「って、そうじゃねぇ!!!なんなんだ畜生!!!てめぇ、何の恨みがあって俺達を狙うんだ!」

このままほんわか鷹さんと魔女のほのぼの展開に突入しても、それはそれで海は平和なのだけれど、そうもいかぬ世の勢い。とりあえず、クリーク海賊団の戦闘員が一人、立ち上がってミホークに怒鳴り散らした。相手が世界最強の剣士、鷹の目のミホークであることはたち振る舞いからも解るもの。しかし今、どう見ても幼女だろう少女に甘い顔(…いや、結構表情は乏しいが)をしている様子から多少の侮りは芽生えたらしい、勇気を振り絞って、鷹の目に向かい合う。

「暇つぶし」
「ふ、ふざけんな!!!」

問われたことに、なんの嘘偽りなく答えたミホーク。腕の中におさまったすら、その回答には顔をひきつらせた。暇つぶしで自分の船がまぷったつにされたらたまったものではないだろう。ミホークとてそれはわからなくもないが(一応常識はある。自分の行動に適応させないだけだ)海賊は誰に何をされても文句はいえぬのだからしょうがないとそういう男だ。

予想通り怒り狂った戦闘員が此方に二丁拳銃を向けて引き金を引く。ドドン、と重なる音。しかし弾丸はミホークにもにも当たらなかった。と言って、相手の腕が悪かったわけではない、こちらの頭を正確に狙っていた。

「は、ハズれた!!!?」

どよめく周囲に、すっと、立ち上がる人影がある。切っ先で弾道を変えたに過ぎぬ。ミホークにとっては手品程度のものでもない。この海であればそれが見える者もそうはおるまいと、興ざめした思い。とりあえずはに怪我がないことを確認して、撃ち込んできた海賊を睨みつける。

「このような幼い少女に凶弾を放つとは、その腕いらぬと見える」

だからどんだけ過保護!!っていうか狙われたのはお前だボケ!と突っ込めるものは生憎いない。いや、ゼフだけは、デッキの手すりに半身を預け、「……だからここはグランドラインじゃねぇんだぞ」と片手で顔を覆い俯いている。

ミホークが低い声でそう宣言すると同時に、銃を構えていた男の腕がどさり、と落ちた。それと同時に響く男の絶叫。すっと向けられた斬撃によって両腕が切り落とされた。勢いよく溢れる血が海に流れ出て赤く染まる。

ゆっくりとミホークは立ち上がり、その男の首に切っ先を向けた。

「あの世で悔いるがいい」
「ちょっと待て!!!あんたに手を出して斬られるっつーなら話はわかる!!だがなんでそんなガキのために殺されなきゃなんねぇんだ!!!!?」

今にも殺されそうな、ただ後悔と恐怖を与えるためだけにわずかに生かされているに過ぎぬ、という態度を突き付けられて男が叫んだ。それもかなり無理からぬ訴えに、思わず周囲も「うんうん」と頷く。しっかり大事にミホークに抱きかかえられたと、ミホークだけは「何をわかりきったことを」という顔をしているのが、本当非常識である。

「おれを狙う分には構わん。そんなことでいちいち命を奪うようなバカなマネはせん」
「キリないもんね」
「だがそなたを狙う者におれは容赦しない」

言いきった。おもいっきり言い切った。ここは東の海、グランドライン、海軍本部からはかなり離れた場所と、そういうだけあって鷹さん普段赤犬がいるため(の身に八つ当たりされぬように)押しとどめている本音をあっさり暴露している、ような開き直りっぷりである。正直に言われ、真剣な目に自分をうつされての目が丸くなった。普段自分に甘いのがミホーク、とそれだけがの認識であるのだけれど、今かなり真面目に告白されて、若干頬が染まる。

(……だからなんだこの展開は!!お前らそういうことはグランドラインでやれ!!)

