※本誌で明らかにはなってませんが、まぁ、クザンが次の元帥じゃね?という予測のもと書いてます。
 違ったらごめん!でも赤犬に元帥やらせたら海軍がマジでおっかなくなると思います。










プルルルと特徴的な音をさせてサカズキの執務室の上にある電伝虫が受信を知らせた。本日最後の仕事を片付けようとしていたサカズキは羽ペンを持ったまま顔を上げ電伝虫に視線をやる。海軍本部大将の執務室。その電伝虫が鳴ることは滅多にない。何か用があればまず秘書室を取り次ぐ。これが鳴るということはサカズキより上の人間からの連絡か、あるいはこの直通電話の番号を知る者がかけているということで、前者であった場合を考えサカズキは身構えた。一年半ほどに前にこの電話が鳴った時はシャボンディ諸島での天竜人暴行事件やら白髭海賊団の二番隊隊長の処刑の日取りが決まった連絡など。自然緊張するのも無理からぬ。半年後に海軍本部を現在のG1支部に移転させるとそのことが決定になりそうな矢先にいったいどんな問題が舞い込んでくるか、サカズキは普段以上に顔を強張らせて通話口を持ち上げた。

「こちら大将赤犬執務室」
『あ、君かい?僕だけど』

低い声で受信したことを告げれば、電伝虫が声マネをして聞こえてきたのは海軍海兵には似つかぬ幼い声。サカズキはぴくん、と片眉を跳ねさせる。

「おどれか」
『今日そっちに行くって約束してたんだけど、一寸用事ができてしまってね。すまないんだけど、どうも行けそうにないんだ』

昨今海を騒がせる海賊を問答無用なんの区別もなく相手取る賞金稼ぎがいるとそういう噂がちらほら上がってきた。一年半前には「無謀な子供がいる」というものがこの短い時間で評価を変えた。その話題の人物、オズ・と名乗る賞金稼ぎからの連絡である。

仕事に没頭していたが、そういえば今日はが来る日であった。いや、忘れていたわけではない。昨日の夜から一体いつ来るのだと、ここへ来るために少々無茶をするんじゃないかとあれこれ考えたら止まらなくなり思考を納めるために執務に手をつけたのだ。「こちらに来れぬ」という言葉にサカズキは顔を顰める。約束を寸前になって破棄する身勝手な女ではない。特に自惚れるわけではなく事実だが、彼女がこの自分との約束を軽く扱うわけがない。それでも「来れぬ」とこうして連絡をよこしてきた。声はいたって平素と変わらぬ。幼さを残す少し高い声。電話口の向こうでは口元を軽く歪ませているのだろうと想像できる声音。けれど相手が提示するそのままを受け取るほどサカズキはに対して無関心ではない。

「手こずっちょるんか」

彼女は賞金稼ぎだ。何か「所用」があるとすれば賞金首相手のごたごた以外にない。判じて言うと電話の向こうでが軽く笑った。

『ふふ、違うよぉ。狙ってた海賊の首はしっかり取った。僕だって賞金稼ぎ以外の私生活ってものがある。それでちょっとした用が出来てしまってね。君には悪いと思うんだけど、今日はそっちにいけない。だから連絡したんだ』
「そうか」
『って、信じてないんだね』

嘘じゃないのに!と電話越しでなんぞ声を上げているがサカズキは鼻で一蹴する。

「おどれの嘘はわかりやすい」
『だから嘘じゃないって、』
「屑は実際討ち取ったんじゃろう、問い合わせりゃすぐに『事実』とわかるよう、おどれのことじゃ処理しちょるに決まってる。そこは疑わねぇ。――――動けねぇのか」

問いではない確認の形を取る。屑の首は取った。だが、いくら日に日に力をつけているとはいえ戦闘後無傷でいられるほどまだは圧倒的ではない。

『違うよ』

不自然な響きはない。否定の言葉は何の違和感もなかった。しかしサカズキはあきれるように溜息を吐き、ぎしり、と安楽椅子を軋ませる。

「言うておくが、ですらわしを欺くんは不可能じゃった。おどれにできると思いこめる理由があるなら聞くぜ」
『うっわー、腹立つ』
「事実じゃけェ仕方ねェ」
『あーもう!君って本当オレ様だよね!』

鬼畜、外道、などと電話越しにぶつぶつと悪態をつく声が聞こえ、サカズキは喉の奥で笑った。くっと小さなものだが皮肉や呆れ以外に笑うのは久しぶりだ。最後に笑ったのは、やはりの前でだったと思う。

