これは善意ではないにしても、しかし、困る、とは眉を寄せた。 「………誕生日でも、お祝いがあるわけでもないから、別にいいのに」 くるり、と反転した。ひっきりなしに採寸され、あれこれ似合う色やら流行りのレースがどうだと、仕立て屋と話しているスパンダムを眺めた。 「長官、ねぇ、長官ってば」 「うるせぇ、今大事なトコなんだ、邪魔すんじゃねぇ」 「ボクは別に新しい服なんて欲しくないんだけど」 ぼそり、と言う。なんで、よりにもよってスパンダムに、ドレスなんぞプレゼントされる状況になっているのか。まぁ、話は簡単、と言えば簡単だ。スパンダムにとって、エニエスにパンドラが、世界の敵が封じられていることは自分へのステータスである。上等な人形でも手に入れた、という心。スパンダムは自分の持ち物には惜しみなく金を使う男であった。(彼の身につけている物は全て一級品であることをの目も認めている)その感慨から、スパンダムは気に入りの人形を着せかえるようにあれこれ、パンドラに衣装を作っていた。 からすれば眠り続けるパンドラに衣装をいくつも作るのは経費の無駄ではないのだろうかという正論があるが、スパンダムは全く聞いてくれやしないだろう。 そして、うっかりそのパンドラの採寸の日にが居合わせてしまい、どうせならにも作ってやろうと、寛大な!御心である。ちなみに言えば、が着ている服がスパンダムの贈ったものであれば、何かの話題になった時にスパンダムの名が売れると、そういう心である。 全く持って無駄をせぬ男だとはただ呆れた。 それで、何着目になるかわからぬドレスを着ていると、あけっぱなしの扉の前に見慣れた長身の男が立っていた。 「長官、こちらでしたか」 「あ、ルッチくん」 「パンドラ、いらしていたのですか…」 入ってきたCP9メンバーには救世主でも現れたかのようにほっとして助けを求める事にした。 「聞いてよ、長官ってば、」 「長官」 「ん?あ、なんだよ、ルッチ」 「パンドラには真紅よりも純白が似合うかと」 ダメだこの人!! ずさぁっ、とは転びそうになり、それを当然のようにルッチが助け、そっと立たせてくれる。は顔を引きつらせて礼をいいながら、がっちりルッチの手が自分の腰を抱いているのはどういうことだと突っ込みを入れたくなった。 そんななどお構いなしに図上で飛び交う聞きたくもない会話。 「何言ってんだよ、赤でいいんだ、赤で」 「赤は確かに私も好きな血の色ではありますが、パンドラには白です」 「いいんだよ、大将赤犬に会うときの衣装なんだかあ」 ひくっ、と、ルッチの眉が揺れた。は今すぐスパンダムの口におがくずでも詰めて黙らせてやりたかったが、ドレスが重くて上手く動けない上に、エニエスにいるときはデッキブラシは没収されている。 「……」 良い具合にルッチの機嫌が低下し、を抱いている手に力が籠った。 「絶対にいやだよ!!誰が好き好んでドレスアップしてサカズキとゴハンなんて食べないといけないのさ!!!」 ここはルッチを不機嫌にするよりは、とは必死に叫んだが、その直後、コツン、と背後で足音が一つした。聞きなれた音に、は悲鳴を上げたくなった。 「何を騒いでいる」 「外まで聞こえてたけど、パン子ちゃんなにテンション上げてんの?」 何で大将が二人もエニエスに来てるんだよ!!などともっともらしい質問は考えるだけ無駄である。はゆっくりと首を動かして、扉の下に立っている、ルッチよりも遥かに長身、威圧感ばりばりの男と、だらけきった男を見止めて、半分やけになったように叫んだ。 「!!ちょ、ぼく試着中!!入ってこないでよ!!変態!」 「そこにいる三人は男じゃないのか」 「スパンダムくんはぼくの長官!仕立て屋さんはお仕事!ルッチくんは友達!」 「へぇ、そっかぁ、友人だってねぇ?ロブ・ルッチ」 友人、心底嫌みったらしく繰り返してクザンはさっとの隣に立った。そしてルッチから奪い取るようにを抱き上げると、来ているドレスを眺めた。 「新しいドレス?