小児科のドレークは痛む胃をかろうじてこらえつつ、辛抱強さの美徳を自分に言い聞かせながら再度ゆっくりと口を開いた。
「いいか、。よく聞いてくれ、頼むから、本当に、聞いてくれ。お前が一言、サカズキ先生に言ってくれれば一切合財の問題は解決するんだ」
「嫌」
ドレークの必死の訴えも、清々しく、愛らしい笑顔で一蹴。ドレークが機嫌取りのために持って来たくまのぬいぐるみの耳を引っ張りつつ、は小首を傾げた。
「どうしてぼくがサカズキ先生にそんなこと言わないといけないの?そんなの思ってもいないのに」
「サカズキ先生が説得できれば、多くの人間の命が救われるんだぞ」
「そんなのぼくには関係ないよ。サカズキ先生がここにいるって自分で決めてるなら、ぼくがどうこう言うことじゃないよ」
あっさといい、はそのままごろん、とベッドに仰向けになる。真っ白いシーツの上に散らばる赤毛を眺めながらドレークは溜息をはいた。本日五度目の説得もやはり失敗、という結果。しかしそう簡単に諦めるんじゃない、と上からキツイお達しを受けているドレークとしてはいい具合の板ばさみ。
ようは簡単だ。グランド総合病院の院長が、サカズキを海外の病院へ移動させたがっている、ということ。サカズキは(あのヤ◎ザのような外見はさておき)優秀な脳外科医である。海外へ行けばさらに腕も磨けるだろうし、何よりも、病院の株も上がる、とそういうことだ。単純だが、確かに、サカズキにも病院にも利がある以上、そう簡単には諦められるものではないだろう。
それはドレークもわかっている。大体本来、サカズキはこの国に収まるにはもったいない医者なのだ。
しかし本人にそうと上が提案しても「今この病院を離れる気はありません」と全く関心を凭れない。少し前であれば、あっさり提案を呑んだのではないかと、周囲が気付き始めたのはサカズキの勤務態度に変化が起きてからである。いや、もっと早く気づけよ、とドレークとクザンは同時に突っ込んだが、まあ、それはそれ。別段サカズキ先生、仕事に手を抜いているわけではない。ただ、家に殆ど帰らなくなっている、ということだ。お前病院で暮らしてんのか、というほど、殆どを病院で過ごしている。
眠る場所は仮眠室と一応報告されているのだが、んなわけないだろ、とドレークは突っ込みたい。まぁ、きっと無駄だろうが。
とにかく、サカズキ先生、が入院してきてからというもの、病院を離れる気がなくなった。
「ディエス先生は、サカズキ先生に居なくなって欲しいの?」
「違う。そうじゃない。確かにあの人がいるとこう、胃は痛むし頭痛はするし、お前の今度の教育にいろいろよろしくないんじゃないかと不安はあるが、しかし、あの人をおれは尊敬しているんだ」
「前半は随分な言いようじゃのぅ、ディエス」
げ、とドレークの顔が引き攣った。
「あ、サカズキ先生」
嬉しそうにの顔が輝く。ぴょん、とベッドから飛び降りてとてとてと素足のまま近づこうとするが、その前にサカズキが近づいてひょいっとを抱き上げる。
「裸足で歩くな。身体が冷えるじゃろうがぃ」
すいません、あんたのことなんだと思ってるんですか。ドレークはぎりぎり、と何だか痛み始めた胃を押さえ、さっさとこの部屋から退散しようと試みた。が、しかし、思い通りに何一つ行かないのがディエス・ドレークの人生である。
「待て。貴様、これまでわしのことに巻き込むとはどういう了見じゃァ」
「・・・も、申し訳ありません・・・しかし、その、」
「言い訳か。見苦しいのぅ」
あんた今理由聞いたじゃないですか!!
ドレークはタダ只管心の中で突っ込み、サカズキがをベッドに戻す光景を眺めた。
「やっ、ちょっと、サカズキ先生ッ!!ぼく子供じゃないんだから自分で布団くらい掛けられるよ!」
「黙っちょれ、貴様は油断するとすぐに身体が冷えるじゃろ。第一、貴様はどう見てもガキじゃァ」
そういう子供に手を出そうとしているあんたは何なんだ!!?