「無理はするな」

ひとしきりの悪態を聞いてからサカズキは話題を戻す。言って意味のない言葉だと思った。意地の強い女だ。隠そうと決めたことはけして口にしない。こちらがどう暴こうとしても、うわべの言葉を嘘だと突きつけても底には触れさせない。

無理をするな、など言って虚しいだけだ。無理をさせているのは己で、無理をせねばならぬ場所にはいる。己が放り込んだ。わかりきっていることだ。

『無理も無茶もしちゃいないよ?ふふ、変なことを言うんだね、僕は魔女なのにー』

声はこうして聴くことができる。だがその体が今どうなっているのか、それを知る術はサカズキにはない。電話越しに妙に明るく響くの声を聞きながらサカズキは握りしめた羽ペンをべぎっと手折った。

(こんな状況があとどれほど続く)

海兵としてサカズキはこれまで生きてきた。海兵として正義のため、この世から悪を駆逐するために拳を振い正義を叫ぶ。その日々は己が死ぬまで続く。それはいい。それは何の問題もない。だが、これまでそれだけだった己の人生に、この「状況」が加わった。

ただ待つことしかできない。が海に生き、勤めを果たす。その報告を、待つしかない。時折休息に来る、その連絡を待つしかない。どれほど案じようと己は海兵であるから、何もできない。こんな状況が、あとどれほど続くのだ。

からの通信が切れた。最後は「じゃあそういうわけで、またね」と気安い言葉でしめられた。「また」がいつになるのかサカズキにはわからない。半年後かもしれないし、一年以上経つかもしれない。

「え、何?ドロ子ちゃん来れねぇの?」

受話器を置いて一息つくと同時に、部屋の入口から間延びした声がかかった。

「……クザン、おどれいつからいた」

気づけば部屋の扉の下に白スーツにアイマスクと妙な格好をした同期海兵。次期に海軍本部元帥になる男だが、まだ同僚、である。

クザンは扉から背を放し肩を竦めた。

「『言うておくが〜』あたりから。サカズキってばドロ子ちゃんとの会話に夢中で気付かねぇんだもん」
「おどれが本気で気配を消して扉の後ろに隠れちょったらわしでも気づかねぇわ」

訓練兵時代からサカズキは攻撃力ではクザンに勝っていても隠密能力では勝てたためしがない。フンと鼻を鳴らすと無遠慮にずかずかと部屋に入り込んだクザンがソファに腰を下ろす。

「残〜念、せっかく仕事終わらせて来たってのに」

ここ一年ばかり、人事のこともあってかクザンはまじめに仕事をする。そういえばちょくちょくこちらに顔を出すことも滅多になくなっていた。久し振りに見る同期の顔を一瞥し、サカズキは書類に向かいなおそうとするが、のことが気になり指が動かない。

「……おどれはあれを嫌っちょると思うたがのう」

仕方なく仕事に戻るのは諦める。5分ほどクザンの相手をして気を紛らわせればいつもの調子も戻ってこよう。机の上で肘を付き会話の構えを取るとソファにだらりと腰かけたクザンが意外そうに首を傾げた。

「ん?別に嫌ってねぇって。辛く当たってるだけで」
「どう違う」

基本的に女に甘いクザンが相手には妙に辛辣になる。面と向かえば顔こそにこにこと楽しげに笑っているのにその分厚い唇に浮かんでいるのは嘲笑だった。かける言葉も表面的には優しい。しかし必ず棘がある。が強い女でなければ何度泣きだしたか知れぬ。

クザンはサカズキと同じようにが生まれるに至った経緯を知っている。ノア死亡の場面にも立ち会った。を愛していた男だからこそ、が気に入らないのかもしれない。

「リコリスのこともそうじゃがのう、おどれはそんなにわしに近づく女が嫌か」
「なんかその言い方だと俺がサカズキに嫉妬してるみたいに聞こえねぇ?」
「言うて気色悪くなった」

そこは認める。だが事実ではないのか。クザンが己に嫉妬している、うんぬんではなくて、そんなに、己がを想って病むほどにならぬと気に入らぬのか。進歩のないことを、と笑い飛ばすとクザンが眉を寄せた。