いいんじゃないの?パン子ちゃんいっつも似た感じの服だし。女の子なんだからおしゃれしなさいよ」 「ぼくは十分ハイセンスだよ!」 「自分でいうかねぇ……それ」 サカズキセレクション(笑うところ)ならさておき、本人の服のセンスは、クザンから見てもとても「残念」である。どちらかといえば防寒に適していればいいという信条で厚手のショールぐるぐる巻きで「今日は色がちょっとおっしゃれー」と堂々というであった。 「……何かご用でしょうか。大将赤犬」 「私がここにいることに用件が必要なのか?ロブ・ルッチ」 「エニエスロビーに大将がお二人もいらっしゃるなど大変な変事かと」 そんな微笑ましい会話をしているとクザンの後ろで、ブリザードを吹き荒らしながら対峙する二人の男。は気づいているのだが、できる限り、こうなった二人には近づきたくない。 「」 「なに?」 そう思って知らんふりを決め込んでいたのに、突然サカズキに名前を呼ばれ、返事をせぬわけにはいかぬからとクザンから離れて近づけば、が辿り着く前に、ぐいっと、サカズキがの腰を引き寄せる。 「ちょ、サ、サカズキ!」 「これがいる場所に私がいる。道理ではないか?」 の腰を抱き、しっかりと、顎を掴んで自分の方に向かせながら「これ」と呼び捨てる。そしてルッチが何か言う前にに顔を向けて、目を細めてきた。 「赤は嫌いか?」 見せつけるようにの耳元に唇を近づけて囁きかける。ぞくり、との身が震えた。低い声。じん、と体の奥が熱くなり、は耐えるように眼をぎゅっと閉じてから、首を振った。 「……き、嫌い」 「そうか」 あっさりと承諾するわりには、その手はを放さないし、空いた手がの頬を撫でてくる。 何か言葉を話さなければ足の力が抜けてしまいそうで、は必死に言葉を探した。だが何を言えばいいのかわからず、朦朧としてきた頭では、よくわからない言葉が出てくる。 「……お、」 「なんだ?」 「落ち着かない、んだ。だから、別に、赤が全部が嫌いってわけじゃないし……その、赤犬が……嫌いなわけでも…」 もごもごと口の中で何か言いながらは顔を真っ赤にして俯いた。自分は何を言っているだ。恥ずかしくなってぎゅっと目を閉じれば、やっとサカズキがを解放した。それにほっとした瞬間の体から力が抜けて、その場に座り込んでしまう。大理石の床は冷たかったが、火照ってしまったには丁度良かった。 そしてを残してスパンダムに近づいたサカズキ、スパンダムは素直に、しゃっきりと背筋を伸ばした。傲慢尊大さはに負けず劣らずの男であるが、と違って、権力には面白いくらい、へつらう。 「スパンダム君」 「は、はい!」 「ドレスは白で構わない。これが暴れても問題のない丈夫な布地で頼む」 「あ、あの!!しかし、そうなると絹は無理です!!」 「そう言ったのだが、聞こえなかったのか?」 仕立て屋が口を挟む。そういえばいたのだった、と、ぼんやりは思い出した。あのサカズキに口応えするなど、と感心したくなる。サカズキに睨まれても、仕立て屋は怯まずに言葉を続けた。 「こんなに愛らしい方です!何を着ても似合うでしょうが……絹に硝子のように繊細な仕立てが一番美しさを引き立てます!!」 「否定はせんがな。あちこち破れるようなものでは困る」 「しかし……!」 「破れないこと、無駄に露出させれば体を冷やす。そんなことは認めん。それが絶対条件だ」 断固とした口調。仕立て屋はぐっと言葉に詰まったようで、一度拳を握りしめ己の無力さを感じたようだったが、しかし、少しの間を置いて、何かを決意した目をサカズキに向ける。 「……解りました。その条件で、私が絹と変わらぬ美しい布を探し出し、あの方に似合うドレスを仕立てて見せます」 …何この根性ドラマ。 一応は自分の話題のハズだったが、参加できず、呆然とそれを眺める。面白そうだと感じたのか、見ればクザンも「え、何、それじゃあさー」などと意見を出しに行っている。 は素直に逃げたくなった。だが大将二人から逃げられるわけがないことは経験済みである。