クリームのたっぷりと乗ったタルトを口に運びつつ、は目の前をキラキラと輝く蛇姫の指先に釘付けだった。
ここは平穏なる楽園、九蛇島アマゾンリリー。中枢の船はけしてこの周囲に進んではならぬというのは皇帝ボア・ハンコックと世界政府の取り決めごと。その条件として蛇姫さまことハンコックは七武海入りを了承した、とそういう話をも聞いている。しかし電伝虫以外何の連絡手段もないというのも困りもの、ということで、時折が「お手紙配達」をしたりもしている。もちろんはそんなことはやりたくないと一蹴にし、サカズキが容赦なく「逆らうな」と殴り合い蹴りあいに発展したのだけれど、その後、アマゾンリリーへの用事を片づけたあとはその足で三日間水の都への滞在を許可しようと、そういうやりとりをして、は自分の気分がマシな時はその役をこなすことにしていた。

そういう気まぐれでいいのか、と思わなくもないが、そういう気まぐれでもなければたとえ女であろうと蛇姫が中枢の人間の入国を許さぬだろうということもある。

そういうわけでは今日も元気にデッキブラシで快適無敵空の旅を楽しみ、この九蛇島をご訪問中、ということだった。

ハンコックはを迎え、皇帝と使者らしいやりとりをした後、こうしてお茶を囲っている。は容易されたお茶会を心置きなく楽しんでいるのだが、蛇姫は先ほど届いた親書をこのお茶の席でも話さず何度も読み直しているのだ。普段皇帝としての振る舞いをけして乱さぬ蛇姫さまらしからぬ様子にはいぶかしみつつも、その指先の美しさに気づいて、思わず目を奪われていた。

「ん?なんじゃ、。先ほどからわらわをよう見詰めておるが」
「うん、蛇姫さまはきれいだよね、なんて当然のことを今更じっくり感じはしないけど、爪、きれいだなぁって」

世界一美しい女性と、そう称されているハンコック。も確かに蛇姫は美しいと思うが、エニエスに封じられている自分の本体パンドラとて負けぬだろうし、海軍本部魔剣のレルヴェ・サリューの背筋の美しさ、瞼の白さなどそれこそ人類最強だと、そう信じている。ようは美しさというものはその圧倒的さが全てというわけではなくて、そのほかさまざまな「一番の」とつくのがあるのではないかと、それがの持論でもある。

しかし、ハンコックを見て海兵たちが目をハートにするたび、サカズキだったらどうするのだろうかと、いささか見てみたい気もする。いや、サカズキの目がハートになって蛇姫のメロメロメロウが効いてしまったら、それはそれで自分「え、選ぶ人間違えた?」と思わなくもない。

……クザンあたりがひっかかりそうな気がするのはなぜだろう。ボルサリーノは「きれいだねぇ〜」と例の間延びした声であっさりスルーしそうな気がするが、クザンは大丈夫だろうか。本気で目をハートにはしないだろうが、ふざけているところがあるので、その隙をついて石になったりしないだろうか。

さてさて、センゴクすら「あの女は強い」というだけある実力者の蛇姫さま。そのかんばせの美しさはにはあまり興味ないが、今現在強く心を惹かれているのは、その蛇姫様の指先、爪である。

「爪?あぁ、これは先日サンダーソニアが思いついたものでな。小さく加工した石を特殊な接着剤で爪に張り付けて並べるのじゃ。どうじゃ、美しかろう」
「うん、きれいだなぁって。蛇姫は指が長いからすごくきれいに見える」
「わらわが美しいのは日が昇るように当然のことよ」

ふん、と満足そうに眼を細める蛇姫。その指先をにも見えるように差し出してくる。よく見てみろ、というのがわかり、はにこりと笑って礼を告げてからその手を取った。海賊なんぞをしている蛇姫だが、その技はほとんど指を使うことがない。足技や遠距離系の能力であるから、このように爪を伸ばしても問題ないのだろう。

