「ねぇ、それって楽しい?」
普段ドフラミンゴのビジネスに何の興味も気も向けないが、手に持って遊んでいた人形から顔をあげ唐突に声を上げた。電伝虫であれこれと島の興業の状況報告を受けていたドフラミンゴは軽く眉を上げて反応。まだ報告は三分の一ほど残っている。だがこれは滅多にないことである。電話の向こうの相手に「あとで掛け直せ」と中々に理不尽なことを告げ一方的に切った。電伝虫が「え、お、おい!」と顔色を変えたがその時すでにドフラミンゴは机から離れている。ゆっくりとの寝転がるソファに近づいて、己は床にどっかりと腰を下した。ここで連絡がつかなかったくらいで影響が出るような甘い商売はしていない。
「何だ、人身売買に興味あんのか?」
何度も振り返り、確認したい
ドフラミンゴは常々に、いかに金儲けが面白いか、海賊や海軍、あるいは政府を相手にビジネスをすることが難しく、そしてだからこそ渡り歩き、快感を覚えるものかと聞かせてきた。しかし、には「人生短いんだからゆっくりしなよ」と笑われるだけだった。これが幼い子供なら大人の世界の明暗に魅力を感じるには早いだけだと思うのだが、の場合、ウン百年生きて達観しまくってまった故のことである。この魔女は自分を崇拝する男の財産よりも近所で売られている金魚が今日は売れ残っているかどうかの方が興味があるらしかった。
はキョトン、と顔を幼くして寝返りを打つ。そういうしぐさは幼い子供そのもの。午後ののどかな昼下がり。先ほど食事も終えてゴロゴロと機嫌よさそうに喉を鳴らしくつろいでいるように見えるが、ドフラミンゴが手を伸ばして触れようものなら、即座に飛びあがって逃げる警戒心は瞳の奥に潜んだまま。触るくらいいいじゃねぇかと時折ドフラミンゴは本気で怒りたくなる。だが怒ったらもう帰ってこないような気がして中々声を上げられない。そう甘やかしてしまうからは一向にドフラミンゴに懐かない。
一年前よりは短く、半年よりは長い、少し前に突然ふらっとがやってきた。ドフラミンゴが呼んだわけでもなく、例の取り決めの日でもなかった。酷い嵐の夜にドフラミンゴがその時根城にしていた島に来て「久しぶり」とそれだけ言って、勝手にドフラミンゴのベッドで寝た。朝起きたらいなくなるんだろうとその時ドフラミンゴは思った。嵐をやり過ごすために来たんだろう。だからその日は一晩中の寝顔を見ていた。怪我をしているわけでもなく、ただ自分のところに来る理由が他に考えられない。はそういう生き物だった。ドフラミンゴが、どれほどに会いたいと思い、どれほど苦心しているか知っていながら、そういうことを平気でするのだ。
それで、次の日の朝、ついドフラミンゴが眠ってしまい目を覚ました時に、やはりはおらず、わかっていたことだが少なからず落胆した己に自嘲、そのとたんドフラミンゴの部屋のドアが開いて「ドフラミンゴも朝ごはん食べる?」と、厨房からちょろまかしてきたパンの耳をかじりながらが顔を出した時には本気で驚いた。
それから今日までずっと、はドフラミンゴの傍にいる。
どれくらいいるつもりなのか、とは聞かなかった。聞けば次の日にいなくなるような気がした。何があったのかとか、どういうつもりなのかとか、そういうことはどうでもよかった。ただ、明日にはいなくなるかもしれないということだけが、時折ふと頭をかすめる。
「興味っていうか、素朴な疑問なんだけど」
「なんだ?」
「ドフラミンゴは、どうしたら人身売買とかってなくなると思う?」
真っ青なの目。丸く大きく、不思議そうにドフラミンを見つめる。そういえばは随分と昔に世界貴族の屋敷に火をつけたことがあるらしい。らしい、というのは、それはもう百年以上前のことで、ドフラミンゴが生まれるずっと前だから、詳しくは知らない。
「フフッフフフ、人間の売り買いは嫌いか?」
「あのね、ハデ鳥バカ鳥アホウ鳥。ぼくにそういう道徳的な質問はしないでよ」
