グランド総合病院その4
「却下、まるで話にならんな」
説明をひとしきり聞き終えてサカズキは容赦なく、きっぱりばっさり一蹴にした。昼間での長いオペを終えていい具合の疲労感+ストレスを抱え、よしの病室に行くかと足を向けかけたところ、クザンに呼び止められた五分前。
話がある、といわれ「後にしろ」といえば、ずるずるとクザンの室長室に連れて行かれた。
それで「話を聞かないとお前の昔付き合った女全員をの病室に呼ぶ」とまで言われたもので、しぶしぶ話を聞く。それが三分前である。
できるだけ手短に、というサカズキの希望通りクザンは的確に要件のみを説明した。
普段だらけきった男だが、やるときはやる。
「関西の病院へ二泊三日の出張?貴様ふざけちょるんか、わしがここを離れる気がないのはしっちょるじゃろうに」
「あーあー、そーなんだけどねー。どっかのかわいい子ちゃんにオープンセクハラかますのに忙しいから出張なんてできねぇ、なんてそんな言い訳通るわけねでだろ!!!」
後半、ばんっと机を叩きクザンが声を荒げる。
サカズキはふん、と鼻を鳴らした。
「誰がセクハラなんぞしちょるもんか。貴様じゃあるまいし」
「じゃあお前のあの!への常日ごろの犯罪行為は何なんだよ!!」
「性行為の練習じゃァ」
言い切った。きっぱり、この男は言い切った。
せめて触診とかいえよ・・・!!と、クザンは、これはもう、堂々と開き直りすぎたサカズキにどう対応すればいいのかわからずがっくりと膝を突きながら体を震わせた。
「おまっ・・・いつか訴えられるぞ・・・」
「ふん、誰が訴えるっちゅうんじゃァ、あれにはもう身寄りはおらん」
「うわー、お前最低、外道、鬼畜。あ、そうそう、もうすぐ退院だって知ってた?」
ぴたり、とサカズキの体が止まる。
「なんだと?」
「ありゃ、やっぱり知らなかったんだ?っつーかもともとの怪我はたいしたことないし、一日少ししかおきてられないってのも精神的なものだしねぇ」
いつまでも入院しているわけにはいかない。
の親が遺した保険金でこれまでの入院費や当面の生活費くらいはあるが、しかし、一日一万円もかかる個室にいつまでもいればそれも底を尽くだろう。
「退院したとて、いくあてなどあるまい」
「そ。だから施設に入るんだとよ」
サカズキは顔を顰めた。そんな話、自分は一言も聞いていない。が行く場所がないことは知っていた。引き取るつもりでもあったが、しかしそれにはいろいろと根回しも必要で、何もかもが終わってからあれには言うつもりだった。もう何の心配もない状況を作ってから言えば、頷くしかないだろうと、そういう心もあった。
だがしかし、はサカズキの知らぬところで、自分の今後のことを考えていたのか。
「小生意気な・・・」
「いやいや、立派だったよ?ご両親、もともと施設出身でさ、本当に身寄りもねぇんだって」
「・・・・なぜ貴様がそれを知っている?わしは何も聞いちょらん」
「おれナースの子と仲いいから」
「死ね」
完全な八つ当たりである。
「で、が退院するのが来週。お前が出張するのも来週」
「・・・」
「お前、施設にいくあの子を拉致るんじゃねぇかって院長が心配してんだよ。だから、三日間頭冷やしてもとのまじめで怖いサカズキ先生に戻れって事だろ」
ぽんと、立ち上がったクザンがサカズキの肩を叩く。院長の決定である以上、サカズキにはどうしようもない、といえばそれまでだ。顔を顰め、サカズキはクザンから渡された出張についての書類を握り締めた。
廊下を早足で歩くサカズキを患者すら避ける中、サカズキは頭の中でのことを考えた。
あれが退院する。
それは、別に構わない。圧力をかけてその時期を延ばそう、などとはしない。
むしろ退院すれば、気兼ねなくあれの体を自分のものにできると、そういう(変態極まりない)考えもあるので、都合はよかった。しかし、サカズキが予想していたよりもずいぶんと早く、またもしも自分の知らぬところで話が進んでいたとしても(一応サカズキは患者であるの病状には一切関係ない、担当ですらない)が必ず自分に何か言ってくるだろうと思っていた。
