午後のうららかな日差し、窓辺に設置させた真っ白いソファの上でこっくりこっくりと、が眠気と格闘しているらしいのがドフラミンゴには面白かった。そのまま寝ちまえばいいじゃねぇかと、軽口を叩いたのが十分前。丁度昼食も終えて腹もいっぱいになっていたようだから、眠くなるのは道理だろうよ、とそういう風に言ったら、の妙な意地が発生したらしい。絶対に寝るもんか、と、そんな意地など意味がないだろう、そういう無駄さ、普段、他の人間がしていればせせら笑うだろうドフラミンゴ、対に関しては完全に愛☆フィルターが掛かっている。そういう無駄な意地も可愛らしくて仕方がない、とばかりに眼を細める。

終始無言でいるのはが来たときに珍しいことではないけれど(あまり喋ると嫌がられる)折角定期的な決まりごとでが自分のところに来ているのだ。このまま黙々と仕事をしているのも芸がない。それでドフラミンゴ、少し考えるように頬杖をつき、ぽつり、と口を開いた。

「抱いていいか」





ハニーシロップ





「死ねばいいよ」

ぱふっ、と即座にクッションが投げつけられた。よけると嫌われそうなのでそのまま受けて、机の上にクッションが落下する。普段ドフラミンゴの部屋にはまずありえない、可愛らしい林檎の形のクッションだ。、普段心底冷め切った眼やら言動をするくせに、意外に可愛らしいものが好きらしいと、そうドフラミンゴが気付いたのはごく最近。きっかけは、本当に気まぐれ、というか、これまであまりに多くの贈り物が即座に質屋に(目の前で)流されていたもので、半分ヤケになって贈った大きなくまのぬいぐるみ。

普段であれば即行質屋、あるいはその場で赤犬に焼却されるのが常なのだが、その大きなくまのぬいぐるみ、に限っては持ってきたときからの反応がおかしかった。きょろきょろとあたりを見渡したり、挙動不審。ちらちらそちらを見て、しかし気にしてないフリをしようとどこか必死な様子。それを見た赤犬の機嫌が悪くなってドフラミンゴを追い出そうとしたときに、珍しく、がドフラミンゴを庇ったのだ。それで、ドフラミンゴがいろいろ不審に思いながらも「土産だ」と渡したそのぬいぐるみ。

眼を輝かせ、本当に小さな子供のような顔をしたのこと、ドフラミンゴは暫く真剣に、見ほれたりした。お前本当頭大丈夫かと突っ込みは不可である。幼女趣味ではないにしても、基本、に蔑まれるか見下されるか外道な処置をされるだけのドフラミンゴ、自分がした何かが、を本当に喜ばせたらしいことが、信じられぬ。狂喜乱舞したっていい、程の喜びである。「やる」と言ったときののあの笑顔。嬉しそうな、けれどドフラミンゴに対してそうは思いたくないような、微妙な顔。それでも、本当に喜んでしまっているらしい、堪えた様子が面白かった。

それで、そういうのが好きなのか、と聞いたら、普段であればそっけなく「鳥には関係ない」というだけの、その時ばかりは、ふさふさしたぬいぐるみに顔をうずめて小さな声で「すき」と言った。

……別に、自分のことをそう言われたわけではないのはわかっているのだけれど、喜んで何が悪い、とドフラミンゴは後日、突っ込みをいれてきた鰐に言い返した。

とにかく、は、その言動には似合わず意外に可愛らしい、メルヘンチックなものが好きらしかった。

そうと知れればドフラミンゴのすることなど決まりきっている。プレゼント漬けは品がないと嫌われる、であるから、が来るたびに少しずつ、そういったメルヘングッツを増やしていった。一気に増やすより、一つずつ、というのがまたツボに入ったらしい、なんだかんだといいつつも、ドフラミンゴのところを訪ねるのが面白くなったように見えた。

「フッフフフフ、冗談だ、いや、9割くらいは本気だったがよ」

「帰る」

「まぁ、待てよ。フッフッフフフフ、なんだこの扱い?おれは一応、今現在はお前の飼い主なんだよな?そういう約束じゃねぇのか?フッフフフ、落ち込むぞ、こら」

「鳥なんか勝手に落ち込んでバサバサ羽が落ちればいいんだよ。禿げればいいよ」

にべもない、ふわりとあくびをして、ソファに背をもたれさせる。足が開くのが嫌だったのか、ちょこん、と立膝をして両足を抱えるのだけれど、しかし、そうなればそうなるで下着が丸見えになること、気付かぬらしい。

「……」

「なぁに?」

言うのももったいない、いや、まぁ、気付いていないのなら放っておいても自分は何も悪くない、と堂々と胸中で言い訳をして、ドフラミンゴ、にやつきそうな顔をしっかりしめ、真面目そうな顔をする。サングラスをしているので眼を細めたのはバレないだろうと、確信犯。きょとん、としたが首をかしげ、髪が揺れる。

