連れていかれた海軍本部。首と両手を茨で縛られて例の海兵にそのまま引きずられるようにして進んだ奥の棟。はこれまで海軍本部に足を踏み入れたことはなかった。支部、であれば150年ほど前に何度かあるが、この時代になってからは初めてのことである。白亜の美しい建物が目を楽しませてくれるが、よそ見をしようものなら男の蹴りが飛んでくる。

男は全くに歩幅を合わせずぐいぐいと進んでいく。それだからは若干小走りにならねばならなかった。長身の海兵の後をひょこひょこと幼い少女が付いていく、その少女の全身は乾いた血がべっどりと張り付き、ボロ布のような服が黒く染まっている。そんな光景は人の目にどう映るのか、生憎も、そしてこの男もあまり興味はないのだ。

時折、能力者らしい海兵が何人かおり、はっとした目でを見つめているのが分かった。あの反応なら自然系か、あるいは肉食の動物系であろう。魔女の夢を見たことがある者だ。よく観察すれば、まずの姿に驚き、じっと凝視して、そして次にを縛る海兵を見て顔を恐怖に引き攣らせる。そしてまたを見て、今にも飛び出したいようなそんな衝動を堪え、手を握りしめる、それが常のようだった。

それらをぼんやりと眺め、はさめざめと目を細めた。

(ばかみたい)




星に願いを  2




向けられる視線は驚愕、動揺、それに失望混じり。それも当然、悪意の魔女、といえば海軍内ではある意味神格化されてすらいたもの。ロジャーの船に乗っているということが発覚してからもが海兵の前に姿を現すことなど稀であったし、いつも長いベールを被る。海賊以外で、この己の姿を見たものの目を必ずは潰してきた。で、あるから討伐などで海に出ることのない上層部、と呼ばれるお方がたはこれまで、悪意の魔女が一体どんな姿をしているのか、勝手気ままに頭の中で考えていただけだと、そういうことだ。

失望されるのは別段構わぬ。一体どんな魔女を想像していたのか。まさか世にありがちな黒髪挑発、妖艶な笑みを浮かべる豊満な四肢に切れ長の黒目の美女だとでも?っは、とは笑いたくなって止めておいた。人が己をどう思おうと勝手だが、それを言葉に出せば、そうとならねばならなくなる。そういうのは面倒くさい、とは思う。だから人の目に映るのは面倒くさい。

「これが、魔女…?世界の敵だというのか…?」
「こんな少女が?」

最終的に連れていかれたのは、広い部屋だった。円卓が中央に用意されて、それを囲む椅子に腰かけている海兵ら。誰もかれも、偉そうである。中にはが見知った顔もあった。ロジャーを捕らえようと何度も追いかけて来た海兵もいる。帽子にフードの男はのすぐ後ろで直立している。海兵、海兵、海兵ばかり。・

いっそ不躾とさえいえる軍人らの視線にニコリ、とは笑いかけて目を細めた。

「ふ、ふふ、気安く見るんじゃあないよ、目を潰されたいのかい?」
「その前に私が貴様の眼球を抉り出す。黙っていろ」

ぐいっと、乱暴に縄を引かれ首が絞められた。容赦なく皮膚に茨が食い込んでは眉を寄せる。言う通りにするのは嫌なのだが、しかしここであまり自分がおしゃべりをしても情報が得られるわけでもない。さてさて、500年ぶりに捕らえられてしまった己はこれからどうされるのかと、それを見届けるため、は黙って肩を竦める。

「マリンコードM-92-8753xxx4869、サカズキ中将唯今帰還致しました。同時に、20時間前に電伝虫により連絡報告させて頂きました通称“悪意の魔女”を連行致しました」

カツンと軍靴を鳴らして男が背筋を伸ばす。サカズキ、と、そう言えばは初めてこの男の名前を知った。しかも中将。オハラにかけられたバスターコールに参加していたくらいであるから、有望株であるということは分かっていたが、中将。この世界に大将の地位にいる海兵はたった三人しかいない。それを考えれば、海軍本部の中でもこの男は相当の地位にいる、と、そういうことだ。