ほっそりと、白魚のような手に、滑らかな指先。蛇姫は長身だ。の知る女性の中でも群を抜いて背が高い。その蛇姫の指はとても長く、しかし女性らしい手をしている。その細い指、先端の爪は丁寧に手入れされ磨かれていて爪化粧を施さずとも十分桜貝のように美しいだろう。今はその上に紅の爪化粧を施し、そしてその上にキラキラと光る水晶や金、銀の小さな欠片を飾っている。

五指全てに丁寧な飾りが施され、蛇姫の手が動くたびに光を受けてキラキラを輝く。はきれいなものが好きだ。それで目を奪われた。

「いいなぁ。きれい」

十分観察してからは満足して蛇姫の手を離す。女性の手は軽い。が知る手はどれもごつごつしていて重い。サカズキの大きな手を思い出し顔をわずかに赤くすると、は首を振って、蛇姫を見上げた。

「蛇姫はきれいなものが似合う」
「そなたはそう言うてくれるか」

先ほどは賛辞を当然、とふんぞり返った蛇姫が突然奇妙なことを言う。はきょとん、と青い目を幼くして首を傾げた。

「なぁに、蛇姫」
「中枢からの手紙、そなたが運んできてくれたこの手紙にはな。わらわの過去を探ろうとする下世話な男の名が書かれておる」

おや、とは目を細めた。悪意のある手紙、ではない。それはも、そして蛇姫も分かっている。そもそも今回の手紙の差出人は世界政府というより、その役人であるアーサー・ヴァスカヴィルその人の、かなり個人的なものだった。それでもコネを使いまくったアーサーがに届けるようにとしたもの。を守ると誓い続けている「独身貴族同盟」の一人であるアーサーのことだ。丁度いい機会だからに休暇を、とそういうつもりもあるに違いない。一秒でも長く、とサカズキを引き離したいのだ、とそういうことをセンゴクから聞いたことがある。

それを思い出しながら、は蛇姫がわきに置いた手紙を眺めた。アーサーのことだ。悪意はない。ただ、そういう輩がいるのでこちらが対処しましょうか、とでも言いだしているに違いない。そうすれば蛇姫のプライドが傷つく。であるから蛇姫は自分でなんとかしようとする。たとえ、挑むことで昔の傷口を暴くことになろうと。

(アーサーって、本当に容赦ないよねぇ)

こちらには優しげな紳士の顔しか見せぬアーサー・ヴァスカヴィル。しかし善人か悪人かと判断すれば、彼は確実に後者だ。スパンダムが真っ先に「尊敬する人物」に名を上げている、と言えば分りやすいだろう。は自分以外の人間にアーサーをどう紹介するべきかわかっていた。「信用しないほうがいい」とそう言うのが一番正しい。

蛇姫は九蛇の皇帝として何度かアーサーとやりあっているらしい。それであるから、この手紙がどのような一手であるのか慎重に扱っているのだろう。

蛇姫が過去の話を誰にもせず、ひた隠しにしていることはも知っている。だが天竜人と交流があり、そしてかつて蛇姫が奴隷であったことを目にしている貴族はいる。例の騒動で焼け死んだ者がほとんど、証明する書類も燃え落ちたと聞く。当時は幼くつねに死んだような眼をしていた小娘がまさか、現在の女帝とそう結びつけるものは皆無だが、アーサーは気づいてしまっている人間の一人だった。


それでも、蛇姫はアーサー・ヴァスカヴィルに対して無力というわけでもない。彼女はこのアマゾンリリーの主であることを証明に、アーサーに対して一つの切り札を持っていた。

魔女と4人の貴族の結びつき。その証拠となる「格の森」というのはこのアマゾンリリーにある。昔と、遭難した4人の少年貴族が過ごした数週間。そこで交わされた約束を蛇姫は知っていた。それを海軍に漏らせばアーサーとて身を守るすべはない。そういうわけで、ハンコックはアーサーの最大の弱みを握っている。

「わらわはわからぬな、。そなたの周りにはくだらぬ男が多すぎる」
「蛇姫から見たらサカズキみたいな人もくだらない男性の一人になっちゃうんだろうね。あんなにすごいのに」
「わらわはあの男が嫌いじゃ。そなたを殴ってばかりいるではないか」