「なんじゃぁ」
「別に、ドロ子ちゃんのことは嫌ってるわけじゃないよ」

リコリスのことは否定しないらしい。できるだけリコリスとクザンを鉢合せさせないように気をつけてはいるが、今後もこれも延々と続きそうだとサカズキは気が滅入った。机の中から新しい羽根ペンを出し仕事に取り掛かろうとすると、クザンが言葉を続けてくる。

「っつーか、お前ら見てっとイライラすんだよね」

ぴしり、と空気が凍りつく。サカズキが顔をあげるとそこにあるのは久しく見ない、こちらを睨むクザンの凍りつくような眼があった。サカズキは口を開きかけ、その前にクザンが言葉を発する。

「なぁサカズキ、俺さ、これで何もかもうまくいくと思ってたのよ。リリスちゃんに会って、パンドラさんとピアズ卿の結末を見て、ノアちゃんが死ぬところを見届けて、夜の女王の正体を知って、あぁ、これでお前はちゃんとハッピーエンドになれるんだって、俺はそう思ったのよ」

いいというのにクザンはどこまでも付いてきた。ノア・クリスの遺言に従ってサカズキがベロニカ・C・ベレンガリアのもとを訪ねたときも、井戸から薔薇姉妹の森へ移動するときも、付いてきた。別段クザンと己の間に友情があるとか信頼があるとか、そんなことを思いはしない。クザンは見届けたかった、いや、納得できなかったのだろう。あの戦争で己がを手にかけたことを非難した。その後己が何の変化もないことを罵倒した。何が起きているのか何も知らず、一人カヤの外にいることをいい加減我慢できなくなった、とも言っていた。クザンはどこまでも付いてきて、だからこそ今回の状況のいきさつを知っている。

「でもさ、お前ら何やってんの?」

そのクザンだからこそ思うことがあるらしい。うんざりしたような眼になって、ため息交じりにサカズキに問いかけてくる。

「お前らがいつかいろんなことを開きなおるんじゃねぇかって、我慢してたけど。もう直に二年経つ。二年もあれば赤ん坊だって自分が何が嫌かってことくらい言葉で主張するようになんだよ」

あの日から今日まで、確かにクザンは静観していた。が「賞金稼ぎになる」という道を選んだ時も、サカズキが「ではない」と判断たときも、クザンは何も言わなかった。の扱いに怒ったドフラミンゴがサカズキを殺しに来た時も、そういえば普段であればしゃしゃり出てくる性格なのにただ黙って見ていた。

「お前らがそのままなら、俺はもう期待しねぇよ」

何かを、待っていたのか。
それがなかった。そう、今クザンは諦めた。

(何を待つという)

サカズキは見当がつかない。クザンは何を待っていた?何を期待していたというのだ。は死んだ。もう戻らない。その代りにが生まれた。それで、の代役の魔女としてこの海に君臨している。世界政府とやりとりをしてなんぞ約束をしていると、そのくらいは知っている。だが、そこから何を期待する。何を待つというのだ。いや、クザンはサカズキと二人に対してのことと言っている。己ら二人が何か「変わる」のではないかと待っていた。

だが、何を「変える」というのだ。

変えられるものがあるならサカズキはそうしている。だがない。どうすることもできない、この状況ばかりが続く。いつまで続くのかサカズキにもわからない。自分が海兵で、そしてが、魔女が存在する限り、何も変わらず、何もできぬ。

なぜクザンはわからぬのか。

苛立った。クザンはいつもいつも、己と魔女のことに首を突っ込む。だが、だが、そもそもクザンに何ができたというのだ。確かにクザンはどこまでも付いてきた。リリスが私刑に合うその時にも居合わせ、夜の女王の目覚めも見た。だが、だが何もできなかったではないか。リリスが村人に殴られ石を投げつけられたときも、ノアの命を奪った時も、何もできなかったではないか。何も変えられなかった。魔女をこの世から消し去ることはできなかった。もうどうすることもできないと、突きつけられたではないか。

「なぜ、わからねぇ。あれはじゃねぇ、あれは別の生き物で、代用品にすらならねぇ。あれにの面影を求めるな。あれは今後死ぬまで、政府に飼い殺される義務がある。責任がある。それを認めろ。確かにあれは時折ここに来るじゃろう。だが、と同じように扱うことはねぇ」

