聴こえてくるどこまでもこちらを気遣う声に、どこまでも苛立つ。がっしゃんと乱暴に通信を切っては唇を噛んだ。

(……鳥のくせに)

こちらを気遣う。

まるで心底愛しいとそのように常から信じているかのように、彼の持ち合わせなどないはずの愛情全てを注ぎこむように、といってこちらの負担にならぬ限り、適度な距離と遠慮を持って吐かれる言葉が、これほど苛立つことはない。

思えば今すぐあのバカ、ドフラミンゴに「助け」を求めれば早いのかもしれない。パンドラが誘拐されたなんぞ妙なことをほざいて己をサカズキから引き離し、この東の海に放った世界政府。彼らが何を考えているのか、それを慎重に見極めるのがこの「放浪」の目的の一つ。怪しまれぬよう半年後には普段通り水の都に現れようと思う己であるけれど、しかし、このまま「海賊」の麦わら一味の元にいてサカズキが乗り込んでこない可能性を楽観視はできない。

ドフラミンゴの元へ身を寄せれば、それは普段通りの気まぐれ、七武海のご機嫌伺いのため政府が投げ出したのかと、そのように取られもするはずであるし、何よりの欲しい情報を集めるに事欠かぬだろう。

いつだって、ドフラミンゴはこちらに手を差し伸べてくる。種類は違うが、そういう知り合いは己にはどれほどいるのだろうか。たとえば、見返り目的でクロコダイル。あの男ははっきりとしている。魔女の叡智を授けるならそのほか全ての災いを己が遮ってやろう、と上目線でいつだって提案してくる。ドフラミンゴは無償であるから、不安になるのか。けれどクロコダイルの「協力者」になろうとも思わない。

ではクザンはどうか。いや、クザンは、己の親しき間柄にはなっても、それでもドフラミンゴたちのように手を差し伸べてはこない。クザンは妙なところで冷静だ。彼は二十年前に心が凍りついてしまったのだろう。本当はもっと情熱的な所があったというのだけれど、今は冷たく凍て付いて「海兵」であろうとしている。そのどうしようもない「不安」は彼自身が常に戦うもので、そういう余裕のなさからか、それとも潔さからか、クザンは親しげに己を呼びながら、それでも手を差し伸べはしない。

己はきっと幸福を頂けるのだろう。

この世でが知る限り最も「外道」な男が、こんな己には「無償」に手を差し伸べている。贅沢な悩みだろうか。そして、ドフラミンゴの手は暖かいのだろうか。

「でもぼくは、」

大人しくなった電伝虫を見下ろしながらは呟く。己の小さな手のひら、窓ガラスに映る暖色の髪、瑠璃の瞳を見つめてぎゅっと、目を伏せた。

(助けて、と、そう言うことがどうしたって恐ろしいんだよ)








アーロンパーク編







とりあえず目に付いた魚人を片っ端から斬り伏せて、ゾロはどっかりと椅子に座りこんだ。先ほど見た時は確か魚人のアーロンとかいう男が座っていた椅子であるので、聊か大きいが座る分に問題はない。

それにしたって、ナミのヤツはどういうつもりなのかとゾロは首をひねる。

つい先ほど、人目を忍ぶようにやってきたあの女。とどめでも刺しに来たのかとからかえば、そんな己の軽口を取りあうこともなく、さっさと縄を切り、没収されていた刀を渡しながら「アーロンがいないうちに逃げて」と来たものである。

「逃げろ、なんて言われてもおれはここ以外目的がねェんだよな」

あの女を連れ戻すというのが船長との「約束」である。無理強いしてでも連れて帰るという選択肢もあるにはあったのだが(この外道!)どうもどうやらあの女、中々面倒な事情があると、それはいくら鈍いゾロでも知れた。

どうしたものか、と悩みそのまま昼寝に突入してしまえば、それはそれで今頃どこぞにいるアーロンの帰宅と鉢合わせする。己がこうしているのが見つかればナミに責任が及ぶだろ。

いや、それを考えればそもそもこの状況はまずい。とりあえず手近にいた魚人に騒がれるとまずいからと斬ってきたが、気付けば累々とした魚人の無残な姿。息絶えてはいないはずだが、これは、なかなかまずいだろうか。

