真っ赤な苺










すたすた歩く、シャボンディ諸島のひとつ。胸糞悪いったらありゃしない連中の歩いている場所は、当然も避けている。実際であったらどうすればいいのかくらい、互いに知っているのだけれど、それを本当にしてはならぬと、は世界政府から、あの、五人の中々死なぬ老人達から直接言い聞かせられていて、今のところ、いっそ全部嫌になって捨ててしまえるほどの自棄はないから、したがっていた。

(天竜人、だなんて謀反人どもがよくもまぁ、大層な名を付けたものだ)

800年、この世の一切を憎むことも恨むこともないだったけれど、しかし、彼らだけはまた、別の話だ。どうしても、どうあったって、許すつもりはない。彼らの、子孫。ろくな生き物じゃあない。いや、まぁ、時々多少まともな生き物も、いる。けれど大半が、は「だいきらい」だった。あの、お高く留まった連中。同じ空気を吸いたくないだとか、そういうよくわからない意味のない矜持、彼らが全員死んで血が絶えるのが先か、それともの魔力が尽きて滅びるのが先か、そういう、競争相手でもあった。だから、嫌うのは道理だとは思っている。マリージョアへは良く行くが、住人たる彼らと絶対に鉢合わせしないようにとが堂々とマリージョアを闊歩している最中、兵やら役人やらが裏で騒いでいるのは知っている。しかし、このシャボンディで、今の段階で、その手入れは入れないらしかった。
だからこうして、互いに気を使いあっている、なにこの状況。

それでものゴーイングマイウェイは変わらない。すたすた、歩きながら歩くは世話になっているドレーク海賊団の船までの道。確かルフィたちはそろそろこの島に到着するだろうから、その前にはここを引き払うべきだろうと、そういう算段も、ドレークの承諾も既に貰っている。

「ただいま。赤旗、いるか?」

ひょいっと、ドレークの私室を覗けば留守だった。おや?珍しいと思いながら首を捻る。今日は一日調べ物をするから絶対に邪魔をするなと、今朝食事の時に念を押されたのだが、部屋にいない。(まぁ、もしかしたらが邪魔をすると確信していてどこか別の場所にいるのかもしれないが)しかし私室に篭るときは、鍵までしっかりかけて篭るドレーク、開いているのも驚きだが、どこに行ったのか。

今日はマリージョアから“彼ら”がやってくるらしい。本能的に悟っているから、も今日はこれ以上外出するつもりはなかった。折角赤旗で遊ぼうと思っていたのに、と残念がり、とりあえずはドレークの部屋に入りベッドの上に寝転がる。

一応、乗船することになったに当初ドレークはそれなりの手ごろな部屋を与えてくれたのだが、連日連夜当たり前のようはドレークのベッドで寝ている。最初こそ遠慮、というか嫌がってソファや他のところで寝ていたドレークも、ここ最近は諦めてくれたよう。は毎朝目覚めるたびに、ドレークの心底後悔しきった顔を見るのが、とても楽しみだ。(外道)

寝具には気を使う男なので、寝心地も悪くない。一日の三分の一を過ごす場所、体を休める大事なところだと、まだドレークが海兵だったころ、が眠る時は樹の上だと笑い話をしたときに、かなり真剣に説教された。

(あぁ、ま、次の瞬間樹の上で押し倒したが)

アレは中々面白かった。自分が落ちても構わぬが、上のが落ちぬ様に必死になるドレークの、顔やら言動。思い出してにやにや笑い、はふわりと欠伸をした。

眠い。とてつもなく、ではないが、そこそこ、眠い。
ついでに言えば、胸糞も悪かった。会ったわけではないのだけれど“彼ら”の血の連なりの連中がいるだろう、この諸島。たぶん鉢合わせしたらきっと自分はこの島静めるんだろうなぁくらいの嫌悪。けれどそんなことしたら、それはそれで厄介で、だからこそに、こうして船に閉じこもって不貞寝を決め込もうと、そういうことだ。

(赤旗で遊ぼうかと思ったんだがなぁ)

留守なら仕方がない。探しにいくほどの執着心は、生憎とまだない。うとうととしてきた瞼を逆らわず沈めて、はやがて静かな寝息を立てた。










人が入ってくる気配がしたので、はゆっくりと眼を開けた。どれほど寝ていたのか知らぬが、頭がぼうっとする。こきり、と、首を鳴らして身体を起こせば、部屋の主。

「あー、赤旗。おかえりー」

どこへ行っていたのか、相変わらずの黒尽くめ。そういえばはドレークが帽子やらブーツやらの仰々しい付属品を外して気軽に寛いでいる姿を見た覚えがない。あぁ、寝室でだったら、寛ぐというより、乱された格好はしているが。

「……」

ドレークはじっとを見下ろしたまま何も言わない。普段なら、ここで一言人の寝台で何をしているんだとか、昼間っから寝るなとか、そういうことを言ってくれるのだが?

