ひっそり、息を殺してクザン、眉を寄せる。
「っていうか、何してんの、俺ら」
何が悲しくて最高戦力が二人も、道場の裏手にある茂みにこっそり隠れてストーキングなんてしなければならないのか。
こそこそしても図体のでかい男二人。どう頑張っても姿は見えるだろう。
しかし道場の中からはいい具合に隠れて見えない。
聡い人間なら気付くだろうが、まぁ、なら大丈夫(多分)だろう。
「貴様は仕事に戻れ、クザン」
邪魔だ、といわんばかりの目を向けられ、クザン、これまでないくらい仕事に戻りたくなっていることを告げたくなったが、しかし。
「俺がいなかったら誰がお前さん止めるのよ?」
「止められるようなことをするつもりはない」
「に嫌われるよ」
言えばぴくり、とサカズキの眉が動いた。が、先ほど散々動揺したからか、もうさほどでもなくなっている。
言っているのが本人ではないからかもしれないが。
フン、と鼻を鳴らして腕を組みながら堂々とのたまった。
「あれがこのわしを嫌えるわけがなかろう」
「でも嫌いになるよ?って言われたじゃねぇか」
「多少嫌われたところで、問題などないわ」
最後までは言わなかったが、おそらく「どうせまたそれ以上に惚れさせる」とでも言いたいのだろう。
さいですか。
堂々と言われ、クザンは本当に帰りたくなった。
なにこのバカッポー。
本当にお前らさっさと結婚しちまえよ、ともう年季の入った台詞をぶつぶつと呟いて道場の中のを眺める。
竹刀を持ってモモンガ中将を待ちながら、傍の訓練生を楽しそうに談笑していた。あぁして見ていれば、ただの子供だ。サカズキの是非は置いておいて、あぁいう環境、歳相応の顔が出来る場所にがいるのはいいことかもしれない。何しろ、傍にいるのが世を知り尽くしたオッサ・・・じゃなかった、年配者ばかり。
たまには、若いものと交流させてやらないと気の毒だろう。
「余計なことをするなよ、クザン」
そんなクザンの心境を読んだか、げしっと足蹴にしながらサカズキがのたまった。
余計なことではないのだが、基本を軟禁したくてしょうがない男には言うだけ無駄である。
「・・・・・いったい、何をなさっているんですか…大将が二人して」
そんなクザンとサカズキの背後に、ふるふと震える声がかかった。
振り返れば、遥か昔の世話役に任命されたときのドレークそっくりの表情をしたモモンガが肩を震わせながら立っていた。
「あ、中将、何してんの?」
「訓練の時間は始まっちょるじゃろう」
「・・・・何をしているのかと、問うべきは私ではないのですか・・・」
フルフル怒りだか何だかを堪えているらしいモモンガをけだるげに眺めるクザン。
職務怠慢かと厳しい目を向けているサカズキ。
中将、自分を奮い立たせるようにぎゅっと拳を握ってから、サカズキに向き合った。
「大将…!あの魔女が心配なのはわかります。ですが、中々どうして本人もよくやっているようで…」
「それを判断するのは貴様ではなかろう」
ぴしゃり、と、折角勇気を出したのに一蹴にされました。
しかしモモンガ、あのがかなり頑張って、一生懸命走った健気な姿を思い出し、ここで自分が赤犬のおっかなさに負けてあの魔女の願いを否定させてよいものかどうか。
正義の海兵として、そんなことはできないと、妙な意地。
正直それがモモンガの寿命と胃を縮めているような気がしなくもないが、それはそれである。
ぐっと腹に力を込めて、どうみてもどこぞの組長にしか見えない威圧感を持った上官を見上げた。
「わ、」
「大体訓練などであれが怪我などするようなことがあったらどうするこんな換気の悪い屋内で熱中症にかかったら貴様の水分を全て蒸発させるからそのつもりでいろあの白い肌にわし以外の人間が傷をつけてただで済むと思うなよ竹刀など握らせるなあの小さな手にマメができるつぶれて血が出たら貴様の腕を落とすぞそれと大事なことだが一般海兵があれに必要以上に触れたらそのまま世界の闇に葬るから貴様が責任を取れ」
モモンガが何か一言、言う前に、今度は全く容赦なくのたまいやがった、組長…じゃなかった、正義の大将閣下。
後ろでもう一人の大将が「過保護ー」と顔を引き攣らせているが、モモンガも同じ気持ちである。
しかも、ノンブレスで言い切りやがった。聞き取りやすいように標準語に戻している。まだ言い足りぬようにモモンガを睨み付けていた。
モモンガは、急速に理解した。
駄目だ、自分にこの上官は説得できない。
というか、誰だって無理だ。
の気持ちはわかる。
役に立ちたいと、大切な人の傍にいたいと、その気持ちはモモンガにもよくわかる。
その為に一生懸命になるその姿勢は褒められるべきだし、認めてやるべきだ。
上官として助けてやりたい、とも思う。
だがしかし。
(すまん、、世界の平和のために諦めろ…!!)