「普通にまずいよねぇ。って、今更気付くのってどうなの?そんなのわかりきってるのにー」
「…なんだ、お前か」

思考に沈んでいると、真上から間延びした子供の声がかかりゾロはうっすらと目を開け、そしてまた伏せた。

「このぼくの登場をこの程度の扱い!?人の心読むな、とか、いたのか、とかそういうのないの!?」

ほぼ無視に近い反応!滅多にない扱いには憤慨してゾロの膝の上に乗り上げる。

「なんだよ、重ぇな」
「ぼくの体重は30キロ以下だよ!この程度で重いとか言わないで!」

失礼にもほどがあるとは頬を膨らませ、そしてハタリ、と気付いた。平然としているその顔、けれどその胸から腹にかけてご大層に巻かれた包帯と今もまぎれもなく香る錆びた鉄のような血の匂い。

「おい、ガキが見るモンじゃねぇぞ」

ミホークの、とが小さくつぶやけばゾロがぐいっとを押しやる。女子供に血なまぐさい傷を見せぬというつもりか。

は眉を寄せ、ゾロのシャツを掴む。

「もう動いているってきみはバカなの?ミホークが、殺す気はないしてもつけた傷だよ。黒刀、夜の鋭さはぼくも一度斬られて知ってる。大人しくしてないと死ぬよ」
「へぇ」
「なぁに?」

こちらの見解を疑っているのかと眉を跳ねさせれば、芝生頭の若造、にやりと笑うような顔をした後、ぽんとの頭を叩いた。

「いや、なんだ。お前がおれの心配をしてんのか」

塩はないだろうか。

傷口にこう、ぐいっと塗りこみたい衝動にかられは腕を振って出てこぬかと試すのだけれど、生憎そういうストックはない。

ふん、とそっぽを向きながらなるほどナミが苛立つわけであると改めて感じ取った。

「ん?なんだ、このラッパの音」

不貞腐れているをやはり放置したゾロ、そのうちどこぞから聴こえてくる警戒なラッパの音に顔を上げて首を傾げる。

「ラッパ?あぁ、たぶんハチくんだよ」
「誰だ?」
「ハチくんはハチくんだよ?」

今頃モームの食事時か、とが頷き、はひょいっとゾロの膝から飛び降りる。そのままタッタカ行こうとする襟首をゾロが掴んだ。

「きゃん!」
「待て。一人であちこちフラフラすんじゃねぇ。一応ここは危ねェ場所なんだからよ」
「ぼくは平気だよ!」
「なんだその自信」

そう言えばゾロは妙なところで己を子供扱いする、とは思い出す。船が大きく揺れるたびにこちらの襟首を掴んで転がらぬようにする。「油断ならぬ生き物」とそういう目はするのに、このロロノア・ゾロという男、妙なところで武士道精神をお持ちだった。

「子供扱いしないでよね!ぼく、これで君よりずっとおばあちゃんなのに!」
「そりゃ、すまねぇ。で?どこでラッパ吹いてんだ」

人の話をまるで聞いてくれない。

は頬を膨らませながら、「こっちだよ」とゾロの手を引っ張る。一人であちこち移動してもアーロンは何も言わぬだろうが、折角ナミがゾロを逃がしてくれたのだ。ここでゾロがこの場でうろうろしていてナミの苦労が無駄になるのはよくない。

「ハーチくん」

とことこと歩いて少し、アーロンパーク正面入り口の塀から顔を覗かせれば独特な髪型に長い口のタコの魚人。

「ニュ?」
「お前か、ラッパを吹いてたのは」

こちらが声をかければ反射的に振り返り、そしてゾロが合点いったような顔で頷く。

?その男は誰だ?!おれか?おれの名ははっちゃん。ハチと呼んでくれ!」

としては「はっちゃん」が仇名に思えるのだけれど、ハチ、というのが仇名らしい。魚人は不思議、とそれで片づけることにしているのだが。

「お前も魚人なのか?」
「モチよモチ!艶めかしいタコの魚人よ!おめぇは見たところ人間だな!と一緒にいるところをみると、海兵か?客か?」

ここはゾロをずるいというべきなのかは首を傾げる。己から名を名乗らぬ男。海賊狩りというその名が多少なりとも知られているからの処世術なのか。ハチは細かいことは気にせぬ男であるから流されたことを気付いていないが、は「ふぅん」と思わずうなってしまった。

「客?まァ…客だな」

言い切るなど、すっごい度胸である。
きっぱり言い切ればハチもそれ以上疑問に思うことはない。うんうんと頷いてそのうえの親切。

「しっかし、お前。今アーロンさんはいねぇだろ?」
「あぁ。いねぇな。どこ行ったんだ?」

うん、それはね、アーロンくんがいないから君は自由に動けてるんだよー、とは言いたかった。この己にツッコミをさせようとするなんてどんだけボケだ。

「いや、なんでも鼻の長ェよそ者が逃げ回ってるらしくてよ。もう一人はここに捕まえてあるって話だが、そいつを捕まえにココヤシ村へ行ったぜ」

(うん、ウソップくんね。それでもって「もう一人」って今目の前にいるゾロくんだからね!)

