「おーい!!シャンクス!お前何してんだ?」
つい先日変声期が終わったバギーが、それでもまだ若干掠れたような声で甲板から顔を出した。樽の上に腰掛けていたシャンクスは顔を上げる。相変わらず真っ赤なその鼻、道化のような化粧をしたバギーの顔が目に入る。
「なんだバギーか」
「なんだとは何だテメェこの野郎!!もうじきメシだってから呼びにきてやったのに何だその言い草!!」
一言言えばすぐに吼えてくる。それが普段なら楽しいのだが、生憎本日シャンクスの気分は沈んでいた。それで思わず生返事をするだけに留めていると、様子が普段と違うと、それはもう長く共にいるよしみで気付いたか、バギーが「うん?」と首を傾げてくる。
「どーしたよ?」
「なんでもねぇよ」
「なんでもねェってんなら、オラ、さっさと行くぞ」
「お前一人で先に行けよ、俺は、今日はいい」
メシはいらねェ、と言えばバギーが「はぁあああ?!」とありえぬことを聞いたような声を出す。驚きに目を見開き、胡散臭そうなものでも見たようにジロジロとこちらを眺めてくる目が鬱陶しくてシャンクスは麦藁帽子で顔を隠した。
するとますますバギーが怪しむ。ぐいっと、聊か乱暴に麦藁帽子を剥ぎ取ろうとしてくるもので、シャンクスもムキになってぐいぐいっと力を強くする。どちらかといえば剣の腕はシャンクスのほうがあるけれど、しかし純粋な腕力だけ、ともなれば歳の近い二人、そう違いもない。ぐい、ぐ、ぐっ、と妙な攻防。その間もバギーは「なんだってんだよ!おい!」と言うのにシャンクスは無言。そうしてふと思いついたバギーがぽつり、と一言、そして急にふいっと力を抜いて後ろを振り返った。
「あ、」
「っ!!!!」
「スキありぃいい!!!!」
バギーが呟いた名にシャンクスが瞬時に顔をボッと赤くすると、力が緩んだのを感じたバギーがそのままぐいっと、乱暴に麦藁帽子を取った。
「バギー!!テメェ、騙しやがったな!!」
「だーっはははは!!こんな子供だましみてェな手に引っかかるテメェが悪ィんだよ!」
ガタン、と反動でシャンクスは樽から落ちた。尻餅をつき、きつくバギーを睨む。それにしたって自分もこんな手に引っかかるとはと、冷静な部分では思わなくもない。
睨んでみても勝利に浮かれているバギーはお構いなし。奪った麦藁帽子をくるくると回し、そしてこちらを見て、眉を顰めた。
「……おい、シャンクス、てめぇなんだそのツラは…!!」
「…お前には関係ねェよ」
見られてしまった以上もう関係ないが、あまり見せ続けたいものでもない。シャンクスは顔を伏せそっぽを向く。妙なやりとりで頭に血が上ったせいか、また血が出てきた。ぐいっと、シャツの袖で乱暴に拭っているとバギーが腕を掴む。先ほどまでのバカにしたような表情が消えている。時々バギーはこういう顔をする。そういう時、シャンクスは自分の方が普段のバギーのような、子供っぽい駄々をこねているような気になる。しかし何も言わずに無言でじっと目を見返すと、バギーがギリッと奥歯を噛んだ。
「お前、さっきの港で喧嘩したのか…!バカかテメェ…!お前が喧嘩っぱやいのは知ってるがよ、今日が何の日かくらい…」
「わかってるよ!煩ぇな…!」
「だったらなんでンな馬鹿なマネした!!!」
ロジャー海賊団。勝手な争いはご法度だ。これほどの海賊団、小競り合いからどう大戦に結びつくかわからぬもの。それであるから副船長が、港町での単独行動は禁じて、そして喧嘩は禁止だと強く決めた。もしも破れば三日は謹慎させられる。ロジャー海賊団は皆家族のようなものだが、だからこそ、家族を危険に曝さぬようにと守られるべきものがあった。
バギーはシャンクスの胸倉を掴み、唇をかみ締める。今日は、祝い事があるのだ。だから港町で食材やら酒を大量に買い込んで、今夜は大宴会になる。下っ端も幹部も関係なしのどんちゃん騒ぎ。シャンクスとバギーは半年前から今日という日を、それぞれ理由は違うものの楽しみにしていた。それであるのに、本日そろそろ始まる、というころになってもシャンクスが顔を出さぬものだから、不思議に思って迎えに来た。というよりは、不思議に思った幹部の一人がバギーを寄越した。