それでため息ひとつを吐き、自分の隣で直立しているルッチに改めて気づいた。 「ルッチくん?何黙ってるの」 「口を挟むようなこともないかと」 「まぁ、ね。っていうかルッチくんまでぼくの敵になったら泣くよ」 着飾るのが嫌いなわけではいが、しかし、服なんぞ着れればそれでいいじゃないかというのがの結局のところでもあった。面倒臭そうな顔で呟けば、ルッチ、至極真面目な顔での前に膝をつき、その手を取って畏まる。 「私はいつでもパンドラの味方です」 「本当?」 「貴方に嘘をついたことが?」 「じゃあさ、じゃあ…」 こそっと、はルッチのネクタイを引っ張って耳元にナイショ話をするように近付いた。 「…――よろしいんで?」 「採寸は終わったし、このままサカズキに連れて行かれる気がするからね。ぼくもうちょっとエニエスで遊びたいんだよ」 「わかりました。―――では、」 話に熱中するサカズキたちに気づかれぬように、ロブ・ルッチに抱きあげられ、そのまま、ひゅうっと、の視界が揺れた。 CP9歴代最強を誇るロブ・ルッチ。戦闘力では大将に及ばぬにしても、隠密行動なら、容易く気付かれるわけではなかった。 ◇ そうして無事脱出成功。まぁあとで見つかった時にひどいのだろうが、それはそれ。蹴られてすむ問題なら別にいいと、最近少し開き直っているである。 ルッチと二人エニエスのためらいの橋を歩きながら、肩を竦めた。 「大体、ドレスなんてどうだっていいんだよ」 「興味はないのですか」 「嫌いじゃないけど、好きじゃないんだよ。あーゆーの。男の人のほうがスキじゃない?」 さすがにルッチの手前知り合いの海賊の名を出すのはやめておくが、ロジャーやエドワードも気に入った女性をあれこれ着飾らせるのが好きだった。あの二人は別に好色とかそういうのではなくてただ「似合うから」だそうだが。 「……まぁ、否定はしません」 おや、これは意外だと聞いてなんだが、は驚いた。の知る中でもルッチはかなりの「きれいな男」だったが、その当人、美醜に関しては他人でも、自分でもあまり興味がなさそうだった。の本体であるパンドラを心から絶賛するが、まぁそれは悪魔の能力者の持病みたいなものである。(←失礼) 「ルッチくんはどういうのが好みだったの?」 「着ていただけるんですか」 「参考までにね」 笑って言えば、ルッチ、少し考えるように口元に手を当てる。腕を組むその様子さえ絵になるのだから、、エニエスで女性職員らがルッチを見て黄色い悲鳴を上げるのもわからなくはなかった。 自身の好みを言えば、ルッチは少々若さが目立つが、年頃の女性からすれば理想の男性、なのかもしれない。 (まぁ、ルッチくんは嫌いじゃないけど、ぼくの好みのタイプじゃないねぇ) あれこれと、ルッチが知れば激しく落ち込むようなことを平気で考えていると、思案し終えたらしいルッチが口を開く。 「中身が貴方なら、どんなドレスでも構いませんが。しいて言えば、露出の少ない服ですね」 「へぇ、なんで」 「他の男に貴方の肌を見せずにすみますし、ベッドに組み敷いたときにはだける具合が好みです」 ここで自分は突っ込みを入れた方がいいのだろうかと、はキョトン、としてしまった。これを言ったのがドフラミンゴなら、それはもう容赦なく蹴り飛ばして海に叩き落とすのだけれど、にとってルッチはどこまでも、「小さな男の子」である。 「思ったままをお伝えしただけです。パンドラなら何を着ても似合いますよ」 黙ったを見てどう感じたのか、ルッチ、口元を歪めて恭しく、の手を取った。まっすぐにこちらを見つめてくる目、はどうして、ルッチに対しては男を感じないのかと、常々不思議には思いながら、その手を握り返し、微笑む。 「まぁ、ぼくは、サカズキが着ろって言えばなんだっていいんだけどね」
愛しいあの子はアンチクショー!!!
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