困る、と、本当に迷惑そうに眉を寄せてがふぅっと息を吐いた。基本的にに優しさというものはない。慈悲や慈愛の心というものがどんなものなのかは知っているようだが、自身がそれを他人にあてはめる、ということがない。ドフラミンゴは喉の奥で引っ掻いたように笑い、に手を伸ばしてみる。あまり機嫌が悪いわけでもないのか、は珍しく飛びのかず、ドフラミンゴの指がその髪を撫でても黙っていた。
ドフラミンゴは、別に「悪いこと」だから人身売買をしているわけではない。儲かるからだ。動物の売買でも構わないが、人間ならタイプもよりどりみどり、言葉も話し、主人の要望を理解する脳がある。希少生物のように捕獲するのに莫大な金がかかるわけでもない。しかも海賊や犯罪者なら何をされたところで文句の出ないこの世の中だ。
自分も海賊だという自覚があってこそ、ドフラミンゴは犯罪者を気軽に売りさばく。いやなら逃げればいい。己を捕える檻以上の力を持って逃げだせばいい、それだけのことだ。人身売買で売られる人間は、自分より強いものがいたからだ。ドフラミンゴは、たとえ自分が人身売買のリストにあげられたとしても、慌てず騒がず、あっさりと今の地位のままで居続けるだろう自信があった。世界貴族は不可侵と、それが世の法であるけれど、法は必ず破られる。だから数年前、例の冒険家は“奇跡”なんて起こせたのだ。破られてしまうから、法はあるのだとも思う。
「簡単な話だ。買うやつがいなくなりゃいい。儲けがなきゃ誰もやらねぇさ」
「ふぅん、じゃあちょっとあのバカどもの末裔滅ぼしてこようかな」
あっさり行って立ち上がろうとするその体。ドフラミンゴは低く笑って抑えた。は嘘をつかない。冗談は言うが、世界貴族に対しての言葉で冗談を言っているのを聞いたことはなかった。本気でやるだろうということはわかり、別にそれで思う心はとくにない。世界貴族が全滅すれば世の状況も変わるだろう。変わる、激動の中に己が身を落としてどうにかするのも面白い。しかもその激動はが引き金になるのなら、それほどに面白いものもないだろう。が、しかし、今すぐにが出ていくのが気に入らなかった。
「フッフフフフ、買ってるのは何も世界貴族だけじゃねぇぞ」
「だよね」
腕を掴まれ、すとん、と、再びは座り込む。ついでとばかりにドフラミンゴは腕の中にを納めてみようと試みるが、その前にげしっと、蹴られた。容赦ない。
「さっきの人と電話しなくていいの」
「かけてくるだろ」
「かわいそうだよ。掛け直せって、どのタイミングか悩むと思うのに」
「フッフフフ、なんだよ、俺がいたら邪魔か?」
「寄るな触るな近づくなって、ののしるだけ無駄だから最近諦めたけど……鬱陶しいんだよね、君」
小さなため息ひとつ。そのしぐささえもかわいらしいと思ってしまうものだからドフラミンゴはもう、末期だ。クロコダイルに以前「それでいいのか」とバカにされたような眼を向けられたが、愛☆で何が悪いのかと逆に開き直った男だ。は可愛い。ドフラミンゴは真剣にがこの世で一番可愛いと思っている。自分のことを毛虫かゴミでも見るかのような眼も好きだし、時々気まぐれにいたずらをしてくる子供っぽい目も好きだ。の高い声も好きだ。小さな手足も好きだ。本人はものすごく気にしているらしいが小さな胸もばっちり好みだ。(いや、正しくはドフラミンゴはスタイルの良い女が好きだったのだが、限定での体系がストライク100%になった。時々「え、俺って幼女趣味だったのか」と自問自答したくなることやら罪悪感みたいなものがあるが、そんなことを気にしていたらキリがない)真っ赤な髪も好きだし、海よりも青い目も好きだ。というかもう、ドフラミンゴはの何もかもが気に入っていた。
そのがいま、自分のところにいる。なんでかは知らないが、自分のすぐ近くにいるということ、これが歓ばずにいられるだろうか。いや、無理だろう。
「……いやらしい目でぼくを見るなッ!」
べちり、と、いろいろと思考に沈んでご満悦となっているドフラミンゴの顔をばしん、との小さな手が叩いた。悪いがちっとも痛くはない。逆に、叩いてきた手を掴み、ドフラミンゴはその掌に舌を這わせる。ぞわぁっ、とが目を見開いて嫌そうな顔をした。
