注意:この話は途中でちょっとグロくなります。
普段あんまり忠告入れないくせに入れてるってことは脳みそパーン描写があるよ、ということです。でもそんな酷くないです。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目の前をちろちろと動くもの、揺れるようでこちらをからかうようなそんな素振りにの形の良い眉がほんの一寸寄せられて、パシン、と前を飛ぶウミネコに手を振り下ろす。だけれどそういう子供の癇癪をひらりとかわし、ウミネコは独特の笑い声をさせながらのらりくらりと宙を浮く。ムっ、と今度こそからかわれたと認めては腕を振ってデッキブラシを取り出すとそのまま勢いよくウミネコに向かって魔女の鉄槌を下そうとして、傍らの海兵らが慌てて止める。

そういう光景、甲板の隅での出来事を視界の端に入れながら海軍本部の正式な命を受けて現在九蛇の皇帝と面しているディエス・ドレーク少将、こちらを見下ろす(というより始終睨みつけてくる)美しい海賊に丁寧に頭を下げた。

「なんじゃ、そなた、海兵であろう」

礼を尽くす意思を態度で示せば蛇姫の柳眉が潜められる。いかに「七武海」という称号を政府から得ようと海賊は海賊。海軍本部の少将であるドレークが「頭を下げる」とその様子にどんなたくらみがあるのかと警戒と、不快感を露にする。ドレークは黙して、あるいは頭を下げたままでいては彼女の機嫌を損ねることになるとわかっているので、無礼にならぬ程度で顔を上げ真正面からボア・ハンコックを見上げる。

「いかにも。海軍本部少将、X・ドレークだ」
「名など聞いておらぬし、言われずとも知っておる」

ふん、と蛇姫が鼻を鳴らした。チンピラがやれば品のない仕草であるが、この美しい女性がすれば「気高い女性の嗜み」とそう取れるから奇妙なもの。

なるほど、とドレークは内心で頷いた。これは話しに聞く以上の美女である。艶やかな長い黒髪に白い肌。黒曜石のような瞳にふっくらとした唇。一つ一つの仕草が美しく気品があり、ドレークとしては女性の身体特徴をあれこれあげるのは好みではないけれど、その体つきも何もかも「完璧な美女」と言って言い過ぎることはないだろう。傾国の美女たるエニエスの「世界の敵」パンドラ・を謁見した身のドレークであるが九蛇の皇帝殿、まさにまさしく「絶世の美女である」とそう判じた。

「ねぇ、蛇姫。ディエスをいぢめてはいけないよ。ディエスはぼくの玩具なのだからね?」

さてこの傲慢で尊大な女性を相手に己はどう任務達成をしようかと、この海域に到着するまであれこれ考えた内容を再度頭の中で練り直していると、ドレークと蛇姫の間に割って入るようにひょこっと、が顔を出してきた。真冬の太陽にキラキラと輝く赤毛に海と同色の瞳の魔女である。

、そなたがよう話す海兵であるゆえ、わらわもひと目見ておこうと呼びつけたが、なんじゃ、平々凡々、つまらぬ男ではないか」
「ディエスの魅力は平凡さや非凡さで測れるものじゃァなし、そもそも人なんてもののよしあしはひと目見たただけじゃァなにもわからないよ。ふふ、困った子だねぇ、ハンコックは」

つまらぬと一蹴しドレークに対して侮蔑の視線を投げてくる容赦のない蛇姫を相手にはにこにこと己の身の丈の倍はある女帝殿をあやす。相手が傲慢であればも負けじと傲慢になる、というのがドレークの認識であったけれど(エニエスの主に対してなどを見るに)ボア・ハンコックを前にしたは普段の傲慢さが嘘のように忍耐強い教師のような顔である。

その一見は奇妙な光景。しかし彼女の本質を省みれば何の不思議もないとドレークは認めていて、そして今現在なぜ自分がこんなことになっているのかを思い出した。

七武海は一応その存在を政府に認められ、海賊より略奪した金品の一部を政府に納めることで「取引成立」という形になっている。自由気まま自分本位な連中を相手にどこまで通じる決まりごとかとセンゴク元帥などは日々ため息を吐いているのだが、決まりは決まり。

「女帝」ボア・ハンコックならびに九蛇海賊団にも上納金の義務があり、本日この御日柄もよいカームベルトの海上に、ディエス・ドレーク少将は皇帝自らのご指名を受けその上納金の受け取り役として派遣されているわけであった。

(さして武功のあるわけでもないおれが態々九蛇のボア・ハンコックの指名に上がったあたりから嫌な予感はしていたが)

我侭いっぱい上納金の期限なんぞ知らぬ、いつかは送るが日取りを政府に決められとうないと突っぱね三昧の蛇姫が今回は妙に大人しく海軍の指示した日にちを了承した。それで政府・海軍もバーソロミュー・くまについで多少は扱いやすい七武海になってくれるかとほんの一瞬期待したけれど、蛇姫さまは「使者はディエス・ドレークを呼べ」とそうのたまったのだ。

