※ 前半ちょっとぐろい、飛ばしても問題はありません。








「キキョウくんって、結構若いんだよね」

血の気の失せたこちらの顔を見て血色のいい魔女が笑う。目覚めて最初に目に入る顔がこれというほど目覚めの悪いものはなく、キキョウはこの湧き上がる憎悪そのままに今すぐの首を絞めてやりたかったが生憎と今の己ではもうそれもかなわない。

ゆったりと船が海の上を進む、そういう心地よい揺れがあおむけになった寝台、背からじんわりと伝わる。この船こそが己の家で、そして墓になればいいと常々キキョウは願っているけれど、それは今は関係ない。

とにもかくにもどういうわけか、貧血を起こして倒れたキキョウが目を覚ますと、白髭海賊団モビーディック号の一室に当然のような顔をしてがいて、そして己を見下ろしころころと喉を震わせていると、今はそういう状況だ。

「……わたしに、なにをした」

四肢は動かない。しかしそれはの所為ではなくキキョウの言葉の主語もそれではない。意識を失う前はずきずきと痛み熱を持っていた、己の片腕が今は痛みが引き、熱も収まっている。切断し満足な処置をせず(自分勝手に)放置したために化膿した己の腕をどうにかできるのはこの魔女くらいなものだ。余計なまねをするなと睨みつければ魔女がにっこりと三日月形に微笑む。

「気にいらないんだ」
「当たり前だ。お前を殺す、それがわたしの生きる意味だ。そのお前に情けをかけられ、手当てをされるなど、屈辱以外の何物でもない!」

腹から絞り出すように吠え、キキョウは力の入らぬ体をなんとか動かそうと試みる。視界の端に入る己の右腕は、これまで生々しく肉が抉れ骨と神経が見えて黒く変色していたはずなのに、今は真っ白く血の染み一つなく清潔な包帯で丁寧に覆われていた。片腕を失って数か月、キキョウは一度も医者や人にこの傷口を見せたことはなかったが、毎朝毎晩己の眼には焼き付けていた。この腕を失ったその時の感触も覚えている。錆びついた刀で無理やり肉を斬られ、ごぎごと何度も擦ってやっと肉の中部分まで切断できた。さらにそのまま骨に当たり、血があふれて滑り骨の白さもわからぬにギリギリと骨の間を何度も行き来し、そしてやっと骨が半分まで切れたところで、腕は足で押さえつけられ段差の部分で力いっぱい踏みつけられた。それでポキっと、案外あっさり骨は折れたものの、まだ下半分の肉はそのままで、ぶらんと不恰好にぶら下がった腕の奇妙な感覚。それだけ時間をかけて女の細腕一本落とせないのかとキキョウは狂ったように嘲笑い敵を詰り、そして己の鎌であっさりと敵の男の首を跳ねた。己の刃は錆びていないし骨と肉の固さの違いも弊害にはならなかった。そして腕を振った途端、ブジりと肉が飛び、キキョウの片腕は血と共に飛んで行った。あれか、ロケットパーンチか、なんて思ったんだと後日サッチに語ったら、あの四番隊隊長は「トラウマになるからやめて!」と涙目になっていた。いや、まぁ、それはいい。

「こんなッ、こんなこと認められるか!お前に、お前のような生き物に助けられるなど……!!!」
「この程度のことで屈辱だなんだのと喚けるなんて随分と可愛げがあってぼくはきみを愛しくすら感じてしまうよ」

戦慄くキキョウをいい加減に耳触りと思ったか、言葉ほど愉快気な顔をせずに、ぐっと喚く女の顎を抑え込んで見下ろす。近づいた、赤々と燃えるような紅蓮の髪がキキョウの瞼にちくちくとあたり、瞬きせねば目に入るだろうが面としたこの魔女から一瞬でも視界を遮る「逃避」をキキョウは選びたくなかった。

「おやじ殿か」
「うん?」
「それともマルコ隊長、あるいはサッチ隊長か?」
「何がだい」
「お前をここに呼んでわたしを治療させた人間だ」

キキョウは魔女の中では珍しく「海賊」と堂々と自己を認める生き物だ。海賊を「助ける」なんてことを、赤犬の元にいるこのがするものか。しかし時折人の頼みを、切なる願いを叶える外道さがある。キキョウが「おやじ殿」と慕う白髭が頭を下げればこの事態もあり得よう。それで探るように問う手みると、がきょとんとあどけない顔をした。

