※時間系列的に少女夢主がこのとき海軍にいるわけないんですが、そこはほら、こう、ifっていうか「あー、やりたかったんだな」とお察しください。


 

 

 

 

 

 

 

 

海軍本部コビメッポ奮闘記

 

 

 

 

 




海軍本部“奥”の大将らの執務室がある棟、その窓からだらりと上半身を出し、が唸っていた。暑い夏、この歩くたびに体力を根こそぎ奪い取るような理不尽な気温はなんとかならいのか、と、そう嫌そうに呟けば「そもそもおどれは自分の足で歩くことなどあるのか」と執務室でしっかりスーツ着用、汗一つかかぬ赤犬に返される。能力からしてこの男にはこの猛暑など関係ないのだと思えば、聊か腹立たしくもなり、は眦を上げてサカズキを軽く睨む。

「っていうか、この部屋が暑いのってサカズキの所為じゃないの?絶対クザンくんの執務室は涼し、」
「黙れ」

言葉を言い終わる前に、お決まりのようにの頭にインク瓶が投げつけられた。ぎゃんっ、と悲鳴を上げては言葉を区切り、インク瓶が落下する前に指を振ってもとの位置に戻す。今日はぶつかったときに割れないだけまだマシとそう思うことにしなければこの男との生活なんぞやっていられないとばかりにため息を吐き、ずるずるとソファの上に腰掛ける。

窓際にあるソファで仰向けになれば晴天がよく見えた。青い空に真っ白い雲、それは見ていて楽しいのだけれど、やはりこの暑さはいただけない。マグマの身のサカズキがいるから絶対に他の部屋より2,3度は温度が高いんじゃなかろうかとが思うのも無理からぬこと。別段普段から能力制御ができぬサカズキではないのだけれど、時折書類、海賊被害の報告書やが自覚なしに発言する内容で、明らかに温度が高くなる。

しかし、と言って別にはこの部屋を出て涼しいだろうクザンの執務室に行く気もない。そういう思考がどういうことなのかと、全くお互い自覚すればいいものを、と、本日もお互い無自覚なバカッポーは、やはり暑苦しい。

が空を見上げ、その眩しさに青い目をうっつらうつらと細めていると、執務室の扉が軽くノックされた。

ちゃん生きてるー?差し入れ持ってきたんだけど」
「土産だけ置いてさっさと帰れ」
「クザンくん。仕事しないの?」

ひょいっと体を起こしてが入り口に顔を向ければ、ひょろっと長い背に白いスーツの大将閣下。全身からひんやりとした涼しげな空気を纏う青雉クザンのご登場。てっきり歓迎されると思っていたクザンは、しかし、まぁ、予想通りといえば予想通りの反応に苦笑いを浮かべ、サカズキの睨みつける顔を見ぬようにしてスタスタと部屋の中に進む。

「やー、今日も暑いよね。演習中の新兵がばったばた倒れてるって、来る途中話題になってたよ。ちゃん、室内だって熱中症になるんだからこまめに水分取っとけよ?」

言いながらクザンはの向かいのソファに腰掛けて足を組む。その図々しさは何様だと、それを見てサカズキが顔を顰めた。一応への土産にと冷えたメロンを持ってきていることからすぐには追い出さないが、サカズキが許可せぬ限りも手をつけない。

といえばクザンの土産を確認して「お皿出さなきゃ」と給湯室に視線を向けていた。置時計に視線をやれば午後のお茶には丁度いい時間。このままサカズキが休憩を宣言すればは心置きなくティタイムを楽しめるのだが。

「クザン、おどれ執務はどうした」
「休憩中だから、今」
「クザンくんの休憩時間とサカズキの執務時間って、不思議なことに同じくらいなんだよね?なんでだろうねぇ」
「人それぞれのペースって大事なんだよ、ちゃん」
「真面目くさった顔でこれに妙なことを吹き込むな」