少将ではあるが一介の海兵。なぜ孤高の蛇姫様のご指名が上がるのかと騒然とする周囲やら羨ましがられてドレークは同期・同僚連中にもみくちゃにされるやらだったのだけれど、こうしてこの状況。

「やはり、お前絡みだったか」

まぁドフラミンゴやら鷹の目の例もある。自分が七武海に絡まれる理由なんぞ関係しかない。ドレークはただため息を吐くだけで自分を納得させた。

「ぼく悪くないし」
「わらわも悪うないわ」

呆れ半分で呟くように言えば耳ざとい二人の女子がそれを聞き咎め心外だ!といわんばかりの顔を向けてくる。

まぁ、もうなんでもいい。

ドレークとしても別段を責める気はない。たしかにが原因で自分はボア・ハンコックに興味を持たれたようで、少将の身ではいささか大役である七武海との取引を任され、更には気難しい女帝の相手、あっさり命を奪われてもおかしくないという状況に放り込まれはしたが悪意あってのことではないと理解している。その上滅多に海軍本部を離れられぬが(おそらくは赤犬に反抗して)自分の船に「気まぐれで着いてきた」というスタンスで同船したからこそ回避されている危機があることを、やはりドレークは知っているのだ。

「それはわかっている。とにかくおれは仕事で来ているんだ。、頼むから終わるまで大人しくしていてくれないか」
「ディエスってばそんな無茶な要求通るわけないのにねぇ」
「少しくらい期待させてくれ」

蛇姫の機嫌さえ損ねねば15分もかからぬ上納式。ドレークはの頭をくしゃりと撫でてから背中をぽんと押すと、一歩歩いて振り返ったが心底気の毒そうにこちらを見上げ外道発言をしてくる。まぁそれはいつものことなのでドレークは胃痛を悪化させることはせず軽い言葉を投げる。はきょとん、と顔を幼くさせる。「ねぇ、わかってるの?」と青い目が問うてきたので無言で頷けば「ディエスも言うようになったねぇ」とコロコロと喉を震わせ、そのままスタスタとデッキに向かってかけていく。その姿、後姿、ゆらゆらと揺れる背のリボンを見送り目を細めてから、ドレークはくるり、とボア・ハンコックに向き直った。

「すまないが、この通りあまり時間がない。始めて構わないだろうか」
「男がわらわに命令するでない」

の姿がなくなった途端、蛇姫の態度がスッと冷淡なものになる。当初からあまり好意的な態度ではなかったが、それでもドレークの直ぐ近くにがあった。今は船内に入っている。ぴしゃりと言い放ち、敵意をこめた目でドレークを睨みつけた女帝はさらりと長い髪をかきあげ眉根を跳ねさせた。

「あの者の気に入りというからどれほどのものかと思うたが、なんじゃ大したことはない。の傍にはなぜつまらぬ男ばかりがおるのか。我が国におればわらわが守ってやるものを」

こちらを向いてはいるが蛇姫の言葉は独り言に近い。というよりもドレークを「話をする相手」としてはもう認識していない。こうして顔を上げていることすらおこがましく、今すぐひれ伏せといわんばかりの態度であった。

「何ぞ芸でもできるのか。首が取れて蹴り飛ばしても戻ってくるとか、剣を丸呑みできるとか」

いや、それは人間じゃないだろう、とドレークは突っ込みたかった。だが口出ししても無視される、あるいはぴしゃり、と蹴り飛ばされる予感しなかったため黙る。蛇姫はあれこれと「歌を歌えるとか、あるいは赤犬にはむかえるとか」などと並べてドレークに「理由」をつけようとする。

何も言わずとも彼女の中ではどれも決定打にかけるようで、暫くすれば「やはりわからぬ!」と眉を寄せた。

「なぜは貴様のような凡夫のことばかり話すのかわからぬ。わらわのほうがよほどを楽しませる相手として相応しかろうに」
「それは同感だ」

いつまでも黙っていては「何とか言わぬか!」と理不尽な言葉を投げられるだろうので、ドレークは頃合を見計らい口を開く。すると蛇姫、勝手に言葉を発したことを煩うような表情を浮かべた(まったく!どうしろというのだ!)ものの、すぐに「不快」という色を消した。

「世辞ならいらぬ」
「いや、事実だ。私は常日頃からの周囲には物言い柔らかな女性や思慮深い聡明な女性がいたほうが良いと思っていた」

確かに少しは女帝の気を宥めて任務を終わらせようと言う心はあるけれど、口に出す言葉は事実である。
この場では感情的にならぬように心がけてはいるものの、つい一言出してしまえばドレークはあれよこれよと胸中に思いがわきあがった。