クザンは、昔のようにと、それを求めているのだろうか。
サカズキはガタン、と立ち上がりクザンを睨んだ。同じようにクザンも立ち上がり、こちらを睨みつける。言いながらサカズキは自分に言い聞かせているように感じた。このセリフは以前にも言った覚えがある。あれは、ドフラミンゴ相手だった。あの男はだという。違うとどれほど言ってもドフラミンゴは聞かなかった。「何が違う」「なんで違うって、お前が思うんだ」「お前が守らねぇで誰が守る」とそう怒鳴って殴りかかってきた。あの男が縄張りにしている島に偶然、賞金首を追ったが来たのだと言っていた。知らず、命知らずなガキがいると、そう思って町を歩いていたら賞金首に半殺しにあっていると遭遇したと、そう言っていた。

あのときと同じ言葉を吐く。それが事実だからだ。

だがクザンは、ドフラミンゴとは違う反応を見せた。ドフラミンゴはこちらの言葉に一層激高し始末におえなかったがクザンは違った。すっと、目を細め、机に近づいてバンと手のひらを机に押し付ける。

「G1に本部を移転することが決定になった」

クザンの元帥としての最初の挑戦だ。急に話題が変わった、とは思わない。海兵としての「決意」「覚悟」からの移転の提案。それがのこととどう絡む。

「マリンフォードのこの場所はちゃんとの思い出が濃い。でも新しい、今のG1はそうはならない。サカズキ、俺は、新しい「海軍本部」は魔女を認めない」
「クザン、おどれ」
「特別扱いされる魔女、そんなものは存在しない。無関係な人間は海軍本部には入れない。守られる一般人、戦う海兵、悪である海賊。はっきりしてる。その外にいる魔女、そんなものは認めない」

サカズキは目を見開いた。この男はなにを言っている。

クザンはこれから元帥になる男だ。この世界の正義を担う存在だ。同時に把握するべき「世界の裏」があるはずだ。魔女とはその中の一つ。表に知られるわけにはいかぬ、歴然とした「現実」のはずだ。

それを、真っ向から拒絶する。否定する。

そうと言うのか。

「そんなことをして何になる。なんの意味がある。おどれが、たとえ元帥が魔女の存在を否定しようがなんだろうが、そんなことになんの意味がある。この場所があれを拒めば、あれはますます孤独になる。そうとはわからんのか」
「オズ・は賞金稼ぎだ。海軍本部はただその事実を扱えばいい。それで何の不都合がある」

不都合はない。魔女のことはもともと、世界政府の限られた人間だけが把握していればいいことだった。それが、魔女を保護しようとする数人の思惑によって海兵らの一握りの人間にも知らされることとなった。

サカズキは目の前にいる男がまるで別人のように思えた。いや、もともと冷静に判断することのできる男ではあった。だが、ことのこと、のことに関してこうまでばっさりと切り捨てる、そんなことができる男ではなかった。いや違う。普段、これは逆だったのではないか。サカズキがを「魔女」「罪人」「苦しみ続けるべき女」とそう扱い痛めつけるその傍らで、クザンは私情を挟んできた。だからサカズキはどこまでも義務と正義と正論だけを掲げてこれた。そのクザンが。

「俺は、魔女と決別する」

はっきりと言い、サカズキを睨みつけてからくるりとクザンは背を向ける。そのまっすぐと伸びた背は強い決心と覚悟があった。普段嫌がって置いたままにされている正義のコートを、そういえば今日に限ってはきちんと肩にかけている。そのことにサカズキは気付き、生まれて初めて、まさかこんなことを思う日が来るとは思いもよらなかったが、クザンに「海軍海兵」としての生きざまを見た気がした。

低く唸り、サカズキは目を伏せる。

「クザン」

出て行こうとする、その背、名を呼ぶ。ぴたり、とクザンが立ち止まった。振り返らぬまま、無言でこちらの言葉を待つ。
ゆっくりと、サカズキは口を開いた。言うべき言葉は決まっている。

「つまりはわしは、あれを妻に迎えるしかねぇっちゅうことか」
「違ぇよ何開き直ってんのお前!?何違う方向に開き直ってんの!?」

えぇええ!?とあわてて振り返るクザンを無視し、サカズキは再び電伝虫の受話器を取った。









+++








「換金をお願いしたいんだけど」

サカズキに連絡を入れ終えた一週間後、やっと動けるようになったは海軍支部の換金所に顔を出した。運よくこの島には支部があってよかった。これで支部がない場合はある島まで賞金首の遺体、あるいは頭部と一緒に旅をしなければならない。腐敗しようと引き取りはしてくれるから死体の扱いについては問題ないのだけれど、死体を乗せると水馬のメイルが嫌がる。自分は旅人を背に乗せておぼれさせるのが趣味という癖に最初から死んでるものは嫌なのだそうだ。大きな水色の鱗、魚の尾に藻の鬣を持つ貴重な種で、種としての名はケルピー。確かどこぞの国には伝説の獣として扱われていて、メイルというのが名前だがなんだか呼びなれないのではケルピーと呼んでいる。まぁそれはさておいて、そういうわけで換金所にきた、どん、と受付に賞金首の頭部(きちんと風呂敷に包んでる)を乗せて声をかけた。

