花屋のパン子さんネタ


「お前さんには恐ろしいことなんぞなさそうじゃな」

ぶずぅっとふてくされた妙に子供っぽい態度でぼんやり上目遣いに眺められ、薔薇の棘を払っていたは顔を上げた。
数年前にいろんな人間の反対を押し切って開いた花屋の店先。普通この島やその付近では入手不可能な植物が惜しげもなく並ぶ稀有な店と評判が高いのだが、そこの店主は「心の底からやる気がない」とそちらも評判でご近所の奥様方の話題に上っている。まぁ、それはどうでもいいのだけれど、その妙な店、名前は花屋「あかわんこ」(時々訪れる背の高い海兵は指をさして笑ったり、ド派手な配色のチンピラにしか見えないサングラスの男が眉をひそめたりと、どうも名前だけでも「ただの店」とはいえぬらしい)の店先の白い椅子に腰掛けて、接客する気はアリマセンと全身からありありと態度にだした店主。カオをあげた先には長い鼻の青年がしゃがみこんだ体勢でこちらを見上げている。

「なんだ、藪から棒に。その態度はよろしくないぞ、少年」

真っ赤な薔薇を手に持った真っ赤な髪の、ニヤニヤと笑いながらも声音は若干たしなめるような響き。boyと妙に良い発音で言って眼を細める。カクはふいっとから顔を背けた。は喉の奥で小さく笑い、手を伸ばす。真っ白メインに青の配色のガレーラの帽子をひょいっと奪い、自分の頭にぽんと被せる。

「あいさつを」
「・・・・わしゃ今船大工じゃぞ」
「身を弁えろ、というわけじゃあないんだよ。礼儀だ。子女に対する、殿方の当然。パウリーだってできること。お前に出来ないなんて信じないぞ、おれは」

突然に話しかけるのはまぁ、愛嬌もあるだろうが、しかし、礼儀作法には些かうるさいところもある。特にCP9の若手、カクには期待もあるようで、いずれはどこに出しても恥ずかしくない子に育ってくれとニヤニヤしながらこうして妙な注意をする。が育てたというパウリーがやけに礼儀やら何やらにうるさいのは絶対に彼女の所為だとカクは思う。そういえば、水の都で過ごす期間は露出がない、むしろ出ているのは顔くらいかと思われる長いスカート、長袖、手袋、タートルネックの格好。白くのぞいたレースの裾が、口さえ開かねばそのままアリスのお茶会に招かれてもおかしくない、淑女そのものという雰囲気を出している。

「・・・・・元気そうで何よりじゃ」

憮然としながらも、カクはの手をとって挨拶。満足そうにが笑い、隣の椅子を勧めた。

「小休憩なんじゃ、長居はせん」
「お茶のいっぱいくらいは付き合え」

ひょいっとが指を振れば、魔法。すとん、とカクの手元に真っ白いティーカップとソーサー。中にはやや赤味の強い紅茶が柔らかな香りを立てている。

「砂糖は三つ。仕事があるのだから、糖分は多いほうがいい」
「ミルクは?」
「邪道だ」
「それはお前さんの好みじゃろうに。文化の違いか?」
「誘導尋問は関心しない。女性の秘密を探っていいのは安楽椅子に腰掛けたトモダチイナイ私立探偵だけだ」

わしは一応政府の諜報員なんじゃが、とそういう心の突っ込みは届かない。は涼しい顔で再びカップを傾けて「紅茶はアールグレイもいいがない。やはりレディだ」と一人でうんうん満足そうな顔。

「わしのことはムシか」
「おれに恐ろしいものがないわけないだろ」

冒頭の台詞、しっかり覚えているらしい。カクは眉を寄せて短く「嘘じゃ」と即座に否定。

「なぜ嘘と?」
「何かを怖がる理由がないじゃろ」
「理由がないから怖いんじゃないのか」
「聞いたのはわしじゃ。はぐらかすな、
「何かおそろしいのか。少年」

完全に、カクの言葉を流している。しかしまっすぐに青い眼に見つめられ、微笑まれ、カク、不快さよりも先に、悔しさが湧き上がる。いつも、いつもそうなのだ。彼女は、この、自分には何も知ることの出来ない、途方もなく「謎」が当然とされる生き物。堂々とした様子でいつも、カクに向き合う。柔らかな笑みではなくて、それは、幼い子供を諭すような、そんな妙な、笑み。ならいっそ、彼女の常のように傲慢に、尊大にゲラゲラとからかい半分されればよいのに。

「今年のアクアラグナは終わったね。あぁ、今年も酷かった。アイスバーグが泣き出さないかでおれは心配だったが、そうか、カクも大津波は苦手だったな。カリファも、ルッチも、ブルーノでさえも、そうだったね。お前たちは皆、大嵐がおそろしいのだったね」

何も言わぬカクに、ぼんやりと子守唄でも歌うような静かさでが淡々と言う。その仕草、手元で編み物でもして揺れ椅子に腰掛けていそうな、そんな、のんびりとした様子。カクは首を振った。