「まさか。今回に限ってはこの船の全員が無関係さ」
「ならばなぜここに来た」
「ぼくの気まぐれ、なんてものはこれっぽっちもこの世に存在していることはなく、ぼくの行動の全てにはきちんとしたぼくの定義がある、なんてことを態々きみに説明する気はないよ」

キキョウの上から退いたがパチン、と指を鳴らした。すると、それまでキキョウの寝台の上にあれこれと並べられていた魔女の道具、おそらくは治療道具があっさりと消えていく。消え失せたというより存在する確率を下げた。この魔女の力は同じ魔女であるキキョウにもおぞましく思う。以前ピアが語っていたが、童話、幼さ、無垢さを原点としているは、そのさらに奥深くに「存在率」というものをどうにかこうにかしていると、そう聞いた。いや、今はその話はどうでもいいとして、とにかくキキョウはじぃっと油断ならぬ目でを睨んでいると、その視線をさらりとかわし、魔女が首を傾げる。

「きみってさ、わりと強いのにしょっちゅう傷を作るみたいだよね。前に遠くからきみが殺し合ってるところを眺めたんだけど、あれは中々すごかった」
「この世のありとあらゆる残酷な所業を身のうちに含めてきたお前が言うことか」
「ぼくは自分が耐えられること、行えることを同じように他人に押し付けるようなことはしない主義なんだ」

白々しく言ってひょいっと、が窓枠に腰かける。動かぬ四肢でなければそのまま肩を押して海に突き落としてやるものを。キキョウは動かぬ体に歯がゆい思いをしつつ、ふん、と鼻を鳴らした。

「何が言いたい。回りくどい言い方は嫌味としての意味しかないぞ」
「思春期のお嬢さんじゃないんだからまるで手首を切ってその跡、あるいは包帯を白日に晒し他人に自己主張をしようとしてる、そんな醜態をするのはお止めよ」

じゃあはっきり言おうか、とにっこりとした顔の後にのたまう魔女。こちらを小馬鹿にしきった顔。先ほど他人に自分の考えを押し付けるなんて!とそのような言葉を発したくせに、その次には己の「定義」を押し付ける。それは身勝手さではないのか。キキョウは詰ろうとして、しかしできたのは眉を寄せることだけだ。

「わたしが誰の気を引こうというんだ」
「きみが今回倒れたのは貧血だけど、そもそもきみが「戦い」なんてものに参加するたび、きみはその柔らかな皮膚、脂肪分の少ない肉をそぎ落とされて白々とした骨が見え隠れする。血管や神経がまるで赤い糸のように垂れてきみの動きと一緒にゆらゆらとする。きみの体から流れる血はだんだんと出る量が減ってぽたぽたと滴る、絞り終える前の果実のようにね。それで、その薄い色の髪を真っ赤に染めて自分の血以上に多くの「敵」なんてものの血を流させて地面に這いつくばらせて、きみが使う鎌で首を落とす、その前に同じように体を切り刻む、急所を外して、けれど血をたくさん出させる、そういう「殺し方」をきみはしている」
「咎めているのか」
「まさか!」

つらつらと流れる魔女の言葉。キキョウは世界中の誰にも己の行いを咎められ/批難されるつもりはなかったが、こと、この魔女にだけは絶対に何も言われたくなかった。

しかし言われた言葉が「事実」かどうか思考してやるだけの優しさはキキョウにはある。の言うとおり、確かに己は戦いの度に傷を負う。実力的なことを正当に評価して考えれば負うはずのないものが多数であることは認めよう。しかしの言うように、それが「手首を切って自分の何かしらの感情を他人に知ってほしいと訴える」そういう真摯なものがあるかと考えれば、それはなかろう。

ふん、とキキョウは鼻を鳴らした。所詮魔女などこの程度か。自分の尺度の中でしかものを考えることができない。は確かに経験知識多いかもしれぬが、あまりにも巨大すぎて逆に殻に引きこもっているのだ。だからキキョウの気持ちが、いや、他人の気持ちがわからない。自分の考えられるロジックに全てを当てはめて「それが本当だろう?」と突きつけ事実としようとしている。それはみっともないだろう、この臆病者と罵ってやりたくなってキキョウが口を開きかけると、こちらをぼんやりとした目で見つめるが先に言葉を発した。