突っ込みを入れるには年をとりすぎた(言い訳)赤足のゼフの正直な感想。

このままさんと鷹さんのマイワールドに突入してしまうのか、とそういう段階。とりあえずミホークは先ほどの海賊の首をさっさと飛ばしてしまおうと剣を向けた。と、そこに、立ちはだかる芝生頭が一つ。

「おい!アンタ!!」

なんだか妙な展開になりそうなところを、必死にシリアス路線に軌道修正。

「あ、ゾロくん」

すっかり思考がグランドライン向きになっていた、やっとゾロや他の人間を思い出したらしい、きょとんとした顔をゾロに向ける。珍しく名前で、海兵でもない人間を呼んでいるにミホークが興味を持ったか、ゾロを一瞥し、そしてを見降ろした。

「そなたの知り合いか?」
「うん、ぼくがお世話になって海賊船の剣士さんだよ」
「そうか」

あの男が知ったら直接討伐されそうだ、と思いつつミホークは黙った。がそうすると決めたことなら自分が何か言うこともない。そういう諦めなのか、甘やかしなのか人によって判別の異なるものがミホークのスタンス。を一時的にとはいえ預かるだろう剣士、もう一度眺めてミホークは目を細めた。

「その剣でこの船も斬ったのかい?」
「いかにも」
「……なるほど、最強だ」

刀を三本刺した剣士。それならこの海で多少は名のある、あの海賊狩り、という賞金稼ぎだろうとミホークは即座に判じた。格下に興味はないが、それでも最近名をあげている若い力ということで小耳にはさんでいた。確か海軍の間ではこの男が賞金稼ぎで終わるくらいなら、そして海賊に引き抜かれる前にこちら側に入れてしまってはどうだ、とそういう話が出ていたくらいである。こうして海賊団の一員であるのならそれはもう手遅れだが。

「おれはアンタに会うために海に出た」

その若い力。そして何より、が海賊船に乗ることを決めた、とそれがミホークには面白い。海賊王の死後、そしてそのあと造船技師、司法官の死と相次いで親しき友を失い続けたは誰かと関わることを疎むようになっていた。それがほんの7,8年前に赤犬、あの大将だけを選んだ。その関係は破滅への願いでしかなく、を知るものは断固として成就させてはならぬ二人の約束。だが入り込む隙など皆無であったこの8年。があの男の元を離れ、そして、海賊の船に乗っていると、それが興味深かった。

「何を目指す」

それでは、この、が関わる決意をしたという剣士はどれほどのものかと、そういう興味。けしてこの男自身にへの興味ではない。が、という前提にしても、ミホークは久方ぶりに以外の人間に対して興味がわいた。それで問うと、緑の頭の子供が答えた。

「最強」

文字にすればたった二つだけの単語。しかし求めるにはあまりにも険しき道。そしてそれを得ようというのなら、まずこの己を倒さねばならぬこと、それを承知であるからこその挑みである。ミホークは三本の刀、一本はミホークも眉を跳ねさせるほどの名刀であるとわかるがうち二本は無名。刀の差し方、そして歩き方からある程度の技量は知れた。

「ヒマなんだろ。勝負しようぜ」

この男は弱い、とそう即座に判じる。抜き身の刀のように鋭い野心をあふれさせているが、まるで己には及ばぬ。ミホークは剣士の挑戦をこれまで数々受けてきた。最初のうちはどんな者の申し出も受けてきたが、いつからか、最強、とその名を冠したころから何もかもが退屈になった。まるで相手にならぬ人間相手にふるわれる剣ほど空しいものはない。

「先ほどまでは暇だったがな。今はの相手をして手いっぱいだ。あとにしろ」
「堂々と何言ってやがんだ!!!?」

周囲の突っ込みなど誹らぬ顔で、ミホークはの柔らかな頬をふにーと伸ばす。がむっとした顔をするが、そういう顔も愛らしいと、本当眼科への予約はない男。

「おれは弱き者にはまるで興味がない。せっかく予期せぬ時にに会えたのだ。その時間を無駄にはしたくない」
「フザけんな!おれはアンタと戦うために、今ここにいる」

まるで相手にする様子のないミホークに、ゾロが刀を抜いた。ザン、と凶刃が向けられ、ミホークはため息を吐いた。

「……いっぱしの剣士であれば剣を交えるまでもなくおれとぬしの力の差を見抜けよう」

それで、この己に剣をつきたてようとする、その心はどういうものなのか。この子供が、自分の力を過信しているようには見えない。この己のことも、自分よりは強い、と漠然とは理解しているだろう。どれほどの距離があるか、それはわからぬようだけれど、しかし、それでもどちらが強いか、はわかっているはずだ。

