*つまるところ、連載終了後のフェイント妄想系です。まぁパラレルってことで気軽に読んでください。
どう考えても、バカップルのバカップルによるイチャコラ話ですから。
え、何この光景と扉を開けた姿勢のままクザンはぎょっとして硬直してしまった。海軍本部執務室、表の訓練場の喧騒もここまでは届かぬ、将校クラスの執務室の並ぶ奥の棟、そ更に奥にある大将の執務室ともなればシン、と静まり返っているのが常である。いや、それは今も変わらないのだけれど、その、いつもはシンとしていてカリカリと、部屋の主たるサカズキのペンを動かす音と、その向かいの真っ赤なソファに腰掛けて本でも読んでいるのページをめくる音がする程度の部屋。
現在に膝枕されるサカズキがスゥっと寝息を立てている。
「・・・・・・えっと、真昼間っから何イチャついてんの?オタクら」
キミはオヒメサマでいればいい!
とりあえず唖然として突っ込めば、が顔を真っ赤にして「イチャついてないよ!!」と怒鳴ってきた。しかし大声を出したことに自分ではっとして慌てて口を押え、膝の上にあるサカズキを気遣う。クザン、え、何この可愛い光景と笑うところなのか悔しがるところなのかすぐには判断が付かなかった。というか、ひょっとして自分は立ったまま夢でも見てるのだろうかと疑いたくなるほど、ありえない光景。
そういう態度が出ていたのだろう、、なんだか居心地悪そうにクザンから視線を外しつつ、ぼそっと、言い訳のように呟く。
「その、最近、サカズキ疲れてるみたいだったから」
その言葉、言い訳だけというよりは若干の悔いるようなものも含まれている。クザンからはの顔は長い前髪に隠れて見えない。
確かに最近いろいろあって、サカズキは冗談抜きで不眠不休であちこち駆け回っていた。ただでさえ白ヒゲ戦でのゴタゴタで多忙だった身に、パンドラの復活、茨の魔女の拿捕とひっきりなしに騒動が起こり、クザンでさえまじめに仕事をしなければならない日々が続いた。
「ひょっとして強制的に寝かしつけたとか?」
その原因、となったのはである。ある事件でがサカズキの元から姿を消した。普段オレ様絶対的正義の体現者、とりあえず逆らう者には砲弾発射というイケイケドSなサカズキも、の失踪ではなかなか堪えたらしい。にそういう自覚はないのだろうが、今回の騒動の原因の一つでもあるとはわかっているのだろう。これはひょっとして不眠不休で仕事をブッ続けるサカズキを案じてが寝かしたのだろうか。そう思って聞くと、が何か恐ろしいことでも聞いたかのように顔を引きつらせた。
「ぼくがそんなおっかないことできると思うの」
「いや、普通に考えたら無理だろうけど、ホラ、魔法使うとか」
「ぼくはもう魔法、使えないよ」
あ、そうだった、とクザンも頬を書く。先日元の世界に帰って行ったトカゲ中佐(あ、最終的には准将)に魔女の素質とやらをすべて譲ってしまったらしい、今はただの人間である。それでもの言動は変わらなかったのですっかり失念していたとクザンは苦笑し、そして「え、ってことは何?サカズキが自分で?」とまだ話題を続ける。さすがにが煩わしそうに眉を寄せてクザンを見上げてきた。
「ねぇ、クザンくん、さっきからうるさいよ。サカズキが起きちゃったらどうするの」
いや、突込みが許されるのなら、っていうか、おきてるんじゃないのか、それ。とクザンは思った。あのサカズキが、いくら大将・同僚とはいえ他人が近付いてきて気づかぬわけもない。もしも気づいておらずまだ眠り続けているというのなら、それはそれこそが魔法で強制的に眠らせたとかそういう場合のみだろう。
しかしここで「起きてるんじゃねぇのか」とでも突っ込もうものなら、後々絶対、クザンはサカズキに闇討ちされる。膝枕というかなりおいしい展開に加え、のこと、普段触れぬサカズキにここぞとばかり触れてきて、そのたどたどしい手つきが、え、なにこの可愛い生き物!!!と、クザンだったらバンバン手を叩いて悶絶したくなるだろう状況になっていくに違いない。
