船を向けること二日後、たどりついた海に浮かぶキラキラ、輝く一隻の船。眺めては、とりあえず笑った。
さすがゼフくんである。目の前に見えてきた、のは魚の形のなかなかファンキーな船。どう見ても海をナメくさっているとしか思えぬ飄々とした船だが、その実船長は海をよく承知、というそのアンバランスさがには一層面白いもの。
デッキブラシに腰掛けていち早く船を確認してきたは甲板に並ぶ仲間たちに合流した。
「ほらほら、見えてきたよ、レストランバラティエだって」
「おぉお、でっけぇ魚!」
「ステキじゃない」
口々に言いながら、それぞれの思惑を秘めて船が進む。グランドラインの入口近くのこの海に浮かぶ、魚の形に良く似た船。知る人ぞ知る名レストラン。陸の五つ星レストランなど目ではないくらいに一流のコックが腕をふるう場所である。
店ができたのは随分と昔なのだが、実は、まだ一度もこの店に来たことはなかった。
偉大なる航路の近くにある店だから海軍海兵の利用する確率も高く、是非ドレークの給料日前に奢らせたいと思っていたものだ。だが一応、元海賊がコックをしているので将校らが堂々と利用するわけにもいかず、赤犬などが「ちょっと行きたい」と言う前に持ってきた雑誌を燃やした。そしてその数日後ドフラミンゴにそこへの食事に誘われても雑誌を燃やした。そういういきさつがあって行きそびれてしまったところだ。いやぁ、残念。
(ま、まぁ……サカズキの場合は違う理由からかもしれないけど)
そのくらいの自覚はある。サカズキ、自分の作ったもの以外をが食べると、普通に怒る。外出している時は仕方がないのだが、まぁ、それはそれ。は思いだしてにへら、と笑った。基本的にには味覚というものがない。味はわからないのだが、においや雰囲気は楽しめる。そして何よりも、誰かが自分のために作った、ということがうれしいのだ。
「、降りとけ」
「うん?」
思考にふけるの腕をゾロが引っ張った。言われるままに甲板に下りて、そのとたん振動。
またこの展開か!?と大砲のある方向へ視線を向ければ、そこは無人。あれ、またルフィたちがいたずらをしている、というわけではないのか。
それで不思議に思っていると、視界が曇った。
「うあぁお」
そこで見える、大きなカモメマークの立派な船。
は素直に顔を引きつらせた。
いつのまに近づいていたのか、海軍本部の船が一隻、ゴーイングメリー号の隣にあった。海軍の船はそれぞれ支部、本部のものであるかどうかと一目でわかるようになっている。見慣れた本部の船にはぞっと身を凍らせた。
「な、なんだ、こんなところで海軍の船!!?」
「…いつのまに……!!?」
慌てるウソップとナミの声。だがの方が大慌てである。一応、海軍の迎えの船には影武者としてイリスを乗せて時間稼ぎはした。だが、がその船に乗っているかどうかなどサカズキやクザンには容易くばれているだろう。
いろいろ後ろめたいことのある分、海軍の船に出くわしたは相当慌てた。まずい、まずい、とってもまずい。もしも乗っているのがを知る海兵なら、とってもまずい。
今すぐデッキブラシで逃げだしたい衝動に駆られながら、とりあえずじぃっと、船を見る。
「見かけない海賊旗だな」
ゆっくりと現れたのは、仕立ての良いスーツ姿の、金髪の男性。いかめしい顔つき、だが己の武力、権力をよく承知で誇る顔。隣には豊満な体に真赤なドレスの美女が伴われている。は即座に判断した。
(よし!小物!!!)
全く持って失礼である。
名乗りを聞く前にそうと判断した、なにも無礼の極みではない。基本的に海軍本部の正義の海兵、真夏だろうがなんだろうが例の正義のコートは必ず羽織る。休暇中であっても海軍の船で移動しているのならけじめとしてコートの着用は絶対だ。そのコートを羽織ることが正義を背負う己の、それが誇りではなく、覚悟の証なのだという。
この男の階級は知らないが、海軍の船を使用している最中に私服で女性をはべらしているのは、の経験上、小物である。
「俺は海軍本部大尉、鉄拳のフルボディ、おい、船長はどいつだ」
そんなの考えなど知らぬその海兵、高々に己の階級、名を宣言してこちらに問うてくる。聞いてもやはり、にはきき覚えのない名前だった。時折の特例はあれど、基本的にが接触するのは准将以上の海兵である。大尉と云う位がどれほど高いのかにはわからないが、しかし、常に大将の傍らにいて守られているからすれば「小物」と判断されても仕方はない。
(うん、これなら堂々としてても平気だね。よかった、サカズキのところの海兵とかじゃなくて)
ほっとは息を吐いて、なにやらやりとりをしているわが船長を眺める。
「おれはルフィ!海賊旗は一昨日作ったばかりだ!!」
はい、ちょっと待って。そこは堂々と言うところではない。
一応突っ込みを入れたかったが、まぁ、それはそれ。相手の海兵もあきれたようだ。バカにしたようにルフィたちを一瞥して(は一瞬カチン、と顔を引きつらせたが、ここは黙った)から隠れているヨサクとジョニーに視線を向ける。
あの二人、海軍の船の接近に気付いて早々に隠れた。何しろ、二人は賞金稼ぎである。海賊との仲を疑われるようなことがあれば今後の仕事に響くもの。それが分かっているから誰もその行動を非難はしなかったのだが、フルボディの目が、侮蔑をはらんだ、汚いものでも見るような、簡単にいえば、ありきたりな海兵の目になった。
「……そっちの二人は見たことがあるな。確か二人組の小物狙いの賞金稼ぎだったな。ついに海賊に捕まったか?」
ルフィたち少年少女のあつまりの海賊団は「児戯」のようと歯牙にもかけないが、仮にも政府の機関に出入りする賞金稼ぎ、こんな小さな海賊団とかかわり合いがあるのかと、小バカにして見下す目。ぎりっと悔しさでジョニーが歯を噛み締めた。
だが相手は海軍本部の船、騒ぎになればゾロたちにも迷惑がかかると、耐えているらしい顔。は素直に感心して成り行きを見守った。
「ねぇ、早く行きましょうよ、フルボディさん」
何やら一触即発な雰囲気を感じ取ったらしい。フルボディの傍らの美女がとりなすように微笑む。彼女の目からすれば、海軍大尉であるフルボディがここで争い、小さな海賊団を沈めるなどわけはないことと、そう見えた。だが、見る限りまだ若い少年少女の海賊団を海軍大尉が相手にするなど、大人げないとそのように映ったらしい。女性のわがままの延長、のように笑顔を浮かべて艶を出し、そっと腕を引く。
「あぁ、そうだな」
女性の思惑など知らず、ただせかされたと感じたらしいフルボディは美女に微笑み返してその腰を取った。完全にヨサクとジョニーの存在を無視するその行動、ジョニーがついには叫んだ。
「これが小物狙いの賞金稼ぎの仕事か!!!?」
バッ、とあたりに散らばる賞金首の手配書。ばらばらと散っていく様を眺め、たのはたちだけだ。フルボディは振り返ることもせず、ただ短く近くの海兵に命じる。
「目障りだ、沈めろ」
はっと女性が顔を上げたが、こうなってはもはや彼女にできることはない。
「さぁ、行こうか」
完璧なエスコート、ゆっくりと歩きだす海軍大尉に連れ立って、女性も歩き出した。一度ためらうように後ろを振り返ったが、フルボディの視線を受けて微笑むときは、ただの美女のものとなる。