「フ、フッフフフフ、フフッフッフフフ。別に今ここでお前を脱がして犯そうなんて考えちゃいねぇさ」
「ぼくに変なことしたら、嫌いになるよッ」
今も十分嫌われている気がするのだが、的にはまだまだ、ということなのだろうか。
は毎回、ドフラミンゴが実力行使に出ようとすると「嫌いになるよ!」と脅しをかけてくる。しかし、妙な話だ。嫌われているのなら、これ以上嫌われたってどうというのか。ドフラミンゴはこれを言っているのが以外の人間だったらせせら笑って一蹴し、自分のやりたいようにする。だが、がそう言うのなら、己はあっさりとおとなしく引きさがっているのだ。
両手を上げて降参、という様子を見せると、僅かに動揺していたの目にほっとした安堵の色が沸いた。目ざとく眺め、ドフラミンゴはサングラスの奥の目を細める。
(俺が少しその気になりゃ、たった今この場でお前を思いのままにできるんだぜ、なんて言ったら泣くんだろうな)
これまで知らなかったことだが、ここ最近、とともに過ごしてドフラミンゴにはわかったことがある。のその傲慢な性格は自己防衛らしい。常に己が上位に立つことで、人を圧倒することで、見くびられぬよう、侮られぬようにと、必死の防衛。確かに、の外見は(商品として客観的に判じて)とても美しい。赤い唇は口付けするためにあるとしか思えないし、薔薇色の頬は手にとって撫でてやりたくなる。男の保護欲と征服欲、それに嗜虐心をいい具合にそそる。丸い大きな目が熱に浮かされたところを想像するだけで下半身が疼くもの。ありていに言えば、男にとって手を出さずにはいられない生き物なのだ。
それに加えて、には「悪魔の飢餓」がある。暗がりでいつ侵されてもおかしくない状況をそう何百年も続けていれば、確かにおのずと「少女のあどけなさ」や、あるいは「傲慢さ」で身を固めるしかないだろう。
「フッフフフフ、これ以上嫌われてたまるかよ。冗談だ。お前の嫌がることはしねぇ」
手を上げたまま笑い、言って、ドフラミンゴはソファに腰掛けるを見上げる。はキョトン、と首をかしげて「嘘だったらぶっ殺す」と物騒なことを、あどけない顔で言う。
「お前に嘘はつかねぇさ」
「存在が胡散臭い代表みたいなのにね」
「フッフフフッフフフ、褒め言葉として受け取って置くぜ」
がっつりメモリー永久保存モノだな、と冗談めかして(結構本気だが)言えばが手頃なクッションを投げてきた。避けられたがあえて受けて、ばふっと情けない音が顔面から落ちる。そしてそのままがふわりとあくびをしたので、問いかけてみる。
「寝るのか」
先ほど昼寝をしていたが、このところはよく眠る。どちらかと言えば眠りはそのまま悪夢に直結しているタイプらしく、8割は魘されるのでドフラミンゴが起こしてやっていた。安らかな笑顔をしていると思えば、次の瞬間叫びだす。魘されてあちこちに制御できぬ力を撒き散らすのは構わないが、が怪我をするのはいただけぬ。人がいる場所でしか眠らないのは、そういう防衛本能だろう。眠るのなら付添が必要だ。今のところ外に出なければならない仕事はない。のベッドの下で書類を広げて仕事をするのがここ最近のドフラミンゴの日課だった。それは効率が悪いんじゃないだろうかと、それとなく部下が進言してきたが、逆に捗っている。が寝ぼけて赤犬の名前を呼んだ時にはグシャリと重要書類を握りつぶしたが、それはそれ。
「…んー……うん。そうする」
眠ろう、と決めればはすぐに眠りが近付くようだ。瞼をこすりながら、ドフラミンゴに手を伸ばす。甘やかされて育ってきた。自分が眠い時に自分の足で移動するなどいう考えは及ばない。必ずドフラミンゴが運んでくれると知っている。自分は本当にに甘いとあきれながら、ドフラミンゴはの小さな体を抱き上げた。こういうときばかりは触っても怒らない。
ドフラミンゴのはだけた胸にの頭がこつん、と当たった。ゆっくりと歩く振動が心地よいのか、気持ちがよさそうに目を細め、ドフラミンゴの胸に頭を預けてさえくる。
