「痛いよっ!!」
クザンがいつものように仕事をサボって(本当、お前大将か?)ひょこひょこと海軍本部、奥にある中庭を歩いていると、どこからかか聞こえてきたの叫び声。悲痛な叫びというわけではないのだが、一応大将として魔女の安否は常に気遣わねばならぬという義務と「え、なに、ちゃんのピンチ?誰よ虐めてんの」と少々物騒な思考からクザンはきょろきょろをあたりを見渡し、そして、できれば見なかったことにしたいと心の底から思った。
「大人しゅうしちょれんのか、おどれ」
「だって!だって!痛いんだもの!もうちょっとソフトにやって!」
「この程度堪えんか、バカタレ」
などと言い合うのはクザンの同僚の一人である赤犬サカズキと、海軍本部の魔女こと。その二人が中庭の白いベンチに収まっていた。
「………何してんの?お二人さん」
気づいてしまった以上とりあえず声をかけずにはいられない。クザンは関わりたくないと必死に訴える自分の脳内とは反対に、やっぱり声をかけひょいひょいと二人に近づいてみる。
引っ張るのもなんなので、手っ取り早く状況を説明しよう。
午後の日の暖かい海軍本部、奥の庭。白いベンチに白いブランコ、大きな木が木陰を作り、と絶好の休憩スポットで、魔女の出没率が高い場所としても有名。そのため「あの魔女の恰好の標的になってたまるかッ!」と将官の利用は全くないその場所で、現在サカズキがベンチに腰掛け、その余ったスペースにがごろりと横になりサカズキの膝に頭を預けている、という、そういう体勢。
「クザン、おどれ仕事はどうした」
「あ、クザンくん。仕事しなよ」
「うん、そうだね。なんかお前さんたちに遭遇するってわかってたら絶対真面目に仕事して出歩かなかったのにおれの馬鹿!って今すっげぇ反省してるわ。っつか、何してんのお前ら」
とりあえずクザン、二人に挨拶を返すため手を上げつつ、それ以上近づきたくないのでぴたり、と立ち止まった。
「見てわからんか」
「いや、わかるけど、わかりたくねぇっつーか」
「サカズキに耳かきしてもらってるの」
うん、できれば直接的な言葉で言わないで欲しかった。
相変わらずサカズキの膝に頭を預けたままがのんびりと答える。
え、なにこれバカッポー部屋?と確認したいが、生憎今回の話のカテゴリーは標準設定だ。二人の間に特に色ボケオーラも出ておらず、サカズキの態度は「なぜわしがこんな面倒なことを」というように苛立っているし、もで「なんでこんな目に!」というように理不尽がっている。
しかしいくら双方が不承不承と心根で思っていようが、はたから見てどうしたっていちゃついてんじゃねぇよこのバカップルが!!としかならないのではないか。そんなことを真面目に考えクザンは一人うんうんと唸った。
「一応聞くけど、なんでンな展開?」
つい先日まで殴る蹴るがコミュニケーションだというようなバイオレンスご関係だった二人が、いったい何をどう間違えればこんな羨ましい展開になるんだと、クザンは今後の参考に問うてみた。
するとサカズキの方は眉間に皺を寄せ、は、なぜか赤面した。
「………」
あれか?やっぱりこれバカッポーなのか?
関わらない方がいいんじゃないかと果てしなく嫌な予感ばかりがし、クザンは一歩後ずさった。
「……や、ま、まぁ、なんでもいいけどさ。もう二月になるんだし、外出て体冷やさないようにね、ちゃん」
よし、いろいろ疑問はあるが関わらないでおこう。きっとそれがおれにとって一番いいんだ!と、そう思ってクザンは会話を切り上げようと早口で捲し立てた。しかし、するとががばっと身を起こしてクザンの方に駆け寄ってくる。
「そうだよ!別にサカズキじゃなくてもクザンくんにしてもらえばよかったじゃん!!クザンくん!ぼくに耳かきして!!!」
「え、ちゃんおれに死んでほしいの?」
こちらの足にひしっとしがみ付いたちみっこいの背後で、「ほぅ…」と、なんだか目を細めいろいろ煮えくり立ち始めたサカズキと目が合い、クザンは顔を引き攣らせた。
時には臆病者にもなるよ
とりあえずクザンを原型とどめなくなるまで蹴り飛ばし(どうせ氷なんじゃからえぇじゃろう、というのがサカズキの言い分)サカズキはを再度膝に押し付けた。
「やっ、ヤダ!クザンくんにやってもらうからいいって言ってるのに!!」
「黙れ動くな刺されてぇんか」
不本意ながらの耳掃除を再開してやろうというのに、まるでありがたみも感じぬ様子のが暴れる。抵抗できなくなるよう首でも絞めるのがいいのかとそんな物騒なことを考えサカズキは眉を寄せると、さすがに長い付き合い、その雰囲気を察したがぴたりと大人しくなった。
「……や…だって、サカズキ、くすぐったいんだよ!」
「耐えろ」
「苦行!?耳掃除してもらってるだけなのに!!」
動かぬが文句は言う。
やはり動けぬまで蹴り飛ばすかと、どうしてそういう発想にしかならないんだこの暴力亭主。サカズキはとりあえずの首根っこを抑え込んでから再度耳かきを耳の中に差し入れる。暴れて耳の中に刺さっても面倒なのでそれなりに気を遣いそうっと入れたが、やはり異物が入り込むのは肌に感じるものがあるらしく「…っ」とが短く息をつめた。