そういうナイス状況、はサカズキが寝ているから行えるわけである。まぁおそらく膝枕くらいだったらもサカズキが起きていても許容範囲だろうが、からサカズキに何かするなど、寝ているという前提でなければならないのだ。だからこそ、ここでクザンが現れても「さっさと帰れ」という、クザンにしかわからないオーラは出しているものの、目覚める様子は見せないのである。
もうこれは本当、笑っていいだろうかとクザンは突っ込みを入れたい。でもまだ命は惜しい。
「ねぇ、」
「なぁに」
それてクザン、ひょいっと、しゃがみ込んでソファに座ると目線を合わせる。長身のクザンはしゃがんだところでを見下ろす形になる。あどけなく見上げてくるまぁるい真っ青な瞳。この色を見るとほっとするのはサカズキだけではない。あのころ、真赤でしょうがなかった目の色を思い出してクザンはゾクリ、と背筋に這い上がるものを感じたが、それにはさっさと蓋をして、なんでもないように笑いかける。
「サカズキのこと好きか?」
さすがにこの問いかけにはピクリ、と、サカズキの小指が小さく動いた。しかし、クザンの問いと同時にが顔を真っ赤にさせたので、おそらく本人に気づく余裕はなかっただろう。
「な、な、な、なっ!!!」
「な?」
酸欠状態の金魚のように口をパクパクさせて、がわなわなと身体を震わせる。いや、別にいじめているわけではなくて、ただからかいたいだけなんだがとどのみち外道なことをぼんやり思いながらクザンはニヤニヤと笑う。いや、てっきり真っ赤になって怒鳴られるかと思ったが、少し予想外である。これはこれで面白いと反応を待っていると、がキッとクザンを睨んできた。いや、可愛い顔で睨まれても全く怖くないが。
「嫌いだったらこんなことしない…!」
「こんなことって膝枕?いいなぁ、ちゃん柔らかそうだし、サカズキも安眠できるねぇ。いっそ抱きまくらになったほうがいいんじゃないの?」
「〜〜〜!!クザンくん!用ないなら出てってよ!!」
あからさまな単語にさらに顔を赤くしてが怒鳴った。手近なところに投げるものでもあれば完全に投げつけられただろう。さすがにいじめすぎたかと反省をほんの少しだけして、立ち上がる。フルフルと唇をかみしめて震えるの頭をぽん、と叩いた。
「ほらほら、そんな大声だしなさんなって。サカズキちゃん、起きちゃうよ?」
「クザンくんのバカ!ぼくだって恥ずかしいのガマンしてたのにからかうなんてひどいよ!!」
「いやぁ〜、ちゃん可愛かったからつい」
「つい、じゃないよ!」
「……、黙れ」
ぎゃあぎゃあと騒ぐに向かい、ぴしゃり、と冷水のような一言がかかった。げ、とクザンは小さく声を漏らす。さすがに狸寝入りをしていられる状況ではなくなったらしいと、サカズキがゆっくり起き上がった。
「サカズキ……!」
とたん委縮して眉を寄せ俯くを一瞥し、サカズキはため息をひとつ、すぅっと目を細めてクザンを見上げた。
「ごめーん、おこしちゃった?」
「一ヶ月机から離れられんようにしてやる」
ハイ、本気の目でした☆
これは、眠りを妨げた・膝枕を邪魔したうんうぬんよりも、で遊んだことが一番も理由だろう。このドS亭主、「を泣かせていいのはこの私だけだ」と堂々と、パンドラ戦の最中でも堂々とのたまいやがった伝説ホルダー、その場にいた全員にある意味恐怖を刻みこんだ男である。
「でもほら、面白いこと聞けたし勘弁してよ」
或る程度は覚悟してからかったとはいえ、素直に承諾するのは遠慮したいクザン、ちゃかす口調はそのままに苦笑して言うと、ちらり、と、サカズキが自分の背後、を伺い見た。それがどういう意味なのか一瞬ではクザンにはわからず、うん?と不思議に思っていると、サカズキが再度口を開く。
「私は仕事の続きをする。、貴様はクザンを送って来い」
「え、でも、」
「行け。貴様がいると仕事の邪魔だ」
乱暴だが、クザンからすれば随分と素直に自分の感情を言うようになったものである。要約すると、どうやらは何かクザンと話をしたいことがあるらしいから、まぁ行って来いと。仕事の最中にがいると、気になってしょうがないから別にいなくてもいいと、そういうことである。
しかしは言葉通りにしか受け取らない。ぎゅっと眉を寄せて、ソファから飛び降りるとそのままクザンの手を引いた。え、手繋ぐのかとクザンが慌てていると、その繋いだ手にサカズキのかかと落とし。