本当にはツッコミたかった。

ゾロを見ればさして驚いた様子もなく、白々と「その村へはどう行けばいい?」などと聞いている。それを受けてのハチはアーロンパークの客なら礼を尽くさねばならぬと「送って行く」という始末。

何、この漫才。

どこからどうつっこみを入れればいいのだろう。いや、まぁ己は一応「人が過ちを繰り返すのをただ黙って見ている」それが魔女の「悪意」というもの、とそれを原点としているのだけれど。なんだかその「放置」すらこのゾロの前では漫才の一つにされないだろうか。

「おい、。お前は乗らねェのか」
「……乗るよ」

は悟った。

ここでゾロを放置しておくほうがきっとナミにはまずい展開になるに違いない。この、ある程度の常識を持っているようでまるで持っていない自由奔放すぎる剣士。アーロンパークの居残り組を切り倒した刀の油も乾ききらぬうちに幹部ハチのたこつぼに乗ろうとしている傍若無人さ。

あぁ、アーロンが帰ってきたらどれほどこの異常事態にぶち切れることだろうか。

その怒りの矛先がナミに向けられるような、そんな心の狭い男ではないと思うけれど、ドフラミンゴの言葉も気になる。ナミが一億溜め終わる丁度間際になんぞしかけてくるかもしれぬ。いや、確実だ。このアーロンパークにいてはそれは満足に知ることはできぬだろう。

「ハチくん、ぼくも乗って大丈夫?重くない?」
「ニュ〜、は軽すぎるくらいだ。もっと食わねェと」
「ほらゾロくん!ぼくは軽いんだよ!」
「あー、そりゃよかったな」

ひょいっとたこつぼに乗り込んでその会話。駄々っ子をあしらうようにぽんぽんとゾロが頭を叩けばがついにキレたデッキブラシでごつん、とゾロの芝生頭を叩いた。

自身気付いていないが、彼女の存在も漫才である。





+++





蛸壷に揺られ海を渡りながら、隣で妙に静かに立つ赤毛の子供。その旋毛を見下ろしゾロは目を細めた。どうもどうやら油断できぬ生き物とそのように判断してきたけれど、その疑い、こうして見ればますます顕著である。ナミのことも、到来ゾロは信じていなかった。船長が仲間と決めた。それはいい。しかし「そういう女」とそのように見てきて、そしてその勘は外れなかった。それであるからゾロは、やはり今こうして傍にいて、なんぞ危険からはある程度守ろうとは思いつつもという妙な子供のことを「そういう生き物」と見ている己を自覚し、そしてそれを尊重してもいた。

そもそも解せぬこと。己が相対した鷹の目の男と、、妙に親しげにしていなかったか。顔見知り程度、という大人しいものではない。なんぞ親愛に近いようなものが、あの、剣を交えた限りはおおよそそういった人間らしい情の見当たらぬ世界一の剣豪から感じ取れ、そして当人がそれを「当然」と、そのようにしていた。鷹の目の男がどのような男かわかっていて、そういう感情が乏しいだろうとわかっていて、それでも自身を慈しまれることを「当たり前だよね」と、そういう顔で受け入れていた。

そしてさらに、この魚人の建物内でもそのの異様な存在は際立つ。デッキブラシで一足先にこの島に来た。それはいい。けれどなぜ、は特に縛られるわけでもなくこうしていたのだ。ナミがかくまっていたというのは考えられぬのに、当然のようにこの赤毛の子供はこの場所にいて、おっかなびっくりするわけでもなく当たり前のように建物内を歩き回る。今こうしてゾロたちを運ぶ魚人にも、名乗る前から名を知っていて、ラッパの音の詳細を承知であった。

