暗い空に似合わぬ騒々しさ、行燈並んでドンドンとひっちゃかめっちゃか無法地帯のようで法ではない何かしらの義理人情、犇いてはどんちゃんと左右わからぬ中にあって上下もやはりわからぬ世、と、そのようなことはないのだけれど、暖色の髪を紐で縛って高く上げ、結い女の粋な仕草と思うような艶のある項を晒す、その白い首は女のものと言うよりは聊か心細くはあるのだけれどしゃらんと軽く簪が鳴る度に一体何処のお嬢様が紛れ込んだのやらと視線視線が追いかける。ひらりひらりとその背で揺らす帯の結びはしだれ桜。薄いヴェールのような半幅帯と兵児帯がふわりふわりと揺れてゆく。作りつけの帯の色は紅蓮、合わせは薄紅。それでいて浴衣の布地は純白一色というのだから纏う物の品位が問われそうものを、その人物、娘、と言うには聊か若い幼女が見事に着こなす。カランコロンと下駄を鳴らして祭囃子の騒々しさ紛れてひっそりひっそりと上機嫌になんぞ小唄を口ずさむ。
「おい、何でお前がここにいるんだよい」
愉快愉快本日は何の不快さもありはせぬよ、とそのようにばら色の頬を膨らませていたその幼女、その、見事な仕立ての袖口から伸びる白い手首を、つぃっと、突然人ごみから表れた長身の男が、つぃっと、聊か焦ったような声ねを幼女の耳にしかと響かせながら、呼び止めた。
「どっちかといえばそれはぼくのセリフかな?こんなところにこんな人物がいるなんて不釣合いにも程がある」
「そっくりそのまま返してやるよい」
にべもなくいわれ、折角嫌味を含んだのに堪えもせぬのか、と、はきょとん、と顔を幼くさせてから木造の社をぼんやりと見上げた。境内の階段の上に腰掛けさせられて、その少ししたにはどう見たってバナナか何かをモチーフにしているとしか思えぬ男の頭に視線を戻す。跪いているといえば中々ロマンスも感じられようが何のことはない。不死鳥マルコ、白ひげ海賊団一番隊の隊長どの、の腕を掴んだ途端切れた鼻緒を現在結びなおしてくれようとしているとそういうことだ。は会話が途切れようと別段構わぬ己を自覚していながら途切れぬ用途妙な気遣い。いやこの魔女が他人への気遣いなど見せようはずもなく根底を探ればどんなこととて己自身のためのこと、会話を途切れさせればいつこの目の前の男が妙なことを言い出さぬかとそればかりが内心はひやひやとしているに違いない。そう客観的に判じてしまえばはころころと無意識に喉を鳴らす。笑うと猫のようであるとそう揶揄った最初は誰であったのか思い出そうとしても思いだせぬもの。そうしてが笑えばマルコが僅かに眉間に皺を寄せた。「何笑ってんだよい」「べつに」「おれが無様か」「被害妄想はよくないねぇ」またころころと笑う。そうするとまたマルコの眉間に皺が寄る。男の無骨な指先が鼻緒を直しながら具合を確かめようとの小さな足先にほんの少しばかり触れる。触れれば途端お互い火傷をしたようにはっと息を詰めらせているのに双方をそれを必死に必死に押さえ込む。は騒がしい縁日の場に再び目を向けて細める。「ぼくがいるのは当然さ。だって赤旗が今この島に来ててそれでサリューとお祭りを見ているんだもの」「お前の贔屓にしてるっていう海賊か」「海賊じゃあないよ、赤旗は」「同じだろい」「海賊っていう名前の生き物は多くいるけどさ、ねぇマルちゃんとシャンクスは全然違うけど二人は同じ海賊ね。でも赤旗は違うから。赤旗とサリューは海賊にはなれない海賊やってる連中なんだよ」「魔女の皮肉か」「二人に関してはぼくは皮肉めいたものいいはしても愛が感じられると自負しているよ」冗談めかして言えばマルコがまたいやそうな顔をする。素直な子供ではなかったが、わかりにくいわけでもない。「さぁぼくは話したよ。きみは?」「聞きやしねぇだろうよい」礼儀的に降ってみればそんなつれぬ答え。事実その通りではまたころころと喉を震わせて笑った。笑うとマルコはいやな顔をする。けれど本当に嫌がっているのならこの男は表情を変えはせぬ。は先ほど屋台で買い求めた水風船のヨーヨーを取り出してひょいっと一度掌で遊んでみる。ばしゃばしゃと中にはいった水が小気味の良い音。マルコは無言でその様を眺めている。いつもどおりの格好をしていることから元々この祭り目的できたというわけでもないだろう。白ひげ海賊団のほかの連中がいるような気配もない。あればもっと大騒ぎになっているし赤旗が自分をその辺に放置したりはしない。いや、そもそも赤旗が己が周囲をひょろひょろと出歩くことに良い顔はせぬが今夜ばかりはは「ディエスがサリューといい雰囲気にならないとぼくはこの辺で騒ぎを起こす」とそう脅しをかけていた。調べに調べた夜景の美しい場所で今頃手の一つでも握っていれば上等だがあのヘタレだ。実際のところそこまで期待はしていない。と、当人が知ったら本気で泣きそうなことを考えつつは風船をしまいこみ次はビーどろを取り出す。「これ知ってるかい」「あぁ」「単調なんだけどねぇ、ぼくは好き」「気ぃつけろよい」「うん?」