「ねぇ、騒がしかったけど何か問題?」
コツン、と赤い靴を鳴らして廊下に出てみれば通り過ぎようとしていた鮫の魚人が振り返った。ナミはどこぞへ出ている。一緒に行くとは言ったが「あんたはここで大人しくしてて」とそう言われては引き下がるほかない。この己が人の意思を汲んだというよりは、そのナミの目に尋常ならざる決意のようなものが見て取れたからだ。
おそらくは先ほどの騒動にあったゾロでも逃がしに行くのだろう。己で始末するといいながらのそのナミの行動、アーロンらに知られればいらぬ不信感を抱かれようとわかっていて彼女は面倒をかけたあの芝生頭の子供を見捨てられないらしかった。
それであるからはアーロンがナミの部屋の前を通り過ぎた時、とりあえず声をかけてみた。ナミの不在を気付かれるのは構わぬ。だが、この部屋の奥にある一室(ゾロの捕らえられている場所)にアーロンが行くのはよくないだろうとそう思った。
声をかければアーロンは意外そうな顔をしてこちらを眺める。
「屋根の上でのぞいてただろ、何が聞きてぇんだ」
「おや、バレてたの」
「お前の気配はわかりやすい」
魚人の血だね、とは面倒臭そうに言って肩を竦めた。
「聞きたいのは単純なことさ。騒がしかったんだけど、ねぇ、アーロンくんはあの芝生頭の坊やを問題にするのかなぁって」
「ナミに裏切られて態々追ってきたガキか。そういやぁ、お前はナミと一緒の船にいたと聞いたが。なんだ、それならあの人間のガキはお前の仲間なのか」
一応、ゾロの名は伏せておいた方がよかろうと思っては告げなかった。海賊狩りのゾロ、という名前はそこそこ東の海では知れているらしいことがヨサクとジョニーの口ぶりからわかる。はたしてグランドラインで通用するのかどうかというのは、それは今は関係なく、そしてゾロが今後どうするのかはさておいて無用にアーロンに警戒されるわけにもいかぬだろう。
何しろゾロはミホークが見込んでいる所のある男。ここでアーロンが手にかけるようなことがあってはミホークにこの島が目をつけられかねない。それは別に構わないのだけれど、ナミの人生の邪魔になるような気がするのなら、余計なことは慎むべきなのだ。
「まさか。ぼくは天涯孤独の味方が誰もいない可哀そうな子だよ?」
「シャハハ、どの口が言ってんだ」
冗談と受け取られは「おや」と心外そうに眉を跳ねさせる。
「天涯孤独、味方のいねぇ女ってのはナミのような女を言うんだ」
の不快感に気付いたのだろう。アーロンが「程度が違う」とでも言いたげに腕を組んだ。なるほど当事者からの感想を聞けるのかとは興味を引かれ「ふぅん?」と鼻を鳴らした。
「どうして?ナミはアーロン一味の幹部なんでしょ?仲間じゃァないのかい」
「本気で思ってんのか?お前ともあろう女が」
シャハハ、と独特の笑い声がよく響く。は顔を顰め、溜息を吐いた。
「きみはこの島を支配してる。人間に命を金で買わせてるんだって?」
「あぁそうだ。何か問題でもあるか?」
「いや、別に」
その土地には土地の決まりごとがあるというのはも理解している。それにそうしてなんとかやっていけているのなら己が口出しするところでもない。頷けばアーロンが低く笑った。笑うと卑しさがよくわかる男である。その笑い声を聞きながら、はどうもドフラミンゴを思い出して仕方なかった。できればサカズキのことを思い出したいのだが、アーロンのこのやり方は、どこかドフラミンゴに似ている。
「でもナミだけはトクベツなんでしょう?ナミは自分の命のお金、払わなくていいって言ってた」
「それで仲間だと思ったのか?」