「わしらをいくつだとおもっておるんじゃ。もう平気じゃ。そうじゃない。そうじゃ、ないんじゃ」
「では何が恐ろしいんだね。少年」
「・・・・」

まっすぐ、まっすぐに見つめてくる真っ青な眼。カクはおもう。昔はいろんなものが怖かった。暗い部屋に連れて行かれるのも、誰かが連れて行かれて、そのままその扉からは一人しか戻ってこないのも、カリファが笑うのも、ルッチが「練習」に来るのも、みんな、皆、恐ろしかった。しかし今は、そうはならない。いろんなことが、平気になった。いや、違う、どうでもよくなっていた。だから違う。アクアラグナ、大津波。毎夜毎夜うなされる。落下していく鳥の群れ。そんなものは、もう、いい。違う、だから、違うのだ。

がゆっくりと足を組みなおした。カップは小さなテーブルの上に置かれている。ティセット。花屋の営業中に本核的なお茶会を始める気満々である。

「・・・・わしは、失うのが、おそろしいんじゃ」

ぼんやりいろんなものを眺めて、カク、呟いた。が小首をかしげる。何が?と問うてくるのではない、知ろう、知りたい、という欲求のあるひとではない。言うカク自身、いったい何を失うのが恐ろしいのか、定まっているわけではなかった。

ガレーラへの潜入が、もう3年目になる。職長になった。いろんなことを知った。いろんなものを作った。しかしCP9としての誇りや使命を忘れたことはない。むしろ日に日に増していくばかり。平和ボケせぬようにと暇を見つけてはルッチに相手を頼んでいる。力量さなどありすぎて、時々死に掛けたりもするが、それはそれ。ギリギリのやり取りが楽しいとおもう心、なくなりはしない。

何が、失われていくのか。それは、今のこの平穏な日々が惜しいのか、それとも政府の己が失われるのか、わからぬ。いや、己はプロだ。大工としても政府の人間としても、己は一流である。どちらも「大切」とそういう意識があって、両立し、そしてそれが当然と飲み込める。だが、何を今、己は恐れているのだろうか。何が、失われるとおもっているのだろうか。

「20になった。わしは、それなりに成長しとるつもりじゃ。だが、一向に「恐ろしいもの」がなくなることはない」
「おれは割りと長い時間生きてるがな。それでもおっかないものは世に多くあるぞ」
「じゃが、はルッチやわしが死んでも平気じゃろう」
「しかたないからな」

ここにルッチがいたら即効首でも吊りそうなことを平気で問い、そしても平気で答える。肩をすくめて、カクはもう一度しゃがみ込んだ。

「わしだって平気じゃ。お前さんやルッチ、それに他の誰が死んだところで、へいきじゃ」
「で、何が言いたいんだ?」
「わしは何かを「こわい」とおもう自分が恐ろしい」

人が死んでも、平気だろう。何があっても、たいていのことは全く問題にしない自信がある。だがしかし、今自分は何かを恐れているのだ。人は普通、他人の死を恐れる。それを自分は「平気」になった。だから今、恐れているらしい何かだって「平気」にはなれるはずなのに。

「あんまり考え込むな。少年」

ぽん、と、は先ほど奪ったカクの帽子を被せて、そのままぐいぐいと頭をなでる。乱暴、ではある。が、視界が暗くなって、カクは目を閉じた。

「考え込むわい」
「悩むのは若者の特権だがな。あれだ。考えると死にたくなるようなことが世には多い。ほら、立て」

カクの腕を取って、は一緒に立ち上がる。

「青い空に白い雲。水の流れる音。ここは世界で一番美しい街、ウォーターセブン。このおれが言うのだから間違いない」
「・・・じゃから?」
「そんな悩める青少年にパン子さんから贈呈」

ひょいっと、手をカクの前に差し出す。手のひらの上にぽつん、と一つ。茶色い、小さな楕円。

「なんじゃ、これは」
「種だ」

それは見れば解る。本人にやる気があろうとなかろうと、ここは一応花屋。そういうものがあっても何の不思議でもない。

「わしにくれるのか?」
「育てるのも酒のつまみにするのも可能だ。おれから、といえばルッチが買うぞきっと」

それでいいのかロブ・ルッチと突っ込みを入れたかったが、今はそういうところでもない。カク、顔をしかめた。

「花を育てるのは得意じゃない」
「おれなんか朝顔を三日で枯らすぞ」
「なんで花屋やっとるんじゃ」
「ノリ?」

誰かこの女をひっぱたいてくれと心から思った。しかし、実際この街でそんなことをしようものなら、色々問題が発生する。普通に闇討ちされる。だから誰も手出しが出来ないのだろうか。

、カクのころころ変わる表情をニヤニヤ眺めてからその手に無理やり種を渡した。

「まぁ育ててみろ。ラフレシアにはならんから」
「お前さんが寄越すんじゃ。ただの植物じゃったら逆に怖い」

憎まれ口、たたきながらも種を受け取り、あまりべたべた触るのはよろしくないだろうかとハンカチにはさんでポケットにねじ込んだ。




・とかそういう話?
いや、カクはお腹が真っ黒で、でも底の方は白いとおもってますネ。





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