うっかりが信じたらどうするのだ。サカズキは顔を顰め、やはり追い出すべきか。しかし、そこでが何か気付いたのは小首を傾げる。

「クザンくん、なぁに、凹んでるの?」

約二十年ほどの付き合いがあるゆえか、、クザンの飄々とした態度の裏に普段らしからぬものを感じ取ったらしい。案ずるそぶりは欠片もないが、しかし「変なの」とでも言う程度の気遣いは感じられる声である。しまりのない顔をしていたクザンはその言葉に軽く笑い、肩を竦めた。

「おれもね、ちょっと疲れることあんのよ。ちゃんがぎゅーって抱きついてくれたら癒されちまうんじゃねぇかって…そういうことくらい想像したっていいだろサカズキ無言で席立つなマジで怖ぇよ!!!」

前半はやや弱さを出すように呟けば、向かいのソファに腰掛けたが眉を寄せたものだから、クザンは少々調子にのってみた。するとガタン、と当然のようにサカズキが立ち上がり、座っているため目線の低いこちらを無言で見下ろしてきた。どんだけ心狭いんだ!と叫んだところで考慮されることは、まぁ、ない。

クザンが「あくまで想像!」としたことでサカズキもひとまずは納得したか(多分のいないところで蹴り飛ばされるが)当然のようにの隣に腰掛けた。規格外といえるサカズキの隣に小さながちょこん、と腰掛けているのは、何だかかわいらしい。

「……いや!!?こんな光景だけでおれは癒されていいのか!!?」

待ておれ!とクザンは自分に突っ込みを入れる。そりゃ、確かにサカズキとがセットでいるところを見ると、妙な安心感を覚えるのは確かだ。しかし、仮にもに懸想している自分が、他の男と一緒にいるところで癒されていいのだろうか、とそう自問する。

「ところでサカズキ、休憩する?ぼくお茶入れるよ?」
「おどれは土産が食いてェだけじゃろう。わしは茶だけでえぇ」

突然叫びだしたクザンの心中など察する気もない。サカズキとはクザンそっちのけで二人会話をすると、受けたがソファから離れ、給湯室に姿を消した。

X・ドレークが造反後、のお守りを出来る海兵がいないということでは魔女の控え室から赤犬の執務室へ移された。サカズキの執務中はソファで本を読み時間を潰す、という生活がやっと当たり前になってきたのだろう。時折が海軍本部の、白いブランコのある中庭でぽつん、と一人腰掛けている姿をクザンは見る。その度に、やっぱりドレークを捕まえて来ようかとクザンは思うのだが、目の前のサカズキが何を思っているのかはわからない。

ちゃん、寂しいんじゃないの?)

そう言うことは意地が悪いだろうか。そんなことを考えクザンは仏頂面をした同僚を見つめる。

「なんじゃァ」
「いや。別に。あ、そうそう。アラバスタで雨が降らねェってんで結構深刻な被害が出てるって。聞いたか?」
「あぁ…ご禁制のダンスパウダーを国王が使用したっちゅうて暴動が起きちょるようじゃのう」

内心を気付かれぬように、というわけではないが、大将が顔を合わせれば時には政治経済などの話にもなる。自然クザンは耳に挟んだ話を口にした。アラバスタ王国。世界政府に加盟している大国だ。暴動を鎮める権利は海軍にはない。要請を受ければ動けるが、王国と名のつく場所にそうやすやすと海軍が関与してはならぬもの。

暴動、というのをこの男はどうとらえるのか、そんなことが気になったが、下手に掘り下げればお互いの正義がぶつかり合うことは明白だ。

「アラバスタって、確か今クロコダイルくんがいるんだよね?」
「あ、ちゃん。おれの分も淹れてくれたの?」
「お湯を沸かしたからついでにね」
「ありがたく飲め」

ひょっこりとがお盆を持って戻ってきた。その上にはサカズキの湯のみとクザンのための白いカップ、香りのよいコーヒーだ。クザンは自他共に認める珈琲好きで、もちろん自分が淹れたものにかなりの自信があるが、それでもがこうして淹れてくれれば嬉しい。つい顔が緩むと、当然のように茶を受け取ったサカズキが啜りながら恩着せがましいことを言ってくる。