さてどうだろう、とははぐらかす。アーロンのような男がナミを「仲間」と思っているわけがないことはよくわかっているのに、なぜ己は「仲間じゃないの」とそうきいたのか。願望かともは思う。ナミのような子がたった一人で何の後ろ盾もなく生きているというのが哀れにでも思えたか。
「あいつとおれの間にあるのはビジネスさ。あいつは自分の生まれ育った村を一億ベリーでこのおれから買い上げるとそう約束をした。その約束をする代わりに、あいつは金が溜まるまでおれのために海図を書き続ける」
なるほど、とは合点がいった。ナミの測量の腕をアーロンが見込んだとてそうやすやす言いなりになる娘ではあるまい。そもそもナミは「海賊嫌い」と言っていた。その根底がアーロンたちによるものなら、こうして幹部になっているのは妙である。けれど事実ナミはアーロンの刺青があり、この建物に部屋を持っているのだ。
「そこまでする理由ってなぁに?その村に何か価値でもあるのかな」
考えられる理由としては、ナミのあの心優しさからするに、育った村をアーロンから開放するということだろう。だが、そうではあってくれるなとは思った。ナミは自分で自分を魔女とそう言った。彼女だけではなく、おそらくその周囲でもそのように思われているのだろう。
もしナミが、己の育った村を助けたいばかりにそのような冷酷さを演じ孤立無援になっているのだとしたら、これほど哀れなことがあろうか。
「ねぇ、魚人帝国なんてバカなこと考えてる魚人のアーロンくん。その約束のある間だけでも、きみはナミの味方ではあってはくれないのかい」
「俺は金の上の約束は死んでも守る男だ」
「それなら、」
言いかけては自分がどれほど愚かしい言動をしているのか自覚した。
相手は魚人。人間にどれほど虐げられてきたかわからぬ生き物。その根底にある「価値観」がどうあっても揺るがぬのは長い歴史の中でよく見てきたはず。
なるほどアーロンはナミと約束をしているだろう。事実その通りになればアーロンは村を売るに違いない。けれど、その間にアーロンがナミを利用し、ナミがアーロンを利用するようなことがあっても、それはけして仲間にはならない。
お互いの、いや、この場合圧倒的不利な立場にあるナミを「対等」と扱えはせぬのだ。
ナミは賢い。抜け目ない。けれど、相手はアーロン。アーロンという一個を過大評価するのではなく、手段を選ばぬ外道、という種類のものを相手にしている「心やさしい娘」というのが問題だ。どれほどナミが賢くとも、彼女の根底の優しさが、けしてアーロンと「対等」にはなれぬ。
強者強者を前にして、唇を噛み締め瞳を輝かせ真っ直ぐに立ち向かう少女。己の弱みを見せず、対等になろうと小生意気な言動。冷酷になろうとし、涙なんぞ流すことなく、ただただ願いの為に血を流していく少女。その周囲には味方などいない。彼女の周りには敵しかいない。
それがナミという女の半生であるのだと、は気付いた。
「同情でも?」
沈黙したをどう捉えたのか、アーロンが短く問う。
一瞬は己が同情をしているのかと真剣に受け止めてしまった。いや、だがこの己にそんな心があるわけもない。首を振り、口の端をにんまりと釣り上げて、己を見下ろす魚人の大男を一瞥した。
「当人がそうと決めている人生をどうこういうなんてことはしない。ただ、」
「ただ?」
「ナミが出会うのがきみじゃなくてドフラミンゴなら、また展開違っただろうにって、少し思うよ」
同じ外道で思いつくドピンクの鳥を頭に浮かべては目を細める。まぁ、軽口である。もしもドフラミンゴがこの島を支配していて、ナミと一億契約なんぞ結んでいたのなら、は即行「嘘つけお前、騙す気満々だろ」とつっこみを入れつつドフラミンゴを足蹴にした。
「あんな野郎の名を出すんじゃねぇ」