本気でこのまま押し倒してやろうかと何度か思いながら、そんなことをしたらどうなるのか、わかりきっている。過去に一度だけ、に心底懐かれていたのにあっさり手を出して、それから一度も口を聞いてすらもらえなくなった赤髪を思い出す。あの男は本当にバカである。海賊王のところにがいたころからの付き合いだというのに、一時の欲に負けての「信頼」を叩き割った。そんな阿呆な目に自分があうのはごめんだと、ドフラミンゴは頭の隅でヒューマンショップの売上や今後の展開などを考えた。新時代の足音が、ドフラミンゴの耳によく聞こえてくる。ならもうそろそろ人身売買も潮時だろう。世をひっそりと騒がせるドラゴンのはっきりとした行動はドフラミンゴでも掴み切れていないが、しかし、あの男が“革命”を起こせば、今の情勢がそっくりそのまま反転することもあり得る。世界貴族を相手にした商売も、あまり長く続けるべきではない。危ない、と思ったら即座に身を引くのがドフラミンゴの流儀だ。世が騒ぐよりもずっと前になるため、周囲からは「なぜ?今が絶頂じゃないのか?」と不思議がられる。見る目のない連中ばかりだと、損がなくて助かるものだ。
あれこれと考えていると、腕の中ののことを意識せずに済む。自制がきかないほど女に困っているわけではない。むしろ、がここで暮らすようになってから、ドフラミンゴは己の中の激しい欲を沈めるために多くの女性を抱いた。最初はどことなくに似た女を相手にしていたのだが、そうなるとそうなるで妙な罪悪感がある。この自分に罪悪感を覚えさせるなんて本当に何なんだと情けなくなるが、に関してはあきらめていた。
やわらかな寝台にをおろして布団をかければ、ふわりふわり、とが欠伸。ぼんやりとした目。そのまま枕に顔を埋めた。すぐに眠りにつくかと思えば、もぞもぞと顔だけを少しずらしてドフラミンゴを眺める。
「ドフラミンゴは寝ないの?」
「フッフフフ、隣で寝ていいのか」
「ハデ鳥は死ねばいいよ。って、そうじゃなくて、君が寝てるところ、あんま見たことないなぁって」
それはそうだろう。基本的にドフラミンゴは自分が寝ているところを人に見せることはしない。の隣でなら熟睡してもいいが、そうしたら誰がを悪夢から起こすのだと、そういうことになる。だから最近、確かに睡眠時間は減った。しかしそれが何だというのか。が自分の健康状態を気にするとは思えずに解せぬ顔をしていると、眠気眼がふわり、と細くなった。
「寝れないの?」
「まぁな」
本当の理由を教える必要はない。答えた言葉だって嘘ではない。ここ最近は隣にがいるのに眠れるわけがない、という意味でだが。そんなことを汲み取るではなかった。他人の(赤犬とか赤犬とか赤犬とか)の感情は理解しようと必死に機嫌を伺うのに、それ以外の人間の感情や内に隠された本心など知ろうともしなかった。小難しそうな顔をして「うん」と首をかしげ、体を起こす。眠いのだろうに、何度も目をこすり、それでもまだ起きていようとする。ドフラミンゴが怪訝そうに顔を向けると、の手がドフラミンゴの額に触れた。から触れてくることなど本当に稀である。バカ正直にじーんと感動してしまう心が表に出ぬように(妙なプライド)自制して、ドフラミンゴは固まった。
そのの手がドフラミンゴのサングラスを外す。一瞬、罪悪感にまみれた目がドフラミンゴの弱視にも確かに確認できたが、それはすぐに消える。そのままその小さな手が、瞼に触れてきて、さすがに素直に驚いた。
「おい、」
「寝れないのはつらいよね。いやな夢とか見るの?」
「俺は夢なんて見ねぇさ。眠ってるのが惜しいだけだ。言うだろ?時は金なりってよ」
軽口。の手が離れて、ごろん、と再び横になった。まっ白いシーツの上にの赤い髪が散らばる。燃えるようなその色に手を伸ばそうとして、ドフラミンゴは手のひらを握りしめた。
「何かお話をしてよ、ハデ鳥」
「お前…この俺がガキの童話でも知ってるように見えるのか?」
「ドフラミンゴが見る悪夢の話でもいいよ」
どんな外道だ。
逆のことをが言われたら嫌だろう、という返しはしなかった。しかし、あの口うるさい、やけに恐ろしい顔をした正義の大佐殿によく教わっていなかったか?「人の嫌がることはしてはいけません」と。
