そういう暗い、というか不健全極まりない思考に陥っていたに、サカズキが声をかけてくる。先ほど黙っていろ、と言った人間の態度ではないが、まぁ、それはそれ。小首を傾げて顔を向けると、サカズキがぺロリ、と一枚紙を出してきた。 「クザンに届けろ」 おや、とは珍しがる。
基本的に、何もかもすっかりそのまま自分でやってしまうサカズキだ。しかも、嫌悪しているに手伝わせるなど、どんな冗談か。しかし何か反論、というか質問しようものならインク瓶を投げつけられるとわかっている。首を傾げながら、は読んでいた本をソファの上に置いて立ち上がる。それでサカズキから書類を受け取って部屋を出て行った。
このままチャリでさくっと本部から逃げてしまおうかと、そんな思考。しかしさすがにこの時期にやったら、軍艦でサカズキがじきじきに追いかけてくる。その上、ジュワッと能力で容赦なく溶かされそうな気がしたので、まぁ、うん、お仕事は大事だよね☆と思うことにした。 「仕事しようよ、クザンくん」 ここは普通に三階なのだが、窓の外、黒い柄のデッキブラシ に腰掛ふわふわと浮かんだが咎めるような、けれど本心はどうでもよさそうな顔をして、顔を覗きこませていた。 「久しぶり。一人?サカズキは一緒じゃないんだ?」 窓から来たということは一人だろう。サカズキがいれば、きちんと扉から一緒に入ってくる。まぁ、よくサカズキの執務室に入り浸るクザンと違い、サカズキがこちらを訪れることは滅多にないが。 は部屋の中に入って、クザンの机に近づくと、その上に広げてある書類を見て眉を寄せた。 「クザンくんは胸の大きな女性が好みなんだね」 心の底から励ましているつもりだが、相手には伝わらなかったらしい。あまりそういう話題を続けるのもどうかと思い、クザンは「で、どしたの?」と話を戻した。 「これサカズキが、サイン貰ってこいって。本当はクザンくんのところのやつでしょ?だめだよ、サカズキに迷惑かけちゃ」 が差し出した書類、確かにクザンが処理しなければならないものだ。先日遊びに行ったときにまぎれてしまったのかもしれない。まぁ、普段であればクザンの変わりにサカズキがさっさと処理を済ませてしまうのだろうが、この時期ばかりはそうもいかないのだろう。 いや、といって、自分がサカズキと同じようにバリバリ仕事をしたいわけではないが。 「ゆっくりしてけばいいんじゃないの?どうせサカズキはぶっ続けで仕事してんだろうし」 丁度集中力も途切れていた。昼飯の時間にも丁度良い頃合であるから、ここでと食事、というのも悪くない。味覚がないのは知っているが、それでも見た目を楽しんであれこれ食べているが見たかった。第一、放っておけば食べないのだから、忙しいサカズキに代わって自分がしてやったっていいだろう。一応、自分だってサカズキと同じ大将だ。魔女にどうこうする権利はある、と、思いたい。たぶん。 「昼メシ、一緒に食おうよ。パン子ちゃんのなんでも好きなものご馳走するよ?」 はい、そうでした。そうだった。いや、まぁ、忘れていたわけではないけれど。組長にしか見えないいかつい男のサカズキ、帽子にフードとしっかり紫外線帽子した奇妙な井手達。それなのに、特技「料理」と来たものだ。捕らえられて暫く、偏食(というか、あれはハンガーストライキ)だったにあれこれ作っては無理やり口に突っ込んでいた。自分が作ったものは何でも食べろ、としっかり躾けているらしい。 今日とて、もしかすると重箱に昼ごはんを作ってきているかもしれない。とて長い付き合いでそう見当付けているのだろう。言おうとした言葉を遮って、クザンはにっこり笑う。 「今日は、絶対あいつ食事ぬくよ。半端ねぇもん、仕事量」 深刻そうにが眉を寄せた。 それで僅かに考えるように巡回したあと、にこり、とクザンを見上げて首を振った。 「折角だけど、やっぱり戻るよ。でも読みかけの本があるし、続き気になっちゃって」 魔女は嘘をつかない。嘘、ではないだろうが、しかし本心というわけでもないのだろう。クザンは余計なことを言ったと内心舌打ちをしたが、それは表には出さない。 「ありゃぁ、残念。相変わらず読書が好きだねぇ。