「っ、危なっ!何すんの、サカズキ。おれじゃなかったら避けらんなかったでしょ、今の」
「黙れ。に触れるな」
触ってきたのはからです。と言っても言い訳通じる相手ではない。クザンはただびっくりしているを眺め、そして何事もなかったように仕事を始めるサカズキに溜息を吐いた。
「び、びっくりした……サカズキって時々変なことするよね」
先ほどのことをまだ驚いているらしい、は心臓を押ええながら隣を歩くクザンを見上げる。その真っ青な目を横眼で見てクザンは苦笑い。なんと言うか、そういうあからさまな嫉妬をが気づかないのがいろいろ原因なんじゃないかと思うが、まぁがサカズキの嫉妬を自覚したら、それはそれで面倒だろう。きっとのこと、サカズキが嫌がるのならと誰とも口を利かないという選択をあっさり取る。そうなったらクザンはさびしいし、ドフラミンゴやミホークなど首でも吊りかねない。まぁ、それは別にどうでもいいといえば、どうでもいいが。
「ま、まぁ……が戻ってきてうれしいんでしょ。おれもうれしいしね」
お茶を濁すような形でとりあえずつぶやき、とことこと歩幅の小さいに合わせてゆっくり歩く。そういえば、は自分に話があるようなことを言っていたが、何なのだろうか。
「ところで、おれに話って何?」
「あ、うん。ねぇクザンくん。ぼくはさ、もう魔術師じゃないし、魔女じゃないし、ノアの体でも、パンドラの一部でもなくなったよね」
「そうだね」
空白の歴史に関する記憶も、リリスの日記の空白を埋めることでその期間だけを封印したのだから、世界政府も納得しては正真正銘ただの「一般人」という扱いになっている。(その記憶の封印に黄猿さんのところの“文士”が一役買ったのは僅かな人間しか知らぬこと。今頃彼女はキッド海賊団の船でのんびり詩篇でも朗読しているのだろう)
「え、何。一般人になったからサカズキのお嫁さんになりたいとかそういう相談?」
「ち、違うよ!!クザンくん、ぼくは真剣に話してるんだよ!?」
いや、こちらも今結構真剣だったんだが、と口の中で呟いてクザンはぽん、との頭を叩く。またこの小さな子、何か一人でいろいろ抱え込んでいるのだろうか。まぁ、もう魔女関係のいざこざがない分、それほど重大、ということもないだろう。
クザンの軽口に顔を真っ赤にした、少し間を置いてから、立ち止まる。
「?」
少し歩いて、クザンも止まった。を振り返ると、暖色の髪の、うつむいてしまって、ぎゅっと両手を握りしめている。
「だから、だから、ね。サカズキはもう、ぼくを守る必要なんて、ないんだよ。だから、だからね、ぼく、ここにいて、いいのかな?」
ふるふると、震えて、か細い声で言う。今にも泣き出しそうな声、だが、とりあえず、クザンは驚いてしまった。何をバカなことを言っているのかと、そういう感想。
「それ…サカズキに言った?」
「言ってない、いえないよ。言えるわけないじゃん」
「言えばいいじゃん。きっと即答してくれるよ」
「サカズキは、優しいから、きっとぼくを傍に置いてくれると思う」
いや、優しいからとかそんな生き物じゃないと突っ込みを入れたかった。一応クザンはサカズキの数少ない友人、同僚ではあるが、え、ゴメン、何をどうトチ狂ったらそういう発想できるの?とそういう突っ込みしか入れられない。
というか、、何、そんなことで悩んでいるのか。クザンへの相談、というからには何かこう、Siiの被害がちょっと真剣にうざいとか、パンドラと別室にして欲しいとかそういうことかと思っていたのだけれど。
「おれが「いてもいい」って肯定しても、別に意味ないでしょ?」
クザンはしゃがんでの顔を正面から見つめる。泣いてこそいないが(というか、きっと泣かせたとたんサカズキにぶっ飛ばされる)不安そうな顔。
「怖くても、それはサカズキに聞きなさいって。お前さんたちはもう刻印でつながってないんだから、言葉って大事よ?」
「……うん」
解っては、いるのだろう。だって、サカズキにいつかちゃんと聞かなければならないとは、わかっているのだ。それでも、もし聞いてしまって、それがきっかけで離れなければならなくなるのが怖いのだろう。まぁ、サカズキのことだから万に一つもそれはないとクザンからしてみれば思うのだが、それをわからないのがの良いところであり、困ったところである。
