・えー、ところどころエロネタが入ってるので注意です。
 前半はそれほどでもないですが、後半はちょい注意警報鳴らしてます。







抑えた想い、堪えてドンドン重さ、思いを増していくばかり。それならいっそ全てをなかったことにして海に沈めてしまえばこの悪魔に呪われた身はもはや取りに行く事も出来ぬのではないか。そんな、夢想、己の未熟さを思いながらドレーク、目の前の光景にただひたすら眉を顰めた。

「ふ、ふふふ、このおれが折角態々おとなってやったんだ。少しは嬉しそうな顔をしろ」
「強制か」

トンと小さな音ひとつ、腰には黒い銃を携えた暖色の髪の、やけに背の高い女が、夜分というのもはばからず堂々と海賊船にやってきた。海軍本部、赤犬のところにいるべき、世界の象徴。デッキブラシで飛行するという、常識のないグランドラインでも際立った非常識さでもってそれを道理だと言わんばかりの態度。正直なんどこの女を海に沈めてやろうと思ったことか知れぬ。憎悪ゆえではない。(そんなものは絶対に持てない)ただ「海水に浸かって少しは頭を冷やしてくれ」という切なる願いゆえのこと。それもなかなか情けがない、とは思うものの、だからといって実行も、その思いをなくすこともできない。

「ふん、だからお前はヘタレなんだ」

あれこれ考えめぐらすドレークに、の容赦ない一言。だからお前は人の心を読むんじゃない、といえばまたいつものように返されるだけ。

(なんでこいつは当たり前のようにおれの船に来るのだろうか)




魔女の唄




結局こうなるのか、と、罪悪感やら後悔の念の漂う背を隣で眠るに向けて、ドレーク、ベッドに腰掛けて溜息を吐いた。先ほど重ね合った手のひらも、混ざったお互いの体温も、すべてがドレークの心を重くする。しかし、と言ってを振り払えぬのだ、己は。

ドレークはそっとを振り返り、その白い顔を眺める。こうして目を閉じ、すべての言動をひそませていればこれほど見事な生き物もいない。彼女は、静止していることが「完全」なのだと以前海軍本部に籍を置いていたころに政府の役人が話していたのをよく覚えている。
窓からわずかに漏れる月明かりに照らされ暖色の髪が光る。輝きを放つ色ではない。わずかな光を受けて燃える焔のようである。夏島の太陽の下に照らされれば赤々と血のような色になるが(そして彼女は珍しくそれを疎んだ。だから常に帽子を被る)静かな夜の光の下では、聖なる輝きそのもののようにドレークには思えた。

閉じられた瞳の色は青。深い深い、深海を思わせるような、太古の潜み。

(おれは、この女を愛しているのだろうか)

こうして体を重ねた直後になるといつも思うことである。そんな節操のない生き物になった覚えも性癖もドレークにはない。男女の関係にあって心を伴わぬものなどあってはならぬと、堅物、生真面目と言われようと「割り切っていいものではない」と常に思うことである。だが、そんな己であるのに、、この海の魔女を「あいしている」のかどうかとういうことは、わからない。

は時々ふらっと、ドレークを誘う。海軍本部にいたころからも何度もあった。赤犬が不在の時ではなくてもドレークの寝室に忍び込んでは逢瀬を重ねた。だが、そこに「あいしているから」というものがあったとは思えなかった。

海軍を辞してからは、半年ほど何の接触もなかった。だがやはり突然ふらっと訪れれ、そしてまた、こんな関係を続けている。なぜ、とわからぬドレークではない。己は悪魔に呪われた身。そして少将に昇格すると同時にエニエスの“パンドラ”に触れた身だ。

悪魔の実を口にした能力者には空白の歴史に存在した魔術師を強く求める飢餓がある。砂漠で一滴の水も得られぬような乾き、世界の全てから己が見放されたような孤独、求めなければ人ではなくなってしまう恐怖が、時折ふらっと能力者たちを襲う。

全ての能力者に当てはまるわけではないらしい。一度だけ見た「リリスの日記」に記されていた悪魔の序列というものにも係わりがあるようだが、ドレークの口にした古代の悪魔はものの見事に含まれていた。

だから、こうしてを振り払えぬのだ。それが、わかっているからも訪れる。そこにドレークへの愛などはないのだ。ただ、この魔女は途方もない時間を生きてきた成果というのか知らないが、世界の軋む音が時折聞こえるのだとそういう。その音が、ドレークをただ死なせることよよしとせぬと、そういう、それだけだ。そう、以前青雉に直々に教えられた。まだ海兵の時代。すべての能力者とこうした関係を結んでいるのかと憤ったドレークに、困ったように青キジが答えた。そういうあの大将はできる限りに触れぬようにしているらしい。その時あの大将は「あいしているからね」と付け足した。そういう、それだけの確信としたものがありながら、それでも触れぬ。