「…お前が入れたわけじゃねぇだろ」
「だったらなんだ」

十年以上前は「罪人風情の入れたもんなんぞ口に出来るか」とに熱湯をかけていたサカズキが、今は大人しく飲むようになったものである。その辺突っ込みたいが、多分サカズキはふんぞり返って鼻を鳴らすだけだろうし、が顔を赤くするという、可愛いんだが、何か落ち込みたくなる結果になるだけと判っている。クザンはため息を吐き、ありがたそうにカップを掲げてから口をつける。

は自分で紅茶を入れている。なるほど、どうせとサカズキは違うものを飲むのだし、ここでクザンのものを別種類で用意するのはそれほど手間ともならぬのだろう。ちょっとくらいは気遣いほしいけどね!とクザンは胸中のみで叫び、カップをテーブルに置いた。

「そうそう。クロコダイルが最近いんのよね。なんか、アイドル化してんだけど、何ちゃん知ってんの?」
「鳥がからかいに行かないかって電話で誘ってきた。クロコダイルくん怒るってわかってるのになんで鳥は行こうとするかなァ」

クザンも耳には挟んでいる。七武海のサー・クロコダイルがここ最近アラバスタのレインベースという町に巨大カジノを開いているらしい。当然のように政府関係者は立ち入り禁止。を誘うドフラミンゴの意図はわからぬが、まぁ、=政府関係者、というのは、あまり似合わない。

聞いた話によれば、国王への人望が消えている現在、代わりのようにクロコダイルが「英雄」に祭り上げられているらしい。巷ではクロコダイルグッツとか売っているんだろうか、とそんなことを考えていると、サカズキが聊か乱暴に湯のみをテーブルに叩き付けた。

「海の屑が何を勘違いしちょるか知らねェが、七武海といえど海賊は海賊。英雄なんぞと称えられるんは正しかねェじゃろうに」

途端クザンとは顔を見合わせた。

あれだ。サカズキの正義スイッチ入ったよ、これ。とそういう無言のやり取り。

こうなったサカズキは手に負えない。が何か言えば「魔女風情が口を出すな」と蹴り飛ばされるし、クザンが言っても「貴様のだらけきった正義に何がわかる」と怒鳴られる。

くどくどと、なにやら説教を始めるサカズキは放っておくのが一番とばかりにとクザンは頷きあって、そしてこっそりと部屋を出た。





+++





「サカズキって一回あぁなっちゃうと、部屋勝手に出て行っても気付かないんだから、困るよねぇ」
「残っててもとばっちりくうだろうけど、いいの?ちゃん。あとでお仕置きされねぇ?勝手に出てきたって」

そう言うわけで二人は海軍本部の廊下を歩く。小さなの歩幅にクザンが合わせるの普通だが、基本的にはサカズキと歩く以外は「なんでぼくが態々歩かないといけないの?」と心底不思議そうな顔をする。当然のようにクザンはをひょいっと腕に抱き上げてとことこ歩くことになっていた。

暑い夏に普通であれば密着するなど嫌がだ、クザンの体はひんやりと冷たい。こちらを気遣い周囲の温度を下げるようにしているのもわかり、は機嫌良く鼻を鳴らした。

「どっちみち蹴られるのは判りきってるし、ちょっとくらいぼくも遊んだっていいと思う」
「このままおれと浮気なんてどうよ?」
「クザンくんってば寝言は寝ているときに言うものだよ」

にこりとの容赦ない切り替えし。軽口の中に若干期待をこめていなかったわけでもないのでクザンは素直に落ち込んで、ぽりぽりと頭をかいた。

「それにしても、クザンくん落ち込んでたけどどうしたの?」
「うん?あー…うん、ちょっとねぇ。人間系に悩んでんのよ、おれも」
「サカズキの友達なんてできてるクザンくんでも悩むんだねぇ」