「なぁ、、頼みがあるんだけどよ」

「鳥のお願い聞くなんて嫌」

「フッフフフフ、そう言うなよ。簡単な“お願い”なんだ」

これまでどおりであれば、は一蹴にしただけだっただろうが、しかし最近、例のメルヘングッツのお陰かどうか、ドフラミンゴ⇒ちょっとだけならイイ人だと思ってあげてもいいよ?くらいには昇格しているらしい。本当にちょっと、だけだろうが。それで、珍しいドフラミンゴの頼みごと(ドフラミンゴがに何かを頼むことなど、全くないのだ)に一瞬考えるようなそぶりをしてから、小首を傾げる。

「聞くだけは聞いてあげる。なぁに?」

「一昨日から寝てねぇんだ」

「うん、そうだね。人の寝顔をじぃっと見てて変態!と思ってたよ。そのままぼくは寝たけど」

「どうもまだまだ仕事も終わりそうにねぇ」

「君が仕事を「終わり」にするなんて、ないって知ってるよ」

「なぁ、、頼みがあんだよ」

物凄く、が警戒するような目をした。ここで強行、立ち上がろうものなら窓からスタコラサッサと逃げられる。そういうのを知っているからこそ、ドフラミンゴは机についたまま、じっと、を見つめた。

「なぁに?」

「してくれねぇか?」

「何を」

卑猥なことでも言って顔を赤くさせたいような、一瞬嗜虐心。しかしそんなことをしたらもう二度とには会えぬ。どこぞの赤髪のようなバカなことはせぬと心に誓ったドフラミンゴ、一瞬浮かんだR指定気味な思考を振り払い、なんでもないように答えた。

「膝枕」

ぽんっ、との顔が真っ赤になった。

「な、な、な、なに、言って!!この、変態!!!」

「変態って…おい、お前の基準が時々わかんねぇんだが……赤犬の咥えてるヤツが、たかが膝枕ごときで……」

「う、うるさい!!!バカ!!知らないよ!!バカ!!!」

なぜか、顔を真っ赤にさせたが、怒ったような困ったような眼をしてドフラミンゴを睨んでくる。それはそれで可愛くてしかたがないのだが、ドフラミンゴとしてはかなり、性的な意味のないお願いだっただけに、唖然とする。

「別に、素っ裸で膝枕しろなんて言ってねぇだろ。できれば直の太股が良いに決まってるが」

「何言ってるの!!?そ、そんなの、破廉恥だよ!!!」

「……だから、お前の羞恥心ってどうなってんだ…?」

確か先日、赤犬からの嫌がらせで、情交中のの声を電伝虫で聞かせられた。しっかり自分に通信が繋がっていることを理解していただろうなのだが、どちらかといえば、あの時より、今のほうが恥らっているように聞こえる。

「だ、だって、だって!!膝枕だよ…!!?そんなの……す、すきなひとに、してあげたいって…ずっと、思って…!!サカズキにだってまだしてないのに!!!」

「ほぅ、そりゃ、いいことを聞いた」

「え?ぅ、あ!!!こら!!!鳥!!!」

ひょいっと指を振っての身体の自由を奪う。が気付いて慌てたときにはもう遅い。すばやくドフラミンゴは、膝を抱えたの体勢を解き、ソファの隅に座らせるとその露になった白い太股の上に、ごろんと頭を預けた。

「やっ、あ、やっ!!!んっ、あ、いやだっ!!ばかッ、鳥!!止めっ」

「フッフフフフフ、押さえつけて犯すより遥かに善いな。眺めも悪くねぇ」

「み、るな!!!バカ!!」

怒りか羞恥かで顔を赤くさせ、己の意に沿わぬ行動をさせられていることで目じりに浮かんだ生理的な涙。別に身体を縛って股に突っ込んでいるわけではないのだから本格的に拒絶されることなどないという確信のもとの、妙なプレイ(言い切った)はなかなかオツなものだと、じっくり堪能。

もぞっと頭を動かすと、が唇を噛んだ。

「んっ…やっ、動かないでよ!!バカ鳥!」

「フッフッフ、なんだ?」

「か、髪が…擦れて、痛いの!!!」

ドフラミンゴの髪は短い。生の肌に当たっているだけならまだいいのだが、太股の間に入れば、ちくちくと動いて擦れる。

「フフッ、悪いな」

「嘘つき、これっぽっちも悪いなんて思ってないのに!!」

「おいおい、俺はお前にゃ誠実な男でいるつもりだぜ!」

「どの口が…!!ん…!!」

視線を合わせようと顎を引けば、そのたびにの身体が震える。もう身体の自由はあるはずだが、あえてどかそうとはせぬらしい。のそういうところは、優しさがあるんじゃないかと常々思う。しかし指摘すればそのまま逃げられるので放っておいて、ドフラミンゴは自分の肩の近くにあるの手を取った。

