この子誰の子?お前の子!?「番外小話」
モモンガ中将の頭に花瓶が激突した。
石頭、というわけではないがそれなりに鍛えているだけあって痛みはないものの、がっしゃんと頭で割れた花瓶の水が問答無用でスーツを濡らす。それだけならまだよかった。畳み掛けるように飛んできたのは見舞いの品として喜ばれますナンバー1のメロンがまるまるゴーンと、それはもう容赦なくぶち当たる、そうして止めとばかりに投げつけられたのは大きな熊のぬいぐるみ。自分に当たれば水で濡れると、こればかりはモモンガは素直にぶつからず飛んできた足を受け止め、ため息を吐いた。
「いい加減、どちらも大人になったらどうだ」
水で濡れたと後々嫌味を言われてはかなわない。モモンガはくまのぬいぐるみを安全と思われる場所に置いてから、先ほどから癇癪を起こしたように手当たり次第に者を投げつける姉妹を交互に眺めた。
目の前の寝台には、赤い鮮やかな髪を肩口に垂らした少女、あどけない顔立ちだが整いすぎた顔が幼さよりは美しさを印象付ける。その真っ青な瞳を大きく開き、怒りなのか理不尽な感情なのかそれは知らぬが、瞳を一層輝かせている。モモンガの上司である大将赤犬の、恐ろしいことに奥方であるはモモンガの最もな提案にぷいっと、そっぽを向く。
「嫌。ぼくは悪くないもの。モモンガ中将、そこに立って邪魔しないで!ぼくは姉さんを説得するんだから!」
いや、自分が立たねばが手当たり次第に投げつけるものが後ろの女性に当たるではないか。そんなことは海兵としてできるわけもなく、溜め息をついて、モモンガは背後を振り返る。
豊かな瑠璃色の髪を背に垂らし、女性らしい身体を惜しげもなく曝すその女性の貌はまるで悪夢のようにうつくしい。彼岸花のように赤い瞳を今は怒りか、それとも理不尽な感情かで燃え上がらせ、きっとこちらを睨んでいる、その女性は暫定世界の敵認定された、世にも恐ろしいパンドラ・という女性。
「わたくしだって嫌よ。そこな海兵、邪魔をしないで頂戴!わたくしは…!わたくしは…!リリスをどうしても説得しなければならないのよ!」
いや、お前らの行動は説得じゃないだと、どう見ても。
どこの世界に説得するのに相手の話を全く聞かず「相手の意見が気に入らないから物を投げつて黙らせたい」など、お前ら、どこの幼児だとモモンガは突っ込みたい。
ことの起こりは一週間前にこの度晴れてが赤犬の子を身ごもった、ということから始まった。
過保護というか、心配性な大将赤犬の指示により、十日程度検査入院を言い渡され、は大人しく入院中、そこへ実姉たるパンドラが見舞いに来たというのがほんの十分前のこと。パンドラが訪問するのなら中将が付き添わねばならぬもので、毎度毎度のことのようにモモンガ中将が指名され、それについては不満を言うだけ無駄なのでモモンガは何も言わず承諾した。(でもさりげなく医務室で胃薬は確保してきた)
そうして入室してすぐは薔薇姉妹の穏やかな会話が弾んでいた。姉は妹をよく気遣って、妹は姉の親身な言葉に感謝する、と、そういう光景が微笑ましく、たとえどれほど悪魔のような性格をしている二人でもこうしていれば普通の姉妹と何ら変わりないと、そのように、ほんの一瞬モモンガが油断したのがまずかった。
「あと一月で安定期に入るとは言っても、あなたはそんなに身体が丈夫じゃないでしょう。身重の貴方が家に一人きりでいるなんて、わたくしは耐えられない…!出産までわたくしの家に来なさい、リリス」
「姉さんが耐えられなくてもぼくは耐えられるよ!」
「酷いわリリス…!!わたくしのことなんてちっとも考えてくれないのね…!!?」
「酷いのは姉さんでしょう!ぼくは家に居たいって言っているのにちっとも考慮してくれないんだから!」
再度今回の喧嘩の理由を口に出す二人にモモンガは頭を抱えた。通常出産時、女性は確かに間近になれば実家に身を寄せて身の回りのことなど、気心知れた家族に手伝ってもらい安心して子を産める状況を作るもの。しかしに「実家」というものはなく、それに価するのがパンドラ・とその娘ノア、それに彼女の夫が暮らす水の都だった。それでパンドラは夫と話し合い、が出産を終えるまで家で引き取ろうとそう提案してきて、現在この状況。