何読んでたの?」 全国もれなく指名手配+詩篇の回収、なんていう厄介な運命にあるシェイク・S・ピア、その悲劇性なんぞものともせぬのか、各地に散らばる詩の回収の傍ら、恋愛小説を発行しているらしい。危険思想が含まれているのなら、色々問題があって全力で政府も出版差し止めをしたのだろうが、ただの娯楽としての意味しか感じられない、なかなか気軽なもの。それを野放しにして、詩篇を回収することから逃げぬのであれば安いもの、とそれが政府の方針らしかった。 …たしか、黄猿など、毎回発行されるたびに、どんな手を使うのか、一番最初、大一版の第一冊目を入手してにこにこと縁側で呼んでいる姿が見れる。 まぁ、それはいいとして、クザン、基本的に一夜の恋などは大歓迎だけれど、むずがゆい純愛やらなにやらは苦手だった。そういうのがない、なんて思っているわけではないのだけれど、どうも、あまり好みではない。本はそれなりに読むけれど、どちらかといえばエロ本の方が多いだろう。健全な男性なので。 「ふ、ふふ、ぼくは好きだけどねぇ。まぁ、そういうことだから、ぼくは帰るね」 「入り口から出ないの?」 他意はないのだが、しかし、言えばがびくり、と身体を震わせた。まぁ、うん、 それなら、と、にっこりクザンは提案した。 「いいよ、じゃあ、俺がなかなか書類書かなかったってことにしてさ。十分くらいならその辺飛んだりしてても大丈夫だって」 じぃっとがクザンを見上げた。あどけない顔である。 「どうして親切にしてくれるの?ぼくは魔女なんだよ?」 そう繰り返す。何事か刷り込まれたような、決まりきった台詞のような気がした。クザンは別に、自分が大将であることがうっとうしいと思ったことは・・・いや、まぁ、仕事多いのは嫌だが・・・ないといえば、ない。けれど、大将であることに縛られるのは、ないだろうと思っていた。縛る、という言葉がふさわしいのかどうかは判らない。サカズキなどを見ていれば、縛られている、というよりは、大将という地位をしっかり自分に縛り付けているような気もする。いや、悪い意味ではないけれど。 ぽん、との頭を撫でて、窓の外に促す。 「わかんないならいいって。まァ、行きなさいよ。サカズキから電話が来たら適当に言っとくからね。でも10分くらいでちゃんと帰れよ?」 そういって、ひょいっとが腕を振る。真っ黒い柄のデッキブラシ、跨るよりは横乗りで、そのまま颯爽と飛んでいってしまった。その姿をクザンはまぶしそうに眼を細めて見送る。デッキブラシで悠々飛行、空を飛ぶ、というのはどんな感覚がするものか。高く飛び上がって落下、というのは経験したことがある。けれどもまだ、飛んだことはない。 そういえば、寄りたいところがあると言っていたが、何のことだろうか。そんな疑問に首を傾げつつ、しかし分別のあるならそう問題も起こさぬだろうと、机に戻るのだった。
(えっと、確か…こっち?) 目的の場所は、サカズキの部屋からなら何となく行き方くらいはわかるけれど、こうして本部の表側、つまりは一般海兵らが多く、メインで利用する場所からともなれば不安しかない。中庭に降り立ったはいいものの、さて迷子になってしまえば10分があっという間に過ぎてしまうかと困りつつ、は歩き出した。 昼休みのためか、木陰や隅で休んでいる若い海兵らの姿が多く見れる。トコトコと歩きながら、は興味をそそられて彼らを眺めた。サカズキやクザンとはまるで様子が違う。必死に汗水たらして訓練に勤しんだらしい。皺一つないスーツを着ている大将らを見慣れているせいで、は泥や汗で汚れた姿が珍しかった。 「と、わっ!!」 考え事をして、完全に余所見をしていた所為ではドン、と人にぶつかった。尻餅をついて、自分がぶつかってしまった人を見上げる。ごく普通の、海兵だ。 ぶつかったのはこちらだが、すまなさそうにに手を伸ばしてくる。その手を取っては身体を起こし、体についたほこりを払った。 「ありがとう。えっと、うん、迷子なの」 ここで赤犬、と答えたらどんな展開になるのだろうか。しかし自分は嘘をつけないので、そういう悪戯は出来ないし、サカズキに普通に蹴り飛ばされる結果が眼に見えていた。