だが、しかし、この結果だ。
は自分を頼らなかった。
「あ、サカズキ」
病室へ行けば、真っ白いシーツの上に正座して折り紙をするがいた。
いつもと何も変わらない様子に苛立つ。この自分に隠し事をする、その神経が気に入らない。
確かに自分とはただの医者と患者という関係である。だが、それだけでいるつもりが自分にはないのだから、それ以上をが求めぬのが、まったく持って、気に入らなかった。
いや、わかってはいる。
これほど幼いに、自分が抱いている欲を理解しろ、とまではまだ求めない。(未来は求める気満々だとしても)
だが自分を頼るよう、縋るように仕向けてきたはずだが、まったく無意味だったということか。
「前に教えてもらった、鶴ね。ぼく上手に作れるようになったんだよ」
「、来週退院するのか」
「?うん、そうだよ」
唐突に問いかけると、があっさりと答える。サカズキは目を細める。
サカズキに対して悪びれるようすもない。の中で自分は何なのだ?そう、苛立つ。
まったく持って理不尽であることはわかってはいた。しょせんは他人であるし、からすれば、入院して初めて出会った、ただの医者だ。その自覚くらいサカズキにはある。だがしかし、許せないという、しようのない、小さな怒りがわいた。
「・・・・・・少しでも気まずい顔をすれば、許してやろうと思ったが」
「・・・え?ん、なっ!!?」
ぐいっと、サカズキは乱暴にをベッドに押し付けて、ナースコールのスイッチを引っ張って抜き、そのままそれを紐代わりにしての腕を縛った。
「やっ、な、なに・・・?!!サカズキ・・・!!」
わけがわからず困惑するを見下ろして、サカズキは個室の鍵をしっかりと閉め、部屋のカーテンを閉じる。
「声は塞がずにいてやるが、この時間、わしがおるとしっちょる者はこの病室には近づかんぞ」
ぎしりとベッドを軋ませる。の顔が怯え、体を強張らせた。普段とは明らかに様子の違うサカズキにどうしていいのかわからずに、必死にこちらを見上げてくる。
「・・・や、や・・・な、何・・・?サカズキ、怖い・・・どうしたの・・・?」
「何を怯える?貴様にいつもしちょることじゃろう」
「違う・・・よ!いつもと、何か、違う・・・」
目に涙を浮かべて見上げてくる、その頬を片手で押さえてサカズキは、これからすることをじっくりと一度聞かせてやるのも悪くはないと思いながらも、そんな手間を咥える時間が惜しいと思った。
これは怒りだけだろうか。
いや、失意というのも確かにあるのだとサカズキは感じる。
男として、に頼られなかったという、自尊心の負傷。
こんなに幼い子供なのだから、自分が頼れる人間だと刷り込めばあっさりと、わがままを言ってくるのではないかと過信していた。なのだ。これは、幼くともさかしい生き物だ。こちらの思惑通りにいかなくて当然。
だが、に頼られなかったことがサカズキの神経に障った。
「脅えて泣き叫んで構わん。わしから離れようとするとどうなるか、刻み込むのが目的じゃけ。わしも優しくするつもりはない」
耳元で囁き、震える足を乱暴に開き、身を入れる。大きく開かせた足にの喉から悲鳴が漏れた。
++
病室の前に立って、ドレーク先生はびっしょりと、全身から汗を流した。
この時間にサカズキがここにいることは知っている。だからなるべく邪魔はしない方がいいと、それもわかっている。の、だが、しかし、そろそろの薬の時間でもあるのだ。
それなのにまだ薬を取りに来ていない、と困惑する薬剤師に頼まれドレークは様子を見に来た。
いや、困惑する薬剤師、は、多分本当に困ってはいなかったと思う。そして「様子を見に行け」と言葉はそれだったが、頼んでいるというより、脅しも含まれていた。グランド総合病院、薬剤師の名はトカゲというが、それはまぁ、今は関係ない。
「や、やぁ、ん…は…ぁ…サカ、ズキ…」
「貴様はバカか、それとも阿呆か?このわしから離れようとする、その神経が気に入らん」
扉の向こうでは、どう考えてもナイスミドルと、どう見ても幼女の類の男女が二人、ベッドを軋ませている。さすがに隙間から覗き込むようなことは絶対にしたくないが、しかし、なんというか、ついに、ついに来るべき時が来ている、という状況である。