疑う、というのではない。ただ、この生き物は「何だ」というのがゾロの単純な「問い」である。

「なぁに?ぼくの顔、可愛すぎて見とれた?」

凝視していることに気付いたか、青い目をゆっくりと細めながらが問う。軽口というよりは本気で問うているもので、ゾロは溜息を吐きポン、とその頭に手を置く。

「あいつを連れ帰るだけでも面倒だってのに、その上お前のお守までしなきゃならねェ。陸についたら大人しくしててくれ」
「ふふ、おや、まぁ。別にぼく、きみに守ってなんて貰わなくても大丈夫なのに」
「そーかよ。怖いもの知らずも結構だが、目の前で怪我ァされちゃァ寝ざめが悪ィ」

青い目を輝かせて当然のように言い切るその顔。強がる子供というよりは、恐ろしいものを知らぬのだという眼に見えた。

「それで、アーロンくんを追いかけてどうするつもり?」
「お前も聞いたろ。うちの長っ鼻がギザっ鼻に追われてんだ。とりあえず助けといてやんだよ」
「面白いね、きみはアーロンくんに勝てるつもりなんだもの。魚人の力、知らないの?」

先ほどゾロはを「恐れを知らぬ者」とそう見たが、今度はがゾロをそのように見る。にんまりと、こちらの愚かさを嗤い、それでどうこうしようとはせぬ無責任さ。ゾロは己が見くびられているのかと聊か不快に思わなくはないけれど子供、それも言動不審なの言葉である。軽く眉を跳ねさせてから口元を歪めた。

「俺が誰に勝てねェって?」

ゾロ自身意識してのことではないが、それは聊か脅しも含む声音になった。心根でどこか先の戦いの興奮が冷めておらぬのだろうかともぼんやり思う。そうだ、あれは完ぺきな「敗北」だった。そうしてはそれを見ていた。敗者に対して容赦ない目。一度負ければ途端評価を下げるとそれはしようのないことで、ゾロは「負けた」のだからそれを受け入れるのも潔さではあった。

しかしあれは「敗北」であり、また自身への確かな「勝利」でもあったとゾロは、そのように考えてもいる。それであるから、真っ正直にがこちらを「弱いからまた負ける」とそのように言うのを、どうしたって気に入らぬのであろうか。

ゾロの眼力を受けて、それでもはふぅん、と鼻を鳴らし、そして機嫌が悪そうに眉を下げた。

「そう、そうだね。きみはあのミホークをして引きはしなかった。きみはとても強い剣士になるんだろうね。でもね、それでもきみは魚人のアーロンくんに勝てる、なんて見込みにはならないんだよ」
「っへ。まさか鷹の目の男より、あのギザッ鼻が強ェのかよ」
「まさかという坂はないよ。ミホークより強い生き物がいない、なんて言わないけれど、でも、アーロンくんがそうとは、まぁ、ぼくだって思っちゃいないさ」
「回りくどいな。なにが言いたい」

明確なことを言わぬので、ゾロは言葉を遮った。岸に着くまで辛抱強くの言葉を聞いてはいたけれど、もうじき到着する。今はツボの下に潜りこちらの会話を聴こえぬタコの魚人に聞かれてよい内容であるとも思えなかった。警戒しつつ言えば、途端きょとん、とが顔を幼くする。

「さぁね。何が言いたいんだろう。きみなんて放っておいてもいいのに、このぼくがお節介をかけているみたい」

改めて考えれば自身でもその言動の理由がわからぬ様子、とそういうを見下ろす。この生き物は妙な顔をする。どうしたって油断ならぬ類であるのに、それでも幼い。油断などするゾロではないが、しかし、聊か調子が狂わされるのは本当だった。

「ルフィたちが来るのを大人しく待て。どっかその辺に隠れて、何かあっても顔を出すんじゃねぇぞ」
「ねぇ、待って、どうなるの」
「さぁな。だが何かは終わるだろ」

とりあえずゾロはアーロンに追われているウソップを助けに行かねばならぬ。その後はナミを連れ戻すためにあれこれすることになる。帰る気のさらさら無い女をどうこうできるのかと疑問はあるが船長が望んでいるのだ。そう、その船長。ルフィもそのうちこちらに追いつくはず。とルフィは妙に話が合うようだったから合流させれば、こちらの手間は減るはずだ。そしてルフィがナミを諦めるのならそれでいい。ウソップを連れて海に出るだけだ。そしてナミが戻ってくるのなら、それはそれでまた海に出ればいい。