だがしかし、きっとが赤犬のところにいれば、それだけで世界は平和になるんじゃないかと、そんな予感。
が大人しく赤犬のところでじっとしていて、「サカズキが好き」と言っていれば、少なくともモンガの胃や、未来の海兵たちの命が救われるのではないか。
モモンガは一度目を伏せて、ゆっくりと息を吐いた。
「そんなに心配なら…見学されてはいかがですか」
あと説得できるのは、おそらくだけだろう。
この数時間乗り切れば何もかもにケリがつく。
そう信じてモモンガ、これから起こるだろう厄介ごとを予想しながらも、そう提案したのだった。
+++
ざわり、と、道場の入り口が騒がしくなった。
緊張、動揺、期待の入り混じった雰囲気がじんわりとあたりに広まる。
「誰か来たのか?」
「あ、ニコラスくん。えっと、こっちの人は・・・」
は顔を引き攣らせたまま、なるべく入り口を見ないように、背の高い海兵たちの後ろに逃げた。そのに声をかけたのはニコラスだ。とん、と鼻をぶつけて見上げれば、先ほどニコラスと対峙していたストラマ・エヴァンがびっくりいた目でを見下ろしていた。
「ちっさいなぁ、お前ホントに訓練生か?」
「次に小さいって言ったら、蹴るよ☆」
「ははは、悪ぃ悪ぃ。なぁ、ニコラス、こいつだろ、さっきお前が言ってたのって。よろしくなー、俺はエヴァン」
出会い頭に無遠慮に言われた評価には素直にエヴァンをにらみ飛ばしたが、相手はそれを臆する様子もなくぽんぽんとの頭を叩いた。蹴り飛ばしてやろうかとは眉を寄せた。まぁ、悪い人間ではないのだろう。ニコラスとはタイプの違うエヴァンに戸惑いながらも好感を持ち、にへら、と笑おうとして、ピシリ、とその顔が凍りついた。
(み、見てる・・・・・・!!ものすごくこっち見てる・・・!!)
ぎぎぎぎいぃい、とは首を少し動かした。入り口からこちらは人が壁になっていて見えないはず、なのにには突き刺さるような視線が感じられた。
慌ててエヴァンから離れて、は素早くニコラスの隣にうつる。
「だ、誰が来たのかな?騒がしいけど・・・」
「中将と一緒にいるのは・・・まさか・・・?」
ニコラスは入り口に視線を向け、驚いたように目を見開いた。それにつられてエヴァンも顔を向けて、顔を輝かせる。
「お、おい、あれは大将じゃ・・・!!すっげぇ、本物の最高戦力だ!!」
「・・・・なんでこんなところにいらっしゃるんだ?」
驚き興奮で目を見開くエヴァンと対照的に、ニコラスはいぶかしむ。
「確かにこのクラスは他の訓練生よりも選抜はされている。しかし、最高戦力が二人も見に来るものか?」
「ま、細かいことなんかどーだていーじゃんかよ、ニコラス!すっげぇな、稽古とかつけてくれねぇかな!」
この状況の不自然さはも痛いほど良くわかっている。というか、普通来ないだろう。何考えているのだ、とぼそり、とは呟いて、困ったように眉を寄せた。
さっきの脅しは全く効かなかったのか。
いや、確かにサカズキのこと「だからどうした」と開き直る可能性をも気付かなかったわけではない。
しかし、こんなに自分が必死になっているのだから、そういう気持ちを少しくらい汲んではくれないのだろうか。
(・・・・なんか、いやだなぁ)
むっと、 は頬を膨らませて、入り口に視線を向けた。
モモンガが大将二人(クザン君まで来たのかとは呆れる)を道場内に案内している。ちらり、と一度モモンガがに視線を向けてきて「どうにかしてくれ!」と必死に訴えているのがわかった。
おそらくはモモンガも、一応はサカズキをどうにかしようと試みてはくれたのだろう。
だがまぁ、無理だったのだろう。そのあたり、モモンガを無能だなんだと謗るつもりはない。というか、サカズキを説得できるような生き物はこの世界にいるのかどうか、そこが論点だろう。
「集合!」
さてどうしようかと考えていると、点呼がかかった。
はトテトテと中央に集まって、ちゃっかり隣を確保したエヴァンを見上げた。
「すごくねぇか、大将閣下を二人も、俺たちみたいな訓練生がお目にかかれるなんて」
「そうだね、すごいことだよね、普通はありえないよね。本当、どういう天変地異?奇跡?ミステリー?」
「お前は嬉しくねぇのか?」
それには答えず、は黙って整列した。ここからの私語は厳禁である。エヴァンも黙った。
