※毎度夜花では定番と言えば定番過ぎる「他家サリュー嬢」との共演話です。
いや、最近新規さんもいるんだろうなぁ、と思ったので注意書き?
“魔剣”レルヴェ・サリュー嬢は七海様のドレーク夢主様でして、夜花ではmain、longでレギュラー化してます。当然親御様に「書いていいよ」と許可は貰ってますよ!
ゴーンゴンと、海軍本部奥にある大きな古時計、響く音は十五回。午後の三時を告げている。今月は目立った出航予定もないドレーク、溜まった書類を順調に片付けていた。普段のお守りが彼のメインの仕事のように思われがちだが、実際のところ、彼がの世話をするのは本の片手間、と言っても差し支えはないだろう。本部にいる際は書類や下士官への指示、訓練指導に勤しみ、遠征中は将官クラスとして船を一つ預かる身。胃薬と苦労が滲みついて離れないと定評はあるけれど、のことさえ切り離せば、ドレーク、随分と多忙な毎日を過ごす、しっかりとした将校だった。
昼食はデスクで簡単に済ませたドレーク、ここで一息こうかと書類から顔をあげ、自分と同じように黙々と仕事をこなしている有能な補佐官に視線を向けた。金より少し褪せた、しかし月の雫のように美しい色合い、窓から差し込む光にきらきらと輝く髪の、補佐官。長い睫が白頬に影に落とす。その様を時々仕事の最中に視界に入れるたびにドレークは疲れを忘れる。自分はまだ体力的には続けられるが、彼女を巻き込むわけにはいかない。彼女はドレークが休憩をとらねば、自身も是が比でも取らぬところがある。それを長い付き合いで知っているドレーク。こちらが言い出さねばならないことは心得ている。それで口を開いて休憩を、と思うのに、彼女のその、真剣な表情、白い横顔を眺めていると息をするのも忘れそう。時計の鐘が二度目の十五回を打つ。響く音に紛れて、なにやら軽快な足音がしていることに、そこで初めてドレークは気付いた。
はっと我に返ったときにはもう遅い。ドレーク少将の執務室、それなりに重い扉が唐突にバッターンとご開帳。弾丸、とまでは言わないにしてもドッヂボールの球のような勢いで真っ赤な髪をした、悪魔・・・ではなくて、魔女っ子が飛び込んできた。
「サリュー!!!!!三時だよ!!お茶の時間だよね!!!あ、ディエスは働きなよ?」
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むーっと、不満そうに眉を寄せてがソファの上に正座をしている。きっちりとスカートを揃えて、靴も脱いでいる。上等の真っ赤な靴が執務室に置かれている、というのは妙な感覚がするが、それよりも素直に正座させられているの図、という方が奇妙である。不満を全面に出して唸るをまるで気にした様子もなく、レルヴェ・サリュー、ドレークの補佐官であり、海軍本部准尉である女性は黙々と書類に向かっている。
簡単に説明してしまえば、いつものように自由奔放極まりなくやってきたがサリューをお茶に誘ったところ、まだ仕事が残っている(ドレークが休憩をしようと言い出してはいないため)とサリューはあっさり返し、「そんなの後でいいよ!ぼくはサリューとお茶したいの!」と駄々をこねるを「大人しく待っていてください」と一蹴にし、ソファの上に正座させたのである。ちなみになぜ正座かと言えば、仕事中であるとわかっているのにノックをしなかったことや、この部屋の主であるドレークに対し礼に欠ける態度であったからだ。別段サリューはをしつける云々の気はないようだけれど、レルヴェ・サリュー准尉。はっきりとしているところがある。その態度はよろしくない、と思えば相手がであろうと容赦なく窘める。
「ねぇ、ねぇ。まだ?つまんないよ」
「申し訳ありませんが、仕事ですので」
にべもなくサリューが返せば、はますます不服そうな顔になる。しかし、それでいてソファから飛び降りようという気配はない。これがサリュー以外の人間であれば、窘めようとした瞬間の蹴りが入るだろう。いや、蹴りですめばかなりマシだ。デフォでいったら迷宮に放り込まれる。それをよく知っているドレーク、先ほどからのこの光景に冷や汗を流しつつ、素直に部下を尊敬した。