「本来そうであるべきだった。苛烈強者、屈強な男ではなく、に優しみや気遣いを教えられる母性を持った女性が傍にいてやるべきだった。環境は人を作る。殴り飛ばすのではなく抱きしめて、罵倒するのではなく慰めて、彼女を魔女と扱い誹謗する周囲から守ってやるべきなのだと、そう思っていた」

に好意的なボア・ハンコックならその役に相応しいだろうと真顔で言ってから、ドレークは我にかえる。己は何を初対面の人間に言っているのか!それも七武海に!と恥じ入る気持ち、それでくるりと背を向けようとすれば、女帝ボア・ハンコックが「そなた」と小さく声を出した。

振り返りドレークは目を見開く。面した女帝殿、先ほどの冷ややかな態度がまだマシだった、というほど怒りをあらわに殺気立った様子。眉はきつく顰められ目じりは釣りあがっている。長いしなやかな手がすっと伸びてそのままドレークのタイを引っつかむ。

「そなた」

ぐいっと引き寄せられ、ドレークの間近にハンコックの美しすぎる顔が迫る。ドレークはこんな時でなければ赤面しただろう初心な男(笑うところ)であるけれど、しかし、このように殺気と敵意、そして憎悪を向けられては浮ついた気持ちにはなれぬ。警戒し、しかし抵抗してはならぬと本能的に悟って一瞬、魔女のお守り役として子女の我侭癇癪になれた男は唯一取れる防衛手段、相手の目を見ぬと、つまりは瞳を閉じて口元を引き結んだ。

ぱしん、と乾いた音が海上によく響く。殴られた。女帝殿に。と、ドレークは認め、一瞬感覚のなくなった頬がじんじんと痛みを訴えるまで瞳を開けはしなかった。ボア・ハンコックの能力は石化を伴うものらしい、だから気をおつけと、そう忠告された言葉を思い出す。危機感はあった。だがドレークはボア・ハンコックが己を害そうと気づいていて、その能力で石にされることはないという予感があった。まさにまさしくその通りになった。

「やはり、男などみな同じじゃ!」

低くうなるような声に目を開けば、きつくこちらを睨みつける女帝殿の目とかち合う。それにはめらめらと燃え上がる怒りがあった。身に覚えがない、などと白々しく言い逃れするつもりはドレークにはなく、美しい女性というのは怒気をあらわにするその顔すらも美しいものだと頭の隅で関心しつつ(それだけの余裕があった)こちらを殴り赤くなった蛇姫のほっそりとした手に視線を落とした。

ただを魔女と扱って当然とするのであれば彼女はここまで激昂しなかっただろう。の身の上をどうにかするべきだと思っていたのに、既にドレークは「諦めた」あるいは「今はそうは思えない」とその姿勢を見せたからだ。

先ほどのドレークの言葉。ただ聞けばの身を不遇と案じているようである。しかしそれら全ては「そう思っていた」と過去形で語られた。賢い蛇姫様、それをしっかり気付いている。そして気付いて、怒りを顕わにした。

その怒りを一身に受けながらドレークはなぜこうして口を開いてしまったのか、自身の甘さ、弱さを痛感した。女帝殿に対して話すようなことではなかった。しか己は話した。当初はきちんと海兵としての分をわきまえていたというのに、それがこうもあっさりと。

もしも、もし、この対峙が半年前であればドレークはボア・ハンコックとそれなりに会話をすることができたかもしれない。のことをあれこれと、互いに語り合い談笑さえできたかもしれない。男性というものに手厳しい蛇姫様のことはもちろん知っているが、しかしそれでも、ことのことを「案じている」物同士であればあこれと、できる話もあったかもしれない。

(あぁ、だが駄目だ。だがもう、それは無理なんだ)

敵意を向ける蛇姫に、ドレークはゆっくりと口を開いた。

「半年前に、海軍と革命軍がとある島国で衝突した」


 

 

 

 

 

 

 



ぼくがどんなにきみをすきか、君は知らないだろう


 

 

 

 

 

 

 

 



辺りはひっちゃかめっちゃかで、お祭り騒ぎにも似た有様。しかし祭りの華々しさ・愉快さはちっともなく、周囲にあるのは嫌な狂気と死の臭いであった。ドレークは、少将の地位を得ているX・ドレークはその戦場にて立っていた。背後には自身の指揮する海軍、面前に対する革命軍、双方どちらも満身創痍、いや、正確には海軍が革命軍により追い込まれ追いやられ、なんとかドレークと海兵が防戦し全滅を免れているとそういう状況であった。革命軍には幸いにして悪魔の能力者は見当たらず、こちらにはドレークを含め3人ほど能力者があった。だが、それでも明らかな「劣勢」を強いられた。

「ドレーク少将……もう持ちませんっ!」

次なる砲弾の気配がする。背にしたバリケードから悲痛な声が聞こえ、ドレークは振り返らぬまま顔を顰めた。既に右腕は骨が折れていた。半分ちぎれた腕からぶらんと筋肉のみで繋がっている。その手のひらは潰れて使い物にならずズブズブと神経が腐って感覚すらない。耳は片方鼓膜がやられていた。腹は何度か刺されていてドス黒く変色している。ここが戦場でさえなければ今すぐに治療を受けるべき身、いや、戦場であってもここまで負傷をしたのなら戦いの場にいるべきではなかった。