(まだ二十代そこそこだろう?こんなに若い男が、中将)

そのことがには信じられない。の知る中将はガープが基準だった。いかめしい、明らかに中将と言うにふさわしい恰幅の良さ。胴回りを隠すために考案されたのがきっかけの、ダブルスーツがよく似合う男だ。この円卓にもいる。はもう一度円卓を眺めた。こうして中将であるサカズキが立たされているところを見ると、同じく中将、あるいは大将、元帥しかこの場にはいない、ということだ。確かにサカズキよりも年齢の上だろう海兵しかいない。せいぜいこの男は少将くらいだと思っていたのだが。

おや、とはそこでもう一人、この中年・初老・壮年ばかり、オッサン率95%の室内に、もう一人、サカズキとそう変わらぬ年齢の海兵がいることに気づいた。を見ようともせず、何か心配ごと、あるいは考え事でもあるのかじっと円卓に視線を落とし、しかし様子がおかしいことを周囲に気取られぬように必至になっている若い海兵がいることに気づいた。

サカズキとは正反対に思える男だった。室内であるのに丸いサングラスを外さず、頭には海兵の帽子ではなくてバンダナを巻いている男。が目を細めてみれば、なるほど能力者、それも自然系、おそらくは氷の能力者であることがわかる。それならこの自分に意識を向けられていないのはおかしいと、そんな傲慢な心。だが、心ここにあらず、というようなその様子に、いささかは興味を引かれた。

「戻ったか、御苦労だった、サカズキ中将」

口を開いたのは円卓の上座にいる軍人だった。と面識はない。しかし、確かその軍服と飾られた勲章は元帥を意味するもののはずである。では名前は、コング元帥というのだろう。それくらいの知識はあった。彼はまずに着席を促し、サカズキも決められた席に着く。さて己はどうすればいいのかと思えば、きちんとの席も用意されていた。しかし体格の良い軍人らに会わせられた椅子である。には大きすぎるし、何よりも机が高くて届かない。額に机の角が当たる、かなり間抜けな様子になってしまい、は眉を寄せた。

「こんなことで癇癪を起すなよ」

さっと指を振ろうとして、その前にサカズキに釘を打たれる。

「このぼくに指図するんじゃあないよ。ただ椅子を変えるだけだよ」

ひょいっとは指を振り、自分が座っていた味気ない椅子を足の高い細工の見事なクッション張りの椅子に変えた。肘置きにもしっかりクッションが当てられていて長時間座っていてもこれなら痛くならない。うん、と満足して椅子に座ろうとすると、ジュッ、とせっかく出した椅子が灰になった。

「貴様は地べたに這い蹲っていろ」

当然、燃やしたのはサカズキである。はひくっと顔を引き攣らせてサカズキを睨みつけた。

「……ふ、ふふふ、ぶっ殺されたいのかい、君」
「身の程を知れ」
「たかだか中将程度がこのぼくに小生意気なことを」

ハイ、ファイッ☆とここで魔女vs冬薔薇所有者の争いを始めようとがゆらりと立ち上がれば、パンパン、と手を打つ音に引き戻される。

「いい加減になさい。ここをどこだと思っておられるのか、サカズキ中将どの。君の立場も理解しているがね、悪意の魔女は懇ろに扱い、下に置くようなマネはできないのですよ」

おや、と、は眉を跳ねさせた。懐かしい声である。

「アーサー・ヴァスカヴィル卿。……失礼した」

白髪の交じった、初老(40代後半程度)の男性である。軍服ではなくて仕立ての良い紳士服。シルクハットが似合いそうなその風貌。の記憶にあるより歳は取っているが、しかし覚えのある顔である。

(おや、アーサー)

今より30年以上前に、が眠っていた“格の森”に遭難してきた4人の少年。その一人ではないか。

貴族の少年であることは聞いていたが、まさか、円卓会議に出席するほどであったとは知らなかった。素直に驚いていると、アーサーと目があった。にこり、と昔と変わらぬ、女性に対してとても思いやりのある笑顔を向けられる。またもやは驚いた。この自分が魔女だとわかっていて、知っていて、それでもアーサーは態度を変えていない。