「……あんまり、深く考え込むな」

ゆっくりと、眠っていたの瞼が持ち上がった。事後のけだるさはなかなか回復しない。特には、信じられぬことだがひどく、弱いのだ。ドレークの欲をまともに受け止めれば壊れる。細い体に何度も打ち込んで、だからこそに罪悪感がわきあがる。それでも振り払えぬ己に殺意さえ湧くこともあった。だが、はドレークに手を伸ばす。

「お前はあれこれと悩んで、首を締めすぎなんだよ。夜は、眠るものだ。なぁ、赤旗」

そっと伸ばされた手は白く、冷たく、ドレークの頬に触れた。眠りに近い眼はどこかうつろで、普段の勝気さもない。こういう時に、ドレークは彼女が本当に長い時を一人で生きてきたのだと実感する。人を見下すのではなく、眺めることしかできぬ、理不尽さを受け入れてそれでも笑む魔女の目。

、俺は」
「わかってる。構わないさ。全て許すよ」

何か言おうと口を開くドレークに目を伏せて、すぅっと、は息を吐く。何を言おうとしたのかドレーク本人はよくわからなかったのに、そういう。見当外れな言葉でもなかった。許す、と言われたとたんにドレークの中に小さな光がほこり、と浮かぶ。己の感情、ではないと思いたかった。悪魔の声なのだと、しかし、今の光は間違いなくおのれのもの。罪を背負えぬのか。背負うことが苦なのかと、己をせめてしまえればどれほどに楽か。ぎゅっと眉をしかめ、の額に掛った髪を払う。

「俺は、お前をあいしてはいない」

言ってしまった途端、心臓に鋭い痛みが走った。が、その間際にの手がドレークの心臓の上をそっと触れる。痛みは嘘のように消えた。その時、の瞳は赤かった。寝起きとは思えぬ煌々とした赤、肌に触れた指先が熱かった。しかし、それも一瞬。すぐには目を閉じて、そのままゆっくりと手を下した。

「わかってるから、もう眠れ。赤旗」

静かな言葉。笑みすら浮かんだ穏やかな唇。湧き上がる劣等感に、ドレークはただ唇を噛み締めた。








ドレークが目を閉じた途端、はぱちりと目を開いた。隣のドレークには容赦なく眠りの術を施して、体を起こす。ずきり、と節々が痛んだ。エニエスにある、世には本体と言われる“パンドラ”を作った時に、この身の魔力はずいぶんと消費した。それで軽く400年を生きたのだから、そろそろいろんな箇所にガタが来ても当然。猛々しい男の欲を受けるなど、全く、この老体にはきつかった。

眠るドレークを見下ろして、は思う。この男はどうしてこんなに、世に悔いた様子なのだろう。己の信念、正義の強すぎる生き物だとは昔から思っていた。クザンに紹介されるよりももっと前から、ディエス・ドレークという海兵の存在は知っていた。全く難儀な子だと思っていた。生きづらい子だと、思っていた。ルッチに少し似ていた。あの子を救うことはできなかったから、己は赤旗を救いたいとでも思っているのだろうか。

もちろん、ノリノリで蹴り飛ばして嫌がる顔を見るのは好きだ。だが、そんな己のドS心、抑え込めぬほど未熟ではない。世は楽しい。いろんな楽しみをは知っている。わざわざ悪魔の身を相手にせずとも、男に不自由はしない。ドンピシャな好みでいえばアイスバーグだが、あれと男女の関係になるつもりはない。まぁ、それはいいとして。

ふわり、とあくびをして、ごろんと横になった。世が、世界がこの男をまだまだ必要としているのだ。セフィラが金切り声をあげなくとも、ダアトの身には少々、放っておけぬこと。赤犬あたりがこの男の造反に激昂して軍艦を向けようとしたときは笑ったが、もしもあの時、本当に赤犬遠征になったらどうなっただろうか。

そういえば、己は赤犬をあいしているのだろうかと時々ふらっとは思う。

赤犬、サカズキ、海軍大将殿。あの薔薇を扱えるらしい、稀有な殿方。この身が惚れ込むには少々苛烈さが足りない気がする、というのがの正直なところである。だが気づけば己は赤犬の傍らにいて当然で、しっかり首輪まで付けられたではないか。いやはや、これだから世はわからぬと一蹴にできること、でもあるが、しかし最近妙に、にはそのことが引っかかった。

