ただの二人に対する嫌がらせ
「なんていうか、きみも人間なんだって改めて教えられた気がするよ」
おやおや、と妙に楽しそうに言いながら茜色の髪の女が手元で濡らしたタオルをサカズキの額に乗せている。女というよりは少女、それより「娘」という言葉が適齢だろう外見でこれで軽くサカズキよりも長く生きる魔女だ。
「いやぁー、ごめんね、ドロ子ちゃん、急に呼び立てちまってよ」
「その妙な名前で呼ばなかったら許してあげたんだけどねぇ、クザンくん、僕の名前は、ドロ子、ってなんかコソ泥みたいなあだ名はお止めよね」
クザンの方は振り返らぬままが声だけで答えた。サカズキの看病をするなら一瞬だってわき目を振らぬと言うその態度に苦笑するしかない。
呼んだのは俺なんだけどなぁ、とクザンは頬をかきつつ、ひょいっとの肩から顔を出し、寝台に寝ている、まぁ簡単に言えば風邪を引いてブッ倒れたサカズキを見下ろした。
「…おどれ、クザン…殺す」
「うわ、怖ぇ」
この世にあのサカズキに勝てる病原菌があったこと自体かなりの驚きなのだがまぁそれはさておいて、何の冗談か奇跡か珍事かわからぬが、とにもかくにも、あのサカズキが「風邪」を引いたというこの状況。といって大人しく寝込むような男ではない。仕事を続けようとする。確かに軍人、しかも大将殿なら多少風邪を引いていたってなんのその、と思うかもしれない。だがタチの悪い季節の風邪をもらったらしいサカズキ、その上で(ここはもう笑うしかないのだが)海軍化学班の実験に参加した。これは時折自然系の能力者を対象に行われているもので、悪魔の身の能力、それも流動する体を持つ自然系能力者の実態調査。悪魔の身の謎の究明にもつながる、引いては海軍の戦力になるとサ「人体実験」にサカズキは率先して協力していた。
皆まで言わずともわかるだろう。
結果、サカズキの風邪は悪化した。
苦しげな様子を晒すサカズキではないけれど、それでも呼吸するのも中々にしんどい、というのがわかる。眉間にいつも以上に皺を寄せる同期の桜。放っておくわけにもいかず、といって誰か適当な人間にサカズキの看病、なんていろんな勇気と根気と度胸が試されるものを任せるわけにもいかない。
「げほっ、おどれ、クザン、こいつを勝手に呼びやがって……治ったら覚えちょれ貴様ァ」
サカズキの看病なんてものをできる人物はこの世に一人しかいない。そう結論付けてクザンは現在バウンティハンターなんてなさっていらっしゃるオズ・に連絡を取り態々海軍本部まで来てもらったのである。
「いや、そこなんで恨まれんの俺。可愛いを呼んだんだから寧ろ感謝しろよ」
「風邪が移ったらどうするんじゃァ……!」
「あ、はい、もう寝ろよこのバカッポー片割れ」
過保護心配性あれこれ単語は浮かんだが、とりあえずクザンは病人相手なので適度な突っ込みのみにとどめ、サカズキの額のタオルをヒエヒエと凍らせる。
「クザンくん、凍らせちゃ意味なくない?」
「あー、いいのよ、ドロ子ちゃん。どうせ元はマグマなんだし」
次ドロ子言ったらはっ倒すぞ☆と脅しをかけてからが肩を竦める。一応サカズキの腕には海楼石の手錠。何病人を拘束してんだ、と言わないで欲しい。こうでもしないとサカズキは仕事する。それに冷やす目的のタオルを置いた途端蒸発、というかチリと化す。能力者は風邪を引くことがほとんどないが、引いたら引いたで厄介だ。注射針は通らないし、頭を冷やすのも一苦労。特にサカズキの場合能力が能力のため体温調整がでたらめになると海軍本部が全焼しかねない。そういうわけで、海楼石の手錠を付ければ多少体はだるくなるが、それでも「生身」になるためこうして枷をつける、というのがセオリーになっている。いや、ちょっとセオリーの正しい使い方じゃないか、とクザンは思い直し、の隣に腰かける。
「クザンくん居座るの?」
「え、ダメなの?ドロ子ちゃん冷たいー」
「あはは、クザンくん、歯ァ食いしばれ」
とぉ、と勢いをつけてが右ストレートをお見舞いしてきた。ふざけの延長、当たり前のように避けられる速度であったのでクザンはあっさり避けて、逆にの腕を掴みぎゅっと胸に抱きしめる。
「そんなお転婆なドロ子ちゃんにはアイスタイムしちまうぞ☆」
「その前にわしがおどれに引導を渡してくれるわッ、放さんか、バカタレッ」
ぜーはー、と風邪で呼吸を荒くしつつもばしんっ、とクザンの頭をサカズキが引っ叩いた。海楼石の手錠+悪性の風邪とは思えぬ威力の一発にガラガラとクザンの頭が凍りになってくだける。
「、来い」
「ねぇ、きみさ、ちゃんと大人しく寝ててよね。なんか僕が来たせいでさらに悪化とか嫌なんだけど」
サカズキはそのままの腕を引き、自分の方に引き寄せる。抵抗すると余計な体力を使わせるとわかっているのかは大人しくして、サカズキのベッドに腰かけた。クザンには椅子なんぞ用意されていなかったため床にそのまま座っていたのだけれど、ガラガラと崩れた頭を元に戻してから先ほどまでが腰掛けていた椅子に自分が座る。元々サカズキが座れるサイズなのでクザンが座っても支障はない。
「ねぇクザンくん」
「うん?なぁに、ドロ子ちゃん」
「……きみがいると寝ないと思うんだけど」
「誰が」
「この病人が」
「病人って誰?」
意地が悪いのは自覚してる。にこにこと笑いながらの言葉を切り返していく。その度にの、前髪に隠れがちになった眉がハの字に寄った。これ以上答えられないというところまで追い込むと押し黙る。
女の子って都合が悪くなると黙るか泣くかどっちかだよね、と言おうとして、さすがにそこまで言うとサカズキに殺されると自重した。
Fin
意地でもに「サカズキ」と言わせたいクザン。たぶんクザンは二部子のことそんなに好きじゃない。超短い。3000字も行かないってよぉおおおおおお!!!!
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