絶対に合意の上ではない。
それはの悲鳴のようなあえぎ声からわかる。
というかドレーク、小児科に部類される患者が、こんな状況になっているのだから自分は即座に部屋に入ってを助けるべきだ。しかし、なんというか、その、最初はそのつもりだった。
いくらサカズキが怖いからといっても、ドレークは立派な大人である。大人は子供を守るものである。とくに、右も左もわからぬいとけないを、サカズキのような大人から守るのは義務だと思う。だから、この部屋の前に来て、中でなにやら行われていることに気づいた瞬間、ドレークは素直に怒りを覚えたし、自分の身がどうなろうともを助けようと思っていた。
だがしかし。
「は、あ…ぁん…あ。サカズキ…ふ…ぁ…あ、熱い…」
「じゃろうな。窓を開けて欲しいか?」
「・・・・・・あ、たまの中、あつくて、ここが・・・じんじん、する・・・」
「ここ、とはどこじゃァ」
なんというか、少し前から、の声が、その、なんというか、明らかに、幼女が出す声じゃねぇだろそれ!!!という、色と艶のあるものになってきている。
そしてその変化を確実に感じ取り、楽しんでいるサカズキの様子がわかる。
「安心しろ、これで既成事実も作った。手を出したことが表に出る前に、院長ももみつぶした方がマシじゃと判断するじゃろう」
「ふ、あ・・・あ、サカズキ・・・あ・・・ん・・・ぁ・・・」
「聞こえちょらんか・・・」
喉の奥を引っかいたような楽しそうな声、はっきりいってドレークはもう、本当ここから逃げたかった。だがしかし、一応、もし、万が一、この中で行われていることがほかの者にばれたら、サカズキの身だけでなくの将来も台無しになる。
ドレーク先生、どんなにが外道で鬼畜でわがまなな言動をしていても、それでもやはりがかわいかった。これはもう父性のようなものだと諦めているが、それほどかわいがっているが「性犯罪にあいました」などという噂を立てられるのは好ましくないのだ。
それにの性格をきちんと知っているドレーク。は、たとえ相手が「なんとなく逆らわないほうがいい」と思っているサカズキであっても本当に嫌なことは絶対にさせない。力の差があろうとなかろうと、そんなことは関係なく拒絶する圧倒的なプライドがあった。それでも、今のこの状況。
……幼いが、それでもしっかり、なりに思うことがあってのことなのだろう。
それがわかってしまっている以上、ドレークはこの中のことを邪魔することができず、また、ここから離れることもできないのである。
「……胃が痛い」
本当に痛む。
が入院してきてからおなじみとなった胃痛を堪えつつ、ドレークは、この後薬をあの薬剤師にもらいにいくことを考え、さらに胃が痛くなるのだった。
+++
目の裏が熱くなるほどの熱量を腹部に押し当てられて、は喉の奥から悲鳴を上げた。しかしその唇すらサカズキに塞がれて、声を奪われる。
いつのまにか腕は解かれていて、しかしそれでもは腕を使って拒むことをせず、むしろ手はサカズキの白衣を掴んでいた。
(頭が真っ白になる。なんにも考えられない。サカズキでいっぱいになる)
チカチカと眩暈がする。それでも喉から苦しそうな自分の声が漏れようと主張をし、いつのまにか、もっと欲しいと思うようになっていた。
サカズキが、なぜ怒っているのかわからない。
何か自分がしたのか。いや、何もしていないはずだ。サカズキには何も望んでいない。
今だって、そうだ。
最初はとても怖かった。
何をされるのか、わからなかった。
いつもされていることが、普通は恋人同士がすること、だというのは漫画で知った。
それ以上のことがある、というのも、なんとなくわかっていた。
けれど今日のサカズキはとても怖くて、口を開いても低い声で、酷いことしか言わなくて。
止めて欲しいと思った。
本当に、怖くて、サカズキが怖くて、されることも痛くて、止めて欲しかった。
でも、言えなかった。
は一度だって、サカズキにはわがままを言わなかったし、何かをお願いすることもなかった。