「諦めるなッ!こんなところで死ぬことを認めるな!」

嗚咽の混じった声、まだ若い、いや幼くさえある衛生兵にドレークは叱責する。戦う手段を満足に心得ていない軍人。しかし生き残った中で唯一治療知識が満足にあるということで必死になって守られていた。だが守られたということは、つまり、彼を庇って何人かが死んでいるということで、また治療の知識を心得ていながら何人も救えずにいたということである。この戦場が初めてだと、マリンフォードの港町、出航する前にはにかんで、期待と不安で一杯にした顔を今でも覚えている。振り返ればそのきらきらとした顔が絶望と無力感でうちのめされた無残な顔があるのだろう。だからドレークは振り返らず、歯を食いしばった。

「砲弾なら私が受けるッ!敵ならば私がここから先にはけして通さないッ!だから、きみは、君たちはこんな場所で死ぬことを考えないでくれ!!!」
「しかし、しかし、ドレーク少将!!」

少年の泣き声は途中でかき消された。砲弾は放たれた。ドレークはすぐさま悪魔の能力を発動させ、言葉の通りその巨大な体で鉄の弾を受ける。ミシミシと骨が軋み、激痛に呻いたが倒れこんでは意味がない。足を踏ん張って堪え、ゴロゴロと転がった砲弾を尻尾で弾いた。

(新兵が参加することになった遠征、厄介な内容ではなかったはずだ。ただこの島まで航海し、物資を補給して帰還する。そういう、軍事演習のはずだった)

少なくとも責任者であるドレークが知らされた内容はそうだった。それが、そのはずなのに、今は「戦闘することが当然だった」と、そのような状況にある。

起こったことをそのままに振り返れば、指定された島に革命軍がいた。わけのわからぬまま攻撃された。と、たったそれだけである。

なぜ戦っているのか、それすらもわからない。

いや、わかることはいくつかあった。まず革命軍側にはこちらの装備・兵力が知られているということだった。盗聴などで得た情報ではない。「事前に知らされていた」とそういう扱いのできる類の対応だった。

海軍内に革命軍の内通者がいる、と、そういうことでもない。明らかに、確実に、「海軍の誰かが革命軍にはっきりと、こちらの情報を手渡した」と、そうドレークは感じ取り、そして自分たちが「海軍によって売られた」とそう、そう、はっきりとわかってしまった。(無論この確信は胸のうちにのみ留めている)

だからこそ「何のために戦っているのか」わからなかった。

「ドレーク少将!!ドレーク少将!!」

思考に一瞬沈むその頭を、先ほどの衛生兵の悲鳴が引き起こす。はっとして、ドレークは自分の視界が随分低くなっていることに気付いた。いつのまにか倒れている。起き上がらねば。もう既に戦える、戦力になり得るものは自分と数名しか残っておらず、この背の向こうには負傷した部下たちがいる。立ち上がらねばと、そう、思う。それであるのに体に力が入らない。いや、それだけではなくて、下半身の感覚がない。

打ち所が悪かったのか、なら腕の力だけで一度身を起こさなければと、そう切り替えようとして、ドレークの体はどさり、とまた地面に倒れこんだ。

「もう止めてください、もう、戦わないでください…無理なんです、少将、だって足が、吹き飛んでるじゃないですか……っ!!!」

衛生兵の泣き声が頭の隅で聞こえる。泣いている。まだ子供なのに、海兵に憧れて、体力や腕力はないが勉強が得意で、それで、なんとか本部に配属されるようになったと、そうはにかんで話していた少年兵だ。泣かせてしまった。泣いている。ドレークは彼に心配ないと言ってやろうとして、自分は鍛えているからこんなくらいちっとも痛くはないんだ、それよりも君の頬についた傷の方が痛そうだと、そう言ってやろうとして、ごほりと血塊を吐いた。

「ドレーク少将…ッ!!」

視界が暗くなって行く。いや、まだかろうじて判別できる。ドレークは自分に駆け寄ってくる衛生兵に「来るな」と伝えるためまだ僅かに動く手を払った。

(来るな、逃げろ、逃げるんだ)

防御の要であった己が倒れたことで革命軍の人間がこちらに近づいてきている。当然武器を持って、大人数でやってくる。無駄な殺し合いをする連中ではないとドレークはこれまで思っていた。だが、この、今日対峙した彼らはこちらを「全滅」させる意思があった。(その理由も、やはりドレークにはわからない。明確な殺意と敵意だけを感じ取れた)

