バスタイム
「た、ただい、ま……つ、つかれた……」
ばたん、と、倒れこむように執務室に入ってきたのは、今日も今日とてシィの鬼の訓練を終えたである。シィはクザンのところの海兵。美人で強く、気高く、黒い髪のとてもステキなお嬢さん、だが、その「鬼教官」ぶりが、いろんなものを台無しにしている。彼女に淡い恋心を抱いた多くの海兵が鼻の下を伸ばし彼女の訓練を受け、ものの見事に散っていった。まぁ、それはどうでもいいのだけれど。
赤犬の執務室。定時は少し過ぎたが、まだ仕事していたらしいサカズキ。手に持った書類にサインをしてから、ソファに沈み込んでいるをちらり、と眺める。
「今日はどこまでいった」
「ん、ランニング30周…」
「……」
「ごめん…」
それだけ、という自覚はもちろんにもある。一日かけてそれしかできない自分。なんども何度も倒れて、シィにも迷惑をかけた。いや、彼女楽しそうに笑っていたが…。
サカズキはきっと呆れているのだろうと、怖くなった。ぎゅっと、目を閉じて脣を噛んだ。弱い、弱い、とっても、弱い自分。魔法や悪意の類は使えるけれど、でも、あれは条件がちゃんとあってこそのもの。たとえば軽いチンピラに絡まれたときなど、正直港のねーちゃんたちの方が立派な対処を取れる、というほど。、自分でもわかっている。そういうところが、いつかサカズキの足をひっぱることになるのだ、と。だから、だから、ちょっとだけ鍛えようと、そう、思ったのだ。
ただの海兵の訓練は厳しすぎるので、自分に甘いシィなら程よく加減をして護身術くらいすぐに会得できるように教えてくれるだろうと、気軽に考えたのは、まぁ、まずかった。
もう今日はこのままデッキブラシで飛んでかえる気力もない。と言って、まさかサカズキがご丁寧に部屋まで運んでくれるとも思わない。とりあえずはここで寝て少しは体力を回復し、それからいろいろやろうと、そういうつもり。とにかく訓練が終わった後はサカズキのところに帰らないといけないからと、フラフラフラフラしながらなんとか辿り着いたのだ。、もうかなり良い歳だが(いや、本当に)門限がある。
「そのまま眠る気か」
サカズキが眉を顰めたのが気配でわかった。汗やら砂埃ですっかり汚れた。ソファを汚すな、まずは風呂に入れ、とそういうことらしい。
「でも、体動かないんだよ…」
無理です、本当、今はちょっと無理、と、必死に目で訴えれば、がたんとサカズキが立ち上がった。
(ぶたれる!!?)
いや、蹴りかもしれないが、サカズキはが疲れていようとなんだろうと容赦ない。「貴様の事情など知ったことか」と一蹴するに違いないと、が身構えていると、しかし、一向に痛みは襲ってこない。
「わ、ちょ、え、ちょっと…」
むしろひょいっと、首根っこをつかまれて持ち上げられた。このまま窓から投げ捨てられるのだろうか。さすがに今の自分じゃ受身も取れない。まぁサカズキのことだから木のある方に投げてはくれるだろうと、すでに諦めている。
「黙っていろ」
だが、その態勢は長く続かなかった。そのままひょいっとサカズキはの身体を腕に抱き、そのまま隣の部屋にあるバスルームへ。
あ、なるほど、強制的にお風呂に入れ、とそういう状況にするのか。ぽん、と思い当たったが、本当に、冗談抜きでくたくたで、もう動けない。風呂場に投げ込まれたら普通に溺れる、と危機感を覚えていると、とん、と、バスルームの台の上に乗せられた。
「え?」
そしてそのままサカズキの指がの服にかけられた瞬間、、さぁっと顔から血の気が引いた。
「ちょ、ちょっと待って!サカズキ、もしかして…いや、えっと、違ってたらごめんね!?」
「なんだ…」
「もしかして、お風呂、入れてくれようとしてる…?いや、ごめん、そんなわけないよね……!!?」
「そうだといったら、何か不都合でもあるのか。最近は海の屑どものところへもやっていないはずだ。見られて困るものでもあるのか」
言われて一瞬、なんのことかわからずキョトン、とする。しかし、これで随分長い時間を生きている。おこぼ、を装うつもりもない。すぐにサカズキの言う意味に心当たって、カァアアアァと顔を赤くした。
「そ、そんなの、ない!!ばか!なんでそんなこと言うんだよ!」
つまり、つまり、つまり…!情事の痕でも残っているのかと、そう、言われたのだ。冤罪は多くあるだったが、さすがにこれは怒った。確かにドフラミンゴは自分のことが「好き」で抱き寄せたりキスをしてきたりいろいろしてくるが、それでも、そんなことをした覚えはない!