「え?お嬢さん、誰かのお使い……」

受付はまだ年若い海兵。まっ白い帽子に焼けた肌の眩しい青年はまだ娘さん、という言葉の似合うを見て反射的にそう言い掛けたが、一寸の沈黙の後、「あ!!」と大声をあげ指を差してきた。

「……?なぁに?」
「す、すぐにご用意しますので!!」

この反応は何だ?

あー!と青年が大声をあげると建物内の人間(おもに海兵)が一斉にこちらを見、そして同じように「あっ」と声を上げる。

一瞬は自分が賞金稼ぎとしてちょっとした有名人になったのか?とかそんなことを考えてみるが、今のところ小物狙いのためそれもないだろう。

わけがわからぬままでいると、奥からバタバタと、先ほどの青年よりは階級が高いと思われる、軍曹だろうか?そんな海兵が走って表れてに敬礼をする。

「このような場所でお待たせするわけにはいきません!どうぞこちらでお待ちください!!」

おや?とは首をかしげた。換金は首を改めて書類審査の後に支払われる。たいてい二日三日はかかるものだ。だから海軍の支部に行ってもまずは書類を描かされるだけで終わるのに、今日は珍しく奥の部屋に通された。

この支部だけ処理の仕方が違うのか。いや、組織というものは統一性を持っていなければならない。今日はなんぞこの支部内でごたごたでもあってそれで普段と違う対応を?あれこれ考えるがどうも決め手に欠ける。しかし立っているのもつらかったのでありがたいと言えばありがたくは素直に従った。

案内されたのは応接間。きちんと掃除がされている。支部とはいえ本部のおえら方を迎えることもあるだろうからその時に利用されるのだろうか。壁には海軍旗が掲げられ、歴代元帥の顔写真まであった。

待たされてすぐにお茶まで出されており、は困惑しつつもそのお茶を片手に壁の顔写真を眺める。

「うんうん、コングくんにセンゴクくん、次はクザンくんだという噂だけど、ここに飾られるようになるのかなぁ」

大将の写真もあればいいのに、と思いお茶をすする。どちらかといえばは元帥一人一人の写真を見るより自分の知る3人の大将がずらりと並んでいる方が壮観と思っただろう。シャクなことに黄猿も合わせての三大将で、だ。

サカズキに会えないのは残念だ、とは芯から思う。あの日は午前中には賞金首を上げてしまって、換金所に預けたら、すぐにケルピーでマリンフォードに向かう予定だった。ケルピーは最速の獣だから3時間もあれば本部に着いただろう。けれど思ったより時間がかかったのと、自分の許容範囲ではないほどの怪我を負ったので断念しなければならなくなった。

油断していたわけではないが、なかなか複雑な傷を負って、今日までひっそり身動きも取れず回復に専念するしかなかった。

はぁ、とは溜息を吐く。今回の相手は3000万ベリーの賞金首だ。なんでも子供を誘拐し売り飛ばしたとかで手配を食らった。海賊ではないが悪人だ。珍しくきちんとした悪人だったので首を飛ばしても良心の呵責には合わなかったが、少々手こずった。3000万程度の相手に。まだまだ己は弱い。自覚して溜息しか出ない。

体はまだ痛む。この体は治りが遅いように思う。もともと賞味期限が切れたリリスの体なので仕方ないと言えば仕方ない。一応もう一度葛にでも入ればまだマシになるだろうが、ホーキンスのところに戻る気はないから、まぁ、うまくやっていくしかないんだろう。

神経系の薬を扱う魔女は誰だったか、と頭の中で思い出しているとコンコン、と控え目なノックがされた。

「……はい?」

ここは己が返事をしてもいいものか。疑問だったが、無言でいるのもどうかと思いは返事をする。すると扉から現れたのはひげ面の海兵と医者とわかる白衣の男だ。

二人は丁寧に名乗り、挨拶をする。ひげ面の海兵はこの支部の責任者で大佐だという。白衣の男は専属医師だそうだ。

大佐殿はまずの手当をさせてほしいとそう頭を下げてきた。しかし、いや、待ておかしくないか。こちらはいくら、見かけは若い娘さん、怪我をしているのを放っておけぬという心がわくのも仕方ないとはいえ賞金稼ぎなのだ。珍しいわけがない。そんなのに一々構っているほどこの支部は暇なのか?