「誰か、なんて特定の人間に、っていう話はしてないし咎めてもいない。きみはさ、M疑惑立つほど自分をぼろぼろにして血だまりの中で立って、自分の世界はなんて酷いんだ!って、その自分の立ち位置で狂人・あるいは悲劇的な人物を演じたい。血や肉や、死体の山はそのための小道具なんだろう?」

お前が言うな、とキキョウはの頬を張り飛ばした。









赤い靴の女の子

 









「ねぇ、もしかしてさ、世界っていうのはぼくが思っているほど酷くなかったりするのかな」

歩いていたら突然が転んで、それでどうしたと振り返ってみれば靴の踵が壊れていた。見捨てるわけにもいかぬので、そういうわけで赤旗ディエス・ドレークはをひょいっと抱き上げ路地の階段に腰かけさせその靴の具合を確かめる。

の本日の装いは毎度おなじみ赤い靴と黒のワンピースタイプのドレスだ。そういう恰好で海賊らのひしめく港を歩くのもどうかと思うが、グランドラインのこの島、魔女のうわさくらいは耳にしている海賊らもいるだろう。赤い髪に赤い靴の、黒い服を着た、肩にデッキブラシを抱えている幼女にちょっかいをかけられる気合の入った自殺志願者は、運のいいことにここ数日見当たらない。

ドレークが手に取ったの左足の靴は、なるほどものの見事に踵の部分が取れてしまっている。直せないのか、とに問おうとしてやめた。が使う妙な力で直るものならとうにしているだろう。今は転んだときに額を打ったのか(普通は転んでも膝から、あるいは両手で身を守るものだが、はものの見事に顔面からいった)不機嫌そうに眉を寄せ、階段の下でに膝を付く形になっている(不本意だが)ドレークの肩をげしげしと蹴っていた。

それでドレークはこの靴をどうしようかと考えつつ、が足を捻ったような気がしてその、自分を蹴ってくる足首を掴み、具合を確かめた。痛そうな顔こそしていないが、捻っているようだ。くいっと押してみて少し眉を寄せる。普段どうでもいいことで喚くのに怪我をしたときは口に出さぬのがドレークには時折やるせなくなる。

それで無言で包帯変わりになりそうなものをの細い足首に巻いていると、空の雲を眺めていたはずのがぽつり、と唐突に口を開いてそんなことを言ってきた。

「今更気付いたのか」
「ここは普通「いきなりなんだ」とか、「どうした」とか、そういう切り返しをして、それでぼくの心境を語らせるべきなんじゃないの」
「言いたいなら言えばいいだろ」
「そういう気分じゃなくなっちゃったよ」

ぺろりとが舌を出す。幼い子供の仕草。それでどんな心持で言っているのかとドレークがその顔を見れば、普段こういったことを言う時はどこか年老いた老婆のような目をしているはずの、それが、今は、本当に幼い顔をしている。

が己を、ディエス・ドレークという人間を見くびっている。そのことをドレークは自覚していた。を「子供」と認識している己をは嘲笑う。ドレークはを幼い子供のように扱う。はそれを仮面だと。そんな幻は本当はないのだと。「けれどお前がその姿を大事にしてくれるのならそう振る舞おう」とそう、人を小馬鹿にして見くびって、いる、いや、そう、傲慢な関係でいようとしていることをドレークは知っていた。

しかし、がそう信じるそのさらに根底。この、とドレークの、一種の道化同士、ままごとじみた関係のさらに底には、当人の自覚しておらぬ、あるいはそれすらも彼女自身は「幻」と信じ疑わぬような、無垢で幼い部分が確かにあると、そうドレークは知っている。悪意に塗れたこの生き物の長い人生でそれでも怪我しきれなかった純白の部分が、今その顔に浮かんでいた。

「ねぇ、ディエス」
「なんだ」
「捻ったことは捻ったけど、でももう大丈夫だよ。ぼく、治るんだよ」
「そうだな」
「忘れてた?」

あぁ、とドレークは頷く。うそつき、とが返すが反論はしなかった。の体、そのウンケの屋敷蛇。なにものも彼女の体に何かを残せはしない。すぐさま何もなかったように元通り。だからこそ赤犬はを焼くのだとそういうことを思い出しながら包帯をきゅっと結んだ。