「耳でも塞いで蹲ってろよ」
「かくれんぼするみたいに?そうしてじぃっとしてて、何もかも変わっているのを見るんだね?」
「怪我してェのか」

は幼い。そして弱い。これからウソップを助けるにしてもが足手まといになるのは確実であろう。を連れて行かぬほうがいい。脅すように言えばが肩を竦めた。

「嫌だよ。ぼく、怪我なんてしたくない」

そう言って自分の首をそっと触る仕草。例の島で出会った頃についたというその首の傷はまだふさがらぬのだと、そういえばナミが話していたことを思い出す。

そうして二人沈黙して少し、辿り着いた岸でタコが唐突に顔を出し「ここがココヤシ村だ」とそう言った。





+++



自分の少し前を歩くゾロの背中を見上げながら、は随分と前にこういう光景を見ていたんだと、そういうことを思い出した。

ゾロと、ではない。といってサカズキやクザン、でもない。ゾロよりは背の高い、けれどクザンたちよりは低い、背中を思い出す。

『突然走り出さないでくれ。怪我をしたらどうする』

いつも困ったような顔をして、胃の痛そうな顔をして、そうして振り返った人の背中を思い出す。

ゾロは案外心配性なところがあって、それが彼と重なって思えるらしいのだ。はふふん、と意味なく鼻を鳴らし、ゾロの腰からこちらに突き出る鞘を掴んだ。

「っ、おい」
「歩くのはやいよ」
「だったら早く歩け!それにその、デッキブラシに乗りゃーいいだろ!」
「面白道具ってわけじゃないの。簡単には使えないの。察しなよ」
「〜〜〜!!あぁ、そうかよ。悪かった!」
「わかればいいんだよ。ゆっくり歩いてよ」

手前勝手な言動のたびにゾロの額に青筋が浮かぶ。それがを妙にほっとさせた。怒鳴られるくらいが丁度いい。こちらの我儘を何でもかんでも「仕方ない」と眉間にしわを寄せて言われると、なぜか途方もなく苛立つのだ。

「おい、チビ」
「チビじゃない。だって言ってるじゃァないか」
「チビ、勝手に刀に触るんじゃねぇぞ」
「なんで?」
「鞘に入っちゃいるが、これは武器なんだ。ガキがほいほいと触っていい物じゃねぇ」
「ふふ」
「なんだ」
「ミホークとおんなじこと言うんだね」

ゾロのようにぶっきらぼうな言葉ではないが、ミホークも、に刃物を触れさせぬように注意を払っている。「たとえ鈍らであってもそなたの柔肌を食い破るには十分。剣とはそういうものだ」とそう言って遠ざける。護身程度の剣術をミホークに手解きしてもらったことがあるけれど、その時だってミホークが用意したのは木の棒で、の手首ほどもないもの、渾身の力を込めてあたったとしてもひどい怪我を作れぬ弱弱しいものだった。その上に剣を与えたら自らが殺しに行くと海兵周辺鍛冶屋に触れ回ったものだから、過保護の称号を得て十分かもしれない。

「ゾロくんは剣士なんだね。刃物の恐ろしさをちゃんと知ってる。そういうのは好ましいね」
「チビに褒められてもうれしくはねぇな」
「そこは素直に喜びなって!」

笑いながら歩けばゾロが口の端をほんの少し釣り上げた。己に対しては皮肉めいた笑いしか向けてこぬ可愛げのない男と思っていたが、この反応。

「……」
「どうした?」
「な、なんでもない!」
「顔が赤ぇぞ。熱か?」
「違うよ!違う!女の子はいろいろあるんだよ!」
「そういうもんか…?」
「そういうもの!あ、ゾロくん、あれが村の入り口じゃない?」

ほら!とは話題を変えるように見えてきた集落を指さす。町というには小さいが、村というには立派な構え。民家が立ち並び、中には本屋や八百屋など充実しているようだった。

「あぁ。おい、なんか様子がおかしくねぇか?」
「うん?」

村の中に入ってみれば、どうも、どうやら人が一か所に集まっているよう。全員、とは言うわけではないが、その輪に入らぬ者もそちらをうかがっている様子。ゾロの疑問にも頷き、手ごろな人を捕まえて問うてみた。