云えばアーロンが顔を顰める。
「そういえば君、鳥のこと嫌いだったね」
今でもまだドフラミンゴは堂々と人身売買をしていると、そういえば聞いた覚えがあった。魚人や人魚はいい金になるのだと、その売り上げで何か買ってやろうかと、そういうことを言われて蹴り飛ばしたことを思い出しつつ、は口元を押さえる。
アーロンはドフラミンゴとは違う。いや、力こそ全て、という点を信じているところは同じだが、しかしアーロンには種族主義がある。そして同胞大事という心がある。けれどドフラミンゴには何もない。完全に海賊。外道、鬼畜、容赦のない男。
だからだろう。はドフラミンゴとやり合う日々を思えば、アーロンとナミの取引というのも安心できる一面はあった。しかし、いや、しかし、ナミがアーロンと対等ではない以上、彼女がいつか涙を流す日が来るのは間違いない。
「ところでアーロンくん、芝生頭の仲間を一人取り逃がしたって話していたよね?」
「あぁ。そうだ。ココヤシ村に逃げただろうと見当はついてる。行く用事があったんだが、ナミはいねぇのか?」
「お誘い?」
「ココヤシ村はあいつの生まれ育った村だ」
「趣味悪いね、きみって」
「お前にだけは言われたくねぇな、シャハハハ」
アーロンが何しに村に行くのか知らないが、支配中の村に行って「どうもどうも、いつもお世話になってます」なんてお菓子を振る舞うわけもない。そしてその傍らに村出身のナミを置こうなんぞ、嫌味嫌がらせ以外の何物でもなかろう。
「なんなら来るか?」
「まさか、遠慮するよ。歩くのそんなに好きじゃないし、といってきみたちはだっことかそんなに上手くなさそうだし」
ココヤシ村がどこにあるのかは知らないが、アーロンがクザンやドレークのように自分を抱き上げてくれるわけがないとは判っている。それにきっと自分もそれはちょっと嫌だと思う。
自分の足で歩く、という選択肢は出来る限り使いたくないだ。きっぱり言えばアーロンが笑った。こうしていればごく普通の、気のいい魚人にも見えるというのに。
それでも、きっとアーロンはナミに酷いことをするだろう。そんな予感がにはあった。けれど一体どのような非道をするのか、にはわからぬのだ。
「ねぇ、アーロンくん」
「ん?なんだ」
ひとしきり笑って、それで去って行こうとする背に声をかける。振り返り、アーロンが首を傾げた。その胸から僅かに覗く入れ墨はにとっても馴染み深い。と言って、この男を前面に信用する材料には欠片もならないのだと、は自身の性格の悪さを突きつけられた気がした。
「ちょっと電伝虫、借りていい?」
+++
とにかくここ数日、ドンキホーテ・ドフラミンゴは荒れていた。
気分が悪い日ばかりが続き、一体どうしてこの苛立ちを紛れさせようかとあれこれ考えていたドフラミンゴはとりあえず不貞寝することにした。
いや、ここ最近ドフラミンゴ自身になんぞあるわけではない。そんなヘマをするのならドンキホーテ・ドフラミンゴの名折れというものだ。
島の興行は順調すぎるほどに順調。配下の手下どももいい具合に活躍中。政府からの面倒な呼び出しもなければ、海軍に「ちょっと最近やりすぎじゃね?」と嫌味を言われることもない。
海賊であり、七武海としての人生は順風満帆。いい具合に進んでいる。
その押しも押されぬ「勝ち組」の大海賊、現在柔らかな寝台、マクラに顔を埋めて唸っている。
「風邪なら見舞いくらい行ったっていいじゃねぇか……!!!センゴクのバカ野郎……!!!」
その姿、ものすごく情けない。これを配下の海賊が観たら「え、ちょ、ドフラミンゴさん?」と聊か失望しかねないのだが、部屋はがっちりと鍵が閉められているので誰も入ってくる心配はない。いや、まぁ、いたところで今の彼は気にするどころではないだろうが。