赤旗のそばにいると、どうしてか知らないが、サカズキのことを考える。何となく、だが、赤犬を、自分は何とも思えていないのではないかと、そんな気がしていた。赤犬を必要だというは、己ではないのではないか。セフィラの木をはあの王国で護ってきた。代々王国の魔術師の長たるものたちが守ってきた生命の、知恵の樹は滅亡と同時に焼け落ちたが、あの時に燃え尽きたものはただの躯である。その格たる真理はこの身に刻まれた。だからこそ、は魔術師の階位が深淵の外であるダアトとなったのだが、その事実、その、真理を得た己が思う。この、サカズキを主と当然と仰いでいる己の心は、それは、己本来ものではないのではないか。

セフィラの樹は、世界樹でもある。世界は経験をし、種子を芽吹かせる。めぐり育った世界は、実を結んだ世界を記憶しているのだろう。

は記憶にある膨大な知識を探った。お師匠様、魔女殿、魔帝殿、我が君に、己が「師」と仰ぐ方々に教わったすべての知識の中に、世界の地平線を超える術はあっただろうか。いや、この今の身でだけで考えても、それはまず「不可能」なことだと知れる。出来ぬ、わけではない。だが、行った時の対価を己は支払えぬ。だから不可能なのだ。そしてたとえ支払、できたとしても戻ってはこれぬだろう。

途方もないことだ。は寝返りを打った。赤旗は、よく似ている。幼い子供には蜂蜜とブランデーを溶かしたミルクに限るが、この大男にそんなかわいらしいすべが効くのか。

「……」

今度やってみよう☆

その時にはやっぱりエグイと評判のヤギの乳にしてみるか。センゴクあたりからかっぱらって来ようかとあれこれ考えれば自然眠気も再度襲ってきた。明日、動ける自信はあいにくとない。赤旗、手加減というものを知らないのだろうかと思わなくもないが、普段ストイックな顔が乱れるのは楽しい。が、まぁ、こちらも余裕がなくなって声ばかりが上がってしまうのは頂けない。もうちょっとこう、主導権握りたいんだが、と、赤旗が聞けば溜息を吐きそうなことを平然と考える。そういえば正常位に拘った夫と喧嘩別れしたのはどこのアバズレだったか。ふわり、ふわりとあくびをして、ドレークの顔に触れる。そのままぐいっと己の顔を近づけて口づけする己の心がよくわからない。

(おれはこの男をあいしているのかもしれない)







「おーおー、ハデにやっているものだね」

のんびり、しっかり「ここが一番安全だ」と言われた場所に隠れて、戦場と化した甲板を眺める。海賊同士の戦い、乱雑な者どもが来る来る来る。縄を伝いとび越え、板をかけてやってくる。しかしまぁ、阿呆な話である。ドレーク海賊船。海賊団、の名を持っていても、乗組員は皆面白いくらいに元海兵でしっかり固めている。相手の海賊団、海賊同士の争いであれば知っているだろうが、どこの世界に「海兵に戦闘を仕掛けなれた海賊団」がいるというのか。

その点こちらはお手の物、何しろ、現役時代は腐るほど行っていた「海賊討伐」とそれだけなのだ。

粗野な連中などいない。無骨なだけのぶへんものすらいないのだ、この船、あまりにも船長の団、らしすぎる連中ばかり。騎士道精神だって説けるだろう連中ばかりの船。あらくれるだけの者ども、敵の海賊団など相手でもない。

ちろり、とは先陣を切って戦うドレークの帽子、ふわふわした白い毛の先を眺めた。恐竜、にはならないらしい。まぁ、船が揺れる。迷惑だからやめて正解だと思う。だが見たいなぁ、とは思った。あまりにあんまりな姿だから滅多に見れぬ。ドレークの剣が敵を斬り伏せた。命までは取っていない。甘い男だが、いや、違うか、見事に相手の腱を切っている。あれでは海賊はやれぬ。手を叩いてやりたかった。ドレーク、昔と本当に何も変わらぬ。