海軍本部准尉レルヴェ・サリュー。
何をどうやったのか誰もわからないのだが、が、それはもう本当によく、懐いている。
これまでの「気に入り」という海兵や政府役人はいたのだけれど、このように「懐いている」姿というのは、実はサリューが初めてだった。彼女は姉のように、また母のようにの行いを見守り、そして時折たしなめる。褒めることもある。それが他の人間であえば、それはもう本当に、次の瞬間「悪魔か貴様」と突っ込みを入れたくなるような有様になるというのに、本当、どういうわけか、、レルヴェ・サリューに対しては素直で、まるで子供のような顔をする。
「サリューがやらなくてもいいじゃないか。ディエスがおやりよ」
「そこで俺にふるのか・・・!?」
「ドレーク少将にはドレーク少将の仕事があるのですよ。、邪魔をしてはいけません」
頬を膨らませてがそっぽを向く。ここでサリューが口を出さねば、は言葉に出さず「サリューに休憩させなよ」と脅しをかけてきただろう。
は心底つまらなさそうにして、正座していることにも飽きたのかソファの上で身を崩し、凭れかかる。ぶらん、と足をばたつかせて青い眼をサリューに向けた。
「ねぇ、いつならぼくとお茶してくれる?」
「さぁ、なんとも。ドレーク少将の仕事に区切りが付いてから、でしょうか」
「死ぬ気で切り上げなよ、ディエス」
ぐいっと、がそれはもういい笑顔を向けてきた。いろんな脅しが入っている。ドレークは顔を引き攣らせた。根性がない、とかそういう罵声はの悪戯にじっくり付き合わされてから言ってもらいたい。しかし、部下の手前、ドレークはその反応も一瞬、こほん、と咳払いをしてサリューに顔を向けた。
「丁度少し休もうとは思っていたところだ。サリュー、君も休んでくれ」
「・・・よろしいのですか?」
「あぁ、が来なくともそのつもりだった」
ドレークの提案をと、そして何だかんだとをあまり邪険にはしたくない己への気遣いだと思ったか、申し訳なさそうに眉を寄せる部下にドレークは表情を柔らかくした。がとたんはしゃいで腕をさっと降る。すると、ソファが消え、それはもう、見事なティーパーティの準備が出来た。
だから、なんでこいつはこういう無駄なことに惜しみなく力を使うのだろう。
ドレークは胃痛のほかに頭痛がした。一応少将になった今では、いったいが「何」なのか、もうある程度のことは知ってるし、予想もある。であるから、今が無造作に使った力がどれほど世界的に「貴重」なのかもわかっている。
そんなドレークの苦悩など知らぬ顔で、、きゃっきゃと楽しそうに笑いながらサリューに椅子をすすめる。
「サリューはこっちの椅子ね!ぼくの隣!!ディエスは床でいいよね?」
「」
「冗談だよ。ディエスはこっち。サリューの向かい側」
いや、今絶対お前本気だっただろう。とそういう突っ込みはもう今更過ぎてする気もない。ドレークは無言で示された椅子に座る。上等なクッションの張られた、これなら長時間腰掛けても苦ではないだろう椅子である。口ではずさんなことを言いながらも、、きちんとドレークの身体にあったサイズの椅子を出したようで、腰掛ければ丁度いい位置に肘掛があった。
魔女のお茶会、と言えば中々本格的なものが本来だが、サリューを誘うとき、とにかくは「サリューとお茶飲めればいい」と思っているらしく、あまり礼儀作法の面倒なものをしない。今も三段セットに色とりどりの洋菓子、真っ白い皿にはクリームのたっぷりと乗ったケーキの数々紅茶のための砂時計や砂糖、ハチミツ、ジャムが用意されているもおの、は主催自らが机に掌を押し付けて乗り上げ、三段セットの上のマカロンを取り分けるという無作法な振る舞いをした。
「これね、美食の街で一番流行っているお店のなんだよ。パウリーくんが珍しくレースで勝ったっていうから。お土産に貰ったの」
「いただいてもよろしいのですか?」