周囲には先ほど以上の緊張と期待、興奮が膨れ上がっているようだと肌で感じる。
何しろ、海兵たちの最終目標(か、どうかは知らないが)最高戦力が二人目の前にいるのである。
はゆっくりと余裕を持って、一段上にいる長身の大将二人を見つめた。
相変わらず帽子はきっちり被った、見かけはとて「・・・・組長?」としか思えない赤犬と、だらけきった正義がモットーの青雉。どちらも只者ではない威圧感だ。は慣れているのでどうということもないが、これは、ただの訓練生には息苦しささえ感じさせるのではないのか。
そう思っていると、の周囲で人がバタバタと倒れた。
「・・・・はい?」
続々と、失神者。の周囲が綺麗にすっきりした。いや、それだけではない、きっちり長方形に整列していた訓練生が、とエヴァン、それにニコラスを残して綺麗さっぱり、ぶっ倒れた。
「あ、赤犬!!」
モモンガが焦ったように声を上げる。はサカズキが少しだけ覇気を出して周囲を威嚇したことを悟った。いや、当然にも向けられてはいたのだろうが、先ほど程度のものならにはないも同然である。
(ぼ、ぼくの邪魔するために、普通ここまでする…?)
呆然とは佇んだが、しかし、呆れといろんなショックからがっくりと膝を突いた。その腕を取ってくれたのはニコラスとエヴァンだ。左右から助けるように腕をとられる。
「大丈夫か?」
「今の、普通は失神するのにすごいなぁ、お前」
「…ちょっと、きいたかも」
いろんな意味で、と口の中で呟いて、は二人に助けられながらもう一度立ち上がった。
見ればモモンガの部下たちが倒れた訓練生たちの介抱をしている。
もしもあれで自分も失神していたら、強制的に連れて帰らせられたのだとわかり、は顔を顰める。
それで、きっ、と赤犬のほうを睨み付けた。
わなわなと唇を震わせて怒鳴ろうとするのだが、その前に、サカズキが口を開いた。
「この程度も耐えられんようでは、見込みはあるまい」
言って、興味はないとばかりに道場を後にしてしまった。について来い、と暗に言っているのだろう。
先ほどまでであればは無視したが、こちらも話がある。は怒りで震えながらぐっとその後を追った。
■
追いついた、と思えば、そのまま壁に押し付けられた。は顔を顰め、衝撃に小さく呻く。
けれどそのまま怯まずにキツイ眦で、自分の腕を引いた男を睨み上げた。
「ぼくの邪魔しに来たの?サカズキ」
「うぬぼれるな。大将が最弱の新兵を相手にするか」
「じゃあなんで…!!」
「見込みのある者はいないかと興味があっただけだ。二人だけしか残らなかったがな」
ストラマとグリフィス家の息子か、と関心する様子には腹が立った。
その言い分は確かに筋が通るといえば、通るかもしれない。それで納得しようとは思うだったが、しかし、二人、とサカズキが数えたことが気に入らなかった。
「ぼくだって平気だった!」
「当然だ。強者の傍にはべり逃げるのが貴様の特技じゃろう」
「なっ…!!!」
かっとは顔を真っ赤にした。そのまま反論しようとした唇をサカズキがふさぐまえに、二人の間にひんやり、とした冷気が漂う。
「はいはいはいはい、ストップ、待った待った。頼むからちゃん泣かせないでくれよ。サカズキ」
「わしのものをどうしようと勝手だ。口を挟むな、クザン」
クザンは素直に「ちょっとまて」と突っ込みを入れたくなった。だがクザンが言う間も与えずに、サカズキはぐいっと、乱暴にの腕を掴んで無理やり自分のほうを向かせる。
「貴様はわしに庇護されていればそれでいい。貴様が海兵になどなったところで、迷惑だ」
(お前その言い方ないだろ)
サカズキとしては、別に悪意の言葉ではないのだろう。先ほどの言動とて、本人からすれば別段、嫌味でもなんでもない。だが受け取るのはである。クザンの予想通り、見る見るとの目に涙が溜まっていく。
そしてサカズキが「わかったか」ととどめのように言い放ってからの目の涙が零れ落ちる前に拭おうとすると、その手をが払った。
「嫌い…!!嫌い、サカズキなんか…嫌い…!!!」
ぱしん、と乾いた音がする。ぽろぽろと涙を流して、必死に拭いながらがわめいた。ぎょっとクザンは目を見開く。よりにもよって、何を言ったのだ?