ゆらゆら揺れるの青い目。ぽんぽん、と頭を撫でると、じわりとその眼尻に涙が浮かんできた。とりあえずクザン、あとでサカズキに蹴り飛ばされるのは覚悟した。
サカズキの執務室へ戻る道をとぼとぼ歩きながら、はため息を吐いた。今の自分はただの人間だ。一般人に戻すことを五老星やらセンゴクはぐだぐだ言っていたが、そこは長年の知己であり政府の重鎮であるアーサー・ヴァスカヴィルとオマケ(おまけってなんだおまけって!!!とジョージの声が聞こえるが、気のせいである)の働きでことはおさまってくれた。はとても感謝しているし、これまで自分のしてきたことがすべてチャラになったわけでもない。いつか北の国に行きノーランドのお墓に花を添えたいというささやかな夢もあるのだが、しかし、その前に、今自分は海軍本部に居続けていいのだろうかと、そういう疑問を日々考えるのだ。
ここにいたい、とは思う。けれどいる理由がない。マリンフォードの町で花屋でも開いてはどうかという案もあったが、サカズキが却下したらしい。に働く能力がないと知っているからだろう。それを踏まえて、自分がとても情けなく思えたのだ。
魔力があったころは何でもできた。何でも許されていたし、自分でも何かしたい、と思うことはなかったから生活に困ったこともない。今思えば随分と優遇されていたのだと思うが、それはが魔女であったからで、今なんの力もない自分は、その恩恵を受けるわけにはいかないのだ。
今はまだ、誰も何も言わず、は前と同じようにサカズキのところにいられるが、ただの一般人がいつまでも大将のそばにいられるわけもない。いつか、「おかしいだろう」と指摘される。その時にサカズキの迷惑になるのもいやだし、サカズキ自身が今現在どう思っているのか、それも不安だった。
「あ……海兵の訓練場…そっか。ぼく、歩いてるんだものね」
ふと、は騒がしい声に意識を戻し、歩いている廊下の少し遠くにある建物、道場を眺める。海軍本部に移動になった訓練兵たちが日夜修行をしている場所である。剣道竹刀のぶつかる音、綱渡りをする音など様々なもの。あわただしく行き来しているのは新兵だろう。
「……ぼくも、海兵になったらサカズキのそばにいられるのに」
言って実際、自分が海兵になれるかどうか、と考えてみる。まぁ普通に無理だろう。動機も不純だし、海兵になったら海賊を拿捕しなければならなくなる。ということはホーキンスやルフィたちのところに気軽に遊びに行くこともできなくなるのだ。それは、ちょっと嫌である。
(あ、でも拿捕とかは別にしなくてもいいのかな?実力が違いすぎるってことで)
ぐるぐる考えて、しかし、まぁ、無理だろうなぁという結論にはなった。元世界の敵が海兵になるなど、それは本当に冗談だろう。トカゲは、別の世界から来た己は海兵になったが、から見てあれは海兵というよりヤクザである。
どうこう考えて歩いていると、いつの間にか執務室についていた。はノック二回の後、部屋に入る。カリカリと仕事を続けていたサカズキが一度顔をあげ、眉を寄せた。
「クザンに何かされたのか」
「少し話をしただけだよ」
きょとん、とが首を傾げると、サカズキがため息を吐いた。何か気にそぐわぬことをしたのかとは一瞬焦る。
「……眼を擦るな。赤く腫れる」
「ご、ごめん」
そういえば、先ほど少し涙が滲んだのでこすったのだった。眼尻がひりひりしていたので、どうやら強くこすってしまったようだ。慌ててはハンカチを出し、目にあてる。
「謝るな。お前の目が赤いのは、あまりみたいものではない」
「…ごめん」
「…謝るなと言っている」
「……」
「…別に怒っているわけでもない」
嫌な沈黙、はただうつむいてしまって、それにサカズキが小さく舌打ちをした。それでカタンと小さく椅子の動く音。蹴られるのかとが体を強張らせていると、サカズキの手がの首根っこをひょいっと掴み、そのまま机の上に乗せた。てっきり怒鳴られお説教モードかと覚悟していたのだが、次の瞬間、怒鳴るには怒鳴ったサカズキの言葉は、普段とは違うものだった。
「私が優しい言葉など吐けるか!!」
はい?