「おいしくいただいてくれる人がいたほうがいいと思うよ」
くいっと、は上機嫌にサリューに取り分けた皿を押し付けてから、真っ白いテーポットを傾ける。琥珀色、というには少し赤味の強い紅茶である。
「今日は何なんですか?」
「今日はねー、マリージョア御用達のアールグレイ。たまには正統派もいいかと思って」
ポットと揃いらしい同色のティカップに注がれていく液体を見下ろしながら、サリューが若干弾むような声でに問いかける。毎度毎度、とサリューのお茶会。出される茶葉は、いったいどこでどう仕入れてくるのか不明だが、希少価値の高いものや、味の「おもしろい」もの、中々珍しいものをは用意してくる。確か先日はドラゴンフルーツと空島(ドレークはあるのかないのかわからないが、があるというのだから、あるのだろう)の塩を使ったお茶だった。その前はサボテンのお茶というから、どういう基準で持ってきているのだろうか、とは思う。
サリューは到来、浮ついたところはない上に、容姿はともかくとして、華やいだ性格でもない。女性海兵と談笑するよりは、同期の男性海兵と仕事の話をしていた方が気が楽だという話を聞いたこともあるくらいである。しかしながら、女性らしい心がないわけでもない。が持ってくる奇妙なものを、あれこれと、楽しんでいるようにドレークの目には見えた。それであるから、もなおのこと喜んであれやこれやと持ってくる。
いや、なにこの和やかなお茶会。出席者にいるのに、なんでこんなに和やかなんだ・・・と、本当いつもドレークは思う。
というか、サリューは凄いと何度目か本気の関心をして、ドレークは自分もお茶に口をつけた。
このお茶会、別段何か特別なことがあるわけでもない。こうしてお茶を飲み、が読んだ本の話や、魔女の歴史に触れぬ、これまで見聞きしてきた「奇妙なこと」をサリューに話す。サリューはゆっくりと紅茶の香りを味わいながらその話に耳を傾け、頷き、時折一言二言、言葉を返す。ドレークは黙っていろ、と言われているわけでもないが、何となくその二人の雰囲気を見ているだけで十分という気持ちになり、時折サリューが言葉を向けてきて、それを返すことはあっても、己から話題を出したり、はしなかった。
置時計の秒針の音が心地よく響く。遠くでは海兵たちの訓練する声が響いていた。確か、もうじき定期的な海兵階級関係無しのトーナメント戦(商品は特にない)が行われるはずである。参加は自由なのでドレークはの面倒を見るようになってからは出たことはない。専ら佐官クラスや以下の海兵たちが訓練目的で参加している。常勝しているのはスモーカーだったか、とドレークは思い出す。ドレークとスモーカーは同期だ。自分とは違う意味で中々融通の聞かぬスモーカーは、現在中佐らしい。所属が違うため最近は噂で聞くくらいだ。昔はよく飲みに行ったり、一緒に訓練をしたりした。確か、スモーカーとヒナ嬢がお互いの勘違いで、お互いがお互いに気があるのだと困惑した事件が、同期三人で最後に乗り越えた問題だったか。海賊討伐が最後の思い出ではない、というあたりが何だか面白く思えて、ドレークはふっと声を漏らす。
「どうかされましたか?ドレーク少将」
「なぁに、ぼく今、モモンガくんの残った髪の毛バリカンで狙ったって言う話してたんだけど、笑うとこ?」
「いや、すまない。少し昔のことを思い出していた。それと、頼むからモモンガ中将に迷惑をかけないでくれ」
「迷惑じゃないよ。潔く剃ってあげようって親切心だよ」
青い眼を日光の反射する水面のようにキラキラと輝かせては小首を傾げる。悪魔かお前、と突っ込んでも無駄なのでドレークは黙ることにした。
「昔ですか」
珍しいですね、とサリューが少し首を傾ける。サリューがドレークの配属になって随分経つが、ドレークはサリューに余り過去の話をしない。サリューも同じく、お互い、別段秘密というわけではないのだけれど、今を知っていれば別段と問題は何もなかった。昔、と区切りをつけていうのはサリューが知らぬ頃のドレーク、ということである。サリューの声が若干興味をそそられたような色を含んでいる気がするが、気のせいだろうか。
