さても奇妙なこともあったものだ、いやはやこれだから人生というのは愉快極まりないと只管どんどん、どこまでも他人事。クザンよりパクった、じゃなく賜った手配書を眺めにやにやと、は箒に跨り堂々とグランドラインを横断中。常識なんぞ求めるだけの奇天烈な生き物。最早この非常識を形にしたような海でさえ異常性の際立つ生き物。ぶらぶらと足を揺らして海面すれすれに飛びつつ、は飛ばぬよう懐に手配書をしまいこんだ。
「ふ、ふふふ、ふふ。なんだか知らないうちに、随分と愉快なことになっているじゃあないか。ふ、ふふふ」
知らず知らぬ笑いがこみ上げる。何しろ、まぁ、X・ドレーク、元・海軍将校。赤旗と名を上げて大物ルーキ、海賊頭へと成り下がった。(名が上がるのに、成り下がったって、言葉変じゃないのか?なんて疑問もわいたが、それはさておき)暫くぶらぶらと海軍から離れていたであったから知らなかった。
賞金が二億を越えたのも驚きだったが、からすれば、よくもまぁ、海に出れたものだと、そういう驚きも十分あったのだ。何しろ、ドレーク、少将殿。おっかなくも、サカズキの、大将赤犬の部下だったこともある。抜けた時の所属は知らぬが、G8のジョナサン中将しかり、赤犬は、あの男は、一時でも己の身近になった海兵には良い意味でも悪い意味でも、容赦しない。
もしも、仮に、まぁありえないが、もし、自分が同じように海軍を、サカズキを裏切って「海賊になります☆」なんて飛び出したら、まぁ、確実に、海面に出る前にサカズキにぶっ殺される。いや、よくて殺され、悪ければ……
「……止めよう、考えるの」
ぶるっと身を震わせ、は冷や汗をかいた額を拭う。想像するのだっておっかなくて、できやしない。そういう恐ろしい、海軍、じゃなくて大将赤犬のもとから、ドレーク少将、あ、もとか。よくぞまぁ逃げ出したと、それだけでは海賊王になる資格あるんじゃね?とか思う。
まぁ、あの男が海賊王目指しているかどうかは別として。
とにかく、そういう興味、関心、賞賛がにはあって、だからこそ、手配書もってルンルン気分、爽快、愉快、元気かい、とまぁ、海をゆらゆら移動中。もちろん、無断外泊なんてする根性はかけらもないのでばっちりオウメさんに「出かけてくるよ」と報告はしている。(サカズキ本人に直接言えないこの根性のなさ!)
信じてくれ!!
「と、いうことで遊びに来た。船長はどこだ?」
何が「と、いうことで」なのか誰にもさっぱり理解できない。しかし、まぁ、とん、と、突然甲板に降り立ってその少女は堂々と、のたまった。
唐突に空から降ってきた、尊大な女の言葉に船員達は些かあっけに取られ、しかし、礼儀も何もあったものではない言動に、暫し顔を見合わせ、いきり立つ。
「なんだ貴様は!!突然現れてうちの船長を出せとはどういう了見だ!!!」
無理もない反応、むしろ女の外見だからまぁ、まだかろうじて抜刀されない銃向けられないと、好待遇だと彼らを紳士と褒め称えてやって欲しい。船員口々に言いながら、とりあえず女、を取り囲んだ。
「ふふふ、ふふふ」
これまで見知ってきた「海の荒くれ者たち」よりは少々、粗雑さが足りぬ連中だとのん気に思い笑いながら、はぐるりと辺りを見渡す。うん、中々良い船だ。そういえば、船が好きな男だったと思い出し、は小首を傾げて口を開いた。
「三秒以内に出て来ないとこの船沈めるぞ?」
いーち、と可愛らしい仕草で(長身の女がやると不気味だ!)カウント、取り囲む船員達が真意を問うより素早くどがん、ばたばたばた、と、大きな音を立てて(まぁわざとだろう)飛び出してきた、全身黒尽くめ。
はゆっくりとそちらを振り向き、ふむ、と目を細めた。
手配書どおりの格好。黒い帽子に黒いマント、黒い帽子に、そんな趣味あったのか?と疑問に思う、黒の仮面。
「……何の用だ。―――……海の魔女」
