シャボンディ諸島のショッピングモール、あの、ここ普通に無法地帯じゃないんですが、という常識なんぞなんのその、買い物袋を大量に抱えて上機嫌にひょこひょこ歩く。そのの倍の荷物を抱えている、こちら黒尽くめではあるが普段の装いとはちょっと、いや、かなり違うX・ドレーク。
太陽が昇るなり「買い物に行こう!」と、腹の上に大分されて朝っぱらから軽く呼吸困難に陥ったドレーク、もう半分諦めているのでたいして逆らうこともせず、一応自分はお尋ね者、ショッピングモールなんぞ出歩けるわけもない。変装、というか、普段の装いを変えてこちらダーク系のシックなシーツに身を包み、帽子もマスク(なんですか?)を取り外して見れば以外にばれぬもの。それもそのはず「堕ちた海軍将校」「赤旗X・ドレーク」はそれ、仮装なんですか?というような奇抜な格好でのイメージが強いし、普段顔を隠しているためにあまりばれない。まぁ、その特徴的な顎の傷で多少「あー、そういえば?」と思うようなこともあるが、その傷にしたって、が消している。
「まだ買うのか?」
ということで、の買い物に散々付き合わされて気付けば日中日も高い。そろそろ腹が減ったとが駄々をこね始める頃合。さすがに付き合いも長くそういうタイミングは心得ている(心得なければ背後から回し蹴りがくる)のでちらり、と、ひょこひょこ前を歩くに問いかけた。
散々買った。本当に、こいつの経済観念どうなってるのだと問いたくなるほどに、いろいろ買っていた。洋服、バック、本、双眼鏡に、それは今買うべきなのか?と折り紙まで。その殆どが後日己をいびる道具にされるなど今のところドレークには想像もしていない。普通、無理だろう。
「んー、あと春ものの下着も欲しいんだ」
「頼むからそれはジュエリー・ボニーと買いに行ってくれ」
一瞬考え込んでとんでもないことを言い出したに即座に突っ込めば、やはり冗談か、けたけた笑う。いや、だがここでドレークが突っ込まなければ、本気でドレークをランジェリーショップに行った。純粋な嫌がらせとして。
「冗談だよ。赤旗。まぁ、それも面白そうだけど……あとはアクセサリーいくつか露店で見て終わり」
普通かさばらないものを最初に買うのではないかと、そういう疑問はあるが、突っ込みを入れるのは無駄である。そうか、とドレークは頷く。
「装飾品か」
「そういう言い方するとなんかお堅いケド、ぼくも一応女の子だからね、そういうの結構好きなんだよ」
自分で一応、を付けるあたり自覚はあるようだ。そこには感心して、ドレーク、そういえば、とを改めて眺める。
ドレーク海賊団の料理長が毎日大量にいろいろ食べさせるわりに、いつまでも細い。(というか、小さいままのこの少女。まぁこの体は四百年前に死んでいるというのだから成長などしないのかもしれないが、髪や爪は伸びている。骨折すれば骨だって治るのだから、そのあたりどうなのだろう)
来ている服も嫌がらせかドレークの普段の服装を真似ているものだったり、はたまた一昔前の海賊の格好など、あれこれとさりげないセンスやこだわりは見えていた。が、装飾品の類をしている印象はあまりない。
海軍時代からドレークの知る限り、は常に(首の痣を隠すため)チョーカーを着けてはいるが、そのほかの装飾品、指輪やネックレス、腕輪などといったものをつけていた覚えがない。彼女の本体たるパンドラの方はロブ・ルッチの熱心な訴えにより着せ替え人形よろしくあれこれと様々な宝飾を着けていたが。