「赤旗?どうした?」
「……いや、その、なんだ」
「なんだ?」

きょとん、とは首を傾げると、ドレークが意を決したように手に持った白い箱を押し付けてきた。全身黒尽くめのこの男には似合わぬ、真っ白い、可愛らしい箱。張られたシールにはこの島での有名ケーキショップの名が、って、おい。

「……え、これ、なに?」

ぐいっと、押し付けられて受け取らぬわけにはいかない。なんだか照れたようにそっぽを向いているドレーク、その耳がちょっと赤かったりに、もう何がなんだかわからないがここで押し倒せってことか?とか思いながら大人しく箱を開けた。

「……えーっと…」

いっそここで嫌がらせのようになんかの死骸とか入って入ればまだよかったが、これまた、当たり前のように、ちょこんと、入っているのは真っ白いクリームの、ショートケーキ。真っ赤な苺の乗ったそれ、しかし、ケーキ、甘くて可愛らしくて女の子に例えられるような、食べ物、を、赤旗が?という事実が、を珍しく困惑させる。

え、なんだこれ、どんなドッキリ?

「……その、今日はお前の誕生日だと聞いた」

が反応に困っていると、ぎこちなく、ドレークが切り出してきた。
誕生日……?たんじょうび、って、あぁ、あの、生まれた日を祝うやつ?

「まぁ……知らん仲ではないしな、それにお前には何かと世話になった覚えもないわけではない。だから、丁度お前が先日行きたいといっていた店を通りかかったものだから……」

言い訳のようにつらつらと語っていくドレークに、は「なんでこの男こんなにかわいいんだ?」などと頭の隅で思いつつ、いやしかし、ここではっきりさせておかないことがある。押し倒してやりたい衝動は押し留めて、まずはえーっと、と、言葉を区切った。

「あのな、赤旗」
「な、なんだ」
「おれの誕生日なんて、誰に聞いた?」
「?ジュエリー・ボニーだが……」
「普通に考えろよ、このおれの、誕生日を知ってる人間が今の時代にいると思うのか?」

ドレークは、一応しっかりとの素性を承知しているはずだ。だから、の誕生日の正確な日付がかつての王国の暦であることを予想できないはずないのだが。まぁ、女同士だから知っていてもおかしくないとか、きっとそういうことを考えたのだろう。確かには、ジュエリー・ボニーとはよく話しをする。(まぁ、ケーキや食べ物の話ばかりだ。は各地を長い時間かけていろいろ周っているので、いろんな料理に詳しい)

「……嘘か…?」

はたり、と、そこでやっといつものドレークらしい、静かな声に戻る。

「嘘、だな。ちなみに聞くが、これ買うついでとばかりにたかられなかったか」
「……」

ドレークが黙った。心当たり、あるらしい。まぁ、そうだろうなぁ。ジュエリー・ボニー、きっと「教えてやったんだからうちにも買え!」とか、そういうことを言っているのが目に浮かぶ。しかし、まぁ、なんというか。

「赤旗、お前ほんとうに……!」

ちゃんと誤解も解いたので、あとはもう、は只管悶絶するのみである。がくっと、膝をつき、気を抜けばぼたぼた鼻血が垂れそうな自分に先手を打って手で押さえながら、開いた手で親指を立てる。

「かわいすぎる……!!!」

あー!もう!!この男まじで「海の屑ども」「荒くれ者のならず者」の海賊か!?これが海賊だっていうのなら、W7の裏町マイケルたちはどんだけギャングスターだ!まじで捕まえて賞金とかいらないからどっかに監禁してやろうかとか、本当、そういうことを本気で考えたくなる。(赤旗の二億うん千万のうちの一億は可愛すぎるからだ、とは信じきっていた)

「ちょ、ちょっと待て!!!貴様何を……!!」

経験から、嫌な予感がしたらしいドレーク。一歩後ろに後ずさってから距離を置く。しっかりと、白い箱ケーキをゆっくり取り出して人差し指でクリームをすくった、そんなドレークに構わず、素早く、べとりと。むき出しになっているドレークの腹に塗りつけた。

「っ!!?」

生ぬるく、日常であればまず感じることのない感触にドレークが怯む。その隙を逃すではなくて、箒を使ってその大きな身体を壁に押さえつけると、先ほど腹に塗った生クリームを舌で舐め上げた。

!!ふざけるのもいい加減に……!!」

びくり、と、一瞬身を震わせたものの、さすがは億越えの賞金首(あんまり関係ないが)きっと眦を上げて睨みつけてきて、しかし、それで怯むようならドレークはとっくの昔にを撃退できている。

「ふ、ふふふ、てっぺんの苺はお前にくれてやるから感謝しろよ?赤旗」

いつのまにかドレークの腰元に膝を突き上目遣いに見上げてくるその眼、傍らには好意で贈ったはずの、ごくごく可愛らしい健全な食べ物が、行為で使われ、ごくごくアブノーマルな道具と成り果てていた。

「この島は気に入らないし、うっとうしい連中の気配はするしでイライラしていたんだがなぁ、おい、ふふふ……気に入ったぞ、シャボンディ!!!」

あぁ、ありがとうジュエリー・ボニー、ありがとうどっかのケーキ屋!などとわけのわからない感謝を叫びつつ、はとりあえずドレークのベルトに手をかけたのだった。




「っ!!!!!!本気で頼む、止めろ……ぅっ…」

「まぁまぁ、気にするなよ赤旗。気持ちは十分嬉しかったんだから、その礼だ」



がちゃがちゃわざと音を立てながら、パンドラ・、ドレーク海賊団、船長以外は今日も何事もなく平和ですネ、と臆面もなくほざいて笑った。





Fin





微笑ましかった話が、最終的には変態に。あれ……?