いや、それを言ったらお終いだ。

クザンは苦笑して、さて話してもいいものかと考える。本日、ちょいとばかり面倒なことが起きた。簡単に言えばガープ中将がまた問題を起こしたということ。

一ヶ月ほど前に東の海で海軍支部を私物化し権勢を振るっていた罪状で斧手のモーガンという大佐が捕らえられた。先日そのモーガンを海軍本部にて軍法会議にかけるべくガープ中将が直々に東の海に赴いて海上にて引渡しとなったのだが、その際にちょっとした騒動が起こり結局現在モーガンは逃亡中となった。

「ちょっとね。部下ってわけじゃねぇんだけど、ガープさんがどっかから子供を二人引き取ってきてさー。てんで素人なのにここに連れてきてどうすんのかって。一応はおれの管轄の海兵のことでさ。困ってんのよねぇ」

は海兵ではない。言って問題もないだろうし、言う必要というのも、別にない。だがの傍にサカズキがいるのならクザンは口を開かなかった。

何しろ、ガープ中将が海軍の「裏切り者」をみすみす逃し、そしてその際に人質とされた息子、ならびに逃亡を結果的に助けたという雑用を自分の部下にしたというのだ。サカズキに知れたら、確実に面倒なことになる。クザンは先ほどセンゴクの執務室に呼び出され、その説明をされて絶句してしまった。

ガープ中将はクザンにとって恩師で、尊敬する海兵の一人だ。だが大将という身分になったおりに、クザンはガープの「上司」という立場になった。全ての海兵は上を辿ればいずれかの大将の管轄になっている。たとえば科学部門はそれ独自で行動してはいるものの、最終的な責任者はボルサリーノであったり、とそういうことだ。スモーカーやガープは、上を辿れば青雉の管轄、になっている。その為問題を起こせばすぐにクザンがセンゴクに呼び出されるのだ。

「ふぅん?クザンくん、大変だねぇ」
「ちぃっとも同情してくれないのね、ちゃん」

言葉だけは同情的だが、声音や表情がまるで気の毒と思っていない。クザンはため息を吐いて、の頭をぽんと叩く。子ども扱いすればは怒るか、あるいは声を弾ませるかのどちらかだったが、ドレークが造反してからは無言になる。眉を寄せて顔を顰めるにクザンは慌てて言葉を続けた。

「そうそう、その子供二人だけど、雑用やってるんだって。ガープさんに頼んだらちゃんの遊び相手になってくれるかもしれねぇなぁ」

二人が物になるかどうかの判断途中、その上影では「変わり者のガープ中将の気まぐれ」とそう取られているため、まだクザンは面会はしていないがそこそこの年齢の子供だと聞く。一人は礼儀正しく支部での雑用の能力も優秀だったとか、そういうことをと聞いているので、忍耐力さえあればの候補候補になれるんじゃなかろうか、とそんなことを考えた。

基本的にのお守りは准将以上からと決められている。しかしドレーク造反後ただの一人もの癇癪に耐えられる「大人」はいなかった。それであるのならリスクを承知で歳の近い、新兵にもならぬものはどうだろうか。ついでにガープ中将の問題も片付いて一石二鳥にならないか。

いや、まぁ、まずサカズキが許可しないという最大の壁があるのだが。

「ぼく」

のOKさえ出ればセンゴクさんと一緒になってサカズキを説得するか、とそうクザンが真剣に考えていると、ぽつり、とが言葉を漏らした。

「うん?」

クザンに抱き上げられたまま、がぎゅっとその首にしがみつく。顔を見られぬように隠し、首に回された腕の力が強くなる。クザンが首を傾げると、は声ばかりは明るく続けた。

「ディエス以外の玩具なんて欲しくないよ」





+++





ここは自分たちには早すぎるんじゃないだろうか。

目の前で「当然」のようにこなされる訓練メニューに、ただ只管コビーとヘルメッポは圧倒された。海軍支部での訓練内容もすごいと思っていたが、ここは明らかにレベルが違う。

剣術道場で竹刀を持ちぶつかり合う海兵たちを見て、思わず後ずさりをした。

海軍本部。世界の正義の戦力が集結するその場所。マリンフォードの港町から堂々とその姿を見せ、巨大な門がいくつもあり、奥へ奥へ進むごとに階級の高い海兵が使用しているという。