とん、と、ミホークは足場の比較的安定した船の残骸の上に移動した。は状況を察したかデッキブラシで奇妙な魚の形をした船へ飛んでいく。確かあの船はレストラン・バラティエとかそういう名前であったか。ミホークも記憶にある。一昔前の海賊、赤足のゼフが営む場所だった。そこならばの身も安全だろうと判じ、同じくこちらに来た海賊狩りに向き合う。

と旅をしてどれほどになる」
「今関係あんのか」
「ここで貴様を殺してに恨まれたくはない」

実際恨まれることなどはないとわかっているが、念のために聞いておく。するとピクン、と海賊狩りの眉が跳ねた。こちらの言動に何か言いたいことがあるだろうが、しかしぐっと堪えるような顔。

「じゃあ安心しろ。俺はあいつを仲間とは思ってねぇ。あいつも同じだ。違うか?あいつは笑いながら、誰にも心を許しちゃいねぇ。俺が死のうが生きようが、まるで興味ねぇだろうよ」

ミホークは目を細めた。なるほど、愚か者ではないようだ。それがわからぬばかりににいらぬ傷を負わせる者が後を絶たぬのだ。ちらり、とを見ればじっとこちらを眺めている。興味はあるのかないのか、判じかねるもの。いや、が本当に興味があることなどこの世には少ない。自分がその一つになっている、という慢心はミホークにはなかった。

対峙して再度剣士を見つめた。

「なぜおれに挑む」
「おれの野望ゆえ、そして親友との約束のためだ」

ドン、と言い放つその青年。ミホークは首から下げたナイフを抜いた。





***



「男の子って、バカだよね」

手すりに腰掛けて足をぶらぶらとさせながらは呆れたように息を吐く。海賊狩りと鷹の目、どちらがどちらか、などはっきりきっぱりしている。この場にいるほとんどはその判断がつかぬのか、これからどうなるのかと固唾を飲んで見守っている。それがには呆れてしょうがない。仮にも世界一の大剣豪と呼ばれる男。この平和そのものの海でも最強、になっていない駆け出しの剣士にあっさり負けるはずもないだろう。実力、うんぬんもあるが、それが世の勢い、というものだ。さしたる心配ごともにはなかった。ここでゾロが死のうがなんだろうが己には興味のないこと。それで、この場で唯一己の今の感情をわかるだろうゼフに呟けば、ゼフが眉を跳ねさせる。

眼前ではミホークがナイフしか使わぬことに腹を立て、ゾロが果敢に挑んでいた。それでもまるで子供のようにあしらわれる。三本の、凶暴な牙をもってしても鷹は捕らえられぬ。

「だって、そうでしょう?ゼフくん。ゾロくんは弱いよ。すっごくね。うん、多少は強いのかもしれないけどさ、今の彼なら、シィの方がよっぽど強いよ」

親しい友、女海兵の名はゼフは知らぬのだが、それでも海軍内の手誰の話であるとはわかったらしい、ふん、と鼻を鳴らしての頭をくしゃり、と撫でた。

「くだらねぇか。魔女の目には」

ドン、と、ゾロが刺された。しかし引かぬ様子に、ミホークが何か言葉をかける。この位置からは聞こえぬが、しかしぽつり、とゾロがそれに言葉を返したことだけはわかった。

「死ぬことより負けることの方が嫌なんだって」
「バカだって思うのか」
「残されるのは、いつだって女の子だよ。取り残されるより、無様でも生き残って、ずっと傍にいて欲しいって願い、男の子から見たら、それはバカなんでしょう?」

聞こえずとも、何を言っていたのかくらいの見当はつく。はとても嫌な気持ちになった。先ほどまでゾロにはまるで興味を持っていなかったミホークが、面白そうに口元を歪めるのが見える。が一緒にいる剣士、ということで、最初ミホークはゾロに興味を持っていた。しかし今は、そうではない。一人の剣士として、ゾロに興味を持っている。それは良いことのはずだった。シャンクスが片腕を失ってから、ミホークは世にほとんどの興味を失っていた。世捨て人、とさえ言えるような生活をしていて、まだ若いのに、とはいつも気がかりであった。それが今、新しい輝きを見出している。

それなのに自分は今、とても嫌な気持ちになっているのだ。

(ぼくって身勝手)