「これでいい」
「なんで?」
「動いても解けないだろう?」
「そりゃ、そうだね。相変わらず上手だ」

ぶんぶんが足を上下させてみて、包帯が解けぬか確認をした。こうして動かしているところを見るともう元通りに修復されたのだろうとわかる。暫くその巻かれた包帯をじぃっと眺めていたはちょこんと座りこんだまま、立ち上がったドレークを見上げてきた。真っ青な瞳が太陽の光にきらきらと輝いている。ぽん、とその頭を叩くとが眉をハの字に寄せるのだ。しかし不機嫌になったわけではないだろうとドレークにはわかっていた。

靴は修復出来そうにないので、それならばと肩に乗せるとの喉から小さく息が漏れる。文句を言ってきそうだったが、一瞬の沈黙、ぎゅっと小さな手がドレークの帽子を取って自分の頭に被せる。男物の大きなサイズはの頭をすっぽりと隠した。

「このぼくを肩に乗せて運ぶなんて、失礼だよ」
「片方しか靴のない状態で歩くのか?」
「決まりきってる。ぼくに似合う新しい靴を買ってくればいいんだよ。今すぐ」

なるほど帽子は人質なら物質か。相変わらず自分勝手な物言いだが慣れてしまってるドレークは納得して、それで再びを階段の上に座らせる。
この島は漁業が盛んなようだったが、通ってきた中央街には雑貨店などもあった。子供の靴くらいは売ってるだろう。

「どんなものがいいんだ」

子供の靴ならなんでもいい、という楽観視をドレークはしない。ここでビーチサンダルを買ってきてもベシンと投げつけられるのがオチだ。なので参考というか希望を聞くと、が首を傾げる。

「それを考えるんだよ」
「ヒントくらいくれ」

気に入らぬものを買ってくれば文句を言う。が文句を言うのは流せばいいのだが、へそを曲げられ「うっかり海賊に捕まっちゃったー、助けてディエスー」と棒読みで言われる展開はごめんだ。(過去何度かあった)

「さっき言ったじゃぁないか。ぼくに似合う靴だよ」

防寒着を見立てられる自信はあるがこれはない。
というか子供の靴を選ぶなど海賊に頼むんじゃない。

突っ込んでも無駄なので、ドレークは心の中だけで呟き、ため息一つ、ポン、との頭を帽子と一緒に軽くたたき「それなら戻るまでここで大人しくしててくれ」とだけ頼んで踵を返した。

運よく靴屋はすぐに見つかった。中々センスの良さそうな、若い娘が利用しそうな洋服を扱っている店で、服と一緒に靴も揃えているらしい。白いレースや薄い色のワンピースなどが好んで着ている物と系統が似ていると判断しドレークはその店に入ろうとしたが、いや、普通に考えて自分(海賊)がこの店に入れるのかとそう考えてしまう。

海賊でなくても、いい年の男が明らかな女物の店に平然と入れるものだろうか。

結論:普通に無理だろう。

娘がいる父親ならわかるが、一目で海賊だ!という装いの自分が…どうしろというのだ。まさか着替えている暇はない。ならを抱きかかえて船に戻る方が早い。

どうしたものかと考えてたいがここでじっとしていると通行人にじろじろと不審者扱いされかねない。

ドレークは困りに困って、そして再びの元へ戻る。

「買えた?」
「やはり一緒に来てくれ」
「役立たずー」

容赦ないは構わず、ドレークはひょいっとを抱き上げる。どのみち靴は買わねばなるまい。このままずっと裸足でいさせるわけにもいかぬ。気が向けはは裸足でも駆け回るかもしれないが(いや、どうだろうか)小石で足を切ったり人に素足を踏まれてしまうかもしれないではないか。などと、やはり過保護だお前、と突っ込みの入りそうなことを考えながらドレークは再び店の前へ。

「おや、ディエスにしてはセンスの良い店じゃぁないか」

たまたま見つけたんだという余計な告白は必要ないだろう。ドレークは曖昧な返事をして、を抱きかかえたままカラン、と扉を鳴らす。

「いらっしゃいませー……!?」

黒づくめの男の入店に、一瞬店内の客や従業員が「何!?」という警戒する顔をしてこちらを見たが、すぐさまその腕に抱えられているを見て「なんだ、お父さんか」というような納得をする。

……自分はそんなに老け顔なんだろうか。ちょっぴり落ち込みたくなる。

しかし気を取り直して、外から見えた子供靴のある場所へ進む。いくら「保護者が同伴しているだけだ」とわかっても、いかめしい顔をした男の登場は歓迎はできないのだろう。ドレークが進むと見事にそのリエアが空いた。