「お、や?」

船の音、揺れる振動、鳥の鳴き声にははっとして顔をあげた。そしてその先の気配、原因をうかがう。人の叫び声、剣の重なる音、にまぎれて聞こえる、この音。

「……ふ、ふふふ、さかしいなぁ」

ひょいっと隠れていた部屋から飛び出して、はデッキブラシを取り出した。そのまままたがり、乱闘続く甲板に飛ぶ。赤旗の傍らまで近付くと、ドレークが声をあげた。

「馬鹿者!!!出てくるな!!」
「馬鹿はお前だ。赤旗、面白いぞ、海軍が近付いて来ている」
「……何?」
「んだと…!?」

ドレークの斧が相手の剣を受けとめた。その、繰り出した相手が声を上げる。様子、容貌から船長らしいとも気づく。手配書で見たような気もするが、あまり覚えていない。基本的に顔の気に入った海賊の手配書しか見てない。

「本当か、女」

男はギリギリとドレークと剣を重ねながら横眼でに問う。なかなか、冷静な男であるとは関心した。

「女、じゃない。だ。嘘じゃない。十時の方向にばっちり軍艦が三隻御出でだ。漁夫の利とでもいうやつか?」

まだ肉眼で発見できるほどではないが、にはわかるもの。男は一瞬疑わしそうな目をしたが、しかし、それは本当に一瞬だ。すぐに「可能性があるのなら危険は回避するべき」という船長の鏡のような思案をしたのがの目にもわかった。すっと剣を納めてを見下ろす。

「どれほどで着く」
「通常であればあと十五分ほど。だがあの船は良い船だ。ガレーラ製だな。その半分でも十分だろう」
「……ということは追いつかれるな。俺の船じゃ」
、どこの所属船かは判るのか」

こちらも剣を納めたドレーク、の言葉を疑う理由は彼にはない。すぐに信じて、ではと打開策を練る。ドレークの船でも追いつかれるだろうというのが判っていた。敵船の船長、小さく舌打ちをして声を張り上げる。

「野郎ども!!海軍が来る!!一旦引くぞ!!!」
「ほう、次があるのか」

ニヤニヤと笑い、茶化すが男はそれを無視した。この自分をシカトするとは見込みのある、とは妙な関心をして、トン、とデッキブラシで空を上がった。わらわらと海賊らが船から引いていく。船長の判断には忠実な様子。なるほど、グランドラインのこの場所で航海で来ているのだ、クズではない。

空にあがり、指を振る。目を細めて小さく歌を口ずさんだ。

「……赤旗、まずいぞ」
「大将の軍艦か?」
「いや、さすがにそれはないが。中将どのの起こしだ」

しかも狙った獲物は逃がさぬと評判の方ではないか。は所属と名をドレークに告げて眉を顰める。ちょっと、まずい。まだドレークの敵う相手ではない。パシフィスタ連れてこられた方がまだマシだ。

「中将?海軍本部の中将なのか?」
「なんだ、まだ逃げてなかったのか」
「逃げきれる速度じゃねぇからな。応戦する」

相手の船長、かぶった帽子を直して決意深く告げてくる。確かに、逃げきれるものでもないだろう。の記憶している限り、ここしばらくの場所に身を隠せそうな入り江や岩礁などもない。追う者、逃げるもの、なれば追う方の攻撃し放題。船の装備から言って、海賊が沈められるのが道理だろう。

「なるほど、お前らが囮になってくれるならうちは逃げきれるな。赤旗」
「おいおい……よくそんな外道な手段を思いつくな……」
、そういうことは思っても口に出すな」

双方に突っ込みをいれられてはキョトン、と顔を幼くする。え、だって本当じゃないかという主張はきっとするだけ無駄である。しかしドレークはともかく正真正銘の海賊殿にそんなことを言われるのはとっても心外だ。まぁ、外道なことは認めるが。

ドレークは身をひるがえし、まだ警戒態勢の船員たちに海軍との戦闘準備を告げた。

「おい、赤旗。お前正気か?」
「この海を進む限りいずれ中将クラスと遭遇することはあるだろう。それが早まっただけだ」

敵とはいえ囮を使い逃げる気はないらしい。全く、とはあきれ、同じようにあきれている敵船の船長を小突いた。

「ということだ。三隻を一船で相手はしんどいだろうから、まぁ喜べよ」

相手の船長、ふんと小さく鼻で笑い身を翻る。

「協力はしねぇぞ。赤旗・X・ドレーク」
「好きにしろ。―――、お前は逃げろ」

それぞれ背にして歩きだした船長たちを眺めていた、突然に水を向けられて顔をしかめる。まぁ言われるとは思っていたが、本当に言われると驚く。肉眼で発見できるほどに近づいてきた海軍の船を見つけた遠見の声が響く。風のにおいも随分変わった。