ドレークやクザンにはあれこれ頼ることをしてきたが、しかし、サカズキには、したくなかった。
「…きらわれたく、ないの」
ぽろり、と、の目じりから涙が落ちる。荒く息をしていたサカズキがぴたりと動きを止めて、目を細めた。
「なんじゃァ」
呟いた言葉は独り言だったのだが、サカズキが耳ざとく気づき、問うてくる。
止まる動きには体のうずきを感じたけれど、それを口には出せない。もぞっと自分の腰が動く。サカズキが動いたときとは比べ物にならないが、それでも、ないよりはましだった。
「ん……ん…」
下に押し付けられているためうまくは動けないけれど、中に入っているものが自分の体の中で揺れて、あちこちに当たる。その感触には息を詰まらせた。
「貴様はとことん、わしを頼らん気じゃのう」
「……嫌われたく、ないの」
面白くなさそうに言うサカズキを見上げ、は瞳を揺らす。
嫌われたくない。
サカズキには、わがままを言って困らせたくないし、嫌いになってほしくない。
は両親にされてきたことを思い出す。
あの二人は、が何かするたび、何か言うたびに、を殴った。
痛いのは慣れたが、そのたびに叫ばれる言葉はを傷つけていた。
殴られるのは構わない。
痛いのも、へいきだ。
けれど酷い言葉だけは、聞きたくなかった。
眠る時間が増えてきた。
眠っている間も、殴られたりすることは減らなかったが、どんなことをされても自分は目覚めなかった。
眠っていれば、何もかも終わった。
交通事故にあったのも、が寝ている最中だった。
両親はをどこぞに置いていこうと、そう話していた。それは、眠る前に押入れの中で聞いていた。
構わなかった。
どこかの山や森の中に捨て置かれるのも、構わなかった。
眠っていればそれでよかった。
自分の何が悪いのか、にはわからなかった。
目が覚めて、この病院に運ばれていて、二人が死んだと聞いてもには夢の中のことなのか判断がつかなかった。
この病院の人間はみなに優しかった。
ドレークはが何をしても何を言っても殴らなかった。
時々怒るが、声を荒げることもなく、をゆっくりと諭してくれた。
トカゲはにいろんなものを貸してくれた。
が学校に行ったことがないと言うと、字を教えてくれた。
サカズキは、の頭を撫でてくれた。
抱きしめてくれたし、自分のことを、大切だとその目と指先が言っていた。
それがにはうれしかった。
けれどそのサカズキが、自分を嫌うことが恐ろしかった。
眠る時間は減らなかった。
ほんの少しの時間しかサカズキとはいられなかった。
けれど長くいて、変なことを言ったり、サカズキの邪魔をして迷惑だと思われることが怖かった。
「……なぜ泣く?そんなにわしが嫌か?」
「違う…サカズキには、嫌われたくない……わがままも、言いたくない、迷惑も、かけたくない」
は手で自分の顔を覆った。ぽろぽろと涙がこぼれてくる。
体が切ない。
もっとサカズキに触って欲しいし、名前も呼んで欲しい。
そう思う自分が嫌だった。
サカズキが、自分を気にかけてくれているために、面倒なことになっていると、教えてくれたのはクザンだった。
サカズキはとても腕のよい医者で、本当ならあちこちに飛び回っているのだと言う。それでも、自分がここにいるために、来る仕事のほとんどを断っていると、そのため、面倒なことになっているのだと、そう、クザンが教えてくれた。
迷惑をかけているのだ。
サカズキが、こんな自分を大切だと思ってくれていることはとてもうれしかった。
けれど、それはなぜなのだ。
どうしてこんな自分に気をかけてくれるのだ。
年齢も、生まれ育った環境も、何もかも違う。
どうしてサカズキは、自分に気をかけてくれるのだろうか。
ただの気まぐれか、それか、本当に些細なことなのだろう。
それなら、一時のことならば、は、今のうちにサカズキから離れたかった。
行くあてはない。
クザンがそれなとなく施設を教えてくれた。
必要な手続きもしてくれた。
サカズキは、が「助けて」といえば助けれくれたかもしれない。
けれど、どうしてサカズキを頼れるのだろう?