……まぁ、がゆっくり選べるからいいんだ、とそう前向きに考える。

「どれがいいんだ?」
「どれがいいと思う?」

靴のあるエリアにを連れて行くと、ドレークは棚を一緒に見上げながら問うてみた。男のドレークの目にも「かわいらしい」と思える小さな靴が様々なデザイン、色で揃えられている。これだけそろっていればの気に入るものがあるだろうとほっとしていたのに、はこの期に及んでまだ「選べ」という。

「……何のためにお前を連れてきたと思ってるんだ」
「このお店に入るためだよね」
「……いや、それもあるが…気に入ったものがないのか?」

あるいは数が多くて選びかねているのか?と思ったがは首を振る。そしてそれ以上を説明する気はないというようにごろごろ喉を鳴らした。

がいるとはいえ、こういう女物の店にいつまでも居座るわけにはいかないし、営業妨害だろう自覚もあるドレーク。がさっさと選んでくれればいいものを、なぜこんな手間をかけさせるのかとため息を吐く。

選べ、とが言うのだから逆らっても無駄だ。ドレークは先ほどはただ「たくさんあるな」と感心して眺めるだけだった棚を今度は選ぶためにじっくりと見ることにした。

まずは色を決めた方がいいだろう。そうすれば候補が絞れる。

が好む色は赤か白だ。先ほど履いていた靴も赤だからやはり赤がいいだろうか。そうなると並べられている靴の中では三足ある。しかし、その中から選ぼうか、と思ったドレークの目に一足の靴が入ってきた。

「これにするか」
「え」
「俺に決めろと言ったのはお前だろう。嫌なら自分で選ぶか?」

そう言えばが反論することはない。ただ「これ!?」という驚いた顔をしてこちらを見上げてくる。そういう様子が面白くて仕方ないものの、ここで笑えば殴られる。ドレークは棚から片方手に取って肩に乗せたの足に履かせてみた。

「サイズは丁度いいな」
「いや、そうだけど、ちょっと、ディエス」
「あの、お決まりですか?」

具合を確かめるようぐいっと親指の部分や踵の部分を掴むドレークに店員が近づく。そういえば勝手に履いてしまって大丈夫だったのかと改めてドレークは思ったが、店員は気にした様子もなく「履いていかれますよね」とさらに問うてくる。

「あぁ。頼む。それと、この靴の修理を頼めるか」

選んだ靴のもう片方をの足に器用に履かせてから、ドレークは壊れた赤い靴を店員に渡す。踵が外れたため、自分には無理でも専門技術を持っている者が修理できる範囲だろう。店員はにっこりと笑い「15分くらいで終わりますよ」と請け負った。

それでドレークは会計を済ませ、十五分ばかりで済むのならの新しい靴の履き心地を試させる意味も含め街を歩いて時間を潰そうと、を降ろした。

「ディエス!!」
「なんだ」
「確かに選んでって言ったけどこれなぁに!?」

文句を言われるだろうと思っていたが、変なものを選んだとは思っていない。ドレークは納得いかぬ顔のを見下ろして小首を傾げる。

「履き易いだろ?」
「そりゃね!」
「お前は突然走り出すからな、こういうのを履いていた方がいい」
「まさかの運動靴を!?」

ドレークが選んだのは普段が履く靴とは180度違う、機能性重視の運動靴だ。色は白、靴紐なくマジックテープで固定できるというとてもわかりやすい仕様。黒いワンピースにはまったくもって似合わぬがドレークは満足している。

「普段お前が履いているような靴を選んで気に入らず文句を言われるより、文句を言われようとお前は一足くらいこういうのを持っていた方がいいんだからこちらを選んだ」

あと買ってもらっておいて文句を言うんじゃないとしっかり教育的指導も忘れず言い、ドレークはの頭をぽん、と叩く。帽子を返してくれないかと思うが、まぁ、気に入らぬものを宛がった自覚はあるので気が済むなら羽飾りをむしってもいいと諦めている。

「15分ほどでさっきの靴の修繕も終わるそうだ。気に入らないならそっちに履きかえればいい」

まぁ自己満足だ、とドレークは認める。普段からの履物に少々言いたいことがあったのだ。ふらふらとしているが安定の悪いかかとの高い靴を履くのは危なっかしくてしょうがない。歩きにくいから遠出防止という意味をあの大将殿がしているような気もしなくもないけれど、こうして外出している時にうっかり転んだらどうするのだ、とドレークは心配していた。

