真っ暗なのが恐ろしい、というので人魂の話をしたらが本気で嫌がった。明るい話だと思ったのだけれど、そうではなかったのか。それでは彼岸に見える燃える花の話にしようと切り替えると、先に悟られて口を押さえられた。
「やー!!もう、なんでそういう怖い話ばっかりするの!ぼく嫌だって言ってるのに!」
「怖ろしい話じゃない。事実だ」
「余計怖いよ!!ばかぁああ!!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ小さな子供。ホーキンスの腰までしかないい小さな体を膝の上に乗せて小さな掌で口を塞いでくる。もごもごっと言葉は濁るが、それでもはっきり聞こえてしまうらしい。元々ホーキンス、大口を開けて話すほうでもない。
「じゃあどんな話ならいいんだ」
真夜中ホーキンスのベッドに潜り込んできて「眠れないからお話して」と頼んできた小さな少女。子供のあやし方など知っているような生き物ではないホーキンスにそんなこと頼むほうがどうかしていると、周囲に誰かいれば突っ込んだだろうが、生憎深夜の船の中。普段突っ込み担当の船員達も見張り以外は寝静まっている。
ホーキンス海賊団、船長ホーキンスの私室、寝室、船長室。まぁ呼び方はなんでもいいが、その彼の部屋。魔術師、だなんて二つ名そのままに本当に、魔術できるんじゃねぇかと日々船員達に思われるような、部屋である。そこらかしこに瓶に詰まった何かがあるのは当然、きらきら光る装飾品(絶対なんかのまじない付き)大きな鍋やらなにやら何に使うのか。本もあるが、が海軍の図書室で見るような「海のお勉強」の類ではない。違うこと、全くもって海賊には必要なさそうな知識盛りだくさんが載っていそうな古びた書物。栽培されている植物もあるのだが、どれもこれも、一度はがかつての塔、幼い頃過ごした王国の師の部屋で見た危険極まりない植物たちだ。
そんな部屋、暗いのが嫌だと言うの言葉に逆らうこともせず(まぁ、逆らうのが面倒だったからとか、そういう理由だろう)ホーキンスは明りをつけてくれた。髑髏の目玉が光るランプで!
「怖くないやつ!しかも夢とか希望とかロマンに溢れてるようなので!!」
「そんな話は知らない」
「ちょっとは考えてよ!!」
言うなり即行否定。始終表情の動かぬ男。ベッドの上に上半身を起こし、壁に背を預けたホーキンス。見上げるの顔はどこまでも幼い。兄に無理を言う妹のよう。確かに、魔術師と魔女の組み合わせ、それに近いもの、確かにあるかもしれない。まぁ、それはどうでもいいとして。
「それじゃあ何かうたってよ、子守唄。あ、ごめん、うん、やっぱいい」
「?なぜだ」
歌くらいは己でも歌えると思いついてホーキンスは何か考えていたのだが、その前にが即刻却下した。
「呪いの歌とかしか知らないでしょう、きみ!絶対!」
「のろいではない、まじないだ」
「おんなじだよ!!」
夜なのには元気だな、とホーキンスはぼんやり思う。深夜、夜もよくよく更けたもの。自分はまだ眠らずともいいが、自分とは違うだろう。ぽん、と、その明るい色の頭に手を置いた。
「じゃあ何がいい」
藁ではないが、ホーキンスの手は軽い。そしてはこうすると喜ぶ。ぎゃあぎゃあ騒いでいた様子がぴたり、と収まって、大人しくなる。ホーキンスの手を自分の手で押さえて、少し不貞腐れたように脣を尖らせた。
「怖くないの」
「何も怖ろしいことはない」
嘘付け!と間髪射れずにが叫んだので、ふとホーキンスは思い出す。そういえば、怖くないだろう話、に、これはなるのだろうか。
「昔、祖母に聞いた民話はある」
「うんうん、そうそう、そういうのだよ!民話ならちょっとばかりおっかなくてもいいよ。残酷童話の類はすきだよ」