「ぼくはドフラミンゴと、」
「黙れ」
弁解、というか、あまりの言いようにが反論しようと口を開いたところで、サカズキがの身体を壁に押し付けた。騒がれるのが嫌なのだろう。それだけだ。別に実際の身体にドフラミンゴの痕が残っていようが、きっとサカズキは気にもしない。はなんだか悔しくなって、ぎゅっと、眉を顰めた。けれど何が出来るわけでもない、そのままサカズキがいつものように殴るのならそれでもいいと諦めていると、殴るはずの手が、の服を脱がし始めた。
「っ!!?」
続投らしい。、どん、と、腕を突っぱねた。
「っ!!や、やだ!!」
「大人しくしていろ。暴れるな」
赤犬のすること、滅多に逆らわぬが拒絶を示した。サカズキは不快そうに目を細めてぐいっと、の首を乱暴に掴む。容赦ない、とが本能的に脅えた。
「や、いや、やぁっ!!」
「何が嫌なんだ……」
あんまりにが必死に首を振るので、サカズキ、とりあえず手を止めた。悪意は憎悪がなければ使えぬと知っている男、別にただのに暴れられたところで怪我をすることもないが、他に思うこともあるのか、するり、と、から身体を放し、問う。
はほっとして、なぜか浮かんでいた涙を拭い、乱された服を調えながら、ひっく、と、一度嗚咽。(注意:これ、お風呂にいれようとしてるだけです)
「や…だって、ぼく、汚いし、いろんな、傷とか、ついてるし…」
この身体。随分昔の死体。パンドラの“魔力”で時が止まってはいるものの、怪我をしても何事もなかったように回復するものの、“そう”なるまえに負った傷は、痕はそのままなのだ。なぜか、サカズキには見られたくないと、そう思った。
「ばか者が。貴様の身体など見てどうということもない。妙な羞恥心を持つな。迷惑だ」
「っ……!」
「ただ風呂に入れるだけだ。埃塗れで寝台を汚すつもりか?」
呆れられた。心底見下されて言われ、、ぐっと脣を噛む。そんな言い方、ないじゃないか。
「……自分で、はいる」
「無理だろう」
「……じゃあ、自分で脱ぐ」
「……好きにしろ」
溜息を吐かれ、はサカズキを睨んだ。どうしてどうして、こうなんだ。自分がこんな気持ちになるのが、嫌だ。サカズキはそんなことないのに、自分ひとり、バカみたい。
は力の入らない腕をなんとか上げて、のろのろと服を脱ぎ始める。その間、じっとサカズキが見ている。
「……後ろ、向いてて」
「……」
今度は何も言わずに、サカズキも素直に後ろを向いた。
(バカ…なんでぼく、ドキドキしてるんだよ…)
ぱさり、と、シャツを脱ぎ捨てる。そのままズボンも脱ぐ。サカズキがこんなに近くにいるときに、裸になる。そのことが妙にを意識させた。しかし、それは自分だけなのだ。緊張するなど、意識するなど、バカみたいじゃないか。
「済んだか」
「う、うん」
くるり、と振り返るサカズキは普段どおり。を眺め、そのままひょいっと抱き上げた。素肌にサカズキの指が触れ、どくん、と、の心臓が跳ねる。
(っ、バ、バカ!ぼくの、バカ!)
生娘か何かじゃあるまいし、なんで、こんな、たかがサカズキに触られたくらいで!
ちゃぽん、と湯を張ったバスタブにゆっくりと入れられる。泡立った湯。しゃぼんだまがふわふわとしていて、泡もアロマが混じっているのか良いにおいがした。
湯の丁度良い温度にの表情が一瞬和らぐ。疲れて、いるのだ。本当に。体中くたくたで、シィ本当に容赦ない鬼教官。これならいっそ普通の海軍兵士のメニューをこなしていたほうが楽だったと、心底思う。
サカズキはを湯船に付けたあと、やおらスーツを脱ぎ始めた。
「え、ちょ、サカズキ……!」
「なんだ」
「なんで、脱いでるの!?」
「着衣したままで風呂に入るバカがどこにいる」
「ちょっと待って…!!!え、え、え!!?」
サカズキも入るのか!?先ほどの困惑がまた襲ってきた。サカズキが自分を風呂に入れる、というの、せいぜい湯船に投げ込んで上からシャワーを当てて埃やら砂やらを落として終了、と。犬や猫よりずさんな洗い方をされると思っていたのだが…。
ぱさり、と、衣服を脱ぎ捨てたサカズキが「どけ」と、の腕を一度持ち上げて自分の入るスペースを作る。海軍本部大将のバスルームともなれば、簡易のものではなくてそれなりのもの。大人二人は無理だろうが、サカズキと二人には丁度良い広さがある。普段帽子とフードに隠れて見えぬ顔が露になり、そしてきっちり着込んでいる所為で日焼けもせず色の白い肌が目に痛い。
思わずはまじまじとサカズキの首や顔を見てしまった。白い、体。自分の幼い体とはどこまでも違う。喉に自分にはない出っ張りがあり、じっと見ているとそれが震えた。
「何を見ている」
「っ!!?」
(はっ!!?何じっと見てるの僕!!?これじゃ変態じゃん!?)