はそんなサリューの顔を不思議そうにじっと見つめて、一度眉を寄せてから、うーん、と考え込むように唸り、そしてドレークに向き直った。
「ぼくと会うより前?」
「あぁ。まだ俺が、大将青雉にもお会いしたことのない、昔だ」
懐かしい、とドレークが眼を細めればはふぅん、と関心なさそうに頷いた。聞きたいわけではないだろうに、なぜ聞いてくるのかとドレークは不思議に思ったが、、「で?」とまだ先を促してくる。
「、あまり聞いてはご迷惑ですよ」
の行動がわからず口を開きかねていると、それをどう受け取ったか、サリューが少し残念そうな声で言う。それにはまた難しそうな顔をして、唸る。
「ディエスはぼくに話すの嫌なの?」
「いや。そうではないが、聞いても面白い話じゃないぞ?俺がまだ佐官にもなっていない頃、同期とバカなことをした、という話だ」
ふぅん、とまたが頷いた。それで、続きを促そうとするもので、ドレークは少し困る。別に話すことに抵抗はないのだが、問題はあった。話すとなれば、つまりはスモーカーの話になる。スモーカーはまだ佐官で、当然が出会うに足る海兵、には至らない。その上、スモーカーは自然系の能力者なわけで、もし万一にでもがスモーカーに興味を持って接触するようなことになれば、これは、センゴク元帥の頭痛のネタになってしまうし、下手をすればスモーカー自身にもかなりの害が及ぶ。
がどうこう、ということではなく、海兵としての規則があり、それを考えドレークはどうしたものか、と腕を組んだ。
「、背中の、ボタンが取れかかっていますね」
眉を寄せるドレークに、サリューが助け舟、というわけではないだろうがふと声をあげた。は一瞬「え」と、間の抜けた顔になり、そして、次の瞬間真っ赤になった。
「え!!え!?え!!!?このぼくがそんな見っとも無い姿でお茶してたの!!?」
「落ち着いてください。背中の、一番上が一つ取れかかっているだけですよ」
「いやあああ!!見ないでサリュー!!いつから!?いつからぼく、そんなハレンチな格好を・・・!!!」
ボタン一つでお騒ぎ、というわけではないのをドレークは、とっても知りたくないが、気付いてしまった。がここまで騒ぐのだ。あれだろう。きっと、まぁ、明らかに、何が理由でボタンが緩んでいたか、気付きたくないが、まぁ、そうだろうと心当たりがあった。
が大声をあげたため、聊か驚いたらしい。サリューは眼を丸くして、顔を真っ赤にして恥ずかしがるを見つめていたが、しかし、その眼に羞恥ゆえの涙さえうっすら浮かんだところで、ふわり、と穏やかな顔になった。
「よろしければ、直しましょうか?」
「サリューが?」
「えぇ」
こういうことは、不得手なのですが、と丁寧に前置きをしてからのシャツを預かるサリュー。それを興味津々、とが手元を覗き込む。ちなみに、素っ裸、というわけではない。本日の装いは真っ白いフリルのついたシャツにコルセット、黒いスカートに真っ赤なタイツである。シャツの下には必要あるのかないのか不明だがコルセットを着けていて、肩をさらしている、というだけである。
「ボタン付け程度の道具なら常に持ち歩いていますので」
そう言って、椅子を少し引き懐から小さなソーイングセットを取り出す。身だしなみを常にきっちりとしている彼女らしい持ち物だ。パキン、と蓋を開いて小さな針と糸を出す。小さな鋏で一度綺麗にボタンと、ほつれた糸を取って、そのまま、不得手というわりには慣れた手つきでボタンに糸を通していく。
「うわぁお、サリューすっごいねぇ」
暫くして、というほどの時間もない。あっという間にボタンをつけてしまったサリューに、が感動したように声をあげる。
いや、だから何その反応、とドレークは本当、ツッコミを入れたい。
「つけただけですが」
のあまりの驚きように、サリューは聊か困ったような顔をする。しかしははしゃぐそのままに、シャツをドレークにも見せてきた。