本来この場所に来るには二通りがあり、一般人・海軍海兵志望として「見学」するか、あるいは戦力になると見込まれ「海兵」として招集されるかのどちらかだ。支部で鍛え上げ名を上げた海兵たちはいつか本部へ招集されることを夢に見る。コビーもそうだった。支部で雑用をこなし、訓練し、いつかきっと、海軍将校になると、そう夢に見た。

その海軍本部。己はついにその場所に来たのだ。

コビーとヘルメッポはガープ中将に拾われ、そして早速雑用を言い渡された。海軍本部ではあまり見ないらしい雑用の制服は妙に目立ち、ヘルメッポは気恥ずかしそうにしているが、コビーは何事も下積みからと割り切り、てきぱきと雑用をこなしていた。

与えられるのは支部でこなしたものとそう大差ない。雑用であるから当然だ。しかし、その中に垣間見える、他の訓練兵たちの様子が二人の足を竦ませた。

太陽の照り付けるグランドで行われるは、まず手始めとばかりに腕立て二千回。
命綱もつけず、高い場所からの綱渡り百往復。さらには休む間もない走りこみ2百周。一時間で出来て当然、出来なければペナルティがある。そしてそのまま、訓練兵たちは剣術道場で相手を倒すまで竹刀を振るう。基本の動きは出来ていて当然の海兵たちがいる場所だ。常に実戦を想定した竹刀のぶつかり合い。

「こ、これが海軍本部」

コビーもヘルメッポも、まだ相手の倒し方さえ知らぬ身。それであるのに、この場所で「新兵」と扱われる海兵は既にきちんと戦い方を知っている者しかいないのだ。

「さぁ、ここなら見つかりません、少し休んでください」

道場から飛んできた竹刀がヘルメッポの頭にぶつかり、しかし医務室にいくまでもないもの、その上まだまだ雑用の仕事は残っているという状況で、コビーはなんとか一時はヘルメッポを休ませるためマリンフォードの港の建物の間に隠れ進んだ。

軍艦が着けられ人の出入りはそこそこあるが、しかしあたりを警戒していれば多少は休めるだろう。

木箱の間に隠れるように腰掛けるヘルメッポを気遣い、コビーは周囲を見渡す。

「なぁコビーよ」
「何ですか」
「おれたちここに来るの早すぎたんじゃねぇのか…?」

人の気配はない、とそうコビーが安心していると、背後からかかった気落ちした声。

「はい?」

何を言い出すのかとコビーは眉を潜めてヘルメッポを振り返った。

「見たろさっきの。とてもじゃねェけど今のおれ達にはやっていけねぇよ。物事には順序ってものがあらァ。せめてもう少し鍛えてから出直した方が…」
「へ?」

腰掛けて意気消沈している、という様子だったヘルメッポ。先ほどの訓練の様子をありありと思い出したのか、体を震わせている。まだ己らには明らかに早すぎる場所であるというのは、もちろんコビーだってわかっている。まず体が出来ていないというのは明白。だがしかし、何を言い出すのか。

「そうだよ!そうしよう。おれたちがいなくなったって誰も気にするやつは、」
「ちょ、ちょっと!!!待ってください!!!!」

すくっと立ち上がってそのまま路地を出て行こうとするヘルメッポを掴み、コビーはそのまま壁に押し付けた。コビーよりも背の高いヘルメッポを相手、胸倉を掴んで見げながら必死に叫ぶ。

「何考えているんですか!ヘルメッポさん!!お父さんを超えるんじゃなかったんですか!!」

東の海で、そうと誓ったではないか。

コビーはヘルメッポのあの時の決意を聞いて胸が熱くなった。父親が殺されてしまうかもしれないと、砲弾を磨きながらぽつりと言っていた弱々しい姿を今だって覚えている。親父を尊敬していた、とそうも言っていた。けれど、あの海で。あの小船の上で、誓ったではないか。