一瞬は何を言われたのかわからずにただ大きく目を開く。サカズキは構わずに続けた。
「回りくどい言い方は面倒だ。、いいたいことがあるなら言え」
「え、サ、サカズキ?」
「貴様がそんな顔をしていると調子が出んのだ。なんだ貴様、この私を苛立たせたいのか!!?」
「いや、ぼく…そ、そんなつもりはないよ!」
「ならなんでそんな顔をしているのか言え!気になって仕事にならん!!」
「強制!!?ぼ、ぼくは別に…」
なんだかこういう態度のサカズキは慣れなくて違和感がありありだが、しかし、、どう答えていいものかと言葉に詰まる。しかし、もうぐだぐだ悩んでいるだけなど己の性に合わぬところ。何か、この状況が嫌なら変化を起こさなければならない。ぐっと腹に力を込めて、真っすぐにサカズキを見つめる。
「ぼくはここにいていいのかな」
言って、そんな一言で済む言葉なのに、言って、ずいぶんと重いとは気づいた。鉛でも吐くようにずっしりと、言った後も心に深くのしかかる。サカズキはすぐには答えなかった。ただ眉を寄せているだけの表情に、は焦る。
「だ、だってぼく、もう魔法は使えないし。べつに、強くないし、サカズキの仕事だって手伝えないし…!だから…!だから、ここに、海軍本部にいていい、理由ないから……」
「強制した覚えはない。ここにいるのが嫌なら、どこにでも行けばいい。それは貴様の自由……待て!だからなぜ泣く!!」
サカズキの言葉が終わるより先にダーッ、と素直に泣いた。サカズキが慌てた。慌てるサカズキなどめったに見れるものではないが、今のにそれをじっくり眺める余裕などない。
「馬鹿者……!だから目を擦るなと言っている!!貴様は学習能力がないのか!?」
「さ、わらないでよ!!」
パシン、と伸びた手を払えば、すぅっとサカズキの目が細められた。はこれまでの経験上ものすごく恐怖を覚えたのだが、ここはぐっとこらえて、真っ向からサカズキに向かい合う。
「ぼく、海兵になる!」
「無理だ」
「即答!?トカゲだってなれたんだからなれるよ!」
「あの女はそれに見合う身体能力があった。貴様は皆無だろう。無理だ、駄目だ、諦めろ」
「や、やだ!」
トカゲを思い出してサカズキは顔を顰める。あの台風のような女、元の世界に無事に戻れたという保証はないが、二度と来るなと塩を撒きたかった。あのトカゲ、も魔女の身ではあったが、体格には恵まれていた。だからこそ本人の(表向きには悠々とはしていたものの)血を吐くような努力の末に中佐の身にまで上り詰めたのだ。だがは、いくら今後は成長するとはいってもまだまだ小さな体、か弱い少女の身で海軍本部の海兵になるなど、不可能である。
「仮に海軍に入隊したところで大将権限ですぐに除籍してやる」
「職権濫用だよ!なんで!どうしてダメなの!ぼくはもう魔女じゃないのに……!!」
「だからこそ戦地になどやれるか。従属だとしてもことごとく阻止するから無駄なことはするなよ。……だから泣くんじゃない!!」
「泣いてない!」
「泣いているだろう!だいたい海兵になってどうするつもりだ。貴様が海賊討伐などと、冗談にしか聞こえんぞ」
いや、確かになら赤髪の船にひょっこり現れても警戒されないだろうが、「処刑台に送りにきました★」なんて言ったらまた赤髪のトラウマが増える。それは別にかまわないのだが、それでヤケでも起こされて海が荒れるようなことがあったら、正直目も当てられない。
「だって……だって……!」
「なんだ」
「……サカズキと一緒にいたいのに…」
ぐすっ、と嗚咽を押えながらがつぶやく。サカズキの体が固まった。
「もう魔女じゃないから、サカズキがぼくを守る必要ないし…一緒にいる必要、ないし……サカズキは海兵だから、ぼくも海兵になれば一緒にいられると思ったんだよ……」
「……」
「今はまだ前みたいに一緒にいられてるけど、でも、ぼく、もう本部には何の関係もない人間だし……」
いつ追い出されるかわからないと、怖かったのだ。そんなときにサカズキにどこか好きなところを選べと言われて、いよいよ一緒にいられなくなるのかと、だから、海兵になると無茶を言ったのだ。
その不安を、恐怖を語ると、サカズキがゆっくりと息を吐いた。
「……言っておくが、。海兵になったところで大将付きになるのは低くとも中佐からだぞ」
「中佐は偉いの?」
「……」
「なぁに?」
「……海軍の階級、言ってみろ」
「えっと、センゴクくんの元帥にサカズキ、クザンくん、ボルサリーノくんの大将、モモンガ中将、おつるちゃんの中将と、赤旗とかの少将、でサリューは准将だったよね。あと下は大佐、中佐、少佐?新人は新兵だよね」
思いっきり、その途中が抜けている。いや、確かに、海の魔女とかかわるのは准将以上からだったし、が少佐・新兵を知っていたことを十分ほめてやりたい気もするが、しかし、これでは全く駄目だ。
「、海兵は軍隊。お前には無理だ」
「トカゲだってなれたのに?」
その話を蒸し返すのはいろいろ面倒なのでスルーする。
「人を敬ったことがお前にあるのか」
「ずっと昔は」
800年前に魔術の師と国の王の二人だけだろう。その二人に対するの態度は、さすがのサカズキも知らないが、しかし、普段のの言動を見る限り、敬っているのは意識の中だけで態度でどうこう、ということはなさそうである。
「私以外の人間の言うことも聞かなければならんのだぞ」
「どうして?」
「……軍だからだ」
「……なら我慢する」