客観的に聞けばモモンガはパンドラが珍しく正しいのではないかと、そう思う。いくら破天荒で反則技を「ぼくはいいんだよ、ヒロインなんだから」と堂々ととんでもない言葉を使用するであっても、出産ともなればそれなりに大事だろう。それであるのならのことを承知で、また深い愛情(少々歪んでいる部分もあるが)を持ったパンドラが傍で付き添える状況を作るべきではないか、と、そう、未だモモンガは独身だが、己に妻がいて出産準備というときにはそのような考えのもと、妻を実家に帰すだろう。
しかし、ここで今回、の「夫」というのが誰なのかを考えて「どっちが正解か」を判断しなければならない。
「どちらの言い分も正しいと思うんだが、、あまり大声を出すのは胎教に悪いんじゃないのか。それにパンドラ、頼むからそう感情的にならんでくれ。空が荒れそうだ」
の夫は、あの赤犬である。常識なんぞ通用するものか。(←すんごい説得力)
おそらく、いや、確実にが「家で良い」と言うのは、赤犬のことを考慮してだろう。自分の視界からの姿が見えないだけで浮気認定、家に軟禁している状態であっても「いつあれを狙う海の屑どもがわしの留守を狙って来るか」と疑いまくっている心の狭さ。いや、モモンガは海兵としての赤犬を尊敬し畏怖しているが、しかし、こと関係に限っては「…ダメだ、この人は…!!」と何度も頭を抱えさせられている。
その赤犬を置いてが、出産のためとはいえ水の都に行けば、まぁ、確実に赤犬が有給申請するだろう。
パンドラの家族を思うゆえの提案も正しいし、の「何か騒動起きそうだし」という判断もとても正しい。であるから、どちらも言い分を考慮してここは大人になってどちらかが折れてくれ、とそういう含みを持たせて二人を嗜めれば、からは枕を、パンドラからはスリッパを投げつけられた。
「煩いよモモンガ中将」
「お黙りなさい、海兵」
双方敵意をむき出しに「邪魔」とばかりのその眼差し。モモンガがなんとか場を収めようと仲介にはいろうとする、その好意すら「余計な世話」という、双方の性格の悪さ。お前らこそ人の気持ちを考えろ、と突っ込むだけ無駄だ。こういう悪魔のような姉妹だから仕方ないんだ、とモモンガは必死に自分に言い聞かせた。内心腹が立たないわけでもない。自分はあのドレークのように、に蹴られても「仕方のないやつだ」と頭を撫でてやれるほど人間できていない。というか、生憎父性に目覚めていない。これが部下相手なら怒鳴っているところ、しかし、フルフルと身体を震わせ怒りを耐える以外モモンガに道はない。
「なんじゃァ、おどれら、声が外まで聞こえちょるぜ」
カラカラと軽い音がした。モモンガが振り返れば割と高く設計されているはずの病院の扉をひょいっと潜る大将閣下。
「サカズキ」
視界に入れた途端、途端先ほどまでの剣呑な空気を収め、ぱっとの顔が輝く。
「具合はどうじゃ」
「平気、仕事は?」
「抜けてきた。すぐ戻る」
ベッドから降りて駈けようとするのを赤犬は目で制してモモンガやパンドラを綺麗さっぱりスルーして自らがに近づく。まず顔色を確認しようとでもいうのか大きな手での小さな顎を掴み、くいっと自分の方へと向かせた。
「熱は下がったか」
「明け方にちょっと出ただけだよ」
大げさだね、と口で言いながら気遣われることが嬉しいのかの顔がほころぶ。今朝方が少々熱を出したという報告は院長からモモンガへ、そしてモモンガから赤犬へとされている。微熱という程度ですぐに下がったのだが、まさかその程度を気にかけて態々執務中、本部からこの病院までやってきたのか。
とりあえずの身体の具合を確認してから、赤犬は初めてモモンガとパンドラの存在に気付いたかのように(実際そんなはずはないだろうが)軽く眉を跳ねさせる。
「なんじゃァ、おどれ。また来たんか」
「リリスはわたくしの可愛い妹ですもの。毎日顔を見たって足りないくらいです」
さっさと帰れ、と遠慮せず前面に出す赤犬にパンドラも負けてはいない。「寧ろ貴方が邪魔だ」といわんばかりの顔をして赤犬を睨む。
モモンガは赤犬vs世界の敵などというものが今にも始まるのではないかと気が気ではないが、同じく傍観しているはのんびりと「サカズキが来るならお茶沸かさないとねぇ」などとベッドの脇にある引き出しを漁っている。