「そ、そりゃ、そうだけどよ…あんなことしたら死んじまうじゃねぇか…」

気弱なヘルメッポの言葉に、コビーの脳裏にも先ほどの訓練の光景が思い浮かぶ。確かに、己らが今あれをやれば、確実に死んでしまうだろう。だが、それがどうしたというのだ。

「本望じゃないですか!!! 」

この場所が、まだまだ自分には早すぎる場所であるなど、コビーにだって痛いほどよくわかっている。普通なら、自分がこの場所にくるのはもっと後、何十年も後だっただろう。けれど運よく、自分たちはガープ中将に拾って頂いて、そして、この場所に来れた。

コビーは脳裏に浮かんだ辛い訓練の光景を振り払い、いつもいつも、辛いことがあるたびに思い返していた、ルフィの言葉を思い出す。

「自分でそうなると決めたら、自分でなるって決めたなら、その為に戦って死ねるなら本望じゃないですか!!!」
「戦うって大げさな…」
「戦うんです!自分自身と!!!」

逃げないと、そう決めたのだ。戦わなければ、いつだって何も変わらない。あの人はそう教えてくれたのだ、とコビーは真っ直ぐにヘルメッポを見つめる。

ここで逃げたら、何も変わらない。変わらないで、平穏な人生があるのかもしれないが、そんなのは、コビーは求めていない。

「一緒に戦いましょう!ヘルメッポさん!!!もう、逃げるだなんて言わないで下さい!!」
「逃げるじゃと?」

ぐっと決意をこめていい、ヘルメッポが何か言葉を返そうと一瞬口を開いた。だが、それが声になる前に二人の視界が暗くなり、低い声が真横から響いた。

「逃げると言ったか?おい、お前らこのわしの顔に泥を塗る気じゃないじゃろうな?」

淡々とした低い声と、太い眉の間からこちらを見下ろす鋭い目が二人の体を硬直させる。

突然表れた、現在最も遭遇したくない人物ぶっちぎり第一位の、ガープ中将のご登場。コビーとヘルメッポは悲鳴を上げることも出来ぬほど恐怖し、顔を引き攣らせた。

その二人の頭に揃って振り下ろされるガープのゲンコツ。叫び声が拳を振るう音にかき消されるってどんだけだ、と頭の隅で思いながらコビーは目の前が真っ暗になった。だが、手加減されているのか、痛いことには相当痛いが、気絶するまでではない。

「うぅ〜…」

唸って頭を抑えていると、ガープ中将がコートを翻しながら吐き捨てた。

「お前たちの代わりなんぞいくらでもいる。逃げたきゃ逃げろ」

そのままコツコツと軍靴を鳴らして去っていこうとする、その背にあるのは「正義」のその二文字。真っ白い純白のコートの上、掲げられるのはただ「正義」という絶対的な思念のみ。それを持ち続けることがどれほど難しいのか、まだコビーはよくわかってはいない。だが、まずそれを纏う前にいるだけでこれほど壁を感じるのだ。

わかっている。まだまだ、実力が足りない。

海軍将校になるのだと、そう息巻いたが、ここには現実がある。ガープ中将の隣など、まだまだ己には早すぎる場所。ヘルメッポの言うとおり逃げる、というわけではないが、きちんと下積みをして順序良く言上を目指すのが当然だとも、そう思いもする。

ガープ中将は現実を教えただけだ。期待しろ、とは言っていない。そこからどう判断するのかは自分たち次第である。そして、逃げようというのなら「それまでだ」と、そう、見切りをつける言葉だった。

無理だと、そう判断されたのか?