「ねぇ、何かあったの?」
「え?ん…?お、お嬢ちゃん、どこの村から来たんだい?」
「ゴザの子じゃないか?生き残りの…」

ひょいっと、裾を掴んだのは村人A、ではなくてそこそこの年齢の男性。の顔を見て驚き、そして見慣れぬ顔であるとわかると首をひねった。その男性の隣にいる友人らしい人物が、同じようにを見て、そして気の毒そうな表情を浮かべる。

「ゴザ?どこだそりゃ」
「違うよ、ぼくらは航海者で、この村に来たんだけどね」

生き残り、とはいささか物騒な単語ではないか。この島の状況からしてアーロンがやらかした結果の「生き残り」ということはにもわかる。確か年貢ならぬ奉貢とやらを納められぬと皆殺し、というから、そのゴザは支払ができぬ者でも出たのだろう。

「航海者…?悪いことは言わん!早くこの島から出て行きなさい!!」
「君!君はこの子の保護者か!?それなら一刻も早くこの子を連れて島を離れなさい!やつらに見つかる前に!」
「お、おい、なんだってんだ?」

とゾロが「部外者」であるとわかると村人A、Bは素早く二人の腕を取り、村の出口に連れ戻そうとする。しかしそういう展開は二人は望んでいない。

「ちょ、待ってくれよ。おれたちは仲間を探しに来たんだ」

掴まれた腕の主に「痛いよ!この変質者!」とが蹴りを入れる前に、ゾロが男性を抑え込み踏みとどまる。

「この村に鼻の長い男が来なかったか?仲間なんだがよ、はぐれちまったんだ」
「ウソップくんって言うの。オーバーオール着ててゴーグルしてる、男の子なんだよ」

心当たりはないかと、そう問えば村人の顔が曇った。

「……あんたら、さっきの男の仲間か…」
「知ってるのか?」

ということはここにいるのだろうか。はあたりを見渡す。見たところどの村人の顔にも憔悴が見られるが、その中に見慣れた長い鼻はない。

と、そこでは人だかりがいつのまにか消えていて村の中央、駐在所らしい場所の前にやけに継ぎ接ぎだらけの男、頭に風車をさした妙な風体の人物が座り込み、じっとこちらを見ていることに気付いた。

駐在といえば一応公務員。まさか身がバレた、などという危機感はないが(だってここ田舎だし)その目、何か懐かしいものを思い出すような目に、なんとなくはナミのことを考えた。

「あぁ。あんたらの仲間だったのか……」
「どこにいる?」
「……酷なことを言うが、あきらめた方がいい。あの男はアーロンパークに連れて行かれた」
「はぁ!?」
「出てかなきゃよかったねー」

深刻で、残酷な事実を告げねばならぬ、という苦悶の表情を浮かべやっと言った村人Aに、ゾロとはそれぞれ嫌な顔をした。

「っていうかウソップくん、捕まったのか…」

一応ゾロは助けることが目的だったのだが、これならおとなしく待っていればよかった。
ウソップも捕まるなどと、いったい何をやらかしたのだろうか。というか、仮にも海賊なのだからあっさりつかまらないで欲しいと、過去誘拐された回数が二桁になっているが非難する資格はないのだが、堂々と憤慨し、はぐいぐいっとゾロのズボンを引っ張る。

「ゾロくん、ゾロくん、まずいよね?やっぱり」
「急がねぇと、まぁ…殺されちまうんじゃねぇか、やっぱ」
「あの青年はアーロンを怒らせた…もう、生きてはいないかもしれない…」

どうもどうやら詳細を聞けば、この村でなんぞドタバタ(駐在の所持する剣が見つかったとかそういう話)があった時に、その鼻の長い青年が割って入りアーロンに一撃浴びさせ、殺される前に一目散に逃げ出したのだという。

それならそれでよかったのだが、そのあと、アーロンパークの幹部に捕獲され、ずるずるとそのまま連行されていったと、それが結果だと村人は言う。

その説明を受けてから、ぐいっと、ゾロはをその村人に押し付ける。

「え、ちょっと!アンタ!」
「少しの間こいつを頼む、仲間を助けに行かなきゃならねぇんだ、そいつを預かっててくれ」
「え!?ねぇゾロくん!?まさか出会って数分の見知らぬおっさんにこのぼくを任せるの!?」

