先ほどまでの騒音、騒々しい騒動嘘のよう。しぃんと静かになった夕暮れ時の酒場に残った三人組。真赤な髪の娼婦の息子。マスクをかぶった処刑人。目付きの悪い闇医者。と、どこをどうとらえてもろくな集まりじゃあないと眉をしかめるに十分な面々。
ちょっと話をするからと、酒場の客たちは全員出ていかされた。これからが夜の楽しみなのに、というところをきれいに邪魔されたわけだから、多少の不満もでるのが道理、のはずがしかし、キッドが言ったのだからと誰もかれもが納得し、なぁに酒場はここだけじゃあないと、キッドの仲間たちもぞろぞろと客全員を引き連れるようにして出て行った。それで、残されたのはキッドとキラーとロー、というわけである。

さて、そのうちのロー。目当ての人物との面会、ニヤニヤとした表情はそのままに、しかし、テーブルの上にどん、と置いた手、添えられた書類に冗談めかす気配はない。

「ここ最近の連続猟奇殺人。俺やキラー屋が犯人じゃないとすれば、誰だと思う」
「・・・俺は知らない」

どん、と、置かれた勢いにも真剣さにも響くものはないのか、キラー、マスクの中からくぐもった声を出して、そっけなく答える。キッドが呼んだからここに降りてきたにすぎぬ。ローの役に立つ、という気はさらさらない。面倒くさそうに書類を一瞥して、ローから顔をそむけた。

この最近、スラムで起きた猟奇殺人の様子は、日々屋根裏でひっそり息をひそめて生活しているキラーの耳にも入ってきていた。何しろ、キッドが激昂している事件である。キッドは、このスラム街の娼婦全員を母、姉、恋人、妹、祖母、と本気で思っている男、殺された娼婦四人とだって当然面識があった。それが無残に殺されて、最初の一人のときにキッドが所構わず声を上げ、なんとしてでも犯人をこの手で捕まえてやる、と息巻いていたのを覚えている。だがキッドでさえ未だに犯人を捕らえることも、検討をつけることもできずに、もう被害者は四人になっていた。

キラー、己がヤードに疑われていたことはもちろん知っている。しかしキッドがアリバイを証明してくれた。それで次はこの目の前の、悪い噂しか聞かない医者が犯人と疑われて、しかし、キッドもキラーも、スラムの連中も、ローは確かにローだが(いや、本当、ローだけど)女の子宮を切り刻んだりはしないと、そういう妙な信頼が誰にもあって、だからこそ、キッドはでは誰が犯人なのかと、唇を噛んでいるのだ。

だから、何か知っているのなら、キラー、とっくにキッドに話している。

「だから言っただろーが。お前に話すことなんかねぇって」
「ただのカンでもいい。こんなナメたマネをする馬鹿は誰が思いつくかと聞いてるんだ」

ふん、と、鼻を鳴らしたキッドと無関心のキラーを交互に眺めて、ローは辛抱強く問う。別段、ローは今回の殺人事件、どうでもいいといえばどうでもいい。別に娼婦が死のうが生きようが、それはそれ、いろいろあるだろう、ガンバレ!としらじらしく応援してやるくらいの気概もない。(外道である)
だがしかし、ドレーク屋がわざわざ己のところまできた、ということがローを今回、妙にやる気にさせていた。ドレーク屋は女王直属の騎士。そのドレーク屋が動いている、ということは、すなわち、これは、なかなかローにも無視できぬ結果になるのではないかと、ならその前に、この己自らが足を動かし頭を働かせてあれこれするのも、まぁ、悪くはないだろうと、いろいろ考えるその、細部は一体どこにあるのかそれは知れぬ。

ロー自身、ある程度の犯人像はできてきていた。だが、具体的な人物は、というともう少し情報もほしいところ。それで、自分と同じく犯人にばっちり間違えられた危険性のある人物、キラーにこうして会いに来たのである。
何しろこの男は、昔なかなか面白いことをやらかした。ローは自分が十分イカレていると自覚があるが、キラー屋も中々のものだろうと評価している。(そんな評価、キラーは全く嬉しくないが)
だから今回の事件のような、マトモな神経を持った生き物ではできぬ所業をあっさり続ける阿呆、類は友を呼ぶというか、同じ匂いはわかるというか、何か思いつくだろうと、そう、いうわけだ。

「俺はお前しか浮かばない。トラファルガー・ロー」
「俺が犯人ならもっとうまくやる」

少し考えてきっぱり言ったキラーに、こちらローも堂々と言い切る。妙な説得力があるとキッドは傍で聞いて感心した。
そしてぽりぽりと一度頭をかいてから、おもむろに立ち上がる。

「おい、トラファルガー。まさかと思うがお前、この件をどうにかしようとしてんのか?」
「どう見ても犯人を探してるだろう。何をわかりきったことを言ってるんだ。ユースタス屋」
「そりゃ悪かった。お前が殺人犯を探す、なんて善良な市民みてぇなことをするなんざ冗談でも思えねぇからな」

ちっとも悪いと思っていない態度で言って、キッド、酒場のカウンターからひょいっと気安く瓶を取る。それをそのままローとキラーに投げつけた。

「犯人は俺が必ず見つけ出す。余計なことをすんじゃねぇよ、トラファルガー・ロー。それ飲んでさっさと帰りな」
「このおれに命令するな。消されたいのか?ユースタス屋」
「スラムは俺の街だ。お貴族様のテメェにゃなんの関係もねぇだろ」
「犯人が貴族だと言ってもか?」