うーんと唸りながらいろいろ葛藤があったのだろうが、小さく呟く。サカズキは一瞬自分以外の言うことを素直に聞くというのを想像したが、不快になる前に「それは無理だ」と即座に切り捨てた。上官がサリューやジョナサンならともかく、あのディエス・ドレークが上官についたところで「綱渡り100往復しろ」と言われたところで「自分がやれよ」というやりとりになるに違いない。というかトカゲも最初そうだった。彼女が中佐にまでなれたのは、まぁ本人の努力もあるが、上官になったモモンガと相性がよかった、というのもある。トカゲはなんだかんだとモモンガ中将に自分の世界のドレークを重ねていたようで、逆らうことはあまりしていなかった。(その分ドS行為には走っていたが)
「朝も早い。雑用時代は体を作るために睡眠時間を削って訓練しなければ上には行けん」
「がんばるよ」
それが一番無理だろう。この体になってからの、7時の起床、9時の就寝を徹底している。それに3時の昼寝までしっかりしているのだから、それで海兵なんぞできるはずもない。
「先輩にあたる兵たちの部屋の掃除、食事・洗濯をこなさねばならん」
「サカズキが料理上手なのはそのころのおかげなの?」
「、もう一度言うが、お前には無理だ」
ため息ひとつ。海の魔女とされていたころでさえ、は周囲から甘やかされて生きてきたのだ。自分の身の世話さえできないが、海兵の厳しい生活に耐えられるわけがない。というか、何よりも、サカズキの目の届かなくなるところにをやるなど絶対に御免である。
「ぼくはサカズキのそばにいたの」
「海兵になるというのは諦めろ」
「でも、今は、ぼくに価値がないから、サカズキのそばにいられない。だからぼく、一生懸命考えて言ってるのに、どうしてわかってくれないの」
の面白いところは、自分の思い通りにならないと本心がつらつら「文句」として出てくるところである。普段は絶対に恥ずかしがって口に出さないようなことも平気で言うので、サカズキ、少しだけ楽しそうに目を細めた。
「どうされたい?」
「サカズキのそばにいたい。髪の毛の一本も、頭から足のつま先まで全部サカズキのものになりたいの。でもぼくはもう魔女じゃないから、薔薇は刻めないし、役に立てないからサカズキのものになる意味がない」
「なら傍にいればいいだろう」
簡単な話である。普段サカズキ、職権濫用など絶対にしないが、が傍にいることでとやかく言う人間がいるのなら、それは容赦なく葬る。それくらいしたっていいだろうという開き直りさえある。嫌な話ではあるが、センゴク元帥や五老星はを「ただの人」として扱うのはまだ危ういと胸中思っているようであるのだから、大将赤犬の監視続行、なら望むところではないのだろうか。そういう思惑もあるからこそ、未だにサカズキは堂々とを傍に置いている。それをが知らぬだけだ。
「そういうの、嫌なんだよ。ぼくは、ちゃんとサカズキの役に立ちたいんだ。ちゃんとサカズキのものになりたい」
別に、サカズキはを手放した覚えは一度もない。魔女であろうとなかろうと、は自分のもので、それは変わらないし、変えるつもりは毛頭ない。だが、不安だとは言う。ふむ、とサカズキは一度考えるように顎に手を当てて、の腕をとり、引き寄せる。
急な接近に慌てるの顎を押え、以前は冬薔薇の刻印の刻まれていた首筋に舌を這わせる。
「大人しくしていろ。すぐに終わる」
「……んっ……ひゃ、あ……!!」
ぺろりと肌の味を確かめてから、サカズキはその場所に吸いつき、赤い痕をつける。薔薇よりは小さく、どちらかといえば花弁という程度の大きさしかないが、しかし薔薇がなくなり不安になるも、これで少しはましになるだろう。
つけ終わって、から顔を放すと、真赤になったがフルフルと羞恥で震えながらも、何をされたかくらいはわかっているらしい、すぐに鏡を取り出して徴を確認した。
「赤くなってる。薔薇の花弁みたい」
「気に入ったか」
「うん、ありがとう、サカズキ」
生憎とこの場に突っ込みは不在である。はただ「気に入った」らしく声を明るくさせた。それでサカズキも若干表情を和らげて、ふわり、との頭を撫でる。ここにクザンでもいれば、すいません誰か通報してください、と突っ込みをぼそりと呟いただろう。
「刻印と違いすぐに消える。消えたらまた私に言え」
「うん、わかった」
にこにこと機嫌よく襟首を直そうとして、はたり、と顔を上げてくる。サカズキがすいっと、の体を抱き上げて、そのままソファに押し倒す。
「サ、サカズキ……!!」
ぎゅっと胸の中に抱き込まれては慌てた。え、何この状況と困惑した様子なのがサカズキには少しおかしくて、頬を撫でる。
「頭のてっぺんからつま先まで、すべて私のものになりたいのだろう?」
「そ、そうだけど…」
頷けばサカズキがすぅと目を細めたので、はなんだかとってもいやな予感がしたらしい。逃げだそうと力を込めるのだけれど、しかしが力を込めたところでどうにかなる大将殿ではない。
「サカズキ!」
「なんだ」
「や、やだ…離してよ」
「私が嫌いか?」
「そんなこと……!」
「酷いことはしない」
「痛いこともしない?」
さすがにその問いには即答しなかった。痛み、は、まぁ、あるだろう。そこをごまかすつもりはないので、とりあえず正直に答える。
「……痛みはあるかもしれん」
「あるの!?」
「いや……少なくすむよう努力はする」
そして今度はきちんと唇への口づけ。はただ驚いて目を丸くする。その目をサカズキが手で覆った。
「嫌なら言え。止めんがな」
低く、笑ってどこまでも楽しそうなその顔、ドSである。
*この間を管理人が書けるわけがない……!!!