アーサーと蛇姫のもう一つの共通点と言えば、サカズキを心底嫌っている、というところだろう。蛇姫は女性に暴力をふるう男性が嫌いだから仕方ない。は蛇姫の中のサカズキ像を必死になって変えようとは思わず、適当にお茶を濁して肩をすくめた。

そして話題を変えようと、再び蛇姫の爪に目を落とす。

「でもそれいいよね。ねぇ、蛇姫。ぼくにもやりかた教えてよ」
「そなたも飾ってみるか」
「うん。蛇姫みたいに指は細長くないけど、一本だけでもやったらきれいかなぁって」

の爪はいつも真っ黒に塗られている。自分でしているのだが、時々ドレークがさせられる。ふと、蛇姫はドレークのようなヘタレ男はどう思うのだろうかとそんなことを気になりはしたが、あれであそんでいいのは自分だけなので、紹介することはないだろうと、そう判断する。

ハンコックはの手を取り、一本一本丁寧に指に触れて目を細める。

「わらわ、そなたの手は好きよ。守られているとわかる手じゃ。むろん、そなたがそうではないのはわかっておるが、そなたの小さな手は星をも掴めそうで好きじゃ」

蛇姫に褒められると妙に、こそばゆい。は珍しく顔を赤くして、不機嫌そうな顔になってしまった。何というか、サリューといい蛇姫といい、自分は自尊心の高い女性に弱いのだろう。眉を寄せていると蛇姫が小さく笑った。見下すわけではなく、素直に笑うと彼女は本当に美しい。

「からかった?」
「まさか。本心じゃ。暫し待て、道具を持たせよう」

パン、と蛇姫が手を打つと侍女らしい女性が現れ、彼女に二三言命じた。侍女が下がると入れ違いに給仕係が茶会のセットを片づけていく。

片されたテーブルに向い、優雅に足を組んでいる蛇姫は再びの手を取り、指をじっくりと眺める。

「そなたの指にはどのような色が合うか」
「黒でいいと思う」
「似合わぬとは申さぬが、折角塗るのじゃ。たまには違う色を試すのがよかろう」

何色がいい、と言われもそろって首を傾げた。黒以外を塗ろうと思ったことはない。サリューなら金色や薄い色が似合うとすぐに思えるのだが、はてさて自分はどうだろうか。

「青はどうじゃ?藍などそなたの目のようで美しかろう」
「ブルー系かァ。あんまり身につけない色だよね。目は青いけど」

そう言えば自分といえば赤か黒だが、目は青かった。改めて思い出し、しかし、青と言えばクザンのイメージが強い。それに海軍と言えば青に白だ。そういう色を魔女の自分が身につけるのはなんというか、サカズキに喧嘩売っているのかといわれそうではないか。

「では黄はどうじゃ。黄金色に銀を散らせばさぞ華美に映る」
「絶対嫌だ」

にっこりとは即座に否定した。黄色に罪はないが、黄色から連想される大将が嫌だ。うっかり「黄色でお揃いですね」なんぞと言われたら、その途端、もボルサリーノも、自分の身につけている黄色を身からそぎ落とす。

「わらわ、そなたに赤は嫌よ。あの男を連想させるものをそなたの身に付けるなど考えただけで気分が悪くなる」
「いや、そこまで嫌わなくても。っていうか蛇姫のマニキュア赤じゃん」
「わらわは良いのじゃ。わらわが赤を身につけてもあの気に入らぬ大将との結びつきは考えられぬ」
「まぁ、確かに」

しかし、自分だって赤と言えばサカズキ、だけではないのだが、とは反論したい。髪だって赤いし、唇だって赤い。これで髪が黒かったら白雪姫、と少々脱線しそうになるが、それはそれ。