逃げろ、と手を振る。衛生兵は涙と血でぐちゃぐちゃになった顔、処置し続けたため袖まで真っ赤になった体でドレークのもとに駆けてきた。

「いやです。いや、で、あります!!逃げることが許されるなら、なぜ少将は逃げなかったのですか!そうはせず僕らを守ってくださった、そのあなたを置いてどうして逃げられますか!」

ここにいれば死ぬ。殺される。それも、なんのために殺されるのかわからぬままに殺される。それがはっきりしていた。これほどの恐怖があろうか。ドレークはまだいい。己は海兵で、将校で、この状況が一種の政府の歪みゆえのもの(たとえば、革命軍との均等を守るための人身御供など)であると漠然と予感を持つことができる。正義の悪意を知っている。だが彼は、この、泣きじゃくる子供はそうではない。何もわからぬままに死ぬことがどれほど恐ろしいか、見知った顔が次々と目の前で死んでいくことがどれほど恐ろしいか。ドレークは近づき、こちらの命をなんとか繋ぎとめようと処置を始めた新兵を見上げた。止血をしようと座り込むが、どこからどう手をつけていいのかドレークにもわからぬ有様で、少年がぐっと息を呑む。しかしそれでも、また溢れた涙を拭って堪えて、一番酷い足の止血から取り掛かろうとする。

彼の名を呼ぼうと、何のためかはわからずにそう思って口を開いたドレークの目に、銃口を頭に突きつけられる少年の、ひきつった顔が見えた。

(やめろ、やめてくれ!!!)

叫ぶ、声は出ぬ。逆光で見えぬ銃を構えた人物の指先が引き金を引く。ズドンッと容赦のない鈍い音、子供に使うには重工なピストルから放たれた弾丸。スイカを割るように少年の頭が弾けた。

「うぅ、あ、あ``あぁあああアぁあああ``ァァアアアア!!!!」

少年の手は最後までドレークを処置しようと諦めなかった。叫び声を上げる間もなく、はじけた頭、首から下がどさりとドレークの体の上に倒れこむ。だらだらと、首から上の、もはや丸い形をしていない頭から血が溢れ、ぐちゃっとした柔らかな脳みそが腹の上に撒き散らされた。ドレークは潰れかけた喉で叫び、少年の命を奪った敵を睨みつける。革命軍の一人。子供の命を奪ったという自覚もない目、いうなれば「自分たちのしていることは正しい」と信じきった目で真っ直ぐにドレークを睨み返し、そしてまだ硝煙の上がる銃口をドレークに向けた。

次にはじけたのは、ドレークの頭で、はなかった。

「………ぁ」

ぱぁんっと、まるで風船でも破裂させたような気軽な音が間近でした。どうしてビチャビチャとドレークの顔に革命軍の男の血がかかる。どさりと崩れ落ちるその体、地面に全てが倒れこむ前に、がつんとその体が無遠慮に足蹴にされ一瞬宙に浮けば四肢はバラバラになってボタボタと落下した。その一つ、男の胸の、心臓であったものを踏みつけて潰す、真っ赤な仕立てのよい靴。

「………」

ドレークの頭が急速に冷えた。少年を殺された怒りがなりを潜め、目の前に現れた、燃えるような赤い髪、それに負けぬ紅蓮の瞳の魔女を見上げ声を失くす。

一瞬全ての音が、消えた。

しんと静まり返ったその戦場、瓦礫の山、人の死体が当たり前のように散乱して荒らされるその場所、突然の参入者に一帯を包囲していた革命軍たちが戸惑う妙な空気、生きている者も死んでいる者も変わらぬ無音になったその状況。

そうして、こちらに話しかけもせず、一言も口を開かずにいた赤い髪の魔女が静かに黒い背表紙の本を開いた途端、無音の世界に悲鳴と絶叫が響き渡った。充満する恐怖と悪意と絶望。ひっきりなしに訪れる理不尽さ。先ほどまでそれを受けるのはドレークたちの方であったのに、それがあっさりと反転した。

グサグサと、ドレークの視界の端に写った(走って逃げようとする)革命家の一人が魔女の悪意に捕獲され赤黒い肉の塊にされて行く。建物の中に逃れ扉を閉めたその地面からどろっとしたものが流れ出た。恐怖に追い詰められて自殺しようとこめかみに銃を突きつけた男の足元から悪意が忍び寄り、腕が切り落とされて自決はできず、悲鳴とともにゆっくりと切り刻まれていった。

そういう光景、そういう、地獄をひっさげてきたような有様、こちらの傍らに立って見下ろして、ぶつぶつと詩篇を読み上げ赤い目を敵意で光り輝かせていたその人物、ふっと我に返って瞳を青くすると、身動きのとれぬドレークに手を伸ばしてくる。

「身の程知らずにもきみを使って小賢しいことを企んできたものだから、全部台無しにしてやったよ。ねぇ、ディエス、大丈夫?」

光り輝く海のように青く美しい瞳、子供のような幼い顔、その手を、ぱしん、とドレークは渾身の力で叩き落とした。




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そうしてこちらをきつく睨みつける蛇姫の美しい顔。ドレークは真っ直ぐに見つめ返した。カームベルトに位置する海上、海軍海兵と立つX・ドレーク少将。ぎゅっと手のひらを握り、眉間に深く眉を寄せる。