今はゾロが負ける。それははっきりとしていた。しかし、いつか、きっとゾロはミホークを超えるだろう。それがわかった。それがどれほどのときなのかはにもわからない。半年後か、あるいは二十年後か、わからない。それでも、世の道理。頂点に立つ者は必ず、誰かに敗北する。永遠などない。王は、倒されるためにいるのだ。

ミホークが負けてしまうような日が来たら、今のの世界が崩れてしまう。の世界。ずっとこのままでいてほしいと、願った世界。七武海はの知る7人で、大剣豪はミホーク。ドフラミンゴは水面下で動いていて、くまは革命軍としての本分を失わない、モリアーは相変わらず臆病で、ジンベエは海賊が嫌い、ハンコックはあの気高さを変えぬまま、クロコダイルは夢をあきらめている。それで大将は3人で、が知っている3人、そのまま。その、世界が何も変わらなければいいと、そう思っている。

そう言えば、先日ゾロに「お前の願いはないのか」と、そう聞かれたことを思い出す。あの時はない、と答えたが、しかし、仄暗い魔女の願いとして見れば、それこそがの願い。

ずっと変わらず、このままでいて。

そんなの無理だって、わかっているのに。



***



ミホークは、久しくない高揚感を覚えていた。剣を交えたこの子供。狂暴、獰猛な剣をふるう。これではを守り切れぬだろうとそんなことをギリギリまで考えていた。しかし、心臓を狙い繰り出した一撃、退かぬまま立ちすくむ剣士を見て、ミホークの頭から、のことが消えた。

ただの剣士として、目の前の少年を見る。

「ここを一歩でも退いたら、何か大事な、今までの近いとか、約束とか、いろんなモンがへし折れて、もう二度とこの場所へ帰ってこれねェような気がする」
「それが敗北だ」

容赦なくミホークは告げた。剣士として、剣豪として剣を握りしめたその日から、退くことなど許されない。「次がある」という考えでは上にはいけない。常に、今しかないと剣をふるう。逃げる場所などない。逃げれば、もう二度と前へは進めない。逃げてもう一度剣を手にしたところで、それは剣士ではない。剣士であった、見苦しいものになるだけだ。

「じゃぁ、尚更、退けねぇ」
「死んでもか」
「死んだ方がマシだ」

敗北よりも、死を取る。何と言う強い心力かとミホークは目を見開いた。剣の腕前が剣士としての強弱を判じるものではない。心がどうか、が剣の道である。

「小僧、名は」

その定義で言えば、この子供は久しく見ぬ「強き者」であった。ミホークは背の黒刀を抜き、構えた。

「ロロノア・ゾロ」
「覚えておこう。そして、剣士たる礼儀をもって、久しく見ぬ強きもの、貴様をこの黒刀で沈めてやる」

ミホークの頭には、今のことはなかった。この剣士を殺したらどうなるかや、この戦いをがどう見ているのか、そんなことは、考えていなかった。久しく会わぬ、良い剣士。剣士としての礼儀ゆえ、この剣士を切る、とその決意。

「散れ」

前に大きく踏み込み、剣をふるう。負ければ死、勝てば世界一のその二つ、それでも青年は逃げも、ひるみもせずに剣を構えた。

「三刀琉奥義、三千世界」

ドン、と、ミホークが、殺そうと繰り出した一撃と、ロロノア・ゾロの最後の攻撃がぶつかり合う。ミホークの一撃はロロノアの剣を二本倒した。しかしロロノア本人にまでは届かぬ。最後の一本の刀、白い拵えの刀はミホークの一撃に耐えた。

受け止めたのだ。ミホークの、今の攻撃を。

それは驚愕に値することである。ミホークは刀もろともロロノアを切るつもりだった。しかし、この剣士、この、青年、この、ロロノア・ゾロは、受け止めた。もちろん完全に防げたわけでもなく、前に傷を負いはしたが、しかし、致命傷ではない。

ミホークは驚きつつも、返しの刃を振る。背に切りつけるつもりだったが、やおら、くるり、とロロノアが振り返って両腕を開いたまま、立つ。

「何を…」

するのか、とわからぬミホークに、ロロノアが答える。

「背中の傷は、剣士の恥だ」
「見事」

素直に言葉が漏れた。そして、そのままミホークは剣を振る。麦わらをかぶった子供の叫び声が聞こえた。











Fin