弱い女性(一応・念のため・かなり怪しいが)の、睡眠は取れるだけとっておくにこしたことはない。どうせ日中はふらふらとデッキブラシに跨って空を飛ぶのだ。体調不良やら寝不足やらで海に落ちたら、自分は助けに行けない。

「どこへ行くんだ?」

自分の仕事は終了と、ドレークが自室に戻ろうと足を動かすと、その背に向かっての問いかけ。

「俺は寝る。作ったのだからもういいだろう」

さっさと食べてお前も寝ろと、そういえば、が一瞬きょとん、と顔を幼くし、そして、目を細めた。

「おれをひとりにするのか」
「っ〜〜〜!!!!」

扉にかけた手、ぎゅっと握り閉めてドレークはわなわなと震えた。卑怯、だ。この生き物。どうしてこう、しおらしい声を出すのか。そういう言い方をするのか。たとえ演技だと分かっていても、それでも、そういわれてしまえばドレークの体は動かなくなる。忌々しい!悪魔の身!

「どうしろというんだ!」

ばっと振り返り、半分自棄になったように叫べば、がいつもどおりの顔をした。こう、ドレークをからかうことに人生をかけているような、悪魔の顔。

「一人で食べるのは寂しいだろう。お前も一緒に食べろ」
「作ったのは一人分だ」
「一口でいい。いいだろう?」
「……」

珍しいの譲歩、普段ならここで「じゃあもう一人分作れ」と、それくらいは言ってのける生き物。匙ですくい、一口分をドレークに差し出す。

「……」

無視するのも大人気ないというか、幼い。ドレークは溜息を一つ吐き、テーブルに片手を着いて、そのままの差し出した匙に口をつけた。

「塩が多かったか……」

ぽつり、と、一言もらして言えば、が笑った。嬉しそうだと、ぼんやり思い、なんだか仕方がないような、そんな、諦めが浮かんでくる。安眠とか、そういうものはがいる限りできないのだろう。

大人しく向かいの席にドレークが座ると、、再び匙ですくい、口に運ぶ。ゆっくりとした仕草。きちんと背を正して椅子に座る、その姿。空いた手の位置、匙を持ち上げる腕の角度、指の並び方の一切が、完璧なテーブルマナーに乗っ取っている。

「美味いな」
「そうか」

一口含み、飲み込んで、一度きちんと匙を置いてから言う。ドレークは塩が多かったと思ったが、そういえば、確かは塩気の強い料理が好きだったと、随分前に聞いた気がする。

「まさか赤旗がペタネスカを作るとは思わなかった。てっきりカレーかと」
「真夜中にカレーを作るわけがないだろう」

確かに、カレーなら海軍にいたころ何度も作らされた料理である。まだ海兵にいたころ、にせがまれて作ったこともあった。だが、自分などが作るよりもの傍には料理の上手い男がいたが。

「なんだ、それは?」

嫌な事、というか、できる限り思い出したくないことを自分から思い出すことはなく、ドレークは脳裏に浮かんだ海兵の姿を無理矢理けして、の話題に乗る。
ぱくぱくと料理を食べていたはきょとん、と、顔を一度素に戻し、不思議そうな顔をした。そして直ぐに、何か思い当たったのか、「あぁ」と短く呟く。

「これ、この料理のことだ。そうか、牛乳の粥とでもいうのか?お前たちは」
「リゾットだ」
「同じじゃないか」

まぁ、大雑把にすればそうである。は懐かしそうに目を細め、そして口元に笑みを浮かべたままスプーンを上げる。こうして大人しくしていればどこぞの箱入り娘、日傘乳母車で育ったように見えなくもない。口を開けば死ね、犯すぞ、だのしか言わぬのだけれど。