久方ぶりにあったというのに、カッコウ意外はお互い何一つ変わっていない。しかし、ドレーク、なんと呼ぶべきか一瞬巡回したそぶりを見せ、結局出されたのは「海賊」として相応しい呼び方であった。は軽く笑って、ことりと箒を地面に置く。ドレーク相手に不要とは思うが、戦闘の意志はないと、そういう表示である。
「何の用だって、それりゃあ決まってる。遊びにだ」
けろりと答えて、ドレークの顔が僅かに引きつったのを確認して、にんまりと笑った。
■
ドレークの「問題はない」の言葉に、信じたのか、それとも「海の魔女」を少なからず理解している連中だからか、船員らは各々の仕事に戻った。ドレークはひとまずを己の私室へと案内する。別段船員に聞かれたくない話をする気はないが、は、空気を読まないで思いついたことを話す癖がある。用心に越したことはないと、そういう気配り。
「へぇ、お前の部屋か」
扉をくぐり、は感心したように声を上げた。海軍本部の、お前の私室によく似ている、と言う。似せたつもりはないが、使い勝手やら色々なことを考えて配置すると、やはりそうなるものだった。
だから勝手知ったる、というわけか、それともただの傲慢ゆえか、はスタスタと寝台に腰掛けた。一応ソファや椅子はあるのだが、ベッドが一番好ましいのは相変わらずらしかった。一瞬懐かしいと思い出しドレークは目を伏せる。なぜ彼女が自分の前に現れたのか知らぬが、それでももう、昔のようにはなれぬと、そういう、覚悟。
「良い部屋じゃないか。うん、良い船だ」
ごろん、と、当たり前のようにベッドに寝転がって天井を見上げながらは云う。世間話のような、口調。
「そうか」
ドレークは顔を上げて、表情を和らげた。
数百年生きているらしいこの生き物は、物を見る目がよく肥えていることをドレークは知っていた。だから、彼女の目訊に叶ったということで、ドレークも多少の満足を覚える。
「元々は廃船だったんだがな。竜骨は無事だったので手をいれ今の船にした」
「ガレーラ製か?」
「いや」
答えれば、は面白くなさそうに鼻を鳴らした。別に、造船島はウォーターセブンのガレーラカンパニーだけではないのだが、はとにかく、ガレーラびいきである。あのロブ・ルッチが背後に構えていようが平然と「アイスバーグは世界で一番良い男だ」と親指立てて良い笑顔で言うほどだ。
ベッドから天井を見上げ、ゆらゆら手を揺らしていたは、世間話の延長、なんでもないことのように、ぽつりと呟く。
「そういえばミホークが船切りたがってるんだけど」
「鉄でも切れ」
「いいじゃないか、減るもんじゃないし」
減らないだろうが形が変わる。というか、船じゃなくなる。そういう突っ込みは、にするだけ無駄である。黙って話題が変わるのを待ち、ドレークはごろごろと、なんで人の、しかも海賊の船でここまで寛いでいるんだと疑問に思うほどの姿をさらしているを眺めた。
相変わらず、何も変わっていない、この生き物。女、少女、女性、娘、そういう呼称の一切に合わぬ「生き物」だとドレークは思った。窓からもれる光を受けてキラキラと輝く髪に白い肌、長い手足に、やわらかな躯。
「……何をしにきた?」
ぞくり、と身の震えを感じてドレークはやり過ごすため息を吐き、それが溜息ととられぬよう声を出す。
そのまま黙っていれば眠ってしまったのではないかという疑問の起こるほど、うとうととしていたははっと眼を開き、軽く欠伸をした。
「だから、遊びに?」
言って、軽く上半身を起こす。サイドボードの上にぽん、と小さな箱を置く。先ほどまでは確かに持っていなかったが、いつのまにかの手にあった。そういうものだと、ドレークは承知している。
「なんだ?」
「土産だ。おれは手ぶらで行こうとしたんだがな、訪ねるなら手土産の一つも持っていけって、クザンが」
よろしくって言っていた、と堂々と云うにドレークは額を押さえる。クザン、クザン、というのは、明らかに、青雉だ。大将の肩書きをもつ、世界三大勢力の一つだ。しかし、まともな時意外は心底だらけきった、男でもある。
「……もう少しこの状況というものを考慮した言動をしてくれないか」
「はっはっはっは。面倒くさいから嫌だ」