ぴくん、と眉をはねさせてはドレークに近づいた。

「おれは、おれの好きにする。お前の指図は受けないぞ」
「混戦になる。どうなるかわからんのだ」

簡単に考えれば、この船は沈められるだろうなともわかった。力量に差がありすぎる。ドレーク一人と中将一人の一騎打ちならまだ何とかなったかもしれないが、これは一騎打ちではなくて、海賊と海軍の戦いになるのだ。

じっとこちらを見つめるドレークの瞳を受けて、は目を細めた。己は敵でも味方でもない。どちらかといえば赤犬のところにいる身、海軍より、だろう。ということはこの状況、ドレークにとっては足手まといでしかないということか。ずきりと、なぜか心臓が痛んだが、それはどうでもいい。ぎりっと歯をくいしばって、一度どかりとドレークを蹴った。

「っ、なんだ」
「せいぜい長生きしろ、このバカ」

一言、おまけとばかりにデッキブラシで頭も殴り、はそのまま船を飛び降りた。ワーワーと騒がしい海賊船が二つ。海軍の船の砲弾も、こちらに向かってきそうだ。

デッキブラシにまたがって、音を聞く。

「赤旗は、死ぬか」

××中将どのは歴戦の勇士である。ドレークは強い、とても強い男だ。だが、武を誇る海兵ではなかった。そういう男ではなかったのだ。強く、強く、どこまでお強いのはその正義であった。だから、負けるのだ。負けてしまうだろうとはわかっていた。そういうにおいがする。そういう音がする。この男はここで死ぬ。先ほどの敵船の船長も死ぬだろう。そういう日だ。そういう流れだ。

大砲の音、人の叫び声、響く、肉の切れる音、ドンドン、ドンドン、と、海賊と海兵の戦いが始まっていく。ドレークは、やはり一番に立って海兵を斬り伏せていく。時折海兵らがドレークを「少将!」と焦った声で言うが、それを構っていれば死ぬのが早まる。

だが確実に、こちらが押されているな、と思っては口元を押さえた。己の、今の思考はよくない。こちら側、と、赤旗の船をそう思った。どちらがどちら、あちらはあちら、などと思う心、この魔女が持つのは、よくはない。

「……っ、赤旗…」

はっと目を見開いた。海軍本部、中将どののお出ましか。颯爽と正義のコートをひるがえし、大剣を構えてドレークに突進した。ガギッと、二本の武器でそれを受け止めたドレークだったが、勢いに押され足が下がる。

ギン、ギン、と剣のぶつかり合う音。何か中将がドレークに言葉を放っているが、それはこちらには聞こえない。中将の繰り出した本気の2撃目は、ドレークの腹を薙いだ。がくっと片膝をつき、剣で身を支えるドレークを見下ろし、は舌打ちをした。

焦ったのは随分と久しぶりだった。いや常日頃から周囲世界を完全に見下して傍観してケラケラ笑い始終、の生き物を自負している己。だがしかし、いやぁあだまともな心も落ち合わせていたのだとはぼんやり思った。そして思う、自分どうやら、赤旗には死んでほしくないらしい。

飛び出した先、振り下ろされる鋭い刃。太陽の光を受けてキラキラと鉄が輝く。この身、この身の呪いをよくよく承知している。この体は時が止まった。あれは師の死の言葉。間際に残された、あれは、愛なのかそれとも激しい憎悪だったのか、今の己でも判断はついていない。王国の滅亡した夜。魔術師が代々守り続けてきたセフィラの樹が燃え落ちた。火をかけたのは己だ。致し方なかった、とはいえあの所業、非道ともいえたことに違いはない。

まぁ、それはどうでもいいとして、今この状況、そういうときはやけにゆっくりと時間が流れるものは目を開いたまま、その身に剣が振り下ろされるのを見ていた。傷を負えば、治る。治癒の術もいくつか使えるが、放っておいても治る。そして、この身に傷をつけたとなれば、中将殿とてただではすまない。その途端、正義の海兵であっても容赦なく悪になる。天に嘯く竜の一族を傷つけた程度では味わえぬ、この世の地獄がフルセットでいらっしゃる。赤犬が、許しはしない。だから、飛び出した。赤旗の代わりに切られることを、望んだ。それ以外、どうすることも、できない。

ザッ、と、布と肉の切れる音。真赤な血が流れ、どさりと甲板に伏したのは、ではなかった。

「………赤旗……」

は目を見開いて、己が前に飛び出したはずなのに、その自分の腕を引いて身に抱きいれ庇ったドレークを見つめた。だらり、だらりと床に血が広がる。

「……なぜ戻ってきた、

ドレークの帽子が風で転がる。目を覆う布切れて落ちた。憎々しげにこちらを見つめるその、真っすぐにすぎる瞳には、ただ目を丸くすることしかできない。

(庇った、庇われた、このおれが、お前を助けようとしたこのおれが、逆に、庇われた)

