「ちょ…!サカズキ見てこれ大発見よ!?オズ子ちゃん似の子の写ってるエロ本見つけちゃった!!!!」

午後の海軍本部、マリンフォードの港町の復興も着実に進み以前とまるで同じ、というわけではないけれど以前より力強くあろうと心がける町並みの揃って来た昨今、頂上決戦後何かと慌しかった海軍も僅かばかりの落ち着きを取り戻していた。

本日も朝からノンストップで執務中であったサカズキは時計が三時を指した頃、ひょっこりと顔を出したオズ・を迎え入れて小休止を取る事にした。毎度の如く、現れたと己の秘書官であるリコリスが2,3言の嫌味の押収をしているのを横目にトントンと書類を整え脇に寄せた直後、バタン、とノックもされず乱暴に執務室の扉がスライドされたかと思うと、部屋の中に現時点ではまだ同僚の、同期の桜、青雉クザンが冒頭の台詞を叫びながら飛び込んできたのである。

「……」
「え?何?あ、オズ子ちゃん来てたの?相変わらず性格悪そうな顔してんじゃない。元気?ちゃんと食ってる?って、え、サカズキ、何で無言でこっち来んの?あぁ、エロ本見たいの?おいおいオズ子ちゃんいるんだから自重しr…」

ドゴリ、と鈍い音が室内に響きそのまま無言でサカズキは元の席に戻った。執務室の壁に同僚の頭が食い込んでいるが仕事をする分には支障は全くないだろう。

「……えーっと…あ、そうそう!大将どのの秘書さん、僕ね、この前立ち寄った島でお祭りがやっていてね!仮面がたくさん売っていたからコルテスに似合いそうなものをひとつ買っておいたんだよ。申し訳ないけれど、今度彼に会った時に渡しておいてくれるかい」
「え、えぇ、わかったわ。これね?ガラス細工で飾られていてとても素敵だと思うわ。義兄上の青い瞳をいっそう美しくするのでしょうね」

サカズキが一度は整えた書類を再び机の上に広げて仕事を再開させると、こほん、と気まずげに咳払いをしてからがやや裏返った声で話す。話しかけられたリコリスも「気安く話しかけないで頂戴」と普段のように一蹴にすることをせずにこやかに応対した。その頬にたらりと冷や汗のようなものが流れている気はするがサカズキは深くは追求しない。

不自然に明るい声で話し出す女性二人を放置していると、ガラガラと音を立ててクザンが復活した。
少し力加減が弱かったかとサカズキはもう一度殴るべく立ち上がると、それに気付いたクザンが慌てて弁解するように口を開いた。

「いや、悪かったって!ちゃん以外で抜けないお前がちょっとでもオズ子ちゃんに興味持てるようにって善意で持ってきただけなんだからキレんなよ!」
「それが遺言ちゅうことでえぇか、このバカタレが…!!!」

一応言い訳があるなら聞いてやろうと一瞬待った自分が愚かだった。サカズキは激しく後悔し、ソファで顔を赤くしているとリコリスを極力視界に入れないようにして今度こそクザンの息の根を止めるべく冥狗発動済みの拳を振り上げた。








だって男の子だからッ!







気まずいといえばこれほど気まずい場面もない。は胸中で自分を置いて出て行ったリコリスを罵倒し続けるがそれでこの状況が変わるわけがなかった。折角仕事に一区切りをつけて嬉々とやってきた海軍本部。一度は大破しただろうに昔と変わらぬままの執務室のありようと己が姿を現すようになってから再び設置されたらしい大きな白いソファに迎え入れられてのどかな時間を過ごせるはずだったのに。

「えぇっと…大将どの、その、お茶美味しい?」
「あぁ」
「そ、そう。よかった」

災難だったね、やら、クザンくんは相変わらずだね、などと気安く口には出せない。先代、以前の己ならいざ知らずオズ・は空気を読み遠慮することを知っている。しかしそれでもウン百年自分勝手に生きてきた身分なればこういう気まずすぎる状況下で相手の機嫌を直す術を知るわけがない。「不器用ですね」と脳内で突っ込みを入れてくるリリスはシカトすることにして、は自分もカチャリ、とカップを持ち上げて喉を潤す。緊張のため喉がカラカラと渇いていた。

先程サカズキに粛清されたサカズキはリコリスによってとりあえず執務室に連れて行かれている。普通であれば成人男性以上の規格外の体を持つクザンを良家子女の教育を受けてきたリコリスが抱き上げられるわけもないが、クザンに対しては負の感情しか持っていないリコリス・ボルジアは遠慮なく大将青雉の足首を掴んでずるずると引きずる、という手段を取った。
もちろん引きずるたびにガラガラと音を立てて氷が砕けたりもするけれどそこは自然系。大丈夫だ、問題ない。という現実だ。

クザンを退かすと提案したリコリスにもちろんは「この状況で僕を置き去りにする!?」と彼女に対して非難めいた眼差しを送ったのだけれど、リコリスは取り合ってはくれなかった。むしろ普段はやたらとこちらの邪魔をしてサカズキとの間に入り込んでこようというのに「こういうときに取り成すのがあなたの役目じゃなくて?」などとその目が申していた。

(あぁ腹が立つ!)

とにもかくにも、まぁ、そういうわけで現在は一人でこの、確実に不機嫌になっている大将赤犬サカズキの相手をすることになっているのである。

「……」

気まずい。いや、それは自分だけでサカズキは気にしていないのかもしれないが、あんな話題のあと二人っきりにされるなど苦行以外の何だというのだ。

二人でいるときは沈黙も多いけれどそれは「何もいえない」というぎこちない雰囲気ではなく、お互い語る必要がないという心地よい沈黙だった。

「…………っ」

どうしようと、もういっそ今日は早めに引き上げてしまおうかとすら考え始めはきょろきょろとあたりに視線をさ迷わせた。と、その時に目の端で何かを拾う。この部屋には似つかわしくない妙に色の着いたものだと思って何なのか探る目の動きをした瞬間、は顔を引きつらせた。

「どうし、…………」

沈黙していてもきちんとこちらに注意は払っていたらしい、サカズキはの顔が引きつったことを見止めカップを置いて問いかけたが、その言葉は最後まで続かずひくり、とサカズキの顔がと同じように、いや、この場合サカズキには先程沸騰して今はやや沈められた怒りが再度沸いたという色を含んで、引きつった。

床、ソファの足元に放り投げ出されているのはクザン持参のエロ本。写真しっかり色鮮やかな、というその雑誌、のこれまでの生活ではまるで縁のない俗物的過ぎるもの。

サカズキは再度無言で立ち上がり、触れることも嫌なのか足を上げ踏み潰してそのままマグマで焼きつくす。ジュッと焦げる臭いが鼻を突き、は多分今日一日サカズキの機嫌は悪いままなのだろうと悟る。

(クザンくんの阿保たれぇえええええ!!!!!)

折角時間を作ってここにきたのに邪魔しやがって!と淑女オズ・にしては少々品のない言葉を胸中で怒鳴り、しかし逃げるわけにもいかないのでそのままずっと、ソファの上で沈黙し続けた。


Fin


(2012/03/30 09:55)

ただの小話です。