「俺はあの時、俺があんなにも苦戦した戦場をあっさりと一方的にひっくり返したを、殺意も敵意も持たず返り血を浴びることもなく当たり前のように殺戮を繰り広げるを、
ただ恐ろしい生き物がきたと、そう恐怖したんだ」

思い出す。あの時のあの光景。赤々と輝いた瞳のを、ドレークは「少女」とは認識せず最初から「魔女」と、そう見た。魔女が来たと、そう思って恐怖した。

これまでドレークはを「魔女」と知りながら、それでも「周囲が魔女と彼女を扱っているだけで、それでも彼女は幼い子供なんだ」と、そう、その態度を崩さなかったしその周囲の偏見から彼女を救い出したいとさえ思っていた。自分だけは彼女を子供と扱おうと、を縛る茨の縄を少しでも緩めてやれればと、そう、思っていたのだ。

だがあのとき、あの戦場で、あの瞬間、ドレークは自分がに幻想を抱いていたと突きつけられた。

彼女は魔女だ。罪悪感も持たずに他人を不幸な道に引きずりこむ。命を一方的に終わらせて、次の瞬間あっさりと存在を忘れる。

は、そういう生き物なのだとドレークは認めてしまった。

「俺たちがなぜ戦場に追いやられたのか、そもそもそこからが関わっていた。対峙した革命軍は彼らの中でも過激派で、手に負えないとそう判断されていた。放っておけば面倒なことになる。彼らを都合よく始末できないものかと、そう思案された。しかし海軍や政府の勢力が手を出せば革命軍との睨み合いに影響が出る。だから、に、魔女に始末させようと、そう仕向けられたんだ」
「当然であろうな。はどの勢力にも属さぬ。魔女の癇癪は自然現象のようなもの。不運の一つで片付けるほかない出来事。中枢の連中の、考えそうなことじゃ」

黙って聞いていたハンコック、先ほどと変わらぬ口調でそっけなく答える。以上のドレークの体験を聞いても、それでも彼女は納得せぬという構え。このあたりが海賊の思考かもしれぬとドレークは諦める。女尊男卑のボア・ハンコック。のわがままで男が何人死のうと知ったことではないらしい。

一理はあった。そしてドレークは、かつての恨みを買った時に何度も何度も何度も死地に投げ込まれた経験があった。魔女の悪意で死んでしまえと、そう癇癪をぶつけられて酷い戦場に放り込まれた過去があった。だから、別段、その状況に追いやられたことは(少年の死を享受できるかどうかは別として)構わないといえば、確かに構わないところもあった。それで死ぬのならそれまで、死なぬのならに「俺はお前の悪意では死なない」と突きつけてやって、子供の癇癪と扱って頭を撫でてやることができただろう。

だが今回のそれは違った。決定的に違った。戦場にが来たのだ。そうして殺戮をした。それが、これまでの何もかもとまるで違い、そうしてドレークを絶望させたのである。

「魔女の悪意とは、人が過ちを繰り替えすのをただ黙ってみていると、そういうものだったはずだ。だがは、俺が死ぬその状況に自ら飛び込んだ。誰も彼もを殺すことを、後に赤犬から罰を受けることを、冬薔薇に戒められることを、自ら選んで、そうしたんだ」

うぬぼれるわけではなく、ドレークは自分がに好かれていると認めている。気に入られている、懐いている、と言うほうが正しいだろう。赤犬や青雉とは違う扱いをするドレークを、は慕っている。

で、あるから、政府はそのX・ドレークが死ぬ状況を作り上げ、戦場に魔女を光臨させた。

「何が問題なのじゃ。は貴様を救うために馳せ参じたのであろう。感謝すべきところを、貴様は疎んでおる。なんとも恩知らずな男よ」
「一見はそう取れる。だが、は俺を「助ける」ために来たのではない」

ハンコックが眉を寄せた。

「そなた、何を言う」
「俺を助ける、ただそのためだけなら殺戮をする必要はなかったはずだ。ただ俺を助けるだけでよかった。ならそれは可能だったはずだ」
「……つまり、そなた、があえて恐怖を焼き付けさせたと、そう申すのか」

是と、ドレークは頷く。

あの瞬間、ドレークはを「魔女」だと認めた。これまで「は子供である。純粋無垢である。守られるべきである。己が頭を撫でてやるべきである」とそう貫き通してきた。もそれを受け入れていた。あどけない顔を見せ、子供のように振る舞い、ドレークに幼子のように扱われることをまんざらではないとしていた。二人の間には確かに信頼があった。

だがは、それを自ら台無しにしたのだ。

どうすればドレークが、に幻想を抱くドレークがに失望するか、絶望するか、考えて、もう二度とドレークがを子供だと思わぬように、慈しむべき対象ではないと認めてしまうように、選んだ。