バカな。バカか、こんな阿呆な話があっていいはずもない。何のために己は飛び出したのだ。代替。
バカか、赤旗め、バカ。バカじゃないか。

は声が出ない。なぜ、なんで、助けようとした男に逆に庇われて、そして、己は無傷でいるのか。

中将が何か叫んでいた。己の登場に少なからず思うことがあるのだろう。だがそんなことは、の耳に聞こえない。は震える手でドレークの血を手で掬った。

「あ、ああ、あ、あああ、あ、あああああ!!!!」

この世の果てのもっともっと奥の方からひっそりひそひそ囁いている囀り石の声がする。耳を欹てて聴いてくれ、息を潜めて待ってくれ。小さな小さな嘆きの声が後から後から木霊する。あれは何時の事だったかまだ太陽も生まれぬ時分、ニクスの腹に総てが在った。だというのに今の己はどうだろう。何もかもを、そのまた先のその向こう側にまで届けてしまい、手は随分と薄くなった。肩は随分と軽くなった。もうどうすることも出来ぬほどに、己は言葉を次々に忘れてしまったのだろう。今ではもう、薔薇の種ほどの小さな記憶しかない。

目が、目が熱い。

(頬を伝う熱いものは何だ。そんなもの、覚えがないぞ)








ドレークが目を開くと、そこは見慣れた己の船の医務室だった。

「……戦いはどうなった」

誰に問うわけでもなく呟くと、白いカーテンがさっと開いた。

「ドレークどの、気分は如何か」
「……ドクター」

黒いメガネに白衣、海軍時代からドレークの船の船医である医者だ。ワノ国の出身らしく、古めかしい言動をするが腕は確かである。どうやら一命は取り留めたらしい。状況を聞こうと体を起こそうとすると、全身に激痛が走った。

「っ」
「無理はなさいますな。死ぬとこでした。三日三晩、意識があなかったのです」
「……船員の被害は?」
「奇跡的に死者はおりません。重傷者も、みなドレークどのよりはましです」

なら命に別条はないのだろう。ほっと息を吐いて身を寝かせると、ドクターが眉を顰めた。

「なぜあのようなことを?」
「船の性質から見て逃げ切れるものではない。あの中将の性格、作戦の癖を知っていたから、逃げてもすぐにとらえられる策を取られていると、」
「応戦したことを問うているのではないのです」

ぴしゃり、とドクターは遮って、パイプ椅子をドレークの傍らに引いてきた。そしてそこに腰掛けて、深いため息を吐く。

「魔女どのを庇われましたな。ドレークどの」
「……」
「その傷は魔女が負うべきものでした。あなたが負い、生死をさまようためのものではない」

海軍本部の執務室長を務めたこともある医師は鋭く、ドレークを責める、いや、たしなめる。彼はのことを知っている。どういう生き物なのかは知らずとも、どういう人物なのかは知っている。怪我を負っても治ることも、彼女を傷つけたものには報復が海軍大将より下されることも、知っている。

「なぜ、あのようなことをなさいました。ドレークどの」

静かな声が再度問うてくる。ドレークはあの時の光景をありありと思い浮かべた。焼きついた、脳にはっきりと、焼き付いてしまった。繰り出された一撃をどう回避するか(回避はできなかった。逃げれば別の攻撃がくる。そういう、幾重にも巡らされたたやすい一撃だった)どうするか、考えた。受ける以外にはないと思った。(だが受ければ剣は折れ、己は死ぬだろうとも分かっていた)その前に、が飛び込んできた。その腕を、己はとっさに引いて、抱きよせ庇った。

悪魔の声が響く隙もなかった。だから、あの行動は、飢餓ゆえのことではない。それどころか、今朝目覚めた時に、ドレークにはを求める強い飢えがなくなっていたのだ。昨夜さんざん情を交わしたからかとお思ったが、そんな程度で満たされる千年の飢えなら苦労しない。何か、がしたのではないかと見当はつけていた。

だから、あの行動は、悪魔ゆえのものではなかった。

「……わからない」

答えを待つ船医に、暫く待たせてドレークが答えられたのはたった一言の、そのあやふやなものだった。船医は深く溜息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。まっすぐに背をのばして歩き、「しばらく安静になさっていてください」とそれだけ言って出て行った。