「赤旗が買ってくれたら何でも付けるよ?」
思考にふけるドレークを読んだのか知れないが、がにっこりと提案してくる。ドレークはあからさまにいやそうな顔をした。
「なぜ俺がお前に物を贈らねばならん」
「そこは気持ちで!」
「ないない、一切ない」
「まぁ冗談はさておき」
冗談か、だからこいつとまともに会話をするのが嫌なんだ…。と、ドレーク溜息を吐き腕を引いてきたに顔を向ける。
「なんだ?」
「お腹すいた……」
やはりそうきたか。まぁ船のコーティングが住むまではこの島にいる予定、明日また時間を作って露店を回ればいいと、そう思いドレークは立ち止まる。
「では船に戻るか」
今頃昼食の支度がされているはずである。今日のメニューはなんだったかと、確か出かけに背中に向かっていろいろ叫ばれた記憶を思い出そうとしていると、ぐいっと、がドレークの襟首を引っつかんだ。普通に、首が絞まる。
「なんで?!屋台とかそこらにいっぱいあるじゃん!」
ショッピングモール、にぎわうだけあっていろいろな出店も出ている。のすきそうな(どう考えても色のおかしい)ケーキやらクレープやらの店もあちこちに。屋台で買い食い、立ち食い、はそういうのが好きだ。が。
「お前は……俺が賞金首だということを忘れてないか?」
本日何度目かになるか、数えるのも億劫になるほどこなしている溜息を再び吐き、ドレークは額を押さえた。
「俺は二億の賞金首だ。しかも元海兵。海賊からも海兵からも恨みは多く買っているし、狙われる覚えもある。出来る限り外で何か口にするのは控えた方がいい」
「あー、毒殺?」
ぽん、と、思い当たったかが手を叩いた。
正面きって敵わぬ相手は薬物を盛るに限る。店主を脅したり、無差別に投与したりと、ドレーク一人に被害が出るわけではなく、周囲まで被害を被ることになりかねない事態は避けるにこしたことはない。一応ドレーク本人は海兵時代の賜物である程度の毒物には耐性を持っているが。
「お前は俺の連れとみなされている。お前も出来る限り買い食いはするな」
「じゃあお菓子買って」
「今の俺の話を聞いていたのか……?!」
さすがに突っ込みを入れてしまい、徒労を知る。まずこの生き物、危機感というのがないのだ。聞いた話では毒物等はしっかりと効果があるらしい。刺せば死ぬようにもなっている。(限定的だが)が、長く生きているとそうなるのか、達観しすぎているところがあるよう。ドレークは散々振り回され、最近ではもう、なんでこの生き物にそれでも惚れてしまっているのだろうかと自分を責めたい。
「あーあ、ま、でもコックのおじちゃんのご飯スキだからいっか」
いろいろ落ち込んできたドレークを完全放っておいて、、機嫌よく口の端を上げる。相性がいいのか何なのか、幸運なことにはドレーク海賊団の面々によく懐いた。特に料理長と船医、それに航海士の三人は、それぞれの事情など知らぬだろうに、いや知らぬからか孫か、娘か妹かのようにを可愛がる。
出店で何か食べれずとも、懐いた人間の手料理なら文句はないと、そういう判断。とりあえずここで問題は起こされずに済むとドレークが気を取り直して船に戻ろうと足を進めると、やはりに腕を引かれた。
「ちょっと待って!最後にお花屋さん行きたい!」
「花屋?」
「うん、薔薇欲しいんだ。最近見てないし」
が毎日付けていた薔薇の髪飾りは生花である。多少魔法で長持ちするようにしているらしいが、それでももって一ヶ月だそうだ。(十分じゃないのか?)
