切り裂きジャックがやってくる2


馬車に揺られてロケットの中の写真の人を眺めていれば、目の前に座った上司が意外そうな顔をした。上等な布地に腕のよい仕立て屋のものと一目でわかるダブルスーツ。恰幅のよい男性。モンキー・D・ガープ卿である。

ドレークはついいつもの習慣で写真を眺めていた己に気付き、懐にしまいこもうとすると、すかさずガープが止めた。豪快な動作ばかりが目立つ、貴族内でも粗野だ何だと密やかに噂を立てられている人物ではあるが、時折嘘のようにやさしい、やわらかな仕草をする。今もそうだ。そっと、ドレークを眺める眼、皺の刻まれた、灰の掛かった眼の優しさに、ドレークはなぜだかほっとしたような気がする。

「もう、三年か」

ガープはぎしり、と、背を凭れさせながら、遠い昔を、しかしまだそんなに日もたっていない昔を、思い出すように視線をさまよわせた。三年、とドレークも口の中で呟き。まだ経った三年なのかと、この暫くの歳月の長さを思う。

「はい。一月後で、三回忌になります」
「今でも信じられん。あの女性が、もういないのか」

思えば彼女の実家と、モンキー一族は古くからつながりがあったらしい。ドレークが彼女と出会う前から、ガープと彼女は年齢を超えた友人同士だった。
感慨深く息を吐いたガープに、ドレークも同調するようにうなづく。あの、熱烈な個性と、印象を持った、彼女がこの世にはもういない。

「不快に思わんでくれ、ドレーク。わしはてっきりお前はもう彼女の遺影を手放したとおもっとったよ。何しろ、お前たちは完全に、」
「解っています。私も、出来れば手放したかったのですが・・・」

非難されているわけではないとわかるから、ドレークは正直に答えた。ロケットを握る手、肩がカタカタと震える。馬車の振動、というわけでもない。
思い出す。初めて出会ったときから、その死の床に伏せるまでの彼女との、生活。

死の間際まで、すっかりやせ細って白くなり、まるで生気が感じられなかったのに、眼ばかりは全く普段と変わらず生き生きとしていたドレークの細君。

「・・・・手放したら化けて出てこられそうで・・・・」
「じゃろうな」

パンドラ侯爵。若い頃に両親を失った彼女は13歳で女侯爵となった。男爵家の次男だったドレークとの結婚は当時あまりの身分差だと社交界のゴシップ欄を騒がせたものだが、あのときの騒ぎを思い出し、ドレークは思う。その後の結婚生活の激動に比べれば、あんなのはなんでもなかった、と。

彼女との思い出は一瞬たりとも忘れたことがない。というか、忘れられない。
出会いがしらに馬で轢かれそうになった。鞍もつけず完全野掛けのスタイル、だというのに髪も結ばず男装の子女の、なんて女だと驚いた、その次の日に「嫁に来い」となぜかこちらが求婚された。丁度その時デュエス家の長男が敵国への内通をしていたことが発覚し、爵位が没収されそうになっていた男爵家は侯爵家との縁談を断れるわけもなく、ドレーク、今は亡き両親に泣きながら「諦めてくれ」と説得されたのは、今もはっきり覚えているものだ。

けして不幸な結婚生活ではなかった。一男一女に恵まれ・・・まぁ、物凄く問題はあるが・・・この幼児の死亡率の高い時代に二人ともすくすく・・それはもう十分すぎるほど強く育ってくれた。いずれドレークの後は息子が継ぎ、三年前妻の爵位は娘が継いだ。お家が途絶えることもなく、全く安泰な家。幸せな家庭、ではあった。

あんまりにあんまり、奥方がドSでノリノリだっただけだ。

「死の間際の言葉が・・・『浮気をしたら殺す』と・・・」

ガタガタ震えながらその時の様子、亡き妻のどこまでも本気だった目がいまだにドレークの心に不快傷、トラウマを残している。

大体浮気ってなんなのだ。後妻を娶るのが浮気になるのか?それは何だかおかしくないか。いや、もういくら跡取りが決まっているとはいえ、それは、え、どうなんだと、いろいろ疑問には思う。が、あの妻なら死んでも墓から「おっはー」と出てきかねない。いや、そんなのは不可能、非科学的なのだが、100%ありえないと言い切れないのが、妻の恐ろしいところ。

ドレーク、未だに指輪をはずせない。

はずそうとすると近くの電球が切れたり、なぜか黒猫が通りかかったりする。長男ホーキンスが窓枠からそっと顔をのぞきこませた瞬間、ドレークは冗談抜きで心臓が止まるかと思った。

「わっはははは。死んでもなお、愛されとるじゃないか。ドレーク」

そんなドレークの苦労、というか、え、これ恐怖だろ?的な怯えに気付かないのか、それも一つの愛嬌だと思っているのかガープは豪快に笑う。それに力なく答え、ドレークは深い深いため息を吐いた。

「そんなことより、昨今の事件です」
「うむ。女王陛下もいたくお気になさっていてな。五人目の被害者の出る前に、なんとか犯人を捕まえなければ」

真面目な話をするときの、ガープは頼りがいのある上司である。ドレークは窓の外からスラムの町を眺めて、今も“切り裂きジャック”がこの国に潜んでいるのだと思うと、捕らえなければ、と騎士の使命感が沸きあがってくるのだった。





・いや、ドレーク騎士団長の苦労っぷりが書きたかっただけです☆






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