このみっともないお姿はどうしたことかと、話は簡単だ。
先日政府に言われてちょっとした用事を片づけたドフラミンゴはいつものように「お仕事後の特典、ご褒美」ということで嬉々として海軍本部を訪ねた。海賊が何してんだ、とかそういうツッコミもあるのだが、お仕事後の「ご褒美」ゆえの訪問は暗黙の了解のうちである。
しかし、尋ねても目的の人物、泣く子も黙る外道鬼畜ノリノリな海賊ドフラミンゴの愛してやまないには会えなかった。
不在とかそういうのではない。体調が悪くて伏せっている、海賊なんぞと面会したら病状が悪化するだろう、と、そうにべもなく断られて追い返された。
あっさり引き下がったわけではなく「それなら見舞いくらい…!」「せめてドアごしにでも…!」など色々言ったのだがセンゴクは一切受け付けない。情けないぞドフラミンゴと、そういうツッコミはしないで欲しい。のことに限り、まるで思春期の少年のようになるのがドフラミンゴの唯一の弱点でもある。しまいにはセンゴクに「お前がいると赤犬の機嫌が悪くなってが殴られる」というもので、すごすご戻ってきてふてくされている、というわけだ。
寝ていればあれこれのことを考えてしまう。風邪というが、絶対赤犬の嫌がらせだろ、と疑いもした。あのクソ大将、自分がに会うのをよしとしていない。なんだかんだと理由を付けられ邪魔をされた回数など何度あることか…!
しかしもし本当に風邪、あるいは重い病なら今頃どれほど苦しい思いをしているか。考えてドフラミンゴはそれなら名高い医者や薬、栄養のあるものを手配してやりたかった。(実際提案したが全て却下されている)
悶々とあれこれ考える。
ちょっといらだち紛れにその辺の海賊潰したりもしたが、気分は晴れない。
今頃があの可愛らしい顔を苦痛に歪めているのかと思うと…。
「写真撮って飾りてぇじゃねぇか……!」
何に使う気だ。
この変態。
などと、ツッコミを入れてやれる人間がここには誰もいないから惜しい。
心底真面目にドフラミンゴが呟けば、そこにプルルル、と電伝虫の鳴る音がした。その音に一度面倒臭そうに顔を向け、またどこぞのバカからかとうんざりしかけたが、いくつかある電伝虫のうち音を鳴らしているのがどれかに気付き、ドフラミンゴはベッドから飛び起きた。
「無事か!!!…!!!!!っつーかお前がこの電話使うなんて初めてじゃねぇのか!?どうしたなんだ!?どうせ夢オチなんだろこの展開……!!」
急いで受話器を取り、ドフラミンゴは早口にまくしたてる。数ある電伝虫のうちこの番号を知っているのは一人だけだ。これで赤犬とかだったりしたらドフラミンゴは即効潰してしまうのだが、今回はそういう展開ではない。
『うるさいよ、耳がキーンってなって痛いじゃないか。きみはまともに電話もできないのかい?ハデ鳥バカ鳥阿呆鳥』
受話器から聞こえてきたのは暫く会っていないである。思わず取り乱したことにドフラミンゴはごまかすように咳払いをして、再度口を開いた。
「フッフッフ、元気そうじゃねぇか。風邪ってのは嘘か。センゴクの野郎…」
『ぼくね、今東の海にいるんだけど。きみが知ったら面倒臭くなるからセンゴクくんも言わなかったんじゃないの?』
「東の海?なんだってお前があんな平和ボケした海にいんだ?」
魔女に縁のある海といえば北の海がすぐに浮かぶが、そこにはもう随分近づいていないと聞く。と言って東の海、最弱の海と言われる場所になんぞに用があるものかと考えてもあまり浮かばない。東の海といえば海賊王の産まれて、そして死んだ海だが、が他人の死と前向きに向き合おうとしているわけがない。