緩やかに首を振ってから、は「あのね」とあどけない声を出す。 「ぼく、食堂に行きたいの。でも道がわからなくって」 おや、親切だね、とは素直に喜んだ。それで、笑顔を向けると海兵がなんでもないさ、と短く言う。人に親切にするのは海兵の義務だと、そういうことなのだろう。それなら当たり前に受けてしまえるとは開き直れた。自分のことを魔女だと知っている人間に優しくされるのはうっとうしいのだが、何も知らない人間であれば別にいいのだ。 それでは海兵の手を握って、てくてくと隣連れ立って歩き出した。 「それにしても、女の子がこんなところに一人で来るんじゃない」 堂々と言い切れば、海兵が一瞬引きつった笑いを浮かべた。けれどあえて何か突っ込むことはしないらしい、無言でそのまま歩く。 てくてくと歩いていきながら、おや?とは眉を寄せた。 「ねぇ、海兵さん。ぼくは食堂に行きたいんだけどねぇ」 嘘だ、とはすぐにわかった。一瞬この男がサカズキの回し者か、と疑うが、しかし、どう考えても本部の奥、からも離れている。どちらかといえば、ひと気のなさそうなところへ連れ込まれるような。 「ねぇ、海兵さん」 は頭の中で様々な可能性を考えてみた。革命軍のスパイ、ドフラミンゴの知り合い、科学者たちの招集、けれどどうもしっくりこない。もしも自分が悪意の魔女と知っている人間であれば、もっとこう、強い人間が来るのではないか。しかし、今自分の手を握っている海兵は、ただの海兵だ。別段、能力者でもなんでもない。 気にしすぎなんだろうか? ここ最近平和そのものだったから、何が危険か、忘れてしまっていて、ただ普通のことでもそうと思い込んでしまっているのか。 確かに、食堂には行きたい。このまま帰っても、あまり意味はないだろう。虎穴入らんば虎子を得ず、とも言う。ふむ、とは思案して。 (でも逃げよう) と、即座の判断。意地を張って自分の身を危険に晒すようなことはしない。魔女なんぞ何百年もやっていれば、何が大事か、くらいはわかる。それで、足を踏ん張ってぴたり、と動きを止めると、海兵が振り返った。 「どうした?」 いつでも腕を振ればデッキブラシを取り出せる、そういう余裕があった。それでそう言えば、突然ぐいっと、壁に押し付けられる。いや、壁ではない。扉に押し付けられて、そのままガチャッ、と部屋の中に押し込められた。一人きり、ではなくて、その海兵ともども、だ。 「ちょ、え!!!?」 気付けば空き部屋の床の上に、腕と身体を押さえつけられて組しかれていた。え、うそ、何この展開、とは焦るしかない。いや、あまり危機感はないが。 「楽しませるって、なぁに?海兵さん」 知るか、そんな性癖。 「海兵さんがセーハンザイはまずいと思う」 一瞬脳裏にサカズキが浮かび、「あれはどうなんだろうか」と素朴な疑問。だが、まぁ、一応は合意の上なのでいいとしよう。うん、たぶん。きっと。 「ちょっといたずらするだけだ」 すいません、この台詞変態のセリフなんですけど、とは突っ込みを入れたかった。 いろいろ相手に対する突っ込みがあったので、いつの間にか足を掴まれていたことに気付くのに時間が掛かった。というか、なんか、手馴れていないかこの男。 ハァ、と内股に男の息が当たるのが、なんとも言えず不愉快である。 腕を一つにまとめられているために身動きが取れない。しかも腰をしっかり押さえつけられているので本当に、動きにくい。悪戯程度、と相手は言っているが、なんだかこう、自分の下半身に顔を埋めて、なにやらしげしげと、開脚した中心を眺めている様子から、それだけで終わるわけがないとは冷静に判じた。 とりあえず、逃げたい。できれば急所を潰してから逃げたい。 しかし今の自分に何ができるか?はそういう面ではどこまでも冷静である。別段、犯されることを恐ろしいとは思わないし、処女なんぞとっくにないのだから構わないといえば構わない。時の止まったからだは妊娠することもないのだから、問題はないといえば、ないのだ。 ただ、不快なのが嫌だった。 そうしてがあれこれ考えている間にも、海兵は大胆になっての膣に指を入れたり、中心の突起を舌で味わったり、としている。 