血も繋がっていない、友人、でもないのだ。
赤の他人に、自分のこれからを頼み込めるはずがないではないか。
「さ、よなら…したかったの…今のうちに、ぼくが、サカズキのこと、忘れられるうちに……」
「言うちょれ、わしは絶対に許さんぞ」
ぐいっと、サカズキがの手を取って、ベッドに押さえつけた。
見上げる顔、サカズキの瞳が怒りで燃えている。はぽろぽろと涙を流した。
「どうして、怒るの?」
「貴様があまりにもバカなことをほざきよるからじゃ」
「ぼくがサカズキから離れられなくなっちゃったら、サカズキは困るよ?」
「なぜそうと決め付ける?わしのことじゃろうに、貴様は関係ないわ」
はっきりきっぱりと、言うサカズキ。しかしは首を振る。
「サカズキはわかってないんだよ」
「わかっちょらんのはどう考えても貴様じゃろうに。わしが、なにをわかっちょらんと?」
「ぼく、すごく性格悪いんだよ?」
はぐいっと涙を拭って、サカズキを見上げたまま真剣な顔で言う。
指を折りながら、思いつく限りの自分の短所を上げる。
「わがまま言うし、面倒くさがりだし、頭は悪いし、字だって最近ひらがながかけるようになったばっかりだし、てれび?観たことないし、お風呂も嫌いだし、ごはんもいっぱい食べるし」
「貴様のわがままも叶えられんほどつまらん男ではないつもりじゃ。貴様が面倒に思うこともわしは甘やかさんけ、しっかり自分でやらせる躾ができる。貴様はバカじゃが、愚か者ではない。字ならわしの名前が書ければそれでいい。あとは教える。テレビが観たいなら見せてやる。風呂は一緒に入ればいい。飯を食うというちょるが、貴様はすずめほども食わんけ、もっと食えばいい」
あれこれとが言ったそばから、サカズキが答えていく。はぱちり、と目を瞬かせて、首を傾げた。
「ぼくのわがまま、サカズキに言ったらキリがないよ?」
「たとえばなんじゃァ」
目を細めてサカズキが問う。
言っていいのだろうかと、はためらった。
本当は言いたくない。
けれど、言わなければ、サカズキは納得してくれないだろう。
嫌われたくないから、言いたくなかった。
けれど、もう、隠し続けることもできないだろう。
ぎゅっと、は掌を握り締め、一度目を伏せてから、ゆっくりと口を開く。
「…サカズキに、すきに、なってほしいの。ぎゅって、して欲しいし、いっぱい触って欲しいし、ぼくのこと、呼んで欲しいし、一緒に、いてほしい。ぼくは、サカズキのものになれたらいいのにって、そう、思って、……んっ…ぁ…や、」
答えていくうちに、ずん、と、の中に入っているものが大きくなった。
喉の奥から甘い息を漏らし、は目を細める。サカズキがの上に覆いかぶさり、そのまま額に口付けてきた。ビクリ、とは体を振るわせる。ゆっくりとした腰の動きが戻ってきて、息を詰まらせた。
++
の言葉に抑えていた欲が肥大していくのがわかった。本気で泣かれたときはさすがに抑えようと思ったが、その必要はないとわかった。
なぜが心に病を抱えているのか、その原因をサカズキは知らない。
担当になっている精神科医に詰め寄っても口を割らなかった。
だが、極度に何かを恐れている、ということはなんとなしにわかっている。
自分に対して酷く遠慮していることからも、そうと言えるだろう。しかしだからこそ、が自分を頼るように、と根回しをしてきたつもりだった。
しかしこの結果を見る限り、の心の傷の深さを、自分は軽く見ていたのかもしれない。
ゆっくりと腰の動きを早めれば、の唇から吐息が漏れた。
口を塞いでその息を奪えば、小さな手が白衣を弱々しく握り締めてくる。
手放すつもりなど、毛頭ない。
そしてが自分を求めていることもこれではっきりとわかった。