安全と言えば安全度の高い海で、赤犬が許した可能性もあるが、どうも腑に落ちない。
『ぼくはきみの疑問に答えるために電話したんじゃないよ?』
詮索するなと言外に言われドフラミンゴは眉を跳ねさせる。いや、別にの言葉に不快感ではない。たいていのことをあっさりバラすのこの言葉、なんぞあるのだろうとわかった。それならあとで調べるまでと思い、とりあえずの要件とやらを聞くことにする。
「悪かった。で、要件はなんだ」
『まず一つ、魚人のアーロンくんって覚えてる?』
意外な名がの口から出たものだ。そしてドフラミンゴ、東の海と聞いて一つ思い出す。
「そういやァ、柄の悪ィ魚が妙なことしてたな」
『知ってるの?』
「島一つ分でやってりゃ、耳には入ってくる」
かつてジンベエとやりあったという魚人の一人が、何を考えたかグランドラインを出て東の海に移り住んだ。そうして島を一つ支配下においたとか、そういう話。そのまま平和に暮らします、なんぞという展開を誰も信じてはいなかったが、様子としては大人しいもの。
『きみが知ってるってことは、海軍本部も把握してる話?』
「おつるさんが気付いてねぇってことはねぇだろ。色々細かく知ってるからな」
『ということはセンゴクくんも知ってるんだね』
「ただ、ンな島はいくらでもあるだろ。このグランドラインだってどれほどあるよ?」
世界は広すぎる。海軍本部だけでは取り締まれていないというのが現実だ。簡単なところでは、だから白ひげがありがたがられているのだとドフラミンゴは電話越しに言ってやりたかった。政府・海軍が守りきれぬから、白ひげの名で守られている島がある。海軍本部のあるグランドラインでさえこうなのだ。目の届ききらぬ各地ではそれほどどれほどあるものか。
電話越しで暫くが沈黙した。
「なんだ、お前、今魚人の支配してるっつー島にいんのか?」
『……どうして助けられない島とか、助けられる島があるの?』
どこの島か聞き出せればちょっかいをかけに行く気で問えば、が再度尋ねてくる。答える気はないらしく、聞きだすことは不可能だと思い、ドフラミンゴは肩をすくめる。そうしてソファに背を預け、目を閉じての声に意識を向ける。電話越しでも軽い息遣いくらいはわかる。呼吸も正常だから怪我をしている、ということはなさそうだ。
「お前にしちゃ、かわいいこと言うじゃねぇか」
『ちょっとね、ぼくに似てる子がいて』
「マヂか。おい、紹介してくれよ」
『ふざけるんじゃないよ、このバカ鳥が』
いつも通りのやりとりをし、そしてが電話越しに溜息を吐いた。
『確かに、今ぼくがいる島は、お金取られてるだけってだけでそんなに悲劇性はないよ。別に一カ月に一人生贄とかさせられてるわけじゃないし』
「そういや、くまのヤツは前にそういうのしてたって聞くな。暴君時代にわりと」
本当かどうか知らないが、暴君と呼ばれた七武海同僚(?)は昔民衆に対して残虐非道の限りを尽くしたとか、そういう話がある。それがはたして政府がデッチ上げた話なのかどうか知らないが、事実そのころどこぞの島で裸にされて生きたまま焼かれた人間や、四肢を馬に繋がれて引きちぎられた人間が「余興」「退屈しのぎ」で出たのは確かだ。
今いる島の状況を、世界貴族の連中が日々見下す人間たちにしていることなどから考えれば、マシな状況だとも判断しているらしい。
しかし納得いかぬものがあると、そういう意見が珍しく思える。
「緊急を要してねぇってこともあるだろうが、」
『うん?』
「ひとつにゃ、まぁ、ジンベエといらねぇ波風立てねぇようにってこともあるだろうな」