「おどれは来ては大声を出す。迷惑じゃ、二度と来るな」
「わたくしをヒステリックな女のように扱うのは止めて頂戴。大声を出すのはリリスが大事だからよ。あなたのことだからリリスを閉じ込めておこうという魂胆でしょうけど、わたくしがそうはさせなくてよ」
一応はこの二人の結婚によって「親戚」にはなっているはずなのだが、そんな事実は双方まるで認めぬというその構え。龍vs虎、蛇とマングースか、というような完全に敵対しあったその態度。パンドラがふん、と鼻を鳴らせば、そこで初めて赤犬が首を傾げた。
「わしが妻を閉じ込めるような理不尽をするわきゃァねぇじゃろ」
「うん、サカズキ、そこはぼくも突っ込みたいな。何寝ぼけてるの?」
堂々と言い切る赤犬に、さすがのも急須に茶葉を仕込みながら顔を向けずに呟いた。
「同意の上じゃろうがい。軟禁たァ言わねェ」
(被害者)の最もな突っ込みも、赤犬はあっさりと言い切る。だめだこの人、とやはりモモンガは頭を抱え、あまりの開き直りに顔を引き攣らせているパンドラを見た。
呆れて、というか驚きで言葉も出ない、というその様子。気持ちはわかる。だが赤犬はフン、とパンドラ以上に傲慢に鼻を鳴らし、がお茶の用意をするのをじっくりと眺めることを楽しんでいる。ベッドから降りなければ可ということか、降りずに寝台の上を膝立ちで動き回りテーブルにサカズキのためのお茶を入れる。「はい、お疲れさま」と湯気のたつ湯のみを差し出す姿は、なんというか、きちんと奥方である。
「で、何を騒いどる」
「たいしたことじゃないんだけど、姉さんがね。ぼくが子供を産むまで水の都で過ごしたらどうかって」
隠すと大事にされるという危険性があると承知か、があっさりと告げた。
モモンガは次の瞬間、再び赤犬とパンドラのにらみ合いに発展すると覚悟したが、しかし、湯のみをすすりながら赤犬は「わしは構わねぇぜ」と短く言うのみである。
それに面食らったのは。珍しく目を丸く開き、首を傾げる。
「え?いいの?ぼく、これから姉さんの家で過ごすことになるってことだよ?生まれるまでサカズキと一緒に暮らせないんだよ?」
「水の都ならおどれも過ごしやすい街じゃろう。アイスバーグがおりゃァそれほど心配もねェ」
さして問題にもせずあっさりと言う赤犬にが「???」と困惑する。絶句していたパンドラもあまりのことに我に返ったのか、怪訝そうに眉を寄せて声を潜める。
「こんなこと言いたくないのだけれど…あなた頭でも打ったの?」
「頭を打った程度でこのわしがどうにかなるか。妻が出産時に実家に帰るんは当然じゃろう」
いや、脳だけはどれだけ鍛えても弱いのではないか、と、モモンガはもっともな突っ込みを心の中だけでして、己もまじまじと、赤犬を見つめてしまう。
あの赤犬が。
嫉妬と独占欲を隠しもしない堂々とした赤犬が、半年も自分の傍からを離す事を許可した。
どんな奇跡だ。
というか、やはり頭でも打たれたのではないか、とモモンガは真剣に心配した。
三人にじぃっと「何かおかしいんじゃないのか」と見つめられていることに気付いたのか、サカズキは不快そうに眉を跳ねさせ、湯のみを置いた。
「おどれら、わしをなんだと思うちょるんじゃァ」
すなおに答えるのは優しさだろうか?
しかし、三人は口に出さず、同時に同じことを考えた。
(心の狭いどS亭主だと思ってます)
Fin
目安箱投稿ネタがきっかけで考えさせて頂きました。
投稿者「サイ」様、ネタ「パ嬢とさんが姉妹喧嘩してももんが中将の胃に大穴」でしたー!!
って、大穴空いてねぇΣ
そして子供ネタでやっていいのかこれ…!いや、さんとパ嬢が喧嘩するなんて早々ないだろうな…と。そして、赤犬さんもたまには常識あるんだってことをね…一回くらい書いておきたかったんです。
サイ様、ネタありがとうございました!多分希望とはちょっと違ってしまったと思いますが…なしですかこれ!!?←聞くな
はい、今回は「短く…短く!あっさり読める長さを!!」と目指して5000字以内目標掲げ、結果は4940文字(本文のみ)でした!よし、ギリギリ!
(2010/08/03 18:52)
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