「悪夢、ねぇ」
「うん、そう。ミホークはね、怖いものがあるんだって。クロコダイルくんもあるよ。何なのかは教えてくれないけどさ。ねぇ、ドフラミンゴは?」
の口から自分以外の男の名が出るのは気に入らぬが、あの二人はドフラミンゴの敵にはならぬ。嫉妬を感じるならあの大将か、それか水の都の市長だとドフラミンゴは決めていた。それで、のすぐ近くに腰をおろして、自分の悪夢を考えてみる。
「朝起きて隣に見たこともねぇ女がいて、俺はきっちり寝巻きを着こんでる。まっ白いカーテンに、まっ白いシーツ、それに小さな部屋。すぐ隣には赤ん坊のゆりかごがあって、俺のガキだった」
「お家は絶対白い屋根のレンガの家だね。庭にはやっぱり薔薇の花?」
「あぁ。俺の嫁さんが育ててる、スイレンやらシャクヤクやらだろうよ。起きたら挨拶をして朝メシを食う。嫁さんが作った、パンと玉子と野菜と、そんな味気ねぇもんだろう」
がころころと面白そうに喉を鳴らした。言いながらドフラミンゴは「ぞっとしねぇぞ」と合間に呟く。この自分が大人しく所帯を持つなど悪夢以外の何でもない。そういう夢を見た日はたいがい、ドフラミンゴは手頃な海賊やらをつぶしに行く。完全に八つ当たりである。それに思いつく限りの「非道」をしてみて、それで、自分がそういう日向に縁がある生き物ではないのだと(誰に対してか知らないが)思い知らせようと試みるのだ。
「嫌なの?そういう平和なの」
楽しそうだよ、と、の声。眠気さえなければきゃっきゃ、と声を弾ませただろう。ドフラミンゴが嫌そうな顔をしているのも、楽しむ要因なのかもしれない。ドフラミンゴは息を吐いての額に掛った髪を払う。それは拒まれなかった。
「あぁ、嫌だな。ごめんだ。そんな事態になっちまったら首を吊る」
たとえ今の立場が何も変わらず、七武海で海賊で、極悪非道で、ビジネスマンで、ありとあらゆる、今のものをそのまま持っていられているとしても、自分が家庭を持つということがドフラミンゴは嫌だった。ふと、とならどうだろうかと考える。この幼い目をした、愛しくてしょうがない生き物を妻にしたら、やはり嫌だと思うのだろうか。
「ドフラミンゴは似合わないものね、そういうの」
ドフラミンゴの胸中など知らず、は仰向けになってゆっくり息を吐いた。上下する胸を眺めながら、ドフラミンゴは頭の中で考える。
とこうして過ごしている最中、ドフラミンゴはがここで快適に過ごせるようにかなり気を使っていた。の持ち物(と言っても、ここで生活するためにドフラミンゴが与えたもので元々が持っていたものではない)には汚れ一つないように、呼べばすぐに誰かがの要求をかなえられるように、身につける衣服にはシワがないように、暖炉には常に火が入っているように、くつろぎやすいようにやわらかなクッションをできるだけ部屋に置くように、あれこれと、本当に気を使った。どこぞのお偉いさんを招くときだってこんなにあれこれと指示を出して心血を注がないだろうというほどだ。使用人たちには毎日「あいつに何かあったら全員、覚悟しろ」と言い聞かせてある。それは手間でも負担でもなんでもなかった。むしろドフラミンゴは、が同じ屋根の下で生活し、自分がに居住を与えてやれていることが嬉しかった。のためにあれこれと考えられることが楽しいとすら思えていた。
そんなと所帯を持ったら、毎日自分は幸せだろう。そういう確信がある。
しかしとそういう展開になることは絶対にないだろうと、そういう確信もあった。ドフラミンゴは知らず笑いがこみ上げて、いつものあの笑い声を立てると、目を閉じていたが「煩い」と文句を言ってきた。その額に手を当てて、奪われたサングラスを取り戻して再び視力を守る。
戻った薄暗い視界に、の顔が移ったがもうドフラミンゴに興味を失い、あとはただのんびりと眠ろうという顔だった。
Fin
・鳥がどんなにヒロインをすきかが書きたかっただけです。
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