彼女の本体のあるエニエスの塔もそういえば薔薇で覆われていた。は薔薇が好きだ。赤い薔薇が特に好きらしい。
「そうか、ならばそれは俺が買おう」
確かにには薔薇が似合う。最近付けていなかったことに気付かなかった。忙しかったわけではなく、といえば頭より足とか手とか、そういうところが目につく。いつ蹴ってくるかわからないので。一応己はと懇意の関係(間違っても恋人だとは言えぬし思えぬ自分にドレークは内心溜息を吐いた)にあるわけで、そういう、女性の変化に気付かぬのはよくなかったと、そう反省する。
「どういう風の吹き回し?」
それで、そう提案すれば喜ぶどころか少々疑いの眼差しの。こういうことにはなれていない少女、そこは可愛らしいと素直に思い、ドレークは僅かに表情を緩めた。
「素直に貰っておけ」
ぽん、と、の頭を叩けば弁慶を蹴られた。いつものことである。
それで、やってきました花屋の前。色とりどりの花。グランドラインには多くの花が存在し、入手ルートさえ確立してしまえばより取り見取り。ドレークはそれほど植物には明るくないが、それでも己でも知る花もいくつかあるほど、品揃えが良い。
「う、わぁぉ」
店に入るなり、が嬉しそうに笑った。彼女の癖、本当に喜んでいる時は笑い声が違う。
大量の買い物袋よりも、恐らく今が一番楽しいのだろうと、花に囲まれたを見て思う。は確かに、花畑にでもいるのが似合うだろうなと、ぼんやり思った。そういう場面には生憎とおめにかかったことはないし、今後もないだろうが。
「どれがいい、好きなのを選べ」
しかしここで寛いでいては「お腹すいた」攻撃がいずれやってくる。夢中にさせるのは一時のみがよいと、そういう采配。一応彼、部下を抱える船長である。指導、先導はお手の物。
気前よく、というよりは目的達成を急がせるためにそういう。、くるんくるんと機嫌良さそうにしていた動きを止めて、「うーん」と店内を見渡し、迷うよう。
「じゃあこのラフレシア」
「薔薇と言っただろう!なぜよりにもよってそれなんだ!?」
「まぁ、冗談は置いておいて」
ケタケタ笑い、は手に持っていた人食い花と名高いその花の鉢植えを置いた。
「お前というやつは……」
呆れるドレークなんてやっぱり放置、つぎに店内を見渡して、目を留めたのはガラスケースの中の花。
「うん、これがいいな」
真っ白い、雪のような花である。薔薇だ。白い、花弁は普通の薔薇より若干多く、三角というよりは丸みを帯びた花の形。それでも薔薇と分かるのは緑の茎にある棘のお陰である。
「赤でなくていいのか?」
ひょいっと、ドレークもその花を覗き込み問う。紅い薔薇の好きな、白い花を頭につけているのは珍しいのではないだろうか。
「うん。たまにはね、白いのも好きなんだよ」
「そうか」
本人がいいといっているのでそれ以上の追求はない。ドレーク、店員に金を払い、そして棘を払ってもらい、貰う。店を出るときにはの髪飾りが出来上がっていた。
キラキラ、太陽の光を受けて白い薔薇が輝く。いつのまにか魔法もかけたらしい。水の粒が丸い形となって花弁に張り付いていた。雫がこぼれて宝石か何かのように垂れる。こういう魔法の使い方ばかりなら良いものを。
「大事にする。ありがとう、赤旗」
白い花を頭につけて、ふわり、と、嬉しそうに笑う。普段からこう素直であれば可愛げもあるのにと思いながらも、こういう顔が見れたのだし今日は付き合ってよかったと思う。(朝からいろいろ苦しい思いをさせられたが)
機嫌よく軽い足取りで歩きながら、ふとが真顔になってドレークを振り返った。
「ねぇ、ね、こういうパターンだと必ずチンピラか海賊に絡まれるんだけど、今のところないよね?」
なんのパターンだ、大通りで行き成り奇襲をかける馬鹿はいないだろうと、そういう突っ込みをドレークがしようとした刹那、背後から、何か本当、空気読まないどころか常識も読まないやつの声が響いた。