++



さて、と仕切りなおされた円卓。上座にいるコング元帥が重々しく口を開いた。

「“悪意の魔女”についての審議を始める前に、皆にひとつ報告がある」

そう前置きして、一度をちらり、と見つめた。別段、この元帥と面識などはない。それも当然、ここ何年かはずっとロジャーと共にいた。海賊と名乗っても差し支えないというのに、それで海軍とよろしくやるような節操なさはにはない。しかし向けられた視線は気になる。この自分を差し置いて先に話題に出すようなこと。軽く眉を跳ねさせれば、コング元帥がから視線を外した。

「オハラから逃げ出した少女がいる。報告によれば、古代兵器復活のカギを握っているそうだ」

海兵たちの間に緊張が走った。今回の「犠牲」そもそも、そういうことが一切ないように、とのことである。も遠目で眺めていた。避難船すら海に沈めた徹底的な正義執行。

少女が逃げ出した。

その事実があるのなら、そしてその少女が、古代兵器復活の情報を所持しているのなら。今回の何もかもが無駄になったと、そういうことである。

「逃げ出した?あのバスターコールをかいくぐったのか…?」

の近くにいた海兵が信じられぬ、というように呟く。名前は知らぬし、覚えもない海兵だが、弱くはないのだろう。
その一人の呟きを受けて、コング元帥がゆっくりと頷いた。

「CP9のスパンダイン氏の証言によれば、サウロ元中将が逃がしたという。同氏は突然船が凍りついたように動かなくなり、追跡することもかなわなかった、と。そして検分したところ、船には凍らされたあとが残っていた。しかしサウロは島の反対側から発見され、あの巨体、何か細工をしていたのならすぐに発見されていよう」

は先ほどから無言でいるサカズキを見上げた。誰が、何をしたのか、全員分かっていないわけではないのだ。
氷の能力者が、逃亡に手を貸した。それはわかりきっている。けれどなぜ、誰もそうと言わぬのか。

(これ、軍法会議?)

へぇ、参加するのは初めてだよ、とはまるで興味がない。しかし、ここで氷の能力者が糾弾されるのを見るのも、面倒だった。

そしてなぜ、元帥がまず最初にこの話をしたのか、は理解していた。は脳内で、今頃海列車を作っているだろうトムたちのことを思い浮かべる。「作れ」と命じられはした者の、罪人候補に手を貸す政府、ではない。作れるかどうか眉唾物、という海列車。それに高い資金提供をすることはなかった。そのため資材が圧倒的に不足し、廃船島から使えそうな材料を集めている、アイスバーグをフランキーのことを考えた。

は頭の中であれこれと、海列車を作るため、そしてその期間一切の仕事を三人がしなくとも十分に暮らせるだけの蓄えをリスト化して、一度目を伏せた。コング元帥の突き刺さるような視線を受け、そしてころん、と暇をもてあました子供のあどけさなそのままに、口を開く。

「へぇ、あの子供。兵器のことを知ってるってことは、ねぇ、学者だったのかい?オリビアの子供だったけど、へぇ、そうなんだ」

脳裏に思い浮かべる、巨人が逃がそうと必死になっていた子供。真っ黒髪に、母親譲りの意思の強そうな瞳。あの子ははてさて無事に逃げられるのか、そして生き続けられるのか、それは少しだけ気になった。ほんの少し、だが。

「……面識があったのか」
「まずかったかい?オリビアの子供だから、死ぬのは嫌だと思ったんだよ。それに、ぼくに似てる境遇じゃあないか?死なずに生き残った、それだけで、世界中が全身の毛を逆立てて彼女を拒絶する。見てみたいんだよね、彼女が、これから先、何を見て、何を知って、そしてどうやって死ぬのか」

ピシリ、とは指を振ってカップの中の液体を凍らせる。

「ぼくは悪いことは何もしてないよ」

その一言で十分だった。は嘘など付いていない。しかし、オハラの悪魔を逃がしたのは、悪意の魔女の気まぐれであると、誰も責める必要性のないことだと、そう決まった。


(ばかみたい)






Fin