ぴくり、と体を動かしてが目を覚ますと、目覚めのよい日差し、朝である。いつものいなれた部屋ではない。あれ?とは首をかしげて今日はどこに泊まったのかと思いだし、赤面した。
(!!!そうだ、そうだった!ぼ、ぼく……ぼくッ、サカズキと……!!)
ひとつ思い出せば次々に昨晩、いや、正確には今日の明け方までのことが思い出される。これでもは×××歳だ。誰かとそういった関係を結んだことだって、もちろんある。だから別に衝撃的だったわけではないのだけれどしかし。
(でも、でも、でも!!!サカズキとだよ!!!?ギャァアア!!ぼ、ぼく、なんてこと……!)
きゃぁああとシーツを掴んでひたすら真っ赤になる。恥ずかしい、恥ずかしいどころではない!!だって、だって、生まれて初めて好きになった人と、あんなことをしてしまったのだ!いや、別に、嫌だったわけではない。途中本当に無理だといろいろ思ったが、サカズキちっとも止めてくれなかったが、しかし、嫌ではなかった。
「あ、あれ…?でも、サカズキは?」
いない。今が何時か知らないが、普通に考えれば仕事だろう。
「……まぁ、そうだよね」
サカズキは大将だ。それに、すごく大人だから、のように浮ついたりはしないのだろう。にとっては、昨日のことは自分の長い人生の中でもかなりの特別な日になったとしても、サカズキは別にそんなことはないのだろう。
少し、さびしい気もするが、今この場でサカズキに会うのは死ぬほど恥ずかしい。
抱いてくれたのも不安がるを気遣ってのことだ。そこまで思い浮かんではしゅん、と頭をうなだれた。天井を眺めて、サカズキが仕事をしているのなら自分は執務室に行かなければならないだろう。仕度をして、いや、その前にシャワーに入らなければ。
「……いっ…」
起きようと体に力をいれかけ、は顔を顰める。まず、腰が全く動かない。そして下腹部に何か違和感がある。いや、別にもう何も入っていないのだが、さんざん異物を銜え込んだものだから感覚が残っているのだろう。そういえば、この体は自動回復するなんていうオプションはないのだ。人間の体っていうのは不便なんだねぇ、とぼんやり思い、、は体を倒した。
「……でも、何か違くない?」
あれ、結局自分の望んだことってこういうことだったんだろうかとふと思う。サカズキのものにはなれた。徴だっていっぱいつけてもらった。だが、それでサカズキのそばにいることが許されても、しかし、この海軍本部にいる意味には、ちっともならないだろう。
「しかも…これってぼく、サカズキの……こ、こいびと…?になったなら、尚更ダメだよね?」
恋人、なんて言う言葉にはさらに顔を紅くするが、公私混同なんてサカズキは絶対にしない。ならこうなった以上は尚更、きちんとサカズキの、大将赤犬のそばにいる理由が必要になるのではないか。
「……やっぱりぼく、サカズキの役に立ちたいな」
ぽつりと呟いて、顔を動かし部屋の中を眺める。サカズキの私室であるこの部屋は、必要なもの、本棚や書類、机、ベッドなどしかない。大将の部屋であるからそこそこの広さはある。机の上にある電電無視を確認して、「うん」とは頷く。
そして再度襲ってきた眠気にそのまま目を伏せた。思いついたことが一つあるが、それは、起きてから実行しよう、と、そういうところである。
昼下がり、午前の仕事を一通り終えて早足にサカズキは私室へと戻っていた。まだ午後の分の仕事はあるが、一時間の休憩時間をぶん取った。出来れば今日一日はのそばにいてやろうと思ったのに…思ったのに……!!!
