スイカの代金と王様の話
「君も少しは笑えばいいだろうにね」
聞き馴染んだ声に顔を上げれば執務室の窓枠にいつのまに現れたのか濃い色の髪の娘が腰かけていた。一目で魔女と判断されるようなゴテゴテとした格好、着飾るための大量のフリルはこの暑さでも問題ないのだろうか。能力ゆえにここ最近の猛暑真夏日でも汗一つかかぬサカズキであるがふとそんなことを疑問に思う。と言って訊ねるわけでもなく、ただぴくんと神経質そうに眉を跳ねさせて現れた自称魔女のオズ・に視線を向けた。
「やぁ、大将殿、こんなに暑い日だっていうのにきっと君は相変わらず窓を閉め切って汗一つかかず仕事を黙々とこなしているんじゃないかと心配したけど、窓は開けていたんだね、おかげでこうして入ってこれた。君も肌を通る風の感触を楽しむってことを覚えたのかい?」
は軽くてを上げて軽口以上の意味を含まぬ言葉をつらつらと吐く。その顔は始終ニコニコと冗談のような笑い。それであるからサカズキは重要書類から手を離し、溜息一つ、ぎしりと椅子を軋ませての軽口を拾い上げる。
「閉まり切っちょるなら叩くなり声をかけるなりすりゃァいいだけじゃろうに、ぴたりと閉まっちょるだけで近づきもせんバカタレがいるんでのう。ガラスなんぞに阻まれるほど意思の弱い女じゃねぇくせに妙なところで遠慮しやがって」
言えば窓枠に腰掛けていた娘の顔がぼっと赤くなる。こちらを揶揄るなど1000年早いわ小娘が、とサカズキは畳み掛けるように言って、再びギシリと安楽椅子を軋ませる。少し後ろに椅子を引けば机との余裕が出来、ゆったりと足を組む。
全く普段遠慮する素振りも見せぬくせにこのという娘は妙なところで遠慮する。サカズキはたかが窓ガラス程度でがなぜ気おくれするのか理解できない。この海軍本部がにとって「無関係な場所」自分のテリトリーではんと判断出来る場所であったとしても、この場所は彼女の敵にはならぬだろう。それなのには窓が閉まっているというそれだけで、たとえ顔が見えるほどに近くに来ていても退散する。そのことに気付いてからサカズキは必ず窓を開けっ放しにするようにしていた。雨の日であってもが来るやもしれぬので窓の近くには書類など置かぬように、部屋が塗れるのなら拭けばいいだけのこととそう開き直ってどんな天気でも窓を開け続けている。
そういえば気付いてからこうして開け続けて、が来たのは初めてかもしれない。最後に来てからもう二カ月が経っている。
「メシを食うて行け」
最近はどうだ。順調か。そう聞こうとしてサカズキは違う言葉が口から出た。この己が何を臆病風に!内心罵りつつ、の反応を待つ。
「素敵だね。君とご飯を一緒に出来るなんて素敵だ」
「わしを待っちょったら食いっぱぐれるぜ。まだまだ終わらねぇ。腹が減っちょるなら先に一人で食いにいけ」
「うん?君と一緒じゃないなら行かないよ。それならマリアちゃんの手料理を食べる。そうそうマリアちゃんね、この前やっと最後の包帯が取れて薬もあと少しで飲まなくていいようになるんだって」
こちらが行かぬといえばあっさり興味を失くす。のレディスメイドをしているという例の女装給仕は先日が赤旗の首を取ろうとして失敗し返り討ちにあった際に負傷したとそう言う話を聞いている。仔細は聞いていない。失敗したというその事実だけを報告された。サカズキはこれが今の己の立場なのだろうと理解している。
「あ、そうそう。ねぇ大将殿、さっきの話なんだけどさ」
あれこれとマリアのことを話していただったが唐突に思い出したのか己で続けた話題をあっさりと引っ込める。その身勝手さ。適当に相槌を打っていたサカズキは眉をひそめて嗜めるべきか判じるが言って聞く女でもない。それで再度口を開くのを待っていると窓枠からひょいっと飛び降りて部屋に着地しスタスタとが机に近づいてきた。
「なんじゃァ」
「うん、だからさっきの話。君も少しは笑えばいいのにってね」
「バカタレが、大笑いしながら仕事をする阿呆がどこにいる」
「クザンくんは仕事中よくニヤニヤしてるよ。机には書類っていうより女性の写真集が乗ってるけど」
「あの阿呆のことは話題に出すな腹が立つ。おどれはこのわしが仕事中仕事のフリして春画を広げ鼻の舌を伸ばしとりゃァ満足か?」
「あぁ、うん、ごめん、ごめん。僕はそういうことを言いたいんじゃなかったんだけどね、でもうっかり想像したらアレ過ぎて千年の恋も冷めてしまいそうだよ!」
実際は二千年だろうと指摘すればは「言葉のあやだね!」と舌を出した。それで「っていうか君もエロ本とか持ってるの?」などと聞いてくるものでサカズキはこんな話題になる元凶のクザンを後で殴りに行こうと心に決める。
「……聞いてどうする」
「いや、持ってないって言うのは男の人としてどうなんだろうって心配になるし、かといって持ってるなら持ってるでどういうジャンルのなのかって気になるような知りたくないような……熟女系?幼女系?」
サカズキはとは違うただの生身のか弱いこのに手を上げることはないと固く誓っているが、正直これがなら治るんだし躾っていうことで殴り飛ばしても問題なかったのに、と心底悔んだ。
答えぬままでいると(答えられるか!)は頭にかぶったゴテゴテとした帽子を取り膝の上に乗せて窪んだ内側に手を入れたり出すという手慰みを始める。黙ったままなのでこちらが答えるまで待つ気かと顔を引き攣らせると「で、僕が言いたいのはそうじゃなくて」と話題修正をしてくる。全く気まぐれな!