なるほどが己に聞きたいのはそういうことかとドフラミンゴは合点がいく。普段のからすれば、今ある島の状況というのは傍観に徹しているものだろう。しかし「似ている子」とかそういう人物の存在が魔女に妙な気を起させるかもしれないと、自身で案じているらしかった。それであるから、海軍がその島を放置している理由を聞き納得したい、あるいは自身を止めたいのではないか。直接海軍に問うわけにはいかぬ話であるから、こうして自分に電話をかけてきたのだろう。
まぁ、鷹の目あたりにゃ答えらねぇだろうとドフラミンゴは優越感を感じながら足を組む。
「魚人島のこともあるからな。ジンベエは政府にとっちゃわりと使いやすい七武海の一人だ。だが知っての通り魚人の連中ってのは仲間意識が強い。アーロンとジンベエは縁があんだろ?ここで海軍がその魚人をぶっ殺したってことになりゃ、ジンベエが何かする可能性があるってことだ」
『ジンベエくんは一般市民が支配されてるなんてのをよしとはしないと思うけど』
「フッフッフ、可能性があるって話だ。それに政府の連中はお前ほどあいつを知ってるわけじゃねぇさ」
支部などが独自判断で動くことはあるだろうが、本部が動くことはなかろうと、そうドフラミンゴには判断できる。いや、実際赤犬が現れたら展開も違うだろうが、世界のバランスを保つための「尊い犠牲」とやらに政府が判断しているのは間違いなかろう。
『ふぅん、面倒臭いね』
「なんならおれが潰しに行ってやるぜ?」
『そういうこと言ってるんじゃないよ。それと、もうひとつ聞きたいんだけど』
と繋がっていられるのなら延長大歓迎だ。言えばが「嫌らしい言い方しないで」と嫌そうに言う。ドフラミンゴは低く笑って話を促した。
『たとえばきみは、きみの商品、っていうか、まぁ奴隷と「一億ベリーで自由にしてやる」って約束をするじゃない?そうしてもうすぐその子が一億ベリー溜めそうになってるのを気付いたら、外道な君はどうする?』
外道に念を押された気がするが、そこは気にしたらめげそうになるのでドフラミンゴは聞かなかったことにした。いや、まぁ確かに自分は外道だと自覚もあるが、仮にも惚れてる女にそういう評価をされているのは、少しばかり凹むものだ。(身勝手)
さて、の話から組み合わせるに、そのアーロンが支配している島の人間が一億で自分の自由を勝ち取ろうとしていると、そういう約束をアーロンとしているのだろうか。そしてその人間に現在は入れ込んでいると。
「男か?」
『ふふ、違うよ、とても可愛い女の子さ』
「男じゃねぇなら真面目に答えてやる。そいつの価値によるな。詳しく話せよ」
が男に入れ込んでてそいつを助けたくて普段嫌っているこの自分に電話をしている、というのなら気にいらないが女なら問題ない。心狭いとか言わないで欲しい。の傍にいる大将に比べればドフラミンゴの我侭などかわいらしいものだ。
『価値とかぼくにはよくわかんないけど…。すごい美人で、スタイルもいい』
「そりゃ魚人にゃ価値にならねぇな。売るわけじゃねぇんだろ?売値が一億以上になるってなら話もかわるが、魚人が人間を売り買いするなんて時代はまだ来てねぇな。フッフフフ」
『あとは頭がいいよ。すごくね。航海術のセンスが高い。経験はまだまだだけど、多分持って生まれたセンスなら本部の一等航海士にも負けない。そう、測量士としては超一流でね、アーロンくんにはとても必要だ』
が言うほどなら相当のものだろう。なるほど、と頷いてドフラミンゴは低く笑う。魚人の王国。東の海程度なら出来るかもしれないが、そうなれば本部も動く。本部が動くとなれば大将が一人くらいは出てくるだろう。うっかり赤犬でも出てくれば魚人も泳げぬ火の海になること請け合いだ。