いやもう本当、このコンビに対して突っ込まずには居られないことが多すぎる。だからサカズキが病室に居るときドレークはいろいろストレスがたまるのだ。実際突っ込んでみようものなら、次の瞬間蹴り飛ばされる。
暴力医者などと、そんなことはこのグランド総合病院では無駄な文句だ。医者としての腕前はもとより、弱肉強食、完全実力(腕力含む)主義がこの病院。
「だ、だいたいサカズキは、その、ぼくのことに構いすぎだよ!!ディエスが言ってたけど、サカズキは、ここじゃない別の病院にいったほうが、いいって、ぼ、ぼくのことなんか構わなくてもいいのに・・・!」
「本気で言うちょるんじゃったらわしも考えるがのう、まずはわしの白衣を掴む、その手を離したらたらどうじゃァ」
「こ、これは・・・!!!その、無意識で・・・!!!」
・・・すいません、いつからに名前で呼ばせるようになってるんですか。
そしても、ツンデレ的なセリフを言いながら、サカズキ先生の白衣掴まないで下さい。そのひとの性格だと、どう考えても喜ぶだけです。
ドレークは目の前でイチャつかれて、本当どうしようかと思ったが、しかし、とりあえずもそういう説得をする気、には多少なりなっているようだ。これを利用しない手はない。
「サカズキ先生、もこう言ってることですし、その、考えられては如何でしょうか?」
「わしがこれの傍を離れるなどありえん」
言い切らないで下さい。そして、何かこう、嬉しそうな顔をしないでくれ、と、ドレークは肩を落とした。この人を説得するなど自分程度にはまずムリだ。しかしなぜ上はそんな大役を自分に任せてきたのか。あれか?ムリに決まってるが、とりあえず説得させる、とかそういう投げやりな方針か?それが本当だとしたら、ドレーク、正直泣きたくなる。
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がっくりと、いろんな疲労を背に漂わせてドレークが退室したのを確認すると、とたん、はサカズキに押し倒された。いや、元々半身は倒されているのだが、文字通り、身体の上に馬乗りになられている、という体勢。は頬を膨らませてサカズキを見上げた。
「サカズキってちゃんとお仕事してるの?」
「貴様が心配することではない」
「機嫌悪い?」
「そう見えるか」
うん、と、は頷いた。
サカズキの眉間に皺がよっているのはいつものことだが、何となく、気配でわかる。しかし理由はわからないので、首を傾げると、サカズキがの細い首をゆっくりと、指で撫でた。首筋の血管を正確になぞるような手つきに、びくん、との身体が反応する。それを隠すようには掌を握り締め、自分を見下ろす赤い眼から逃れようと顔を逸らした。が、そんな反応を許すサカズキではない。ぐいっと、聊か乱暴にの顎を掴んで自分のほうへ顔を向けさせる。
「貴様が、わしがどこかへ行ったほうがいい、と言うからじゃァ」
「それは・・・だって、本当のことだし。サカズキはすごいお医者さんなんだから、その」
「本心というわけではないのはわかっちょる。じゃがのう、貴様に言われればわしも腹が立った。埋め合わせくらいはしてもらわんとのぅ」
「んっ、あ・・・やっ」
ぎしり、と寝台が軋む音には顔を赤くさせた。小さな身体の小さな。普段自分ひとりならベッドが軋むことすら稀だ。しかし、こうしてサカズキが上に乗っているときには軋む。その音を聴くたびに、これからどんなことをされるのかを鮮明に思い出しては恥ずかしくなった。
ぐいっと、サカズキの片手がの肩を抑える。そのまま反対の病院着の肩紐をしゅるりと外した。布の擦れる音に、はぎゅっと眼を閉じる。そのまま暗くなった視界、ぴちゃり、と生暖かい感触が肌に触れた。
「ふ、あ、っ、ぁ・・・・・・あんっ」
耐えようと唇を噛んでいただったが、サカズキの舌が肌の弾力を確かめようと押し付けられる度に喉から声が漏れる。思わず眉を寄せれば、上のサカズキの目が細くなり、喉が低く呻った。
「いい加減慣れろ。そんな声で、わしの自制が効かなくなったらどうするんじゃァ」
「はっ・・・あん、そん、なこと、言ったって・・・口・・・縛って、くれれば、いいのに」
とて自分の喉から妙な声が出るのは嫌だ。それをサカズキに聞かれるのはもっといやだった。だから口を覆おうとすると、その手を取られ、ぺろり、と掌を舐められる。反射的に身体を硬くしたをサカズキが面白そうに眺める。