ぴくり、と、キラーの体がわずかに動いた。本当に小さな変化だったが、しかし見逃すローではない。同じくキッドも気づいたようで眉間に皺をよせて、ぎりっと唇をかんだ。

「テメェ、トラファルガー。何か知ってやがんのか」

絞り出すような声。それは今回の猟奇殺人についてのか、それとも別のことについての問いか、あえてローは考えずににやにやと口元に笑みを浮かべた。

「誰が死のうと俺は興味ないがな。犯人には用がある。手伝わせてやってもいいぜ、ユースタス屋」





Fin


切り裂きジャックがやってくる 3 


湿った空気、下水のにおいと泥のにおい、それとどうしようもなくいろんなものが腐りきって始終ゆえ、道理となってしまった廃棄物の充満する空気、スラムの町の揚々さ。酔々として用途しれぬ連中の手には酒瓶やらなにやらと、それがいつ通行人に暴挙、向けられるとも限らぬ、夕暮れ時。傾く日の暮れない、紅、さて、言葉遊びはここまでにしておいて、さてさて、そのスラムの街角をきっちり、やけによい姿勢ですらっとスタスタ歩く、よい男。気に入りの帽子はどう見えても仕立てのよいスーツには合わぬのに、彼が着ると妙に男ぶりが上がるもの。これから商売を始める赤い女たちが窓から、街角からきゃぁっと感心したように声を上げるがしかし、彼に呼び声をかける者はいない。

匂うような男ぶり、さめざめとした冷貌、冬の泉を思わせる瞳に、しなやかな身のこなし、医者、という点もよいポイントにはなるのだったが、しかし、商売女や、または馬車から彼を見るどこどの箱入り娘たち、うっとりとかの人を眺めながらも、夢見るようなため息一つの後には必ず同じ言葉を口にする。

「でも、ローなのよねぇ」

イケメン、金持ち、謎めいた男。しかし、ローだから、という点が、女性たちをドン引きさせる。




切り裂きジャックがやってくる





バタン、と些か乱暴に扉が開かれて、酒場に集まっていたスラムの住人たち、夜が来て、さぁこれからがロンドンの街の本領発揮!とざわめく前座の飲みの集まり、振り返って、酒場の扉の前に立つ、帽子にすらっと黒服の、巷で死の外科医と悪い噂しか聞かない、トラファルガー・ローである。ざわり、と空気がざわめいた。つい先日殺人犯の疑いをかけられて、ニヤニヤ笑った男が街で大立ち回りをしたのは誰の記憶にも新しい。その上、その騒動、スラムのキッドが現れて収めたはず、なのにまた違う騒動が(つまりは二人の喧嘩が)起きて、相当な騒ぎになったもの。

「お連れもなくこんなところに何の用だ。トラファルガー・ロー」
「お前に用はないがな、ユースタス屋。お前のところのキラー屋に用がある」

椅子から立ち上がることもせず、店の奥から低い声。真っ赤な髪に真っ赤な唇、薄暗い店内でも燃えるように赤い眼の、スラムの娼婦たち全員を母に、姉に、妹に、妻に、恋人に持つユースタス・キャプテン・キッド。じろり、と、普段己の領域には入り込まぬローの訪問に不快をあらわにして問うと、ローは相変わらずにやけた顔で、どうどうとのたまった。

「キラーに何の用だ」

ぴくり、と、キッドの額に筋が増える。キラー、キラー、キラーは、元々スラムの一員だった。しかしある日どこぞの貴族に拾われて、キッドやスラムの連中、キラーの未来を考えて送り出した、のに、数年後、キラーは死刑囚の執行人となってロンドンへ戻ってきていた。何があったのか、顔を隠し、誰とも口を聞かない、殺戮武人の名で恐れられていた。キッドやかつての仲間たちに冷徹に剣を突きつけた、数年前。
いろいろあって、今はキッドのもとへ身を寄せている。その、キラーを引き取ったという貴族が不幸な事故で一家が全員死亡したから、キラーはスラムに戻ってこられた。しかし、どんなことがあったのか、キラーはその時のことを一言も口に出さないし、相変わらず、顔をすっぽり隠して、日を避けるように日々を生きている。

そのキラー、キッドのきょうだいのようなもの。悪い噂しか聞かぬローが「用がある」と言ってきて、ぎろり、と、睨み付けてきた。

「そんなおっかない顔するなよ、ユースタス屋。少し話しが聞きたいだけだ。最近の、猟奇殺人はお前も知ってるだろう」
「キラーが何か知ってるなら俺も知ってることだろう。お前に話すことは何一つねぇ。さっさと帰んな。トラファルガー・ロー」
「おれに命令するな。消されたいのか」

冷え冷えと、あたりの空気が少し下がる。何の能力というわけでもなくて、つわもの同士の、探りあい、殺気の放ちあい。といって双方本気の殺意、ではあっても憎悪のあるものではないのだから、しいて言えば、挨拶、程度の意味にしかならないだろう。それであるからキッドの仲間たちも、一応話しに耳を傾けながらも装いは無関心の構えである。

ぶつかり合う違いの殺意に、ふいっと、しかし、キッドがそれを納めた。ローはニヤニヤと笑みを引く。一度、キッドは不快、深いため息を吐いてから、店の二階に声をかけた。

「キラー!客だ!降りて来い!」




Fin



・キッドのアニィイィイイ!!!
ハイ、失礼しました!




NEO HIMEISM