パタンと扉が閉まる音。目を閉じてドレークはこれからのことを考えた。海軍はどうなったのだろう。こちらの被害はなかったが、結局共闘した船長はどうなったのか。あの赤い髪に鎖を使う男、手配書で覚えがあった。確か、不死鳥と呼ばれるフェニックス海賊団の船長だ。懸賞金は一億ベリー。副船長を亡くしたと聞いたが、それでもまだ海賊を続けているらしい。(アニメワンピ、ラブリーランド編:参照)

こうして自分が治療を受けられる状況にあるということを考えれば海軍の船は追い返せたのだろう。はどうしているのだろうか、最後にやっとそのことを考えた。

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん」
「……だから人の心を読むんじゃない」

ひょっこり窓から顔を出したを、ドレークはため息を吐いて一応迎え入れた。なんでこの女は窓から堂々と入ってくるのかとかそういう突っ込みはするだけ無駄である。
よっこらせとは部屋に入り、ドレークのベッドに腰かけた。相変わらず真っ赤な髪に青い目の、脊の高い女である。その体に傷がないことを一目で確認して、ドレークはほっと息を吐いた。その途端に、がばっと、が上着を脱いだ。

「っ、なんだ!?」

さすがに驚く。というか、何を考えているんだこの女は!とひたすら焦り、声をあげるがはそんなことはお構いなしにぽいぽいシャツやら下着を脱ぐ。完全上半身を裸になってそのままドレークの上に跨った。

!?」
「……欲情するか?」
「するか!!何を考えている!!!子女が日中からそんな……!!」

怒鳴って顔をそむけようとするが、がドレークの首を掴んでそれを阻む。目に痛いほどに、まっ白いの体。豊満な胸にはトカゲの刺青が大きく這っている。腹部には大きな火傷の跡、しかしそれでも美しい体。燦々降り注ぐ光の下で恥じらいもなく、晒されている。

さらり、と長い髪が肩をすべりドレークの肩へ垂れた。

「そうだ……お前はもうおれを求めないでいい」

ぽつり呟くの声。そこでハタリ、とドレークは気づく。の目は相変わらず青いが、その瞼、眼尻が、赤く腫れている。何も言えないでいるドレークに構わずに続ける。

「お前はもう悪魔の飢餓がない。そういうはずだ。なのに、どうしておれを庇った」

あの時、をドレークは庇った。庇わなければ、が傷を負っただろう。今、ドレークの全身は焼けるように熱く、痛みが走っている。痛みにはそれ以上の精神力があれば耐えられる。だから、かまわなかったのだろうか。いや、あの時はそんなことは考えなかった。

「おれは怪我をしたって、死なないぞ。治る。この身はそういうものだ。なのにお前、なんで庇った?お前は知っているだろう。おれはそういう生き物なのだよ」

先ほど船医にも問われたことを、再度から問われれば、ドレークは自然と言葉が口を次いで出た。

「だが、痛みはあるだろう」

あの時に思ったのはただ「が切られる」と、それだけだった。それは嫌だったのだ。海の魔女、悪意の魔女、世界の敵、そんなことはどうでもよかった。そんなことは考えなかった。ただ、目の前でが切られそうになっていて、なら、と、腕を引いたのだ。

答えた途端、小さくの体が震えた。ぎゅっと、耐え忍ぶように唇がかまれたのをドレークは見た。そして、ゆっくりと上半身を起こす。激痛が走ったが、堪える。わずかでも顔をしかめてはいけないような気がして、表面上は何も痛みなどないように装った。と向かい合い、その頬に触れる。ビクッとが怯えたように体を強張らせた。その細い体を空いた手で抑え込み、ゆっくりと首筋から項に指を通し、髪を梳く。やわらかな毛はするすると絹のように指を流れる。

「すまない」

今、言うべき言葉はおそらくほかになかった。一言、たった、一言だけしか思いつかなかった。なんに対しての謝する言葉なのか。それはと己はよくわかっている。あえて他にかける必要もないと知れていた。だからただ一言。それだけを言う。が弱々しく首を振った。そのまま俯くに困ったように笑って、ドレークは何度も髪を梳いた。

ぽろぽろと、ドレークの腹の上にの涙が落ちる。目を擦ろうとする手を取って、聊か乱暴に上を向かせた。眉を寄せて目をにじませるその眦に口づけると、が嫌がるように頭を引いた。この女の恥じらう姿は珍しいとドレークはなんだか可笑しくなった。小さく声を出して笑えば、むっと眦をあげてがドレークを睨んだ。

