「寒い」
「だから中に入っていればいいだろう」

甲板に出てきたを見るなりドレークは溜息を吐いた。いや、もう言っても無駄なのだろうが、一応自分は間違ったことは言っていない。絶対、。

雪のしんしん降り注ぐ海上、船は問題なくログをたどり次の島に向かっている。先日の冬島の次はせめて秋島がいいと思っていたのだが、残念なことにこの気候を見るなりその可能性は低そうだ。春の暖かい日差しの中でのんびり読書でもできたらと、そんなことを考えるが、隠居にはまだ早い。

「なんだお前、無事に隠居できるとか思っているのか」
「頼むから人の心を読まんでくれ」
「いつも言ってるが、心なんぞ読めないぞ」

と、このやり取りも何度目か。しかしそれは絶対に嘘だとドレークはいつも思う。いろんな常識がない。堂々とした態度で重力を無視して何の変哲もないデッキブラシで飛び回っているのだから、もうこの生き物にそういう類の型を通すのは無駄だ。

「寒いと思わないか、赤旗」
「この海では仕方がない」
「お前は雪が似合う男だよなァ。どっちかというと吹雪がいい。あ、いや、ぜひ見たいのは北極熊VS赤旗?オッズはどれくらいだ」
人に質問しておいて、、さくさく自分勝手に会話を進めていく。ドレークの答えなど全く意味はないらしい。

「赤旗、次の島に、」
「熊がいても俺は絶対にやらんぞ」

言い切られる前に先手を打って拒否しておいた。が、そんなことでひるむではない。ふん、と鼻を鳴らしてドレークを見上げる。

「いいじゃないか。東洋の島国では蛇とマングースを戦わせる観光スポットがあるんだぞ。あぁ、そういえばあそこには海蛇レースもあったな」
「趣味が良いとは言えないな」
「そういうな。コロシアムしかり、人は自分が傷つかず他人が殺し合うのが楽しいんだよ」
「どうしてお前はそういう極端に悪意にしか聞こえない言い方をするんだ」

ため息とともに言えば「性分だ」とあっさり言う。性分というよりはわざとだろう。人に誤解されるだろう言動を好き好んで行うのだ。憎悪を向けられるのが心地よい、というドMではないはずだが、無意識なのかどうなのか、この女は、どんな親愛や敬意よりも他人から憎まれ疎まれることを選ぶ。強く、求めてすらいるのだ。

(いや、俺を容赦なく蹴り飛ばしてくるのは趣味だろうが)

考えて悲しくなる。最初こそ、彼女はドレークがを嫌うように仕向けていた。嫌がらせやら、口に出しにくいことまで平然とやり、そして手ひどくドレークを裏切っていた。それでも、結局のところドレークはを憎んだことも恨んだこともなく、そしてその結果が、おそらくは今、がこうして自分の隣にいる、ということなのだろうか。

「そういえばシャールがな」
「誰だ?」
「あのくだらない連中のところの、あぁ、名前は、確かシャルリア。あの子からこの前ちょっとしたパーティの招待状が来たんだが」

世界貴族と海の魔女の仲はどう考えても険悪そのものだったが、どういうわけかロズワード一家のところの一人娘とは親交があるらしい。ドレークが海軍海兵だったころからである。はシャルリアという天竜人を「シャール」とそう親しく呼んでいるのか。そのことにいささか驚きながらの言葉を待つと、、ひょいっと肩をすくめた。

「奴隷同士を殺し合わせるらしい。在庫処分だと言っていたが、ふ、ふふふ、トーナメント形式にしてな。勝ち残った、というより生き残った最後の一人は人間に戻して「やる」そうだよ。ふ、ふふふ、ふ」
「・・・・・・・そんなことが、許されるのか」
「許されているんだろうよ。あのバカ共にはな。ふ、ふふ。まぁどうせ奴隷は元海賊だ。縛り首で死ぬか、殺されるかの違いだろう」

いっそ奴隷から解放されて死ねて喜ぶくらいではないのかといえば、ドレークががっ、と、の肩をつかんだ。

「・・・・

いささか乱暴、ではある。は目を細めて、唇の端をわずかにゆがめた。

「そんな顔をするな。お前の顔を苦痛に歪ませていいのはおれだけだ。ほかのケースは認めないぞ」

言ってはドレークのマフラーを引き、顔を引き寄せる。手袋をはめた両手で頬を抑え、その真っ青な瞳がまっすぐにドレークを見つめる。

「こういうことが当たり前のように起きているこの世界。それで、お前は何ができるんだ?赤旗X・ドレーク。翼のない哀れな竜。お前の手は短い。お前の声は小さい。嵐の中指し示す光にはなれない。それがお前の天分だ」

天竜人が日夜催す宴で行われるさまざまな「余興」海兵であった彼なら多少は知るもの。だが、知っていてもドレーク、何の命ひとつも救えない。今とて、の告げたこれから殺し合いをさせられる奴隷と名の刻まれた、ただの生き物たちを、その結末を予期し、それが「正しいこと」ではないと痛烈に怒りを覚えているのに、それでも何もできない。

「・・・なぜ俺に話した?」
「嫌がらせ」

「おれは、お前には割と期待してる」

鳥の鳴き声。もうじき島も近いのかとぼんやり思いながら、の真赤な髪がサラサラ流れる。長い髪、襟足だけが長く、前髪は、そういえば昔あったころはどうだっただろうかとドレークは不意に思った。は今にもドレークの顔にくっつきそうなほど、近く顔をよせた。

「お前はこの世の保証付きの正義を捨てた。それで、何を貫けるのか。次に見出した正義は、お前の掲げるその正義は、誰が保証してくれるのか。それを見たい」





さぁ、お前の正義を見せてくれ





・とかそういう話を書いていたんですが、おなかがすいたのでコンビニ行ってきますb





NEO HIMEISM