(あのバカ大将がつまらんミスなんぞしでかさねば……!!!)
補佐の役割を持つSiiがちょっと出ているからだとかなんだとか言い訳していたが、本来クザン一人で十分できる量の仕事しか最近上は回さない。その中で、本当につまらない些細なミスをクザンがしたせいで、サカズキは朝から呼び出されることになった。朝っぱらから激しくなった電伝虫でが目覚めなかったのは幸いだが、しかし、あの音で起きなかったということは相当に、無理をさせたということだろう。海賊討伐においては行き過ぎの正義こその男だが、いや、さすがににはやり過ぎただろうかと反省点があった。と、まぁそんなことはどうでもいい。比べるものが違うだろうという突っ込みはだれもしない。そしてせっかく、サカズキが20年近くいろいろ我慢して、それでやっとが手に入った、その日の朝を放置するなど、サカズキの美学がまず許さなかった。
急ぎ足に、片手に薬やら林檎やらの入った袋を持ちながら、すたすた進む。いっそ全力疾走したがったのだが、廊下は走るものではない。
やっとたどり着いて、まだが寝ていれば目覚めには間に合うとそんな期待を持ち、扉を開け、サカズキ、持っていた紙袋をバサッと落とした。
「あ、サカズキ、お帰り」
雑用、と書かれた見慣れた海兵服を着たの背が振り返る。その向かい側には、サカズキが頭の上がらぬつる中将。
「つまりだね。まぁもただ本部に置いとくんじゃそのうち影口でも叩かれるだろう。お前さんのことだから片っ端からつぶしかねない。それじゃあ困るんだよ」
どうぞ、と、出したお茶を一口飲んでからつる中将、深いため息を吐いて言う。一応もおつるさんに紅茶を出す礼儀は知っていたようだが、彼女にはお茶であるからサカズキが入れ直したのだ。
「こっちとしてはいくら安全だとはいえ、はだ。出来る限り監視できる状況にある方が望ましい」
「おつるちゃんははっきり言うねぇ」
「、中将にぞんざいな口を利くな」
「わかった」
素直には頷き、ぺこり、と謝罪の意味らしい礼をする。その様子を眺めながら、おつるさんは再度口を開いた。
「幸い、はお前によく懐いてるんだ。この通り言うことも聞くようだしね。それでいろいろさっき話をして、をお前の連絡係りにしようかと」
連絡係り、は、まぁいうなれば雑用である。必要な伝言、資料の移動など本当に簡単な仕事で、しかし今のところサカズキはそれを置いていない。以前最後にいたのがミカンの似合う豪快な女海兵だったのだが、それはもう随分昔のことだ。
「……お断りさせて頂きます。これに仕事などできるわけがない」
「何も最初から仕事をさせようってわけじゃない。私のところで三カ月ほど預かっていろいろ鍛えるから心配ないよ。それとも私じゃ文句あるのかい?」
そういう聞き方はものすごく卑怯である。元帥、五老星にもひるまぬサカズキだが、つる中将にはめっぽう弱い。若いころにいろいろ世話になったというのもあるのだが、どうも、彼女には頭が上がらないのだ。サカズキだけではなくて、世の海兵(七武海)は皆そうなのだが、しかし、本当つる中将はなんでこんなに最強なのかと、海軍本部七不思議である。
言葉に詰まったサカズキを満足そうに眺めて、おつるは隣のを眺める。
「」
「はい、つる中将」
先ほどサカズキに言われたとおり、きちんと階級をつけて言葉も改めた、それでも顔はきょとん、と幼いままだが、まぁ、いいだろう。
「私のところで三カ月鍛えればどこでも通用する。辛抱おしよ」
「サカズキの役に立てるなら、なんでもするよ」
にこり笑顔。ひるまぬ少女。つるのこの上なく、上機嫌な顔をサカズキは目の前で見て、ただひたすら、まさか自分がこんな思いをするとは夢にも思わなかったが、胃が痛くなった。ため息ひとつを吐き、なんだかうきうきとしているを横目で眺め、もういっそを嫁にでも貰って家に閉じ込めておけばよかったと後悔した。
とりあえずFinですって。
・続くかどうか知りませんが、このシリーズに置いてサカズキさんはひたすらバカになりますネきっと。いろいろ我慢してきた分ぷちっときたんでしょう…(遠い目)これはもう本篇とは別verとお考えください。たぶん本筋の方はこんなハッピーモードにはならない…。