思い当たり、コビーは頭の中が真っ白になった。口の中がカラカラと乾く。何故だろうか。いや、間違ってはいないだろう。まだまだここはレベルが高すぎるなどわかりきっていること。コビーは「戦う」とそう決意しているとはいえ、ガープ中将の目から見れば、「場違い」であると判断して当然ではないか。

コビーは真っ直ぐにガープ中将の背の「正義」を見つめ、唇を噛み締めた。

「待って、待ってください!!!!ぼくらは逃げたりしません!!!」

逃げてもいいのだと、そう提示された。

ガープ中将は己らを拾ってくれた。海軍には、もういられないだろうというほどの失態をしでかした自分たちを、ここまで連れてきてくれた。この人に呆れられることが、コビーには恐ろしかった。捨てられる、わけではない。まだ逃げても構わないところにいるのだと、現実を突きつけただけのこと。だが、コビーは必死に「将校になる!」とそう叫ぶ己とその同じ場所で、ガープ中将に見放される己を嫌悪した。

「ぼくらは決死の覚悟でここに着ました!!何でも言いつけてください!!どんな事でも耐え抜いて、必ずやり遂げてみせます!!ガープ中将!!」

なぜ必死に叫ぶのか。将校になりたいと、海兵になるとルフィに約束しただけではないのだと、そうコビーは気付いた。

ヘルメッポに「自分自身と戦う」とそういう心は本心だ。

だが、コビーは叫びながら、感じていた。

己を見てくれたのはこの人だけではないか。いや、ルフィがいるが、しかし、それとはまた違う。ルフィは友達で、そしてライバルだ。けれども、ガープ中将はそうではなく、「着いて来い」とそう、言ってくれた唯一人の人だ。

この人に認められたいのだと、そうコビーは感じた。

今この、颯爽と翻される正義のコート、海軍本部で「英雄」とまで呼ばれている伝説の海兵。その人に、己は認められたいのではないかと、そう、思った。

叫べば体の中が一気に熱くなった。血が沸騰したかのようだ。コビーは真っ直ぐにガープ中将を見つめる。最初にその姿を目にしたときは、ただただ恐ろしく、憧れるというだけだった。けれども今は、この人に自分の意思を知って欲しいと強く思い、視線を逸らせずにいる。

「……どんなことでも耐え抜く、そう言ったのか?」
「え…えぇ」
「決死の覚悟でここに来たと、確かにそう言ったな!!!?」

前半は呟くような声音であったというに、後半は怒鳴られた。ただ言葉の確認であるというのに、その勢いにコビーとヘルメッポは蒼白になり、必死に頷く。

「ならこんなところでサボっとらんで、仕事せんか!!!!!!」
「「は、はい!!!!!」」

周囲を振るわせるほどの大音量で怒鳴られ、コビーとヘルメッポは恐怖に慄き条件反射で返事をし、半ば逃げるように路地裏から飛び出した。




+++




走り去っていくその姿を眺め、路地から出たガープは眼を細める。その必死な後姿は、久しく見ていない賢明なものだ。この海軍本部にはもちろん「新兵」もいるが、あの年代の海兵がそもそも本部にいることは稀である。

昔、もう十年は昔、東の海の故郷を訪れ山を登るたびに、今と同じ気持ちで声を張り上げた。あの頃のことを思い出す。

その度に逃げ出した姿は三つ。口々に何か言い、ガープは憤りながら、しかしそれでも、やはり今のように本気で怒りを覚えてはいなかったのだ。

コツコツと音を立てて歩き、路地の壁に背を付けて待機していた副官に声をかける。

「引き続きよろしく頼む」
「はっ」
「何してるの?ガープくん、ボガードくん」

そのままスタスタと行こうとしたガープと、命を受けて軽く頭を下げたボガードの耳に、このシリアス雰囲気にまるで似合わぬ突拍子もないほど明るい声が響いた。

「…………お前さん、何しとるんじゃ」

声のした頭上に視線を向け、ガープは眼を細めた。太陽を背にするようにして、悪意の魔女ことが屋根の上に腰掛けている。傍らにデッキブラシを置いているのだから飛んで上ったのだろう。今の今まで己にさえ気配を悟らせないというのは魔女の力か、それとも実力か判断に悩むもの。

ガープが顔を顰めるとがころころと喉を震わせた。笑うと猫のようである。

「聞いたのはぼくだしー。ガープくん、東の海まで行って来たんだってね?おかえり」
「あぁ。土産はないぞ。全部センゴクに没収されちまった」
「何買って来たの?」
「ドーナッツ」