忠告される理由がわからず反射的にきょとんと首をやればマルコ、そっぽを向いた。「硝子は、割れるじゃねぇかよい」おや、と、は笑い、そして意識せず顔を赤くした。この己がと思う反面初々しくて楽しい。暗闇で良かったと相手に気付かれる心配がなくてほっとしていると急にマルコがこちらを向いて「魔女も照れるのか」とそんなことを聞いてくるものだから、ついつい悔しくなってぐいっと接近したマルコの胸を押しのける。全くいつのまに男の顔をするようになったのか。シャンクス・バギーと変わらぬ頃から海賊の。男の子というのはあっという間に大人になる。というのに根本はいつまでたっても少年、と、まぁそれは結局女子にもいえるとは人間の神秘なのだと諦めて、赤くなった顔をこれ以上見せぬようにそっぽを向く。全く、小さい頃は不器用で一生懸命で「おやじおやじ」と小さく白ひげのあとをついて周ったあの可愛い子が。「シャンクスは元気にしているかい」暫く沈黙が続いてから、このまま己を逃がしてはくれぬらしいと悟り諦めたような溜め息一つはそう問いかけた。するとマルコの表情は変わらぬが「おれに聞くか」というような気配。「ぼくに慈悲の心があるなんて盲信はしないだろう?」「そりゃ、海で生きてんだ。ねぇよい」それはよかったと言えばマルコがまたいやそうな顔をする。その顔が面白い。この普段死んだ魚のような目をしている子供。昔からそうだった。不死鳥なんてバカな能力を手に入れた。どういう行いゆえぬことなのかそれはは知らないし、一体こんな幼子がなぜそのような苦行を負わねばならぬのかと周囲が嘆こうとそれは、やはり興味はない。しかしこの子が人並み以上にそれに苦しんで、苦しんでもがいてどうしようもなくなって、けれど、きちんと己の足と家族の支えあって立ち上がった、と、その様だけは興味はあった。中々死ねぬ分際が常日頃から死ぬの確立上げ下げしてばかりの連中と同じ肩書きになるという。『全員看取れる者がいていいねぇ』と相当の皮肉をこめてエドワードに本気で殺されそうになったのはいい思い出だ。その不死鳥。この魔女に懸想している。いや、元々自身からわいたものではない。ここ最近すっかり忘れていたが悪魔の身には飢餓がある。自然系、動物系の肉食には酷い魔女への飢えがある。誤魔化すために逃れるために「愛して」しまうことなど多数ある。けれどもマルコは少々違う。もっとたちの悪いことに愛しているわけがないと自信を盲信した上で、この魔女に恋焦がれてしまったのだ。懸想するのは悪魔の実ゆえだと受け入れて、それ以上の感情をとうに抱いている。けれども当人は魔女に引かれるのを触れるびにひりつくものを、何もかも「悪魔の実のせい」だとそう冷静に考えている。いっそ自覚してくれと言うたところでこの瞼が常にやる気のない男は聞き入れもせぬだろう。聊か疲れた。であるからもうどうでもいいと、ここ最近はついつい思ってしまっている。正直サカズキの耳にさえ入らなければ己は何も問題はない。はいったところであの男しかこの身に薔薇を刻むに価する男はおらぬのだから、やはり問題などないのだけれど。「赤髪は」「シャンクスは?」「相変わらずよく酔ってるとは聞くよい」利にも害にもならぬ言葉。聞いてきょとん、と顔を幼くさせてから、つい「ふ、はは、は。そう」と、そう、素直に笑ってしまった。そういう反応を期待したわけではないマルコ。聊かばつの悪そうな顔をする。とん、とは立ち上がりなおしてもらった下駄をトントンと叩いて具合を確認してみる。「あぁ、完璧だ。すごいねぇマルコくん。ありがとう、助かった」「お前なら指振って直せただろ」「人にやってもらうのは、相手が誰だって嬉しいものさ」「そうかよい」「そうだよ」にこりと笑えば、また嫌そうな顔。はころころと喉を震わせて笑ってから、「あぁ、そうそう」と思い出したように袖口を漁る。「夏だもの!ディエスもちょっとはがんばれよ」と題した今回の作戦の結果を待つ間暇で周った屋台の数々。ドレークのサイフを当然のように巻き上げたので軍資金がばっちりだった。かなり楽しめて、確かあれこれと袖の中にしまったはず。そうそう、と前置いて、は目当てのものを取り出した。「助けてくれたお礼だよ」「…甘いものは、」「あげるよ」ぐいっと、相手の反応省みず、はべっこう飴のついた割り箸を押し付ける。透明なビニールで綺麗にふうされている。きらきらと光をうければ光って綺麗なべっこう飴。味はわからぬが色がサリューの目に似ているとは気に入っていた。けれどあとで本物に合えるのだし、己がきれい、と思うものをマルコにやってもいいとそう上目線。押し付ければマルコが戸惑う。その戸惑った顔をじぃっと眺めていると、少し悩んで、眉を寄せて、首をかしげて、それからやっと「貰っとくよい」とそれだけ堪えた。
Fin
(2010/08/20 19:27)
リハビリ目的な小話。
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