好都合過ぎて笑いさえこみ上げてくる。
これの一切を自分のものにすると、とうの昔に決めている。何もかもを食い尽くしても足りないほどの欲を、サカズキはに感じていた。
「サカ、ズキ」
切なげに自分の名を呼んでくる、の瞼を指で触れ、目を細める。
「ならわしのものになればいい。退院するなら、わしが飼うてやるけ、安心しろ。貴様一人養えんほど、粗末な生活はしちょらん」
サカズキは頭の中で、最近僅かしか帰っていない部屋のことを考えた。一人暮らしのため寝室とリビング、それに書斎しかない簡単なマンションだが、と暮らす分には十分だろう。ベッドも小さなとなら丁度いい大きさである。
キッチンはには高すぎるので台を買う必要があるし、椅子や、の勉強机も揃えるべきだろう。
いや、風呂は、二人で入ってあれこれするには狭いかもしれない。今のの大きさなら問題はないが10年後あたりは手間になる。
そのころになれば家族も増えているかもしれないので、そのときは家を建てればいいか、とそう思い、サカズキは口の端を吊り上げる。
「シーツの色くらいは貴様にも選ばせてやる」
「……すごく突拍子がないんだけど、サカズキ、何考えてるの?」
「貴様との新生活じゃァ。後ろ向きで遠慮がちな貴様に、気遣いは不要とわかった。強引に奪わせてもらうから、諦めろ、」
サカズキからすれば、の不安も、何もかも、一切合切、関係ない。
が自分を求めているということがわかったのなら、とことん、奪いつくすだけだ。とりあえずは現在隠居生活を送っている自分の父親のところの養子にでもしておいて、が適齢になったときに籍を入れればいい。兄妹なら一緒に住んでいても問題はないだろうし、その上、サカズキは自分の社会的地位を自覚していた。他人に文句など言わせぬ。
「それに、これから忙しくなる。わしは2週間ほど貴様に会えなくなるが、我慢できるか?」
「??わからないよ?サカズキ、どういうこと?」
不思議そうにきょとん、と顔を幼くするが面白い。サカズキは喉の奥で笑ってから、の体に一度自分の欲を押し出した。
「ッ!!!!!!」
サカズキはのけぞるの首を掴み、吸い付いて赤い痕を残した。さすがに、自分の息も詰まるが表面には出さない。額に浮かぶ汗がこめかみを伝い、脈打つ体を沈めるために、ずぶりと、の中から自身を引き抜いて、サカズキはを抱きかかえたまま体を起こした。
膝の上にを乗せて、ぐったりとする小さな体、背を撫でる。
「それと、。このわしが貴様を嫌うようなことがあれば、それは貴様が浮気するか、心変わりした時だけじゃ」
「……ぼく…そんなこと…しない」
「ほう、口が利けるか。初めてじゃというのに、丈夫なことじゃ」
戯言のつもりだったが、言えばが顔を赤くして、サカズキの胸に顔を埋めて隠した。
「サカズキがしたいなら……もう一回してくれても…いいよ?」
「して欲しいのか?」
「……そうって言ったら、サカズキは嫌?」
最初は手加減をせず恐怖と痛みのみだったはずだが、この愛らしい態度はなんなのか。サカズキは口元を吊り上げて、ゆっくりとの尻を撫でる。どう考えても、やりすぎたという心はあるし、第一、初潮も始まっていない子供にすることではないという自覚もある。だがの体は問題なくサカズキを受け入れたということだ。
「、わしのところに来い。迷惑をかけるとか、嫌われるとか、考えるのは構わんが、わしがどれほど貴様を甘やかしてやりたいのかくらいは、知っておけ」
「どうして、そこまでしてくれるの?ぼくはサカズキのこと、何にも知らないのに」
「いずれ教えてやる。今は黙ってわしと暮らすと頷けばいい」