あっけにとられる村人と、戸惑うなんぞ知らぬ顔。くるりと背を見せてゾロはそのまま走り出していってしまった。急がねばアーロンにウソップが殺される、という、確かに深刻な状況だ。ふざけた言動の多いを伴ってはいけぬとそういう素早い判断は感心するところだが、ぽつん、と取り残されては眉を寄せた。

「酷いよゾロくん!」

正直、まだアーロンパークに置いて行かれる方がマシだった、と空気を読んで叫びはしないが、そういう素直な感想を抱き、はゾロの走って行った方向に石を投げつけた。


「なんだ、その少女は?」
「ゲンさん!」

そうして明後日の方向に向かって「ゾロくんのバカ!腹巻!」などと思いつく限りの罵声を飛ばしていると、足音と共に人の気配が増えた。

振り返れば先ほど見た継ぎ接ぎだらけの駐在どのが帽子を手で押さえながらこちらを覗き込んでいる。

「なぁに?」
「この子は、船でこの島に来たようで…先ほどの鼻の長い青年の仲間らしいんですが…もう一人の剣士が彼を助けに行く間に、この子を預かってほしいと」

断る間もなく行ってしまったと村人が言えば、駐在は息を吐いた。そしてゾロの駈けて行った方へ視線を向けて「もう、戻っては来ないだろう」と、物騒なことを言い(当人には聞こえぬようにしているらしいが)ぽん、との肩を叩きながらしゃがみこむ。

「……私は先ほどあの青年に命を助けられた。これも縁だろう。暫くの間私のところにいなさい」
「ゾロくんは帰ってくるよ。待ってろって言われたし」
「そうだな…だが行先はアーロンパーク。君もこれからこの島で生きることになるのなら、知っておいた方がいいかもしれん」
「何を?」
「それは…後々話そう」

どうやら駐在たちの中ではアーロンパークに乗り込んだゾロは死亡フラグが立っているようだ。それはそれで反論しないだが、なんだかこの流れ、保護者を失った自分が身の振り方を考えられているとか、そういう感じではないだろうか。

今は聞き分けなさい、というようにぽん、と頭を叩かれては、さてどう反応するべきか迷ってしまった。





+++





案内されたのは駐在所。ゲン、というその駐在は独身らしく部屋はこざっぱりとしている。はソファに座らされ、とりあえず子供だからとコップ一杯のミルクを出され、そして放置された。

「自分で言うのもなんだけど、何、ぼくこれからどうなるの?」

ゲンは出て行ってしまい、何やら外で話し声は聞こえる。彼と年齢の合いそうな老人(恰好から見て医者か?)と話しているようだ。単語単語に聞き取れるのは「アーロン」がどうとか、そういう話。時々「先ほどの子供」と己のことも出ているらしく、なるほど、お金も問題もあるんだろうとは思った。

この島を支配しているアーロン一家。生易しい相手ではない。この「子供」が「アーロンに逆らった青年」たちの「仲間」であると知れれば殺される。だから匿おうと、そこまではいい。しかし、月に一度金を納める制度に「この子」も巻き込まれることになると、そういう問題の浮上。子供が5万も稼げはしないと、誰か引き取れる者はいないだろうかと、そういう話なのだろう。

「別にいいのにねぇ」

ゾロやウソップのことは、彼らは見捨てたのではないか?ならば己も見捨てればいいのだ。アーロンは金の上の約束は守る男。なら村人がたち「部外者」に知らん顔をしても金さえ払い続ければ彼らは安全だろう。

(でも、見捨てない。それが人間なんだよね)

ごろん、とソファに寝転がりは口の端を歪める。

無力な彼ら。己らの力をちゃんと知っている。だから、できることをわかっている。耐え忍んで、その中で必死にできることを守っている。それがこの短い時間、には伝わってきた。

ナミが買いたい村はきっとここだろう。そんな気がした。

目を閉じてしまおうかと、そんなことを思った刹那、は目の端に見覚えのあるものを入れた。

「……え?」

気のせいかと思い体を起こしながら、は向かいのソファ、その壁、暖炉の上に置かれている写真立てを凝視した。見間違いかと一瞬自分の目をこすり、そしてもっと近づいて確認しようとソファを降りる。

やや早足で暖炉に近づき、その写真立てを手に取った。

そこには駐在の今より少しだけ若い姿と、医者らしい男性、そして。

「………ベルメール?」

独特の髪形をした、咥え煙草の女海兵がこれから船出というように誇らしい顔をして、写っていた。






Fin



(2010/01/18 19:24)