「心配はないと思う。死人は出るが、こわくは無い」
笑い話、と、そういう話のはずだ。見た絵本にも挿絵があって、人の死ぬシーンも鮮やかな色で、笑い顔が描かれていた。
「北の海にいた、よく嘘をつく男の話なんだが」
なんだったか、あまりよくは覚えていない。興味のあるところが一つもなかったから、まぁ、しょうがない。せめて髑髏や幽霊船でも出て着てくれる話しならよく覚えていただろうけれど。
「その男が、グランドラインで黄金の島を見たと、そう言うんだ。その男の航海の話、嘘か本当か分からぬようなものばかり、時の王がその真相を確かめようと自身もグランドラインに乗り出し、その男の水先案内で島を目指した」
「そして辿り着いたその島には、何もなかった。誰も、いなかった」
記憶を手繰り寄せて語る話、途中でが引き取った。そうだ、とホーキンスが頷けば、が俯いた。長い前髪で顔が隠れる。
「?」
ぎゅっと、の小さな手がホーキンスの服を掴んで小さく震えた。
「そして、その男はどうなった?」
問う、小さな声。ホーキンスは一度黙り、思い出す。
「……死刑になった。嘘をついたから。殺された。死んでしまった」
子供に向ける教訓話。嘘つきはノーランドのように死刑になってしまうと、北の海では有名過ぎるその民話。本当にいたらしいが、それはホーキンスにはどうでもいい。それよりも今、どうして目の前の小さな子供が、その話でかたかた震え始めたのかのほうが、不思議だった。
「どう、」
「きみは、どう思う?」
問いかけようとした言葉を遮って、が問う。相変わらず見えぬ顔。蒼い目は海と彼女の“何か”の深さを表すのだと、そう聞いた、それも北の民話だ。嘘つきの末路を語った話と同じくらい昔の話。海の魔女の、物語。ぼんやりと思い出しながら、ホーキンスは俯くの頭に手を置いた。これでいつも、は嬉しそうに笑う。
「別に、なんとも」
は顔を上げなかった。沈んだ気配。顔が見えなければ死相も何も分からない。ホーキンスが答えると、こくん、と、小さく頭が動いた。頷いた、かのような動きだが、分からない。ホーキンスにはわからない。
「ノーランドは嘘つきじゃないのに」
「そうか」
「違うんだよ、ほんとうに、あったんだよ」
海の魔女、千の夜を越える魔女。昔のことを語ることなどしないと聞いている。それが罪になるからと、その語る昔の一切が悪意になるからと、そう、聞いている。
ホーキンスはの髪に隠れた顔に手を差し入れ、頬に触れる。冷たい肌。死体なのだと聞いた。どうだかは知らない。彼女の体にはいろんな痣がある。薔薇の刻印、それに蜥蜴の刺青。時々動く。どういう仕組みなのかと不思議に思うのでたずねれば、は笑って「ぼくは君の体のほうが不思議だと」と返された。人を悪意に引き込むことはしない。そういう分別というものがあるらしかった。
そのが、語る昔のこと。400年前。つい最近、だと、そういう声で言う。
「そうか」
頷く。そうか、と、それだけだ。が言うのなら本当なのだろうと、そうすぐに飲み込む。疑う必要もない。がそうだ、というのなら、そうなのだろう。そんなことよりも、顔が見たいと思ったので両手を頬に添え、上を向かせる。小さな顔。幼い顔。きらきら光るものが目頭にあったが、顔が見れればいい。
「それで、歌はいいのか?」
問えば一瞬きょとん、と、が目を丸くする。蒼い目。深海に似ていた。朝目が冷めたときにはまた変わるのだろう。そして、ふわりと笑う。
「怖くないやつがいいな」
言って、の手がホーキンスの長い髪を一房掴む。魔術師と魔女。
Fin
ホーキンスとさんは兄妹みたいな関係希望です。
えぇ、趣味です。