これから忙しくなる、という言葉に嘘はない。水面下で進めていたことを本格的に始動させねばならないし、が待っている家に毎日帰れるように仕事も調整しなければならない。ある程度の収入の確保や、将来のことも考えての計画もいっそう入念にする必要があるだろう。
そして何より、自分の父親への説得もある。これが一番面倒くさくてしょうがない。できれば葬式の時以外は行きたくもない実家に行かなければならないのが酷く不快だったが、しかし、が毎日迎えてくれる生活のためなら、あのろくでもない父親に頭を下げてやっても、まぁ、いいだろう。
あれこれ考えていると、くいっと、がサカズキのシャツを引っ張ってきた。
「なんじゃァ」
「……ぼく、サカズキのところにいてもいいの?」
おずおずと、見上げて問うてくる、その顔、その目が不安そうに揺れながらも、どこか期待に満ちている。
この顔が見たかったのだとサカズキは満足した。これに頼られている、これが自分に縋って来る、サカズキはの白い首を掴み、自分の方へ近づけて、耳元で囁いた。
「二度と聞くな。貴様がわしのところ意外にいくのは許さん」
+++
「おおむね、計画通りか」
言って面白そうに部屋を覗き込んだのは、どう見ても新宿の歌舞伎町あたりの「コスプレソープ」にいそうないかがわしさと色気を出しまくった、ナース姿の女性である。長身を惜しげもなく晒し、というのに制服のサイズはS着用。上はよかったが下はミニ、そのため編みタイツがいっそういかがわしさを強調している、という、まったく持って看護婦本来の清楚さが感じられぬ人物である。
薬剤師のトカゲさん。
ノリノリな性格と言動で患者たちに圧倒的な人気を誇る白衣の天使である。部屋の中で行われていたあっはん、な状況を逐一眺めてドレークに「あ、今が自分で腰振った」などと口で伝える鬼畜。そのおかげでドレークは壁のとこで灰になっているが、それはそれ。
「いや、まさかここまでになるなんて思ってなかったけどね」
向かい合う壁に背をつけたクザン、ぽりぽり、と頭をかいて、トカゲの言葉を否定した。
が退院させられる、というのは本当だ。明らかに目的はサカズキからを引き離すためだと、つまらなさそうに言うトカゲからそれを聞いたクザン、それならと一計したのが今回のこと。
ちなみに本当に出張予定はない。一週間後には退院させられるが、それに乗じてサカズキにも三日間くらい休んでもらい、の引越しの時間+どうせイチャつくんだろお前ら!!!の時間に当てれば言いと、そういう判断だ。
しかしそうといってもは絶対に首を立てに振らないだろう。
がサカズキに遠慮しているのはわかっていた。クザンも知らない何か、内面的な理由があったのだろうとは思う。それが何かは、精神科医が口を割らなかったのでわからないのだけれど、しかし、それなら、サカズキをたきつければいいのだ。
「…まさかね、ほんと、襲っちゃうとは思わなかったわけよ。おれも、そこまでサカズキが犯罪者予備軍とはね…?」
「卿はバカか。あのサカズキ先生が、が自分のところからいなくなる、と聞いて冷静でいられるわけがない」
トカゲはふん、と鼻を鳴らしてそっと扉を閉めた。どうやら中では第二ラウンドが始まっているらしいが、もう実況はしないらしい。どうせドレークが沈没したからつまらないとか、そういう、ドレークが聞けば胃痛で入院するだろう理由なのだろう。クザンは何も言わず、肩を竦めた。
まぁ、なんにしてもこれでの今後も、サカズキの不満も解消されたわけだ。
とりあえずクザンは、引越し日に自分も借り出されてバカッポーっぶりを見せ付けられることがないように、と祈りつつ、トカゲを見張りに残すと、ずるずるとドレークを引きずっていったのだった。
Fin
|