気のせいであってくれ、と願っていると、畳み掛けるようなの言葉が続く。
「大、嫌いっ! ぼくのこと…なんだと思ってっ…!ぼくはっ、モノじゃ、ないのに…!!サカズキなんか、嫌い・・!」
「…仕置かれたいのか、貴様」
ゴォオオゴオォオオオと、サカズキの背に低い震動。シュルリと手袋を外そうとする仕草。クザンはヤッベ、と冷や汗を流してサカズキをボコって止めるか、それともを攫って逃げるか一瞬悩んだ。能力の相性でクザンが本気になったサカズキを止めるのは難しい。その一瞬の巡回、サカズキが一歩に近づき、びくり、とが脅えた。
「失礼します」
そのを庇うように割って入ったのはグリフィス・ニコラスである。
大将の面前というのに怯んだ様子もなく、しかし礼儀はわきまえたように顔を上げずに言葉を続けた。
「彼は私の仲間です。何か彼が大将閣下のお気に触るようなことでもしたのなら、一緒にお詫び申し上げます」
丁寧な言葉。静かな水の流れのように吐かれる音。恐怖を感じてはいないらしい。大将相手に対したものだとクザンは褒めたくなった。サカズキも聊か感心したのか、すぅっと目を細めてニコラスを見下ろす。
「必要ない」
行け、とその目で言うのはサカズキにしては大人しいほうだろう。しかしニコラスは首を振った。ぎゅっと、の手を握りながら、「それなら彼も一緒に」と引かぬ。
サカズキに睨まれて条件反射で脅えていたも、自分を庇おうとしてくれているらしいニコラスに気付き、顔を青ざめさせた。
「ニ、ニコラス。ぼくは、平気だから、お願い、先に行ってて…」
「お前を見捨てて行けるか。弱いくせに意地を張るな」
「ぼくは平気…それより、キミが…」
「バカか。こんなときに俺の心配なんかしてる場合じゃないだろ」
お互い庇いあうその姿。クザンは、マズイ、と咄嗟にたちとサカズキの間に氷壁を作った。それでニコラスに「今のうちに」という視線を送ると、驚きながらも助けには気付いたのか感謝するようにニコラスが頷きの手を握って走り出した。
全力ダッシュ、するその姿が角に消えた刹那、氷が溶ける。
一応、かなりのブ厚さと強度があったはずだが、その辺、この男な関係ないだろう。
サカズキはたちの逃げた方向をちらり、と眺めた。
(ありゃ・・・怒ってるんだろうな・・・絶対)
クザンは顔を引き攣らせる。
を独占したくてしょうがないドS亭主。の行動を制限し、束縛、孤立化は当たり前、自分だけを見ていればいいという歪んでねぇかその愛情?と突っ込みが入るだろうサカズキの独占欲。
普段はが嬉しそうに笑いながらそれらを、何の疑問も抱かずにサカズキへの愛情を前面に押し出しているからこそ、やっていけたである。
それが今、がサカズキに逆らった。そしてサカズキ以外の男の手を取って逃げた。
がっしりと、クザンはサカズキの背後に周って後ろから押さえ込んだ。
「ちょっと待てこのバカ・・!!殺傷沙汰はまずいだろ!!落ち着け!!!」
「落ち着いちょるわ」
「嘘つけぇえ!!!」
額に青筋浮かんでます。えぇ、それはもう見事に。
「あのバカに誰が飼い主か調教しなおす」
「ま、ますます嫌われるぞ」
「そんな抵抗は無駄だと刻み込んでやる」
ハイ、物凄く本気で言ってます。
ひょっとして今、余計なこと言ったか俺、とクザンは後悔したが、後の祭りである。
Fin
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