「おれまで怒られるじゃねぇか!お前、絶対に大丈夫だからって、一人で港に行ったんだろ!」
今日、立ち寄った港町。バギーとシャンクスは二人で船を下りた。二人一組で行動するのが常で、単独はできないから当然のことだ。だが、シャンクスは船から離れてだいぶ経ったころ「寄りたいところがあるから一人にしてくれ」とそう言ってきた。バギーもたまにはシャンクスと離れて自由にしたかったので、あとでレイリーさんに二人で謝りに行くということで合意して別れた。
「あの人にやるものを、買おうと思ったんだ」
だろうな、とバギーは頷く。その為にシャンクスが金を貯めていたのを見ている。自分の欲しい物も我慢してせっせと、海賊見習いの少ない稼ぎの中から今日という日のための特別な品を買うための金を貯めていた。半年前からずっと、だ。それなら中々貯まっていただろう。詳しい金額はバギーも知らないが、自分がこの半年間貯めずに使った金額を思い出せば、ある程度の予想は付く。何を買うつもりかは知らないが、それくらい貯まっていればたいていのものは買えるはずだ。
今日は、魔女の何かの記念日らしく、毎年今日この日は大宴会になる。といって魔女が騒がしいものを好むのではなくてただの騒ぐ口実なのだろうとは思うが、しかし、シャンクスにとってはいつものようにバカ騒ぎするだけではなく、特別な日らしかった。
だから、あれこれと、シャンクスがここ最近「何が贈り物として相応しいか」を考えていたのを知っている。甲板掃除をしている最中、ジャガイモの皮むきをしている最中「なァ、バギー。やっぱ花か?それとも指輪か?」などと、なぜ自分がその相談に乗らねばならないのか!!と度々怒鳴ったが、そう、真剣に考えていたのを、知っている。
ぐいっと、シャンクスが切れた唇を拭った。
「散々考えて、あの人がいつも使ってるショールが古いから、だから新しいやつを買ったら喜んでくれて、それで、いつも使ってくれるんじゃねェかって、思ったんだ。それで、あの港町は機織りで有名だから、きっと、あの人が気に入ってくれるようなヤツもあるんじゃねェかって」
「……まァ、それらしいのはおれ様も見たな」
立ち寄った港町の様子を思い出してバギーは相槌を打った。確かにあの港町には色取り取りの機織りが
あった。ショールや絨毯や様々なものがあった。自分も新しい帽子を買おうかと思ったが止めた。シャンクスの顔をちらっと盗み見れば、座り込み膝を抱えて、顔を伏せている。
「で、買えたのか?」
「途中で金盗られた」
「はぁぁああ!!?」
いや、ある程度予想はしていたが、バギーはそれでもやはり驚いた。
「と、取り返したんだろうな!!?」
「……バカ、ならこんなに凹んでねぇよ」
「ンでだよ!喧嘩したんだろ!お前が負けるわけねェだろ!」
喧嘩をしたことは、それは後でこっぴどく叱られるが、しかし、シャンクスが負けた、というのは考えていなかった。喧嘩をして、勝ってきたのだとばかり思っていた。バギーは信じられぬ、というようにシャンクスを見る。剣の腕だけじゃない、殴り合ってもこいつは強い、と素直に認めている。懐を狙ったのがどんなやつかは知らないが、今日この日のために大事に貯めていた金を奪い返せないほどシャンクスが弱いとは思わなかった。
「……殴り合いをしたわけじゃねェんだ」
「…は?」
「喧嘩は、してない。盗られて、奪い返そうと思って、じゃあ「殴らせてくれたら返す」って言うから、殴らせた」
船のルールは守った、ということか。バギーは妙なところで意地になるシャンクスに呆れ、しかしそれならなぜ宴会に参加しようとしないのかと訝る。そして金はどうなったのか。
「……5発までは何とか堪えたんだ」
「…お前、本当うたれ強いよな」