だから走るのに適した靴を一足くらい持っていろ、という…あれ?なんだこの親心。俺は独身のはずだが、といろいろ思うことがないわけではないが、そんな心持でドレークはこの一足を選んだ。

とん、とん、とん、とが運動靴を履いて軽く飛んだりかけたりしている。履き心地はどうだろうか。眉間に皺が寄っているが、その青い瞳は好奇心で光っている。

こういうものに縁のある生き方ではなかったはずだ。だから興味深そうにしているその姿がドレークには微笑ましい。本来ならのような子供は小洒落た高価な靴よりこういう靴を履いて野山を駆け回っている方が多いはず。

だが一瞬平凡な服装になったを思い浮かべようとしたが、どうも現実味がなかった。まぁ、それはいいとして、案外嫌ではないらしいの姿、くるり、と器用に回ってドレークの方へ帽子を投げてきた。

「返してあげるよ、感謝しなよ」
「あぁ。まさか無事に返却されるとは思っていなかった。それと、人から物をもらったらなんというんだ」
「鳥以外には「ありがとう!」ってお礼を言う」
「…あぁ、まぁ…ドンキホーテ・ドフラミンゴは別にいいか」

海を越えて「んなわけねぇだろ!!」という突っ込みが入ればドフラミンゴは気合の入ったストーカーであると称えられたが、生憎そういう能力はなかったらしい。

はドレークに見せるように両足をそろえて軽くスカートを持ち上げると「ありがとう、ディエス」と素直に頭を下げた。こういう素直さはあるのだ。

「少し歩くか」
「そうだね。あ、ぼくさっきおいしそうなクレープのお店を見かけてね」
「食事は船で用意する。買い食いはなしだ」

以前にも話したが、高額の海賊をどうにかする一番簡単な手段は毒殺やら薬でしびれさせることだ。一般市民を巻き込みかねないことだし、いくらいろんな問答無用能力の持ち主のも毒は効くのだから用心に越したことはない。それでドレークは船の料理人がしっかり管理している食料以外に手を付けたことはなく、またが船に入る最中はにも徹底させた。

もともと味覚のないだ。無理して口にしたいというのではなく雰囲気を楽しみたいというだけであるのでさほど不満は言わない。「ケチ」と一応の暴言吐いて、トン、と一歩前に出るとそのままくるりと回ってドレークに向かい合った。

「これ気に入ったし、さっきの靴、棄ててしまおうか」
「大将赤犬に頂いたものだろう。直せば使えるんだ。ちゃんと持って帰れ」
「この靴、なんで白なの?赤いスニーカーもあったのに」

がやがやと通行人は多いがとドレークは器用に避けていく。離れぬようにとドレークはの手を握った。

「赤い方がよかったか」

の靴は赤い物が多い。しかしスニーカーと言えば白だろうと特に理由なく信じているドレークであったから、赤はまるで眼中になく白いこちらを選んだ。意味があるのかと言われればそれくらいしかない。

そういえば、赤い靴の童話がなかっただろうか。

「あるよ」
「だから、お前は…人の心を読むんじゃない」
「読んでないしー、ディエスがわかりやすすぎるんだしー」

などとお互いお決まりの言葉を言って、それでがドレークを見上げるのを止めて前を見て歩く。ドレークはその赤い頭を眺めながら歩いた。

「あるよ。うん、あったね。赤い靴のお話。まぁ、お葬式に黒い靴じゃなくて赤い靴を履いちゃった不謹慎な女の子が、まぁ、呪われて赤い靴に踊らされて疲れ果てて死にかけるっていうお話で、まぁ、結局その女の子は足を切り落としてもらって義足になって、信仰心を取り戻してハッピーエンドなんだけど、切り落とした足は血をまき散らしながら踊り続けていたよ」
「いつも思うんだが、お前が言うと童話というのは皆おどろおどろしく聞こえないか?」

それと一瞬がまるで見てきたことのような口調になったが、それは指摘しなかった。の過去を聞いても素直に答えが返ってくるわけはないし、関われないとわかっている。

しかしその赤い靴の話。なるほど、たとえばその「物語」が魔女の「物語り(物を語る)」になって現在に至るとすれば、は赤い靴の踵を失って歩けなくなって、それで今度は真っ赤な靴ではなく、飾り気のない白い靴(義足)、という状況になるのだろうか。