その一片の理由には、の気に入りの海兵がもう二度と政府に利用されぬようにとそういう心もあるのかもしれない。だがドレークは、もうを過信できないドレークは、その根底に気づいてしまった。

「自分で不幸でいようとしている者を幸福にするには、人生をかける覚悟が必要だ」

をただ「魔女」と恐れてしまっただけなら、ドレークはまだを諦めなかったかもしれない。一瞬でもを魔女と思ってしまった自分を恥じて、いっそうを甘やかしたかもしれない。罪悪感さえ持ったかもしれない。だが、ドレークはそんなことさえもはや思えず、絶望してしまったのだ。

自分から、不幸でい続けている。そう選んでいる。ドレークはそう、わかってしまった。自分は彼女にとって海軍本部で唯一の「優しい手」であったのだ。慢心ではなく、ただ冷静に、今更ながらにそれを思う。そうして、それを、彼女は振り払う、いや、いっそ切り落とす位の強引さで台無しにすることを「選択」した。

「俺はもう、彼女にかけてやれる時間がない」

海軍を知った。この世の正義の製造場所を知った。将校に上がった。人を知った。正義の悪意を知った。その上で、ドレークは選ぶべき道を、もう見つけてしまった。

もしまだドレークに海軍での時間があれば、あるいは、自分が「たとえ歯を食いしばってでも」進みたい道がなければ、ただ安穏と海兵をしているだけで構わぬ時間があれば、絶望はしなかっただろう。

不幸でいようとして、後ろ向きに生きて、がんじがらめになってそれを「構わない」というの腕を掴んで引き寄せて、その茨の檻から連れ出す、それは強引に、強行に、意気地になってやれば可能かもしれないこと、だがしかし、そんなことはドレークには絶対にできないのだ。

「……そなたはを好いてはおらぬのか」

長い沈黙のあと、蛇姫がやや戸惑う声で問うてきた。ドレークの言い分はわかるが、しかしそれでも納得いかぬとその顔。いや、納得しなければならないことをわかっているけれど、納得したくないのだと、そういう顔で、おずおずと問うてくる。

「あぁ、無論!そんなことは聞かれるまでもなく愛している!」

当たり前のことを聞かないでくれとドレークは頭を振った。声を張り上げてしまった。すると一瞬びくりと女帝の顔が引きつった。傲慢な態度を示していてもほんの一瞬「男が恐ろしい」という顔が垣間見えた。だがしかしドレークはその僅かな隙に気づく余裕はなく、彼女に問われた言葉、「好いていないのか」という言葉に反論することで頭が一杯だった。

自分がを嫌っているか、疎んでいるか、そんなことは万に一つもありえない!

「たとえ彼女を魔女と恐れようと、おぞましいと思おうと、化け物と変わらぬと思っていても、それでも、それでも、それがなんだ!?彼女の小さな足音、弾む息、太陽の下できらきらと輝く笑顔を思えば極寒の地にあっても、地獄のような戦地でも、心が温かくなる!離れている間もを想う。怪我をしていないか、寂しい思いをしていないか、食事をとっているか、笑っていられているか、声を聞きたいと願うんだ!!!」
「それなら、ならばなぜ諦める!!を一番に選ばぬ!!それほど思うておるのなら、を大事と思うのに、自分の人生を優先するのじゃ!!」

叫ぶドレークに負けじと、ハンコックが声をあら上げた。眦を強くし、真っ直ぐ真っ直ぐにドレークに挑みかかる。

「ふん、時間がないと、余裕がないと口で申すがわらわにはわかっておる!貴様は男!くだらぬ男じゃ!自分のことを優先できる理由を選んだだけじゃ!があれこれと、貴様に自分を優先させる理由を突きつけらから都合よくそれを受け入れたのじゃろう!!度胸のない臆病者じゃ!意気地のない男じゃ!!男の分際で、を諦めた分際で、彼女の幸福を諦めた分際で、愛しているなどと戯言を申すな!」
「愛しているからといって、の悪意に引きずられるわけにはいかない!!!!」

どん、と互いの主張が怒鳴り声となって大気を奮わせた。蛇姫の顔は怒りで真っ赤に高潮し、ドレークもわなわなと唇を奮わせた。

理解などいらない。これは己とのこと。そうであるとはっきりしている。わかりきっていることだ。誰に非難されるものでもない。だがドレークは、自分からこの話題にもっていったという自覚があった。自身の弱さに気付いていた。懺悔の類ではない。ドレークはこうして、海軍海兵政府役人を思う男ではない。以上に当てはまらぬ誰かに責められたかったのだ。その相手に、蛇姫ほどの適任者はいない。けして男の考えに理解を示さない。擁護を貫き通してくれるだろう、海賊女帝。彼女がドレークの糾弾者に相応しかったのだ。