「でも6発目は頭に食らって、頭ん中真っ白になって、気付いたら路地裏で倒れてた」
「金は?」
わかっているが、バギーは聞いた。シャンクスがまた顔を伏せる。
「……さっさと行けよ、バギー」
喧嘩をしたわけではない。それならバギーはなんの後ろめたさもなく宴に参加できる。今日はいつも以上のご馳走が出ると聞く。それに宝の話も多くでるだろう。よった勢いで様々な話を聞けるのをバギーは楽しみにしていた。
「……おれァ、お前を連れて来いって言われてんだぞ」
「具合が悪いとでも言っといてくれよ」
「そうしたら、が心配するぞ」
「お前が顔見せりゃ、あの人は気にもしねェさ」
普段無駄に前向きなのに、なぜかこういうときばかりシャンクスは後ろ向きになる。いっそ卑屈とさえいえるほどの態度にバギーは苛立って、ぐいっと、胸元を掴んだ。
「バカかお前!お前が手ぶらだろうとが気にするかよ!どうせレイリーさんとかから貰ってんだろうから、お前が態々何かやらなくたって、ちっとも関係ねぇよ!」
バギーは、が、あの魔女が妙に自分をえこひいき、する、そのことは自覚があった。しかしバギーの目にはにとって自分もシャンクスも結局は同じなのではないかと、そう思うときがある。それなのにシャンクスは納得しない。そのことをくどくどと言ってもどうしようもないことをもうバギーはわかっていて、諦めている。だから、しようもなく、シャンクスがここ最近ずっと「には何をやったらいいか」と楽しそうに、そして不安そうに、そして贈ったときの反応を期待に満ちて考えていたことを考えないようにしながら、それだけ叫んだ。
「そんなことはわかってる。わかって、るんだ」
ぐいっと、シャンクスがバギーの手を払った。ふらり、と、体が揺れる。6回も殴られたと言っていた。それなら相当体にダメージもあろう。こうして蹲っているのは何も拗ねているからだけということではないのだと、そこで初めてバギーは気付く。顔を顰めて、ごほごほとと咽るシャンクスの隣に胡坐をかき、壁に背を付ける。
「じゃあ、いいじゃねェかよ。お前が手ぶらだっては気にしねぇんだ。お前はいつもみてェにバカ騒ぎしてりゃァいいじゃねェか」
「……でも、おれはあの人に何か贈りたかったんだ」
「でも用意できなかったんだろ。ならもうしょうがねェだろ」
なぜ意地を張るんだ、とバギーは呆れる。用意できなかったものは仕方ない。が気にする以前に自分の心の問題なのだとシャンクスはいうが、ならばなおのこと諦めてしまえばいいだろうとバギーは思う。面倒くさい、ややこしい。普段ははっきりさっぱりくっきりと、見ているこちらが苛立つくらい前向きでプラス思考で開き直りの早いシャンクスだというに、のこととなるとてんでダメだ。
バギーはごそごそとズボンのポケットを漁り、今日の港町で帽子の変わりに買ったものを取り出した。
「これ、やる」
ぐいっと押し付けたそれは、バギーが、一応普段世話になっているのでに贈ってやろうと思っていたパッチワークの袋だ。別段バギーは今日の日のために金を貯めていたわけでもないが、自分の新しい帽子を買う金は持っていた。それで町をぶらついていて、それで、帽子の隣にこの小さな袋が売っていて、いつも野暮ったい格好をしているあの魔女も、少しはこういうカラフルなものを持っていたらいいんじゃないかと思えて、気に入った帽子は縁が無かったことにして、それで、これを買った。
別に自分はシャンクスのように何が何でも贈りたい、というわけじゃない。それだから、と気安く寄越せば、シャンクスが顔を顰めた。
「……センスない」
「上等だテメェこの野郎!!表に出ろ!!!!!」
恋せよ青少年!!!
若いときはいろんな意地がつきものさ!!
・恋愛面では臆病な若シャンクスの妄想が楽しいです。
(2010/06/25 16:49)
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