困惑し遠慮するとが断るのに大佐は引き下がらない。海兵相手に乱暴なことをする選択肢がにはないのでますます困った。それで、妙に熱意のある大佐どのの説得は諦め、医者に助け舟を求めるよう視線を投げると、老人の部類になろう医者はにこにことした顔での意図を受け取り、ぽん、と大佐の肩を叩いた。この気安い態度、二人は同期か何かなのだろう。

「大佐、大将赤犬の奥方様に無礼はいけません。困っていらっしゃるじゃないですか」
「むっ!?あぁ、申し訳ない!!噂に聞く大将夫人どのをこの目に見て聊か興奮してしまいましてな!」

二人の言葉にひくっと、の顔がひきつった。

いま、何つった?

あれ、なんだ?なんかものすごく嫌な予感がしないか?はぐわぁん、と頭を殴られたような、そんな妙な衝撃を感じる。そして、ちょっぴり覚えがあるような、そんな気もする。確かの記憶で、戦争直後、ちょうどあれこれ会った時に、なんかこんなショックを受けなかったか。

「いやぁ、それにしても、写真で拝見したよりずっとお若い方で…いや、某は奥方のご年齢について文句などございません!あの大将赤犬がお選びになった方に間違いなどあろうはずもありません」

何やら果てしなく嫌な予感にが黙っていると、大佐がやや紅潮した顔で話を続けてくる。あぁ、頼むからこれ以上喋るな、なんか聞きたくない単語が出るから、とは頭痛がしてくる。

だが何となくこの状況がわかってきた。

「なるほど…それで、私を丁寧に扱ってくださっているのですね。一体、どういう命令が……?」

職権濫用、私情混同…いろいろ突っ込みたいことがあるが、とりあえず確認するべきことが先にあった。が引き攣った声で問いかけると、大佐はあわてて首を振る。

「命令だなんて!大将閣下は何もおっしゃってません!」

この待遇は大将赤犬が職権濫用して命じたことかとが疑った、そのことを大佐は素早く否定する。夫婦の間に波風を立ててはならぬとそう焦ったのかもしれない。あれこれ言い繕い、今回こうして自分たちがを丁寧に扱っていることに赤犬は関与していないとそう必死に訴える。

ただ現在海軍で噂にはなっているそうだ。

大将赤犬がついに妻を迎えた。しかしいまだ若すぎるその「奥方」は自分が赤犬の妻になる資格があるのかと悩んだそうだ。年齢も若い。夫は海軍本部、正義の執行者。まっすぐ強くある人。己が大将の評判を傷つけぬか。迷惑をかけぬか、彼女は悩んで苦しんだ。だから夫の少しでも助けになれるようにと女だてらに賞金稼ぎとなって海賊たちを捕えている。もちろんその賞金は恵まれぬ子供や海賊被害にあった人々のために使ってほしいと寄付をしている。

未熟な自分だがいつか世間に認めてもらえるように、と。大将夫人は日々闘っているらしい。

「かような話を聞き、某は感動致しました!この支部だけではありません、日ごろ海軍本部の大将赤犬を尊敬し敬愛するすべての海兵は奥方様を全力で応援させていただきたく……!!」

ぐっと拳を握りそう声高に叫ぶ大佐どの。うっわー、とは顔をひきつらせた。その大佐の後ろ、開いたままの扉の隅に隠れているらしい海兵たちから拍手喝采が起きた。なんてたちの悪い。この海兵たちは本気本心で言っている。誰に命令されたわけでもない、自分の「心」からくる意志だ。厄介極まりない。

さぁ手当を!!と詰め寄る大佐殿にちょっと押されつつ、は確信する。

サカズキが、また、妙な方向に開き直りやがった、と。





Fin



・まぁ、ただのギャグです。
 噂を流したのは戦桃丸くん。流したというか彼は口が堅いので、結果こうなった。たぶんオジキも面白おかしく吹聴した。尾ひれあれこれつけてこうなった。たぶん組長は確信犯。

(2011/06/11)