「っていうか……なんでぼくがこんな目に」
「黙れ」
動かぬようは自分で自分の腕を強く掴み何事か耐えている様子ではある。一応の努力は見られるのでサカズキも乱暴な解決策は一時脳内からうっちゃることにした。それで太陽の明かりを頼りにごそごそと耳の中を探ってみる。
なぜこんな目に、とは恨みがましく言うが、サカズキとて「なぜわしがこんなことするハメに」と不平を漏らせる立場だと思っている。
ならやらなきゃいいじゃねぇか、と、誰か突っ込んでやって欲しい。しかしそう突っ込んでもサカズキは「わしがやらにゃ、誰がやる」とまるで無自覚に白々と返すのがオチだろうけれど。
簡単に言ってしまえば、は自分の耳掃除というのが苦手なのだ。しない、無精、ということではない。几帳面な性格というわけでもないのに耳掃除に限ってはやりすぎてしまうらしく、炎症を起こす。ドレークが海軍にいた頃は風呂上りにこまめにドレークがやっていたようだが、今はおらぬ。それで暫くが自分でしていたが、曰く「どこまでやればいいのかわかんない」とのことで、やりすぎていた。
さすがのウンケの屋敷蛇もそういうダメージまで即座に修復!とそういうことはせぬらしい。
それで「仕方なく」サカズキが引き受けた。ほかの誰ぞに任せる、という選択肢は当然この男にはない。
一応サカズキの「正論」もある。
魔女は油断できる相手ではなく、のんびりとした姿であっても人をいつ呪い殺すかわからぬもの。それであるからその肌の一切に接触させるのは「危険」だではないか。などと、そういう「正論」らしい。
だから誰か突っ込んでやれ。
さて、それはさておき、一通り掃除が終わると、サカズキは一度竹の耳かきを外し、の横たわる方とは反対側に置いた耳かき道具に手を伸ばすと、その中から柔らかな綿の付いためん棒を取り出し、片手で小さな缶の蓋を器用に開ける。中のクリームは耳掃除に使用するもので、めん棒につけてやればすっきりするのだ。
「……」
あまり痛いと騒がれるのも鬱陶しい。それで力を籠めぬよう慎重にしていたが、それにしてもが静かすぎやしないだろうか。ふと気づき、の耳に向けていた意識を顔全体に向け、サカズキは眉を寄せた。
「……アホ面じゃのう」
頭をこちらに預け四肢の力を抜ききって、すやすやと寝息を立てる幼い顔。痛い痛いと言いながら、結局なんだか心地良くでもなったのか。
耳をあらわにするためよけていた髪が頬に当たっている。気づいてサカズキは髪を払った。長い前髪は、いつ見ても鬱陶しい。それでも切ったところで長さは変わらぬのだ。ピンで留めさせて額を開かせたこともあるが、クザンがわめくので結局元の通りになっている。
「………人に面倒を押し付けて、おどれは一人昼寝か」
その静かな寝顔に目を落とし、サカズキはぽつり、とため息交じりに呟く。文句を言うわりにはその声音は控えめすぎて、の眠りを妨げるには不十分だ。
何か掴むものが欲しかったらしく、サカズキのスーツの端を掴む手が時々にぎにぎと動く。赤子が気に入りのブランケットを掴まねば安心して眠れぬような、そんな仕草に似ていた。
伏せられた瞼、そのふっくらと盛り上がった瞼の白さ。降りるまつ毛は赤味を帯び、しかしはっきりと影を落としている。その瞼が開き瞳が露わになったとしても、けしてその青の瞳は人と目を合わせはしない。魔女とはそういう生き物で、それをサカズキは頭の中に思い浮かべながら、妙に気をひかれ、の瞼に触れた。
「………」
触れるのは初めてではないというのに、ぴりっとした、何か、痛みのようなものがサカズキの指先に走る。肉体的なものではない、精神的な痛みだというのが聊かサカズキの神経を苛立たせた。
このまま立ち上がってを落とすか、とそういうことを考える。人に耳掃除なんぞさせて自分ひとり気分よく寝入るなんぞ、罪人風情が身の程知らず。そう、罵り上げることはたやすい。けれどサカズキは、なぜだか妙に腰が重くなり(名誉のために言うが、歳ではない)急ぎの仕事もないのだと自分で自分に言ってみる。
肌寒い風が吹いたので、肩にかけていたコートをの体にかけた。自身の体温を程よく上げれば十分暖を取れる。
目を細め、眠りにつくの幼い顔を見下ろす。膝の上にある小さな頭。コートにくるまり、サカズキの上着の裾を掴み、寝息を立てている。その頬、鼻筋、唇にゆっくりと触れながらサカズキは手袋を外せぬ己を、らしくもなく「臆病風に吹かれたか」と、そのように自嘲した。
Fin
(2010/01/19/18:38)
補足:組長は、自分が触れば火傷させるんじゃないかと、時々手袋を外さず触ることがあるといいと思いました。触んなきゃいいんじゃね?などと突っ込んでください。
基本組長は一人きりで夢主に向かうと、ちょっぴりヘタレるというのを2011年は目指します。
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