キャー、とは顔を赤くしてくるりと背を向ける。そういえば自分も裸だった!泡で中まで見えないと思うのだけれど、なんだか気恥ずかしさが再発してくる。
しかし、先ほどのサカズキの声、いつものものより、どこか、機嫌が良さそうだった。笑う、というか、からかって、楽しい、というような、妙な声音。まさか、この状況のどこがサカズキのお気に召したのか分からない。
後ろを向いたままのの肩をぐいっと、サカズキが引き寄せた。
「わ、な、っ、な、何!?」
「動くな。体を洗うだけだ」
「ちょ、本気!!!?」
「私は冗談は言わん」
いつのまにかサカズキの手には柔らかなスポンジ。泡立てて、の体に当ててくる。
「ッ……!!!」
湯の中に入っているの体を、同じく湯の中のサカズキの手が触れて逃げられぬように押さえ込む。ぴったりと密着してしまい、はぎゅっと目を閉じた。どきどきと、心臓が口から飛び出しそうなほど高鳴る。もう、きっと、絶対に、サカズキにはバレているのだろう、この心臓の音。そう思えばさらに恥ずかしくなって、けれど抵抗しようにも、疲れだけではなく、何か別の、妙な痺れが体に回る。
「暴れるなよ。私とて能力者、これだけ水に浸かれば能力は封じられる」
嘘つき、と突っ込む気力はにはない。たとえ悪魔の能力を封じられたからといって、そんな程度で無力になる最高戦力ではないくせに。睨もうとしたが、後ろを振り返ることができない。顔を見れば、自分が今誰に何をされているのか、今以上に自覚させられる。変わりにぎゅっと掌を握り締めて体を強張らせていると、ふむ、と、サカズキが何か思いついたように呟いたのが聞こえた。
「……!!!?ぁっ、ひゃうっ」
スポンジ、ではない、サカズキの指先がの腹を撫でた。丁度、トカゲの刺青がある辺り。的中、ではないが掠めて、息を詰めた。閉じていた目が見開かれ、湯船に沈んだサカズキの指が薄っすら見えた。
「さすがにここは、直接感じるか」
そこに蜥蜴があると確認し、サカズキが低く喉を振るわせる。そのまま指の腹、爪で刺青をつぅっとなぞった。
「っ、んっ……ぅ……」
蜥蜴はの本体のようなもの。そこを刺されれば死ねる。心臓を直に触れられているようなもの。それでも痛みを伴う動きをしてくれない。ただ、軽い接触。真綿で肌を弄られるような、生殺しのような、感覚。は奥歯を噛み閉めて必死にその衝動に耐えた。
「サカ、ズキ……や、やめ、て……」
この男、の言うことなどちっとも聞いてくれやしない。ドSで、いつも殴る蹴るか、それか吊るすかしかしない男。けれど今のこの状況を続けられるくらいなら、蹴られたほうがはるかにマシだ。ガクガクと震える体を奮い立たせ、首だけ少し動かしてサカズキを見上げ、懇願した。
もう、本当に、本気でやめて欲しい。どうにかなってしまいそうな自分、それでも、ただサカズキは戯れですらないのが、嫌だ。
「……」
ぼんやりと見上げ、サカズキと目が合う。視界が涙で滲んでよくわからなかったが、一瞬何かに詰まったような顔をしていた、ような気がする。ごくり、とサカズキの喉が鳴ったが、その途端、の視界が暗くなって、頭が真っ白になる。
(あ、これ、ひょっとして僕、のぼせた……?)
ふらり、と体の力が抜けて、そのままサカズキの方へ倒れこむ。しっかり抱きとめられたのだけれど、その筋肉、少々強張っているように感じられたのは、自分の勘違いだろうと、意識を手放した。
Fin
さすがに、これ以上は私が無理です。
エロじゃねぇ…!!エロじゃないんだ!と言い聞かせながら書いてました。
私の苦手なジャンル、エロ、ギャグ、長編です。
春日さんとメールをしていて浮かんだネタです☆