「まぁ、マジで魚の国を作ろうってなら確実に海軍とドンパチするだろうさ。その時に正確な海のデータを持ってりゃ、厄介だな」
いくらあの問答無用な赤犬でも海に落ちればひとたまりもない。それはドフラミンゴにもいえることだ。しかし面白い要素ではあった。魚人の帝国なんぞ馬鹿らしいが、見逃しておけば後々色々面白いことになるかもしれぬ。普段のドフラミンゴであればその情報を面白おかしく受け取ってどう利用できるかと考えるのだが、しかし今回に限ってはが関与している。考えるべきことは利用すること、ではなくて、どうすればに害がないかとそのことだ。
『ということは?』
「フッフッフ、簡単な話だ。一億以上に価値のある女なら、おれは手放さねぇ」
『約束したのに?きみは約束を守らないっていうのもわかるけど、アーロンくんはおかねの上の約束は絶対に守るんだよ?』
「ならこれほど簡単なことはねぇじゃねぇか。フッフフフ、、それなら、払わせなきゃいいんだろ?」
言えばが電話越しに息を呑んだのが判った。顔を見られないのは残念だが、おそらく珍しいことにの白い顔がほんの少し、青くなっているのだろうとは思う。その反応だけで十分だった。どうも、どうやら悪意の魔女とさえいわれるが、どこぞの島の娘に入れ込んでいる。
『なるほどね、外道じゃなきゃ思い浮かばないや』
「ついでに答えると、直接自分が関与してるなんて明らかにするのは三流だな。おれなら不幸な事故ってのを装う」
『たとえば?』
言われてドフラミンゴは少し思案した。
いや、あっさり答えられるネタは複数あるのだが、それをに言ってドン引きされたくない。それで一番差し障りのないようなものを選別し口に出す。
「そうだな。その小娘も海賊なんだろ?なら運悪く正義の海兵と遭遇しちまえば、まぁ、海賊相手に溜め込んだ財宝類は政府が没収するわな」
『でもそれはアーロンくんが海兵を唆したってことになるんだよね?そんなの変じゃない?』
電話の向こうでが首を傾げたらしい。困惑の声にドフラミンゴは低く笑った。は変なところで純粋だ。海軍の汚さ非常さを知っているというのに、それでも頭の中で「海兵が海賊と結託する」という構図だけは思い浮かべない。それも当然といえば当然はある。何しろが常に見る海兵といえば正義に対してストイック代表のような赤犬なのだから仕方がないといえばそれまでだ。
常日頃から海軍本部の絶対的正義にかこまれ、さらには自身が何者にも屈しないのだ。強者強者の腹の探りあいや騙しあいはお手の物、けれどももっと卑屈なところでの弱者同士の馴れ合いやら陰謀・策謀とは無縁なのである。
「助けてやろうか?フフッフフフッフ」
『ふふ、寝言は寝てからお言いよ』
一言がそういえばドフラミンゴは即座に船を差し向けての思うとおりにしてやるつもりがあった。しかし、その反面けしてが己を頼ることはないと判りきってもいる。そういうものだ。今回こうして電話をかけてきたことでさえ、根底、頼っているというわけではない。長く魔女が本部を不在にしていればドフラミンゴの不興を買いかねぬと判っているのがだ。
口でどうとでもなれといいながら、はこの世界の均衡が崩れぬことを願っている。大方鷹の目辺りにでも自分がに会えず不機嫌になっていると聞いていたのだろう。それでいてこう、表面的には「ちょっと気になったから」程度に接触をしてくるあたりに己はどこまで敗北感を覚えればいいのかと心底真面目に考えながらドフラミンゴはゆっくりと目を伏せた。
「いつだって逃げてこいよ。お前がおれの外道さを信じる以上に、おれはお前への愛ってやつを信じてるんだからよ」
Fin
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