「……何かあったのか」
「ん?」
「……いや、なんでもない」

珍しい、ことである。夜半にが腹が減ったとやってきた。普段どおりの横暴さだが、食を求めるというのが常ではなくて、そして彼女の口から昔の言葉が出てくる。

「今日は何の日だか知っているか」

ぽつり、と、の呟き。

「知らん。お前の誕生日か何かか」

なら祝ってやるが。以前散々な目にあったにも関わらずそういう。いや、本当に散々な目にあったが、しかし、それでもの祝い日ならば祝ってやる。は目を細めて少しだけ笑い、そして普段どおりの嫌みったらしい笑みを引いた。

「まさか。知らないならいいさ」

そうして区切り、壁を作る。薄い空気のような、もの。越えることは恐らく容易いのだろう。しかし、ドレークはそれ以上追及するつもりがなかった。お互いに、そういう生き物。パンドラ・に関わるほどの余裕などないと、ただ只管己のためにだけ前に進む。はその姿を好ましいと言う。
そしても、きかない。ドレークがなぜ海賊になったのか、なぜ、を傍に置いているのか(無理矢理押しかけたのはだが)きかない。

そしてコトリ、と、皿を直す。いつの間にか食べ終えていた。ごちそうさま、と、が言ったのは、素早くテーブルに身を乗り出してドレークの脣を掠め取った後だった。

「……ッ!」
「さぁ、寝るぞ、赤旗。おれは眠い」

使った皿やら道具は、がさっと振った指で綺麗に片付けられる。どういう原理か知らぬが、れっきとした「科学」だというの“魔法”こういうことばかりに使う女。だから政府も海軍も、を危険視しないらしい。

「ちょっと待て、お前の部屋は向こうだろう」

ドレークの腕を引いてスタスタ歩くに問えば、は?と、不思議そうな顔をされた。

「一人で寝たら寒いだろ」
「湯を入れた皮袋を用意してやるから一人で寝てくれ」

滅多に使われないが、ちゃんとの部屋があるのだ、この海賊船。船医が孫娘か何かかのように可愛がって送ったベッドと、小さな机のある広くもない部屋だが、十分なはず。しかしは当たり前のようにドレークの部屋を使う。別に構わないといえば構わないのだが、ドレークは寝たかった。大人しく寝かせてほしい。がベッドに入って、大人しく朝が来るはずがないと、経験からよくわかっている。

「安心しろよ、何もしないから」

ふわり、ふわりと欠伸をしながらは答える。なんで女のにそんな忠告をされなければならないのかと情けなく思う反面ほっとするドレーク。そしてぐいぐいと、に腕を引かれた。

「して欲しいならしてやるぞ?」
「いらん!」
「嫌がられるとしたくなるなぁ」

ドSである。くつくつ笑う、だが本当に眠いらしい、もう一度欠伸をして、大きく伸びをした。

「まぁ、冗談はさておき。朝おきてお前の顔を見るのは気分が良いんだ」
「俺は最悪だ」
「ここで押し倒すぞ、赤旗」

眠気と嫌がらせのエネルギー今のところ眠気が勝っているらしいが、その天秤、どうなるか知れぬ。それでも眠そうに時々目をこするにドレークは溜息を吐いて、ひょいっと、抱き上げた。

「……何するんだ」
「運んでやるから、もう寝ろ」
「普通ここはオヒメサマ抱っことかじゃないのか」
「あの抱え方は効率が悪い」

だからと言って荷物を担ぐかのようにしたのは確かに、どうだろうかと一瞬ドレークも思った。それで思いなおして前に抱きなおすと、の顔が左肩に来た。つい一瞬前までは口を開いていたのに、もう瞼を閉じている。

なんだかよくわからないが、いろいろ思うことがあったらしい。常日頃から行動の読めぬ生き物だが、今晩はかなり分からぬことが多かった。何か、あった、あるいは、ある、のだろう。知らぬまま、それでもはドレークの傍にいると、その事実。それで良いと、思う自分が、もうどうしようもないと分かっていた。

「こうして眠っていれば、良い女なのだがな」

ぽつり、と呟いてドレーク、結局は自分の部屋のベッドにを寝かせるのだろうと、そういう自分に溜息を吐き、足を動かした。




Fin




 


珍しく赤旗さんがちょい男前。