「でも、赤がいいな。ぼく」

は自分の真っ黒く塗られた指先をあらためて眺めて、ぽつり、と呟く。

『黒が見たければ爪にでも塗っておけ』

なぜこの爪を黒く塗るようになったのか。ぼんやりと思い出し、は我ながら幼かったと、そう感じる。連れてこられて数年して、トムが死んでしまって、フランキーも死んでしまったと、そう思って、泣き伏していたころの自分を思い出す。喪に服すということはできなかった。黒い服が欲しかった。闇夜に紛れて自分も消してしまうような服が欲しかったが、あるのは海軍にふさわしい純白の、汚れない衣装だけだった。服がどう、というのではない。ただ、そういうものでもあれば多少なりとも心が軽くなるのではないかと、黒い服な安心したいがためのものだった。それであるから所望してみれば、サカズキはそう、一蹴にしたのだ。

「うん、赤、赤がいい。真っ赤に燃える、マグマの光みたいに赤いのがいいな」
「…そなたがそのような顔をするのなら、わらわは何も言わぬ」

小さくつぶやくに、なぜかハンコックは呆れたような声を出し、溜息を吐いた。

「そんな顔ってなぁに?」
「気づいておらぬのならそれで構わぬ。今宵はそなたをここへ引きとめて宴にしようと思うておったが、そなたのこと、爪化粧が終われば早々に本部へ戻るのであろうな」

言われては、そう言えばこの後、普通であれば水の都へ寄っても問題にならぬだろうに、サカズキの元へ帰るつもりでいたことに気づく。

(変なの、ぼく、何考えてるんだろう)

爪を塗ったらガレーラに行って、アイスバーグに見せるほうが楽しい。それにカリファに手入れの仕方も聞ける。蛇姫に教わってもいいが、九蛇での化粧方法は一般的なものとは道具が違う。できれば馴染んだ場所で手に入れられるもののほうがいいし、それに、ガレーラならルッチがいるだろうから、が満足するまで爪の出来を褒め称えてくれるだろう。

本部に戻っても、甘やかしてくれる言葉をサカズキは吐きはしない。というか、サカズキに女性の爪を褒める、なんていう特殊能力が備わっていたらは笑う。そういうのを期待しているのではないだろう。甘い言葉が欲しいのなら、自分の廻りにはそういうことを言ってくれる人は多くいるではないか。

うん?と悩んでいると、侍女がやってきて蛇姫の爪化粧の道具を持ってきた。ハンコックは手慣れたしぐさでそれを広げ、まずの爪の色を落とそうと除光液のようなものを布に含ませる。

「それくらい自分でできるよ?」
「わらわは普段人にさせてばかりいるがな、時には己でやってみたい。人形遊びをする少女のころはとうに過ぎたが、このようなマネもよいものじゃ」

今はっきりと自分を人形扱いしてくれたかこの野郎、と、は突っ込むべきか迷った。大きさ的には少々サイズが違うと思うが、女性というのはいくつになっても人形遊びが好きなもの、とそれはも気持ちがわかる。あれこれと自分の体ではないものに着せかえ、髪を梳き飾り付けるのは楽しい。それであるから時折もサリューにあれこれと「ぼくには着れないから」とわざとサイズを間違えて仕立ててもらった服やら靴やらアクセサリーを送りつける。

蛇姫に丁寧にマニキュアを落とされながら、は今頃執務室で眉間に皺を寄せているだろうサカズキのことを考えた。

「赤、朱、紅。確かにそなたには、小癪なことにこの色がよう合うものじゃな」

両手の色を落とし終え、キラキラと光る粉をかけて乾かしながら蛇姫はガラスの小瓶に入った赤系の色を並べてそうつぶやく。も習って小瓶を眺めた。自分の知るマニキュアというのは小さな瓶にハケと一緒になった蓋がついているものだが、独自の文化を誇る九蛇は少々違う。小瓶には液体ではなく粉が入っている。真っ白い皿が何枚か一緒に並べられ、そのうちの一枚に蛇姫は透明な、こちらはマニキュアに似た液体を流す。

色を並べ、気に入った何本かの蓋をあけてから、蛇姫は皿の上に垂らした。そして長細い筆で色を混ぜていく。なるほど、こうしてその場で作っているのか、とはすぐに合点がいった。