「わしにそういう趣味はないが、貴様はそうされたいか?」
本当に、この人はどうして警察に捕まらないのかと、そういう突っ込みがにできないのは惜しい。そして違和感もあまり覚えていないのだから、もうどうしようもない。心底ご満悦、という様子でサカズキはの反応を楽しんでいる。
は困惑した表情を浮かべ、眉を寄せる。
どうしてこういうことをサカズキが自分にするようになったのか、きっかけはあるようでない、ような気がする。けれど時たま、サカズキはの上に覆いかぶさって、身体に触ってくる。
こんな細くてやわらかくもない身体など触っても面白くないだろうに、どうしてこんなに楽しそうな目をするのか、それがにはわからない。そしてもっと厄介なのは、自分はサカズキに触られるのがちっとも嫌ではない、ということだった。
寧ろ最近、サカズキが傍に居るときに、触ってくれないだろうかと、そんなことを考えてしまう。
サカズキは、これが「気晴らし」だという。多忙な医者、本当は息を付く間も惜しいほど仕事があることをはディエスから聞いていた。それなのに、自分に構う。サカズキがこれを楽しいのなら、それはそれでいいのだけれど、寧ろ、自分の方がとても喜んでしまっているのだから、これは、本当にサカズキの気晴らしになっているのだろうか。
と、そんなことを考えて気もそぞろ、になっているに気づいたサカズキ、眼を細めて、ぐいっと、布団の中のの太股を掴んだ。
「んっ、」
「わしを見ろ」
「・・・っん・・・見てる、よ・・」
「今貴様の上にいて、貴様の身体を触っちょるんは誰か、しっかり自覚しろ」
そんなこと、言われなくともいやというほど意識して、自覚してしまっている。顔を真っ赤にしたに、サカズキは満足したのか、そのままするり、とベッドから降りてしまった。
もっと触っていて欲しいのに、とは思いながらも、そんな思考の自分に首を振る。ぶんぶん、と勢いよく頭を振れば、サカズキが首をかしげた。
「どうした?」
「なんでも、ないの」
「このわしに隠し事か」
「本当に、なんでもないの。できれば聞かないで欲しいっていうか、だめかな」
「そういわれればかえって気になるのぅ」
サカズキってS!?とはかなり今更過ぎることを今更気付く。本当このコ、普段はとても頭がいいのにどうしてサカズキ相手だとどこまでも阿呆の子になるのか。
「その、サカズキはさ、大人だから、その。いいのかな、って」
、確かに子供は子供だが、気晴らしにトカゲが持ってくる少女マンガで、なんとなく、この続きがある、くらいはわかっている。ぼそっと、呟けばギシリ、と再度ベッドが軋んだ。は身構えるが、今度は別に押し倒されたわけではない。サカズキはベッドに腰を乗り上げると、戸惑うの赤くなった頬を撫でた。
「わしは、無理をさせる気はない。貴様の年齢も精神状態も理解しちょるつもりじゃァ。貴様が16になるまでは、待ってやってもいい。それか、せめて初潮を向かえるまでは堪えてやる」
「??言ってる意味がよく、」
「じきにわかるようになる」
きょとん、とするを面白そうに眺め、サカズキは首を傾けの頭に唇を寄せた。
「・・・ぼく、今日はまだ頭洗ってないんだけど」
「色気のある会話は貴様に求めるだけ無駄か?」
「何を言ったらサカズキは嬉しい?」
「実際慣れた返答を言われても、それはそれで気に入わんがのぅ」
なんだか理不尽なような気がするとは首をかしげ、しかしやけにサカズキが真面目な顔で言うものだから、おかしくなって笑った。
「笑うところか?」
「笑うところだよ。サカズキは冗談言わないけど、だから時々、おかしくって」
「貴様が笑うのなら、理由はなんだって構わんが、わしは真面目に言うちょるんじゃァ」
ころころとはいっそうおかしそうに笑い、そのままこつん、とサカズキの肩に額を押し付けた。
「もっといっぱいサカズキと話したいな」
「わしを喜ばせようとしちょるんか?」
としては本心なのだが、サカズキが面白そうに言うので、それでもいいかとも思った。きょとん、と顔を幼くさせながら、の瞼がコトン、と落ちる。
そろそろ眠る時間だった。
Fin
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