「笑う門には福来る、君はいつも気難しい顔をしていていけないね。すぐに怒鳴るし、それはよくないことだよ。だから僕は少しでも君が笑えばいいんじゃないかってそう思ったのさ」
「余計な世話じゃ。おもしろくもねぇのに笑うバカがあるか」
世にはそういう人間がいることもわかっている。面白くもないのに相手に合わせて笑う。そういうことをできる性格を己はしていないし、そういう人間も好まない。確かに相手に合わせて笑えば或る程度関係も良好になるだろうがサカズキはそんなことをせぬでも済むように生きてきた。が言ったからといって返るつもりはない。そう一蹴にすると帽子に視線を向けていたが顔を上げにこり、と眉をハの字にした愛想笑いを浮かべる。
「僕だって別に君に愛想笑いをして欲しいわけじゃないんだ。でもさ、知ってる?どなり声って人を脅えさせてしまうんだけど笑顔っていうのは素敵なんだ。アラバスタに似た国にガミガミ王さまっていういつも人を怒鳴る困った人がいたんだけど、その人はいろいろあってスイカの代金を払う代わりにぴょんぴょんとその辺を飛んで見せてそれでそれがあんまりにも自分でおかしかったから笑うことを知って、とても笑顔の似合う王様になったんだよ」
「だからどうした、わしにもその辺を飛び回れっちゅうんか」
「いいかもしれないね、それは面白そうだと思わない?想像してごらんよ!」
実際そのガミガミ王とやらは飛ぶ前に己のその姿を想像して笑い「笑うということは楽しい」と気付いてもっと楽しむために実行したとそうが言う。いろいろあってと大事なプロセスを見事に省略しやがったが、どうやらおとぎ話の一つらしい。魔女の力があった昔ならその「モノ語り」の力でなんぞできただろうが今のではただの提案にしかならぬ。サカズキは鼻で笑い飛ばし(こういう笑いならしょっちゅうだ)机の下で足を組みかえる。
「ド阿呆」
「一言!?ちょっとは楽しい気分になれるかもよ!?」
「じゃあおどれが想像してみろ、わしが阿呆のようにこの辺をぴょんぴょん飛びまわっちょるザマをのう」
「とても素敵だよ!」
なぜこの娘はではないのだろう。なら殴り飛ばせるのに惜しいことを、とサカズキは再度悔いて肘掛に肩肘をついて背を凭れさせた。自分がそうしている間抜け極まりない姿は想像するつもりはないがふとで考えてみる。この細くちまっこい体でうさぎ跳びよろしく背中に手を回して飛び跳ねている姿。
阿呆というより長い白耳が生えてくるか気になる光景だった。
「あ!笑った!ねぇ君!想像したのかい!?」
思わずクッと喉をひっかくような微妙な笑い声を洩らすと耳ざとく聞きつけたが嬉しそうに問いかけてくる。その真剣な目にサカズキは一層おかしくなって目元を押さえて下を向く。まさかのその妙な姿を想像したとは言えず肩を震わせていると理由を勘違いしたが「ほら!やっぱりおとぎ話は効果てきめんだろう?」と得意そうに胸を張る。
そうしてひとしきり笑い終えると、一体いつから待機していたのか「イチャつくんじゃねぇよこのバカッポー!!!」と絶妙なタイミングでクザンが乱入してきたので、サカズキはとりあえず先ほどのエロ本疑惑のウサもあり遠慮なく未来の上司を部屋の外に蹴り飛ばした。当然破壊した壁の請求書はクザン宛てにするつもりである。
Fin
小話小話。
本当はさんは自分の所為で赤犬さんが最近ますます眉間に皺が寄るようになってるからそれが嫌でなんとか笑わせようとした、とかそういうシリアスシーン入れたかった。
真夜中にふと思いついたので書いて見ました。さぁ寝よう。
ちなみにガミガミ王はアラビア物語の「スイカの代金」から。怒鳴ってばかりな中年のオッサンたちに読ませたい名作です。
(2011/07/7 1:58)
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