真っ白い皿の上に鮮やかな赤が作られる。少しオレンジを足したり、とその作業が面白い。

「そなたの指を彩るのじゃ。少々本物の金を混ぜるのもよかろう」

ふと、思いついたのか蛇姫は砂金の小瓶を取り出して、赤に混ぜる。金に朱とは豪勢な、とは素直に感動した。しかし、赤にキラキラと金が混ざるのはとてもきれいだ。

「どうじゃ、美しかろう」
「うん、すごくきれい。これで塗っていいの?」
「そなたのためにわらわが拵えたのじゃ。いらぬなどと申したら張り倒しておる」

ころころと蛇姫が笑った。もつられて笑い、そしてゆっくりと蛇姫が爪に色を塗っていく。その作業、真剣に塗っていく蛇姫の顔がとても美しくてすら見惚れる。そして一瞬、こういう黒髪に色の白い女性に憧れる自分がいることに気付いた。今の赤毛や青い目に不満はないが、しかし、サカズキは黒髪に黒い目だ。隣にいるなら、やはり黒髪が似合うのではないか。

「とか何考えてるのこのぼくが!!!!!」
「どうした?」
「な、んでもないよ…!!」

自分の思考に自分で突っ込みを入れてしまい、は素直にあわてた。が、蛇姫が妙な顔でこちらを見てくるもので、即座に自分を落ち着かせる。

何だ今の乙女思考。何だこの似合わなさ…!!と、は顔を引き攣らせてしまった。

「?なんでもないなら構わぬが、色は塗れた。あとは飾り立てる石だが、そなたにはあまり派手なものは品がなかろうか」
「好みとしては透明なの2、3個でいいんだけど」
「ガラスよりは水晶、金剛石がよかろう」
「今冷静になって思ったけど、これはがれてその辺に落ちたらひと財産だよね」

蛇姫の指先に本物の宝石が付いていることに何の違和感もないが。これ、一般人で考えるとすんごいことではないかとは思い至る。

「ぼくもその辺に散らばっちゃいそうだし、ガラスでいいよ」
「九蛇の皇帝たるわらわがそなたにそのような半端なものは与えぬ」
「本人の意思を尊重するのも大事ってことで」

お前が言うな、とドレークあたりがいれば即座につぶやいただろうが、は自分のことは棚に上げる、というのが得意だ。

そうして蛇姫と数分本物の宝石を付けるかイミテーションにするかで口論し、結局人差し指に少し大き目のダイヤモンドを使う、ということで妥協するのだった。



+++



「帰ったか」
「うん、ただいま」

そうして数時間後、は海軍本部の執務室に戻った。定時を過ぎたはずだが、サカズキは相変わらず仕事をしている。クザンの執務室を通りかかったが、部屋の主はもういなかった。今頃はきれいなおねーちゃんでも捕まえてどこかに行っているのだろうと、そんなことを思いながら、はそぉっと、部屋に入る。

「まだ仕事?」
「あぁ。話しかけるな」

にべもない。いつものことだが、はなんとなくこう、わずかでも期待していた自分がいたのか落胆し、定位置であるソファに座ってごろん、と横になった。

蛇姫は赤と金の混じったきれいな色で仕上げてくれて、それで、ガラスとダイヤモンドを飾ってくれた。部屋の明かりに手をかざせばキラキラと自分の小さな爪が輝く。

褒めて欲しかったわけではないが、見てほしかったのだろうか。そんなことを考え、だからどうした、とは即座に自分を切り捨てる。サカズキが見て興味を持つのは手配書や海賊の首くらいだ。あとは海兵の訓練している様子とか、海賊の情報とかそういうもので、女子供が喜ぶような装飾の類を見たからと言って、煩わしく思うのが関の山ではないか。

(バカみたい、ぼく)

うとうと、とは瞼が落ちていく。一日で九蛇島を往復したのだ。デッキブラシを使った飛行は、あれでなかなか体力・気力を消耗する。最近はどこかへ長距離でかけることもなかったので久しぶりに疲れた。サカズキもまだ仕事が残っているというのだし、少し寝ていても問題ないだろう。