「ほらほら、ディエス見てみて」
「ッ…その、本当に大したことありませんから態々ドレーク少将に見せなくとも…!!!!」
ひょいっと、サリューを越えてドレークにシャツの、そのボタンをよく見えるように掲げてくる。ドレークとしても、あまりにもが褒めるもので気にはなっていた。珍しくサリューが焦ったような声を出すのが新鮮だ、とは思いつつ、シャツを受け取って眺める。
なるほど、確かにが関心するだけある、と目を細めた。いや、たかがボタン付けと侮るなかれ。ドレーク自身も経験はあるのだが、これが、また中々どうして難しいところもある。表面的には綺麗につけられていても裏をひょいっと返してみれば、最初と最後の針を刺す位置がずれていたり、回す糸の回数が多すぎてやぼったくなっていたり、と、まぁ、ボタンなのでそれほど重視するもではないのだけれど。
「いや、横で見ていて関心した。おれじゃこうはいかんな」
「…っ」
性格ゆえなのか、きっちりと面とボタンの間では二周半、玉止めも完璧である。
ドレークが感心しきって言えば、サリューが言葉に詰まったように沈黙し、そして俯いた。おや?とが不思議そうにその顔を覗き込もうとするのだけれど、サリューはくるりと身を返してそれを避ける。珍しい反応である。それで、何かに気付いたのか小首を傾げる。
「サリュー、耳真っ赤ー」
突っ込むな、悪魔かお前は。ドレークは溜息を吐き、の頭をクシャクシャっと撫でる。
なぜ彼女が照れたのか、とは不思議に思うが、あまり自分のことをどうこう言われることを彼女は好まない。それゆえのことだろうとドレークは判じ、にシャツを被せた。
「折角直してもらったんだから、早く着ろ。今日は冷える」
「でもサリュー、顔赤いよ?」
「私のことはいいのです。早く着てください」
深呼吸一つ、落ち着きを取り戻したのか、普段通りの声音でサリューが静かにに言う。
……まだ若干頬が赤いのだが、ドレークは突っ込もうとしたの口を手でもがっと塞ぎ、止めることにした。
「んー・・・」
しかし、こう、袖を通していそいそと着なおした、何か考え込むように天井を見上げ、どうせロクなことは考えていないのだろうとドレークが眉を寄せた途端、それはもう、いい笑顔で振り返った。
「うん、よし!皆にも自慢してくるー!」
待て!!と、ドレークが叫ぶ間もなかった。シュタン、と素早く腕を振って(それはもう、素早く)窓に足をかけてスタコラサッサと出て行く。振り向きざまに「皆がサリューを褒め称えればいいよ!!!」とか、何とかのたまいやがった。
「ちょ・・・!!待ってください!!!ボタンを付けただけでそうも大事にされては、私は恥ずかしすぎるのですが・・・!」
一瞬呆然としつつ、しかしが「皆に自慢」と言ったことにことの重大性に気付いたらしい。が離せる相手はこの海軍本部では准将以上。つまりサリューには全員上官に当たる海兵である。は相手が仕事中だろうが訓練中だろうがお構いなしに「ねぇ、ねぇ、サリューがねー、ぼくのためにしてくれたんだよ!」とか大声で自慢するに決まっている。そして少しでも否定的な言葉を吐いた海兵に、それはもう問答無用で悪意をぶつけるに違いない。真っ赤なのか蒼白なのかよくわからない表情で声を上げ、そして遠ざかるの姿を見て、ぽつり、と一言。
「・・・・・・出会って、初めて、が魔女に見えました・・・・」
とりあえずドレークは、あぁなったを止められるのは赤犬だけとわかっているので、無言でサリューのカップに紅茶を注ぐことにした。
この執務室から一番近いのはモモンガ中将のところだろう。中将の悲鳴が上がったらとりあえずを迎えに行こうと決意し、ドレークは溜息を吐くしかし、まぁ、なんというか、あのがここまで幼い言動をする(悪意と悪気もなし)のは本当に珍しい。
「いつも、すまないな」
普段、傲慢・尊大・外道・鬼畜と嫌な要素を盛りだくさんで「それでもぼくはかわいいよ」とのたまう。