「……このおれをからかうとは、いい度胸だな。赤旗」
「すまんな。しかし、なんだ、お前もかわいらしいところがあるじゃないか」

ぶわっと、の顔が真っ赤になった。おや、と、ドレークは首を傾げる。そのままぐいっと、の肩を引きよせて抱きしめる。ぎゅっと強く抱きしめるとが最初は体を強張らせていたが、すっと力を抜いたのがわかった。

(いとしさが、こみあげてくる)

はっきりと、わかった。己はこの生き物を愛しているのだ。知らぬ素振りをしていた。そうではないと、そうであってはならぬとしていた。いや、認めてしまえば、それは悪魔の飢餓ゆえのものであるとされてしまいそうで、そうはあってほしくなかったのだ。だから、そう、そうではないと。そう、言った。あいしていないと、そう言った。ひどいことを、言った。

「……バカが…」

ぼそり、とがつぶやく。相変わらず人の心を読む女。いや、読めていないのかもしれないと今は素直に信じられる。

抱きしめた体の柔らかさ。首筋に唇を這わせると、が「お、おい!」と抗議の声を上げてきた。

「なんだ」
「お前、けが人だろうが!」
「お前が上になれば問題ない」

は?と、が驚いた顔をした。いつもと立場が逆である。なるほど、普段勝気で生意気なを驚かせて組み敷くのもなかなか楽しいかもしれないと嗜虐心も浮かんでくる。しかし確かにけが人、今は組み敷くことはあきらめると頷いて騎乗位の提案。今度こそ本当にが真っ赤になった。

「なっ、なっ……!!何言うんだバカ!」
「お前、普段自分でノリノリで跨ってるだろう」
「自分の意思と人に強制されるのは違う!」

結果は同じだろうともっともな突っ込みをドレークはした。なんだかヤヴァイと気づいたのか、がさっと逃げようとするが、怪我をしていても男のドレークの方が力はある。そのうえ、本調子ではないドレークにいささか遠慮をしているらしい。あっさり腕に捕らえられてが声を上げた。

「まだ昼間だぞ!赤旗!」
「男の前で脱いだお前が悪い」
「養生しろ!」
「わかったわかった。あとでな」
「ふ、船の状況見てくるとか……!!」
「ドクターが安静にと言い含めてきた。今日一日はベッドにいなければ殺される」
「なら安静に……んっ……ふ…」

いい加減黙って欲しい。ドレークは反論ばかりを口にする唇を塞いだ。抵抗するの手が何度か胸をたたいたが、やはり怪我を気遣ってか弱々しく、そのまま腕を首に回させるまでそう時間もかからなかった。

「……っん…馬鹿…傷口、開いたらどうするんだ。バカ」

睨んでくる目は鋭さはない。むしろ熱を帯びた潤んだ瞳にドレークはいや、本当押し倒していいかと真剣に悩んだ。だがそれはさすがに傷口が開く。死ななかったのだからまぁ大丈夫だとは思うが、血の中で興奮して自制が利かなくなればまずい。

「嫌か?」

嫌がる女を抱く趣味はない。一応(一応ってなんだ)確認で問うと、がわなわなと唇を震わせた。

「馬鹿!そんなこと聞くな!バカ!!!」

首まで真っ赤、白かった肌も、恥じらいやらで朱に染まっている。ドレークは「すまん」と笑いながら答えて、再度口づけた。







「それで、海軍の××中将はどうなったんだ?」

事後、の髪を梳きながら横たわり問うと、が「今聞くか」と眉を寄せた。気になっていたことである。あの敵船の船長が倒したのだろうか。ドレークが負傷したのを機に一気にたたみかけてきそうなものだったが、こうして自分たちは無事に航海を続けている。

はむくりと上半身を起こしてドレークの上に身を寄せる。

「丁度運よくサイクロンが来てな。それで見事に逃げきれた。でなかったら死んでたぞ」

グランドラインで突発的に何の前触れもなく発生する竜巻か。確かにあれに直撃すればひとたまりもない。この海を知る者であればだれもが経験のある災害である。

「運よく、か」
「あぁ。ナイスタイミング。おかげでこちらの船も多少破損したが、許容範囲だと船大工が言っていた」

機嫌よく言う。そういえばこの船の船大工とも親しかった。船大工という人種を極端に好くのだ。ドレークはため息を吐いた。


「うん?」
「……もう、するんじゃないぞ」

ふわりとほほ笑む、魔女の瞳。青く、蒼、どこまでも真っ青。真冬の湖とてここまで寒々しい色を出しはしないと、ドレーク、ただひたすら、溜息を吐いた。




FIN



あとがき

適当にぐだぐだ書いていたんですが・・・なんだこの長さ。