本気でお願いしたくなるドレークの心情など知らぬとはあっさり切り捨てる。そしてちょいちょいっと手招きをして、近付いたドレークの腕を引く。ぐいっと、強い力ではないし、の細腕に引っ張られたところでよろめくようなドレークではないが、昔からの条件反射のように、引かれるままの上に覆いかぶさった。
自信に満ちたの、傲慢で尊大な青い目が間近で見える。長い睫毛の本数まで確認できるほどに近付いて、ドレークは息をつめた。
「ふ、ふふ、元気そうでなによりだ。相変わらずエロイ男だなぁ、赤旗」
「……一応聞くが、どこをどう見ればそういう言動になる」
「無自覚か?おい、自分の格好見てみろよ、お前それ犯してくださいって言ってるようなもんじゃあないか」
「……」
なんでそうなるのだか。相変わらずふざけた言動で他人をおちょくるのが好きな生き物だと溜息を吐く。ドレークが海軍にいたころから、はこうだった。新兵をからかえば赤犬に殴られるらしく、そこそこ地位のある(その方がよほどタチが悪いとドレークは思う)将校クラスを相手に突然迷路に放り込んだりして遊んでいた。自分を相手にする時は、なぜだか「歩くR指定」だの「存在自体がエロイ」だのと、大声で叫ばれた日にはさすがに、ちょっと泣きそうになった。(ちなみに、その次の瞬間大将赤犬がを盛大に蹴り飛ばして黙らせた。あの時ほど上司を頼もしく感じたことはない)
「ふふふ、さしずめ海賊になったのは露出度を上げてサービスするためか?」
「断じて違う!」
「そう照れるな。似合っているぞ、HDも真っ青だ」
「何処の何方だ!?」
なんでこの生き物を部屋に入れてしまったのだろうかと、ドレーク、今更ながらに後悔した。懐かしいと思ってしまったから悪いのか、確かに、自分は随分とと「親しく」て、海賊になってからは一度も会っていなかったから、さぞかし不安にさせたのかもしれないと、そう思う心が、罪悪感があったのだが。
生憎ここは海の上、どこにも逃げ場がないし、能力者である自分はそれこそ、海へ落ち延びることもできない。いっそを突き落としてやれば頭も冷えて丁度いいんじゃないかとかそういうことを思わなくもないのだけれど、そこまでやるほど、ドレーク、鬼畜でも外道でもない。
「おれが好きだろう?X・ドレーク」
いろいろ葛藤するドレークを放って置いて、完全自分中心、自分の速度。の指先が、ドレークの瞼に触れた。僅かに触れるか触れないかだけだというのに、それだけでぞくり、と、全身が粟立つ。ごくり、と喉が鳴って、見下ろすの白い肌を眼が追った。
「それは、」
抗おうと、奥歯を噛む。喉の奥から、今も油断すれば響いてしまうほどの、強い「欲」が、あふれ出しそうだ。
きょとん、と、の表情が変わった。からかいを含んだどこまでも傲慢な女の顔から、途端に、幼い子供の顔に変わった。そして、一瞬辛そうに眉をしかめて、ぎゅっと、ドレークに抱きつく。ふるふると、僅かに震えたように感じたのはドレークの思い過ごしか。
「………」
しかしそれも僅かのこと、顔を上げて再びドレークを見下ろした時は、先ほどの、愉快痛快、極まりないといった表情の、だった。
「あぁ、そうだな。お前のそれは、悪魔の実の声だ、うめきだ、欲求だ。しかも古代の、肉食獣だものなぁ、そりゃあ、大変な“欲”だろうよ」
他人ごと、さして大変ではないようには笑っていって、ドレークの帽子を奪い取る。いつの間にか体勢は逆転していて、ドレークが寝台に仰向けになっていた。
はドレークの帽子を被り、愉快そうに、どこまでも、楽しそうに笑う。
「そうだ、あぁ、そうだ。お前のその、目、おれが欲しいという、その欲深い眼は、悪魔の声だよ。ふふふ、だから、そうだ、欲望には忠実になれよ」
ドレークの上に馬乗りになったは、目を細めてドレークの喉に唇を寄せた。かりっと、小さく歯を立てられた瞬間、ドレークの身体がかっと熱くなった。
Fin
裏を作る必要があるくらい、エロイ赤旗さんをどうすればいいですか?(聞くな