まだ中佐時代からの本当、身勝手な行動を見てきたドレークは、あの態度が彼女の孤独の裏返し☆などというかわいらしいものではないことくらい知っているが、しかし、それでも、こうしてサリューのように安心して素を見せることのできる人間が出来たのは良いことである。
…なんというか、自分はを娘か何かのように思っているところがあるらしい。
「いえ。と話をするのは、嫌いではありません」
「そう言ってくれると助かる。あいつは、悪い人間ではないんだ」
「えぇ。存じています」
少々悪魔っ子だが、とはドレークは口に出さずにおいて、サリューが静かに頷き、眼を伏せるその様子を眺めた。先ほどまでの動揺は、もはや諦めで何とか押えているのか、いつもどおりの静かな彼女である。
サリューは先ほどドレークが注いだカップを手に取り、丁寧に礼を述べてから口をつける。その一挙一動が絵のように美しい、というわけではないけれど、ドレークはなぜか、その様子を見ていると心が穏やかになった。
「ドレーク少将」
密かに癒されるドレークの耳に、サリューの少し、こう、躊躇うような声がかかった。まさか見とれていたのを気付かれたか!!?と焦るドレークだったが、いい言い訳が思いつくより先にサリューが口を開く。
「先ほどのお話、よろしければ、聞かせていただけませんか」
「?先ほど…?」
「少将の、昔の話です」
珍しいことである。素直にドレークは驚いた。彼女は、普段こういう、ドレークの私生活、というより、上司・部下の一定の関係を超えるような発言は殆どない。こののお茶の所為か、とも思う。和やかな、まるで海軍本部の執務室らしからぬ雰囲気を漂わせる、お茶会セット。普段ピン、と背筋を伸ばしているサリューの雰囲気がほんの少しだけ、柔らかなものになっているようにも思える。
ドレークは、なぜだか気恥ずかしさを覚え、一度コホン、と咳払いをした。
それを咎めと受け取ったか、サリューが恐縮そうに眼を伏せる。
「過ぎたことを申しました。忘れてください」
「あ、いや、そうじゃない。そうでは、ないんだ。そうだな、の前でスモーカーの名前を出すのは躊躇われたが、サリューは、スモーカーを知っていたな?」
「白猟の」
「あぁ」
頷き、ドレークは懐かしそうに目を細める。の前でこういう話をすることは、いくらドレークがを娘かなにかのように思うほど懐に入れていてもできぬこと。己の話したことがどう、の悪意に触れるか知れぬ。そういう危うさが常にあった。それで、自然昔のことを口に出さぬ習慣。といって、昔のことを患う心があるわけでもないのだ。こうして、話に出せることは素直に嬉しい。
こちらが表情を和らげれば、サリューがほっとしたように息を吐いた。それがまたドレークにはこそばゆく、意味もなく掌を握ったり、する。ここにがいれば「何照れてるの、いい年して」と容赦ない突っ込みが入っただろうが、は不在である。
そうしてゆっくりと、ぽつり、ぽつり、とドレークは昔の、まだ本当に駆け出しだったころの話をあれこれ、と口にした。
なるほどが、サリューにあれこれと他愛ない話をする気持ちがよくわかる。サリュー、別段何か特別なことを返しはしない。それなのに、こちらの話を聞く、その様子がまた、心地よいのだ。ドレークは本当に、随分と久しぶりに、家族への手紙にも書かぬような、些細なことを、言葉に出し、そしてサリューが少し驚いたり、微笑んだり、する様子を眺め、何倍目かの紅茶をカップに注ぐのだった。
君のその美しい様子に!
(みてみてクザンくん!!!これサリューがしてくれたの!!)
(へぇー、上手いもんだねぇ。おれも付けてもらおうかな)
(ディエスへの嫌がらせ目的ならぼくも手伝うよ!!!)
アトガキ
いや、最近シリアスなのとか夢主が性格悪すぎる話しか書いてないので、こうね、美しいサリュー嬢の話とか書いて和みたかっただけという・・・。
(2010/03/29
18:15 )
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