自分で言うのもなんなのだが、この幼女体系に興奮できるなど、本当に変態さんだ。 ふぅ、と困ったように息を吐こうとしたのだが、口内に下着を突っ込まれているためにうまくできない。その吐息をどう勘違いしたのか知らないが、海兵が興味をそそられたように顔を上げ、ぐいっと、の口の中のものを引き抜いた。 「子供なのに、濡れてきたんだが、慣れてるのか?」 答える義理はまるでない。濡れた、といわれてはため息を吐きたくなった。別段感じている感じていないはともかくとして、生理現象だ。擦られれば、痛みがないようにと出てくるものと割り切っている。いや、まぁ、快楽を感じていないわけではないが、触るところを触られれば、相手がバカ鳥でもこうなるだろう。そんな展開はごめんだが。 さて、どうするかとは思案。できれば自分がこの男を殺すのはいろいろ問題もあろうから、サカズキ辺りが気付いてこの男をどうにかしてくれるのが一番だ。しかし、本部の奥から離れたこの場所に大将が来ることなどまずない。しかも、クザンにしっかりアリバイ工作まで頼んでいるのだ。ここは自分で乗り切るのが道理だろう。 それで、さて舌でも噛み切って血を流せばこの男も慌てるかと、けだるげに思う。ぐいっと、舌を出してそのまま歯をあわせようとした途端。 「お怪我はありませんか?パンドラ」 ざしゅっと、それはもう、気味の良い音。起こった事を単純に書いてみれば、の上に圧し掛かっていた海兵が、ルッチに襟首を掴まれて一度天井に頭から打ち付けられ、落下したところを蹴り飛ばし、壁に叩きつけられた。それだけでは飽き足らず、崩れる身体、急所をしっかり革靴で捉え、それはもう、見事なまでに踏み潰した。 ……ちょっと突起していただけに、いい具合につぶれたようだ。 呻くというよりは、泡を吹いて白眼をむいた海兵、そのズボンが下がったままだったり、といろいろ見苦しい姿なのだが、はもう放っておくことにして、助け起こすルッチの手を取った。 「お怪我は?」 いっそ殺してくれと、今後の人生は思うだろう。男として生きられぬのであるから、これほど悲劇的なことはないね、とは完全他人事で笑う。ルッチは同じ男なのだろうけれど、全く同情の篭らぬ声で「そうですね」と淡々と頷いた。 「でも、まぁいいのかな?この海兵さん、小さな女の子にしか欲情できないんだって。変態さんなの。だから使えるものなくなったほうが世のため世界のため。さすがルッチくん、正義と平和を守っているんだね」 恭しく、の手を取って頭を垂れる。この従順さが人には「え、別人じゃん!!?」と驚かれるそうだけれど、出会ったときからにはこうだったので、わからない。 ころころと喉を震わせて笑い、ははたり、と気がついた。 「あ」 一瞬なんか妙な言葉が聞こえた気がするが、は気にしないことにした。おや?とあたりを見渡しても、自分の白いレースのパンツは見当たらぬ。まぁ、唾液が付着しているだろうから穿きたくないけれど。 ……さすがにノーパンで帰るのはちょっとばかり抵抗もある。 「……まぁ、仕方ないよね」 ルッチが優秀なのは知っているが、そういう方面での準備もばっちりな有能さを発揮されても、正直困る。というか、なんで持ってるんだと引くかもしれない。 ……ドフラミンゴあたりなら常に持っていそうな気がして、はとても嫌な気持ちになった。 「ところでルッチくんなんでいるの?」 じごく真面目な顔で言われ、ぽん、とは顔を赤くした。 「……ルッチくんは、結婚詐欺とか、できそうだね」 今もんのすごいこと言ったよこの子。 相変わらずのパンドラ一直線なロブ・ルッチ。は顔を引きつらせつつ、そろそろサカズキのところに戻らないといろいろまずいような気がしてきた。 「ねぇ、ルッチくん。それはともかくとして(←さりげに酷い)ぼく食堂に行きたいんだけど、案内してくれる?」 いや、確かにノーパンでふらふらしたいわけではないし、そういう性癖もないけれど。優先順位というものがある。強くルッチに言えば、ルッチはしぶしぶ、と承諾した。
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