「いいところで会ったなぁ、ドレーク屋!!!」
ぴたり、と、ドレーク、の足が止まる。けれど振り返りたくない。絶対、振り返りたくない。
「あ、馬鹿発見」
しかしその思い、も一緒、ではなかったらしい。くるりと背後に顔を向けたがぼんやり呟いたのをドレークは聞き逃したいと切に思った。
「今日こそはをこっちに渡してもらうぜ!なぁ、ベポ!」
「キャプテンってばなんでこう素直に言えないのかなぁ。ちゃんと遊園地行きたいって言えばいいのに」
なんか、声がする。前回正座をさせて散々説教したにも関わらず、全くめげていないらしい、その人物。今日も今日とてお供はクマか、とそういう突っ込みもドレークにはする気力がない。
「うわぁ、熊だ。白くまが喋ってるよー、赤旗。いいなぁ、あれ」
つんつん、と、はドレークの服を引っ張る。完全に他人のふり、無関係です、人違いです、と決め込みたいのに容赦ない。
「ふっふふふ、俺の船員になれば毎朝毎晩ペボに会えるぜ?いいだろう?俺んとこ来いよ」
「絶対ヤ」
「ふふふ、つれないこと言うなよなぁ。なぁ、ドレーク屋、お前がに一言言ってくれりゃあ問題は解決するんだぜ?」
もうこうなったら逃げられない。溜息一つ、ドレークは振り返って、その、どーん、と、背後に仁王立ちしている青年。全体的に青白いイメージの、一応同海出身者、死の外科医とかそういう、おっかないどころかそれ医者という名前に対しての最大の罵声なんじゃないかと思われる二つ名の海賊を眺める。
「熨斗を付けて貴様に押し付けてやりたいが、生憎俺の言うことを利くような生き物でもないんでな。諦めろ、トラファルガー・ロー」
言って聞く相手ではないだろうが、それでも一応言っておく。ちなみに言いながらちょっと悲しくなった。一応、現在自分の船の船員なのだが、本当に、これっぽっちも言うことをきかない。
トラファルガー・ロー、何をとち狂ったのかとドレークは心底聞きたいが、よりにもよってを仲間にしたいとか、そういうことを本気で思っているらしい。止めておけと再三忠告したが聞き入れられず、もう似たもの同士のようだしお前らはセットになって海軍に掴まってくれと、そういう願いがたまに出てくる。
その、トラファルガー・ローが「気に入らない」らしい。以前足をくじいて助けられた恩もあるというのに、彼女にしては珍しく「きらい!」と前面に出している。今も「んべー」と舌を出して、持っていれば塩でも巻きそうだ。
「どう考えてもお堅いドレーク屋より俺の方が面白いに決まってるのに、何が不満なんだ?おい」
腕を組み、お前自分の噂を聞いたことがあるかと、そう問うてやりたくなるような阿呆なことをぬかしているトラファルガー、もう突っ込む気力もない。は舌を出してひょいっとドレークの背中に隠れ、一言。
「ぼくSに興味ない、どうせ相手にするなら心底嫌がってくれるような赤旗がいい!!」
と、そう、言う。
「あ、ドレークさんが泣きそうだよ」
どん、と、立派に言い切ったに、ドレーク、正直に泣きそうになった。それを目敏く見て白くまが何か言うが、そんなことは耳にも届かない。
「いいじゃねぇかSだって!S同士でいいだろ!お前をMに変えてやるよ……!!」
「心から遠慮するよ!」
ぎゃいぎゃいと、騒がしいショッピングモール。次第に騒動、発展してトラファルガー・ローの抜刀に始まり、のデッキブラシでの攻防、一応ドレークは白くまと一緒に観戦していたのだが、騒ぎを聞きつけた海兵の足音でとりあえずその場はお開きになった。
X・ドレーク船長、とりあえずの買い物には二度と付き合うものかと、先ほどまでの和やかな気分は一気に吹っ飛び消えうせて、そういうことをぼんやりと心に誓うのだった。
Fin