結局自分は何がしたかったのか。

「ルッチくんのとこに、行けばよかった」

ぽつり、と小さくつぶやき、は意識を手放した。




+++




ベギッ、とサカズキは羽根ペンを負った。

がアマゾンリリーへ出かけた、という話はセンゴク元帥から直々に聞いている。魔女との関わりの証拠を掴ませぬアーサー卿の差し金であることはわかっていたが、そうなれば三日間は水の都への滞在権を獲得する。が養子にしたという船大工やガレーラ創業者に会うのは構わぬとして、最近は例のロブ・ルッチが水の都に潜入している。

自分の手の届かぬところでがロブ・ルッチの求愛じみた行動を受けている、ということがただでさえ気に入らぬのに、なぜその期間が増えるようなことになるのか。しかし九蛇への定期的な連絡は必要だった。その点もわかる。そうであるから黙認し、とりあえず三日間の休暇から戻ってきたら殴り飛ばそうとそう決めていたところ、はあっさり帰ってきた。

今頃水の都でばか騒ぎでもしているのかと考えるだけで苛立ち、紛れさせるため仕事を作って残っていたが、が戻ってきたことでサカズキは少なからず、安心した。とりあえず殴るのは一発にしてやろうと、そう寛大なことを思っていると、てっきりあれこれ話しかけてくると思ったが大人しくソファに座り、そして寝の体制に入っていた。(サカズキは黙れ、といったことが日常的すぎて忘れている)

投げつけるインク瓶はないかと探しているところに、の例のつぶやきである。これで羽根ペンが一本ダメになった、とサカズキはなれた仕草で代えを引き出しから取り出しペン先を取り付ける。サカズキは筆厚が強いので過去何本もダメにしたが、このペン先は数年前にが寄こしたものだ。魔女の道具なんぞいらん、と箱ごと窓から捨てたが、後日クザンが拾ってきて「じゃあ俺がもらっていいー?」と妙なことを言ってきたので、結局使っている。何でできているのか、力を込めても壊れないので、重宝している、というのが本当のところだった。

「いい度胸じゃのう、おどれ、このわしの前でロブ・ルッチの名を出すたァ」

疲労があるのか死んだように眠っているを眺め、サカズキは呟く。しかし、ならなぜ行かなかったのだと、そう言い返してやりたい。自分のところにいれば殴られると、分かっているだろうに。

「サカズキー、成人だけどちょいちゃん似の子が映ってるエロ本あるんだけど見、」
「貴様は死ね」

じぃっとの顔を眺めるサカズキの耳に、同僚のド阿呆極まりない言葉が聞こえてきた。

「ひどっ、ちゃんが三日もいなくてさびしいだろうなぁってお前を気遣ってやってんのに!」
「余計な世話じゃァ、大声を出すな。これが起きる」

つい先ほどまで叩き起こそうとしていたことをすっかり忘れ、サカズキは声のトーンを落としてクザンを睨みつけた。疲労時に一度寝ればそうは起きないとわかっているが、それでもクザンのバカな大声で起こすのは気に入らなかった。

「あれ?ちゃん帰ってきてるんだ」
「わかったら帰れ」
「寝顔もかわいーよなァ、本当、これ写真撮っていいか?」

サカズキは頭の中で必死に、このバカを殺さないほうがいい理由を思い浮かべた。一番まともなのは大将だから、ということだが、それなら大将の実力に申し分ない中将が現れれば即座に息の根を止められる、ということだ。溜息を一つ吐き、サカズキは書類に目を落とす。帰れ、と言ってクザンが大人しく帰ることは稀だが、目当てのが眠っているのなら邪魔はせぬだろう。大人しくさっさと帰れと全身で訴えていると、クザンがひょいっと、の手を取った。

「触るな」
「どんだけ嫉妬深いんだよ、お前」
「このわしが悋気なんぞ起こすか。わしのもんに許可なく触れるなっちゅうだけじゃァ」
「それを世間じゃ嫉妬っていうんだよ、気づけマヂで」

やはりここで息の根を止めておくかと、本気でサカズキは考えた。しかしクザン、そのひょうひょうとした態度を崩さず、の指を眺め、首を傾げる。

ちゃんがネイルアートしてるのって珍しいー。一個本物のダイヤ使ってるってことは、ドフラミンゴが貢にでも来たのか?あ、そっか、蛇姫んとこ行ったからか」
「ねいる…?」
「爪に色塗ってきれいな石はりつけんの。お前、俺と年齢変わんないんだからちったァ最近の流行りを把握しろって」
「必要ねェ」