たとえばの黒い服は喪服で、それを小馬鹿にするように葬列に参加できぬ赤い靴を履く。だからこそ彼女はますます罪深くなる、という、魔女特有の状況の力が左右するとか、そういうものになっているのだろうか。そんな予感がして一瞬ぞくりとドレークは得体の知れぬ悪寒を感じたが、忍び寄る何かしらを退けるようなの笑い声が上がった。

「ふ、ふふふ、まさか。ぼくなら自分の足を切り落とされても問題ないからね。何にも学習せず変われず赤い靴のまま踊り続けて、」

やはりこちらの心を読んでいるとしか思えない的確な言葉を言いかけてトン、とが躓いた。

いくら運動靴でも石畳の段差があれば躓くだろう。言葉を途切れさせて目を開くをぐいっと引きよせて、ドレークは「大丈夫か?」と確認する。本日二度目の横転は避けられた。

予想していない事態には弱い。それに本日転んだ記憶がさっとフラッシュバックでもしたのか、ぱちくりと瞬きをして、そして眉を寄せる。

「なんだ?」
「……もしさ」

いつまでも口を開かぬに、足を打ったのか?と続けようとすれば、首を振ってがまた歩き出す。前を歩くの足元をドレークは注意して見ていることにして少し後ろを歩いた。先ほど巻いた白い包帯が変わらずあって、意味のないことだとわかっていても続ける自分を、はどうとらえているのか考えた。

「もしさ、ディエス」
「なんだ」
「もし、ぼくがさ、まぁ、本当に「もしも」なんだけど、本当にただの子供で、こうしてきみの手を握って一緒にショッピングをしてたら、それって、どういう感じかな」
「今と変わらないんじゃないのか」
「そうかな」
「そう思うが」

違うのか、とドレークは逆に聞いた。別にドレークはが赤い靴の童話になぞらえて赤い靴を履いていようと、その服の意味が喪服だろうと、それでもやはりは自分には子供にしか見えないわけで、たとえ足を切断されても修復するような人間離れした化け物の親戚であっても、というか、実際のところそれが事実なのだろうが、しかし、それでどうなるとは思っていないし、思えないのだ。

「あ、いや…お前がただの子供となると海賊の俺と関わるのは危ないんじゃないのか?親が心配するだろう」

そもそもその場合はどういう出会い方になるのだろうかと、それなりに納得のいくものをドレークは考えてみるがどういう出会い方をしても、結局変わらない気がする。たとえばの性格が今より少し思い遣りを持っていたらドレークの胃は胃薬常連にはならなかったんじゃないかとかそういうのは思うが。

あれこれ悩むドレークを放置し、が片足を軽く曲げて自分の包帯に触れる。

「今でも何の間違いもなく、ぼくを取り巻く悪意は続いてる。ぼくに与えられるものも変わってない。でもね、ディエス、ねぇ、ディエス。ぼくはね」

傷を負ってもすぐさまに元通りになるにしっかりと包帯を巻く。時折ドレークは思うのだ。たとえ体が治ってもその内側はどうなのだろうかと。傷ついた過去がないように扱われても一瞬確かに感じた痛みは自身記憶しているはずではないのか。そして、普通なら負った傷をゆっくりと癒し、あるいはその場所を庇って生活し得る変化がその身の内をゆっくりゆっくり労わって治すだろうに、にはそういうものがない。だからその内側はおぞましいことになっているのではないかと、そんなことを思うのだ。

大通り、どこかの子供が手放した風船だろうか。空に上がっていくその真っ赤な風船をがついっとなんとなしに見上げて、それでドレークも視線を追う。少し空気が変わった、雨が降るだろうか。そんなことを感じ、そして再びに戻す。

「きみがいると、ぼくは、世界は思うほど酷くないって、そう思えてしまうんだ」




(たぶんぼくはきみが好きなんだろうね)



Fin



(2011/04/05 19:24)

補足:前半部分はドレークを好きだと自覚して、それで「世界って自分の見方次第で案外優しいのかもよ」とキキョウさんに言いに行こうとして上手く説明できなかったさんです。
この好きは恋愛感情かもしれませんが、だからと言って「性交渉したい」とかそういう生々しい感情は伴わない、まぁ、初恋みたいなもんです。