「ここは、あれだろ?お前の前じゃ良い子にしてる俺にご褒美に頭を撫でるとか、なんかあるだろ?」

「絶対嫌!」

「子守唄でもいいぜ?最近寝てねぇんだ。お前が俺のために歌ってくれたら、安眠できそうだ」

「ぼくはもう歌わないの!っていうか鳥の為に歌うのは絶対嫌!!」

「じゃあ御伽噺でもいいぜ。おれはそういうの、何も知らねぇからな。お前の話でもいい」

「それも嫌!」

わがままだな、と、これっぽちも思わぬが、しかし戯言程度にそういえば、が「べー」と舌を出してきた。そういう様子がどう考えても口付けされたいようにしか見えず(眼科に行け)頬に手を伸ばして頭を引き寄せたら、鼻を噛まれた。

「……フフッフフフ、噛むなよ」

「このぼくにキスしようなんて、鳥風情がおこがましいんだよ!」

「犬ならいいのか?」

「サカズキはぼくのご主人さまだもの。何をしてもいいんだよ」

きっぱり言い切られる。落ち込まぬわけではないが、まぁいつものことと割り切らなければやっていられない。それで、ぱっと頬から手を離し、ゆっくりと眼を伏せる。が着ているときに、基本的にドフラミンゴは眠らなかった。悪夢に魘されるを起こす役目もある。それに一分一秒でも長くの顔を眺めていられるのなら、一週間徹夜だって大歓迎できる自信があった。

「ここ最近、俺は随分良い子にしてるぜ?」

「知ってる。おつるちゃんとか、センゴクくんが言ってたね」

「興業だって控えてる」

「ヒューマンショップの大手が月1でしか開かないから、人身売買が控えられてるみたいだね」

「褒めてくれねぇのか?」

「どうせ君の事。その、潜伏期間に何か企んでるんでしょう」

「信用ねぇなァ、フッフフフフ」

笑えば、が眼を細めた。あどけない顔をしているけれど、これでドフラミンゴよりもずっと歳が上である。ドフラミンゴがどういう非道をしようとしているのか検討がつかぬわけもない。それでいて、黙ってみているのだ。人が禍事を繰り返すのをただ黙ってみている、それが魔女の悪意というもの。けれどにそういう眼をさせたいと思ったことはない。ドフラミンゴ、誤魔化すようにもう一度笑い、後頭部に当たるの柔らかな太股の感触を楽しんだ。

「冗談みてぇに、大人しくしてるんだ。良い子だろう?褒めろよ、さもなきゃ、何かご褒美くらいくれたっていいじゃねぇか。なぁ、お前が何かしてくれたら、俺はもう少しだけ大人しくしてようって気になって、そうしたら、“世界ノ平和”ってやつはもう少し、保たれるんじゃねぇか?」

ひいては、赤犬の仕事も減るだろうとぼかして言えばの眉がぴくり、と動いた。結局のところ、の全てのものさしは赤犬のことである。それを材料にする物悲しさがないわけではないが、使えるものはなんだって使うのがドフラミンゴのモットー。いちいち気にしているのは小物であると割り切った。それでの反応を待てば、が、ふっ、と小さく笑う。

「言うねぇ。鳥風情が」

「いいだろ?たまには」

「そうだね、たまにはいいよ」

おや、と驚いたのはドフラミンゴのほうである。まさか肯定されるとは思わなかった。それで、少し反応に遅れていると額にふわり、と置かれるの白い、小さな手。ドフラミンゴのサングラスをゆっくり外し、ドフラミンゴの胸に置くと、その手はそのまま、柔らかく額を撫でてきた。

絶句してしまったが、ドフラミンゴはヘタレではない。(と、思う。思いたい)

は普段の傲慢さが嘘のよう、まるで戦場に降り立つ白衣の天使か何かのような、慈愛と慈悲に満ち溢れた目、手つきでゆったりと、ドフラミンゴの頭を撫でた。

「少しお休み。バカ鳥。起きたらこのぼくが、おやつを作ってあげるよ。君は甘いものが大嫌いだって言うからね、ホットケーキ、ぼく、得意なんだ。作ってあげる。ジャムとハチミツも、とびりき甘いのを使ってね。だから、今はお休み」

悪いが自分は、の作るものなら砂糖の塊にシロップをかけたものだって間食する自信がある。そうきっぱり宣言してやりたかったのだが、不意に、耳に聞こえた小さな音色。小さな歌声に、ふらり、と瞼が落ちてきた。

「おやすみ、バカ鳥。暫くは良い夢を見ればいいよ」

柔らかな手、優しい歌声。なんだこの展開?WJ沿いか、とぼんやり突っ込みを入れながら、ドフラミンゴは眠りの淵に落ちていった。

そして目覚めて思ったことはただ一つ。

(チクショウ、もう少し太股堪能したかった!!!!寝てんじゃねぇよおれ!!)




Fin




・たまには鳥も優遇されたい。