まぁ、確かに、とクザンが頷いた。そしてからやっと手を離し、サカズキに向かい合う。

ちゃんガレーラ行かなかったんだね。理由わかる?」

その言い方が勘に触った。クザンにはわかっているようだ。なぜこの自分がわからぬのことがクザンにわかるのだ、とサカズキは睨みつける。冬薔薇によってサカズキとはある程度の感情の共有がある。クザンなどよりもよほどを理解しているという自負があるが、クザンのその自信たっぷりな顔に、苛立った。

「貴様にわかるのか」
ちゃんってなんて可愛いんだ、って俺はつくづく思ったよ」
「戯言しかぬかさんのか、貴様の口は」

聞いた自分がバカだったとサカズキは判断し、額を押さえる。しかしクザンは「まぁ待てって」と言葉をつづけた。

ちゃんも女の子だからさー、こんなに爪きれいにして誰かに見せたかったんじゃないの?」
「ならなおさらガレーラに行かんのは不自然じゃろう。第一、この生き物にそんな心があるものか」

何百年と生きている老婆が今更着飾った姿を誰に見せるというのだ。サカズキは鼻で笑い、一蹴にした。すると、クザンが肩をすくめる。

「お前に見せたかったーとか、これ俺に言わせないでくれる?言っててマヂ悲しいんだけど」
「知るか、阿呆。これがそんなくだらん思考を持つわけがねェ」

自分に、と言われたところでサカズキは冗談だと取り合わない。見せてどうするのだ。この自分がクザンやロブ・ルッチのように歯の浮くようなセリフを言うわけがないことはが一番わかっているはずだ。求められたところで、蹴り飛ばして終わる。無駄なことはせぬだろうと、そうクザンに言い返すと、今度はクザンは何も言わなかった。

「わかったらさっさと出て行け。仕事の邪魔だ」
「あー、はいはい。わかりましたよー。お前、マヂで女心くらいわかれ」

眉を寄せ、しようもないものでも見るような眼を向けられサカズキはクザンに何か投げつけようと思ったが、その前にが寝返りを打ったのでそちらに顔を向けた。その隙にクザンが出ていく。扉の占める音でが小さく唸ったが、目覚めるまでにはならぬらしい。再びすやすやと規則正しく聞こえる寝息にサカズキは眉をしかめ、椅子から立ち上がる。音をたてぬようにそのままの横たわるソファに近づいた。サカズキの執務室にはサカズキやクザンが使用するに十分な大きさのソファと、が愛用する小ぶりのソファの二つがある。が眠っているのは小さなほうだ。

「……これがクザンの言うちょる爪か」

触れれば起きるだろうと思い、サカズキは目を細めての腕、手、その小さな爪を眺める。普段は黒一色に塗られているはずの爪が、今は鮮やかな朱に金の混じる色になっていた。小さく磨かれたガラス玉と明らかに一つ輝きの違う石が飾られている。

これを褒めろ、というのか。

「こむずいことを」

そういうことができる自分と思うのか、とサカズキはとクザンに怒鳴りたかった。言われてみれば、とて性別は女だ。こういう装飾を施して人の言葉を欲する、というのは道理のように思える。だが、それを自分に求めるということがサカズキには信じられない。クザンの思い違いだろうと思う。

しかしはガレーラへの滞在よりこちらを選び、戻ってきた。そのこととどう結び付けるのが一番自然か、とサカズキは考える。

静かに眠るの真っ白い頬を指で撫で、溜息を一つ吐いた。とりあえずが目覚めるまでに、気の聞いたセリフの一つでも考えてみて、思い浮かんだら言ってやろう。







一応ぼくも女の子ですから!!!


(そして目覚めて一言「てめェのような罪人が色気づくな」とこの男はのたまったのでは自分の爪を引っぺがした)




Fin



(2010/06/06 23:14)