おや、とが首をかしげた。

「確かきみ、ドーナッツ食べて徹夜とか妙なことして切られたとか聞いたけど」
「耳が早いな。青雉か?」
「まさか。クザンくんってそういうところ結構マジメ。でもぼくが知りたいなァって思ったら、結構簡単にいろんなこと、教えてくれる人もいるよね」

己が東の海で失態を演じたということを知っているのはまだ数少ないはず。それでもは世間話でもするような気安さで言うものだ。

言葉ぶりから、おそらくアーサー卿であろうと判断付けてガープはため息を吐いた。

どこから見られていたのか知らないが、があの二人に興味を持つことなどあってはならない。確実に二人の海兵としての人生は終わるし、何よりまだ早すぎる。そのあたりは先のドレーク少将の件でも自覚しただろうから危険は低いと思いつつ、さてこの場をどうしたものかとガープはボガードに視線を向けた。

海軍剣士ボガード。昔からガープの補佐をし、望めば上へ行くことも出来るというのに「自分はこの仕事を第一に希望しているのです」と言って聞かぬまじめな男。何度も助けられガープとしては金にも変えられぬ男であるが、さすがに魔女の対処法など持ちえておらぬだろう。

何とかしろ、と言うように見れば「無理です」と生真面目に返された。

そういう二人のやりとりをがころころと楽しそうに眺める。しかしいつまでも無言でいられるのはいやだとばかりに、つぃっと、それはもう可愛らしく目を細め、窺うようにこちらを見上げてくる。

「ぼくね、最近暇で暇で困っているんだよねぇ」
「ドーナッツ早食いなら付き合うぞ。暇ならセンゴクんところで茶でもどうじゃ」
「ぼくと歳の近いあの二人をからかい倒したら機嫌が良くなるかもしれないよって、センゴクくんにお話してもいいのかい?」

戯言を繰り返すだけの余裕も与えぬ気らしい。何かいらだっているのだとガープは感じた。己がいるからだろうか、とも思う。海軍本部にてはただ「悪意の魔女」という顔をしていればいい。彼女を取り巻く環境は、彼女をただ「魔女」とそう見るのみ。それであるからはどこか歪んだ魔女の言動をしていればそれで良い、はずであった。けれどもガープがいれば、はほんの少し、その歪みに更なる拍車がかかる。

ガープという海兵はにとっては「海兵」というよりも「ロジャー時代」を思い出させるらしかった。それであるから、普段傲慢尊大にただあどけなく振舞っていればいい自分を、ほんの少し見失うらしい。ロジャー時代に振舞った、あの頃をほんの少しだけ取り戻す。それがにはたまらなくいらだつらしかった。

ガープが飄々としていればそのようなこともない。けれど、今回のように、ガープがに対して「親しみの中の警戒心」を出すと、あの頃を思い出すのだ。

もちろん、他に何か考えはあるのだろう。

青雉から聞かなかった情報を態々アーサー卿から仕入れてきたほど。基本的に他人が何をしようと放置するらしからぬ行動だ。何かしらの、狙い、いや、考えていることがあるゆえに、今こうしてガープの前に姿を現したのだろう。

じぃっとガープはの瑠璃色の瞳を見つめ、そしてため息を吐いた。

「度が過ぎる関与はサカズキの耳に入るぞ」
「わかってるよ。ただの暇つぶしさ。ボガードくんがいるのなら「安全」でしょう?」

それはどちらの意味で問うているのか。

ボガードを見れば魔女の言動をどう判断すべきかと迷う一瞬、しかし己のやることは一つしかないとそうはっきりとわかっているような、その真っ直ぐな姿勢をガープはひとまず、信じることにした。

「……引き続き、頼む」
「っは」

先ほどと同じ言葉を吐き、やはり同じように返事を返してくるが、しかしお互い、何やら面倒なことになりそうだ、とは感じ取っていた。



Fin



(2010/09/09 20:04)