切り裂きジャックがやってくる



「俺じゃあない。悪いが他を当たってくれ」

ぎこり、と安楽椅子を軋ませてくるり、と背を向けた寒々しい眼の男。濃紺の髪が室内のぼんやりとした明かりに照らされ妙な、印象を受ける色に思えた。皺のある白衣に、緩んだネクタイ姿。それなのにシャツやズボンにはきっちりとプレスがかかっているようなのだからわからぬ。

「お前がそうだと言っているわけではない。何か知らないかと、聞きに来たんだ」
「俺が何か知っていると思うのか?」
「“死の外科医”と名高いお前は、昨今の連続殺人をどう見る」

こちら、きっちりと上等なスーツを着込んだ威丈夫。厳格そうな面差しに、融通の効かなさがプラスされている。近頃このスラム近辺でよく見るヤードの類ではない。ローはニヤニヤと口元に薄ら笑いを浮かべて、再度、ぎこり、と椅子を軋ませた。

この男。この、先ほどはデュエス・ドレークと名乗った男。列記としたこの国の騎士である。常であれば気高きナイト様、こんなドブ沼にいらっしゃることもなかろうにと嘲笑したくもなったが、さすがにそれは品もない。ローは机の上に無造作に置かれた書類を手にとった。先ほどドレークが渡してきた書類である。開けば、最近巷を騒がせている猟奇殺人の詳細が書かれている。

どうも酷い事件だ。スラムの娼婦が連続で殺されている。いや、ヒトが死ぬことなど当然毎日あるこのスラム。それだけであればさして気にすることもない。だが問題。あぁ、そうなのだ。この度の事件、その殺人犯、いったいどんな脳みそをしているのかと考えればローは楽しくなるほど、猟奇的な、残虐性、嗜虐性をありありと出す殺し方。
詳しい描写はローの頭の中があんまりもスンごいことになっているので割愛させていただくが、それはもう、よくもまぁただの人間がここまで出来るものだと感心したくなるほどだった。

その猟奇殺人の容疑者に真っ先に疑われたのが、スラムの××街に診療所を構えているトラファルガー・ローその人である。

ロー。ロー。トラファルガー・ロー。元々は貴族だという噂も、異国人だという噂もある、まぁ、ありていに言えば噂の絶えぬ男である。どこぞのツギハギ無免許の医者よろしく奇跡の執刀をする、ということもないわけではないのだけれど、随分とイっちゃった言動と性格が彼を「死の外科医」などと呼ばせていた。それは正直どうでもいいのだけれど、あんまりに不審人物なものだから、最初の猟奇殺人が起きた後、すぐにヤードの連中がローをしょっぴきに来た。それは偶然近くを通りかかったスラムの若頭キッドがうやむやにしたのだけれど(もちろんその後「余計なマネするな」とローとキッドの喧嘩が始まった)二人目、三人目のときは診療所の周りを警察に監視された。

それで起こった、今回四人目の被害者。自分は一歩も外へ出ていないと警察が証明したのだから、うっとうしい詮議は止めてくれと、その後現れたドレークを追っ払おうとして冒頭に来るわけである。

「何をしに来たんだ?ドレーク屋」
「俺はお前の患者になった覚えはない」
「性分だ。気にするな」

呼び名をたしなめられたのは初めてである。見かけどおり融通は利かなさそうな男だと思いながら、ローは書類を眺めた。

「何か知らないか。と聞きに来ただけだ」

なるほど。詮議にかける、うんぬんで着たわけでもないらしい。馬鹿ではなさそうだとローは判じて、再びドレークを眺めた。

「俺が犯人だとは思わなかったのか?」
「思ったが“トラファルガー・ローなら女性は狙わないし、血も残さない”と言われた」

よくわかっているやつがいるらしい。それは誰なのか一瞬不審に思ったが、このお貴族様に意見でき、そしてそれをこの男が信用できる人物など限られている。それが己を知っている者、となれば本当に片手で足りるほどだ。ローはいやみったらしい笑みを消して、真顔に戻る。

「あいつがここへ行けっつったのか」
「どちらかといえば絶対に近づくなと」

だろうな、とローは眉をひそめた。しかしなら、それでなぜ今ドレークがやってきたのかわからぬ。そういう様子がありありと出ていただのだろう。ドレークがため息を吐いた。

「お前たち、いい加減に誤解を解いたらどうなんだ」
「俺に説教するなよ。ドレーク屋」
「説教して聞く性格でないのはわかっているが、周囲に迷惑だ」

はっきりって余計な世話である。ローは書類をドレークに押し付けてドアを開けた。

「何か思い出したら連絡する」
「しないだろう」
「あぁ、しないな」
「・・・・・・お前は、この事件をどう見る」

先ほども問われたが、今度は他の話をするつもりもなくそれだけを真に聞いておきたいと、そういう眼。ローは肩をすくめた。ここで「ハイ、サヨウナラ」と蹴り出してやってもいいのだが、ドレーク屋は、あいつの知り合いのようだ。それなら、あまり邪険にしてはいろいろこちらが不利になる。先ほど見た書類からあれこれと推測される単語を、一応は口に出した。

「医者、それも俺と同じ外科医だな。腕はいい。道具も一級品がそろってる筈だ。それに左利き。間違いない」
「感謝する」

短く、しかしはっきりと礼を示す態度、礼儀をわきまえた一礼である。そんなものはどうでもいいが、ロー、一応はただのスラムの無免許の医者とされている己にそういう態度を取れる貴族に感心し、眼を細めた。ドレークはそのままさっと出て行ってしまったが、ぎこり、と椅子を軋ませて、ロー、思案する。

「・・・・・・」

猟奇殺人のうんぬんかんぬんに興味はない。興味はなかったが、しかし。

「・・・切り裂きジャック、か」

机の上の冷め切った紅茶を一口のみ、ふむ、と顎に手をかける。そのまま二、三度椅子の足だけでバランスをとって体を揺らし、一度目を閉じた。浮かんでくる、さまざまなこと。さて、どうするか。

「あれ?出かけるの、ドクター」
「ちょっと出てくる。イイ子で待ってろよ、ベポ」

ひょいっと、帽子を被って立ち上がったローの背中に声をかける、白いクマ。ひょっこり奥の部屋から顔を覗き込ませてきゅうきゅうと問いかけてきたが、ローがあっさり言えばまた引っ込む。

白衣を脱いで、きっちりとアイロンの掛かったジャケットを羽織る。歩き出して外に出る、その姿はどう見てもご立派な紳士であるのに、目つきはとっても悪い、それがトラファルガー・ローである。






・とか、そういう話?

なんか突発的にロンドンパロ。




NEO HIMEISM