「俺には、やらねばならないことがある。」

振り上げられたハンコックの手をドレークは掴む。細い手だ。だがの手はもっと細くか細い。

ドレークはハンコックの顔を覗き込み、その黒い真珠のごとき瞳にうつる自分を見つめた。懺悔の類ではなく彼女の糾弾されたいから話しているといいながら、それでもやはり、己は悔いる心があるようで、瞳の中の将校は厳しいその顔を歪めていた。今にも泣き出しそうなみっともないその顔をこの美しい女帝殿はどう思っているか、そう気にならぬわけではないけれど(男の矜持として)ドレークはその顔がさらに情けなくなる言葉を続ける。

「だから、俺は彼女を裏切るんだ」

ぱしん、と、掴まれていない反対の手でハンコックは再びドレークの顔を殴った。





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もうじき平穏なるアマゾンリリーへ到着する。海賊行為の終了。九蛇へ戻る道すがら、くつろく船長室にて美しい女帝ボア・ハンコックは柔らかなクッションに身を沈め(傍らにはいつものように大蛇のサロメをはべらせて)手にした手配書を眺める。

海軍本部、マリージョアへの召集がかけられている。火拳のエースの公開処刑が決まり、白ひげとやりあうことが予想されているのでその戦力に、とのこと。無論蛇姫は行く気などない。中枢の男同士の争いになぜこの己が行かねばならぬのか。行くと返事はしたが、誰かがやってくればその度に石にすればいい。そうして「誰も来なかった」と言えばいいとその気安さ。権力者の一人として通常そんな「わがまま」が通用するわけがないとは知っている。だが己は許される。そうはっきりしっかり当たり前のことと突きつける気の蛇姫さま。そんな彼女であるから目下の関心事は火拳のエースや白髭の騒動なんて時事ネタではなくて、少し前にシャボンディ諸島であった騒動、その中で関わった海賊の一人のことである。

この「帰路」の最中何度も何度も見返した手配書を見下ろす。賞金額は2億2千2百万ベリー。昨今超新星と騒がれる11人の一人として騒がれている。堕ちた将校、赤旗、なんぞという二つ名を呼ばれているその海賊。写った、すっかり海賊らしいその様子に蛇姫は苛立って乱暴に手配書をくしゃくしゃに丸めて投げ捨てる。(そうしてそれを毎度拾って伸ばしてはまた見ての繰り返し)

「……」

ゴミくずと化したそれを睨みつけ蛇姫は唇をかみ締める。

これがあの男のやりたかったことなのか。海の屑と蔑まれる身になって、法の外に出て、一般人の恐怖の対象となって、それが、を見捨ててまでしたかったことか?いや、これは結果、目的ではないとわかっている。手段でしかないのだろう。だが、蛇姫には納得いかなかった。

の行動の「解説」をあの男はした。だがそこから蛇姫には疑問だ。なぜはあの男を振り払ったのだ。不幸になろうとしている、というのなら確かにある種の説明はつく。だが、だがしかし、蛇姫は覚えている。

(きらきらと輝く目で、わらわにあの男の話をした。自慢をするように、己の大切な宝箱の中身をそっと見せるように、はわらわにあの男の話しをした)

彼は特別なのだと。絶対に自分に酷いことをしないのだと、そうは話した。男であるが男ではなく自分に接する男だと、そう言った。だから蛇姫は興味を持った。もちろん己は男を嫌悪している。だが、男というものがハンコックの考える「雄」という一種類ではないとは言い、その最たる例がディエス・ドレークであるのだと、そう誇らしげに語ったのだ。

それであるのに。そうまで語った相手であるのに、はなぜその手を振り払ったのだ。蛇姫はドレークの「解説」を否定した。あれほどX・ドレークを「すてきなんだよ」と話していたが、自分が不幸になりたいからなどという理由であるはずがない。

もっと大局、もっと遠ざかった場所から眺めた末のことではないのか。蛇姫はそう思う。だが、だがしかし、仲間姉妹「家族」を思う心はわかれど未だに「恋」をしたことも、その存在も知らぬ蛇姫様。彼女は及びもつかぬこと。

たとえばは、その恋心ゆえに「ディエスが自分のやりたいことをできるように。応援・協力はできないけど、ぼくから逃がしてあげることはできるよ」とそう決めて、そう選んでこれまでの非常外道な行動を取った可能性もあると、男の夢・目的・野望のために献身するということがあると、それは考えつけぬのだ。

「…やはり男などみな同じ、信用ならぬ」

結果蛇姫さまの中には「女を裏切って自分のやりたいようにやる身勝手な男がいた」という腹立たしい事実しか残らず、ふてくされてクッションに身を沈めた。

しかし、しかし今はまだ理解できぬボア・ハンコック。その彼女、その数時間後これまでの己からは想像もできない感情を覚え、迷い、戸惑って、「男の目的のためにどんな手でも使う」という体験をするのである。




Fin


(2012/01/10 19:00)